転校から始まる支援強化魔術師の成り上がり

椿紅颯

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第五章

第40話『覚悟を決めたその瞳に映るのは』

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「うっぐぅううううううううううっ!」

 レンジャーラットの猛突進を盾で受け止めた一華は、踏ん張りを利かせながらもかなりの距離を押し込まれてしまった。

 全体重を乗せ、歯を食いしばり、全身に力を入れて全力で受け止めた。
 勢いが止まり、レンジャーラットは目の前に居るのが標的にしていた相手ではなく、突然姿を現した人間に対して警戒をする。

『グルゥゥゥゥゥ』
「はぁ……はぁ……はぁ……はっ」

 たった一撃。
 たった一撃だというのに、一華の体は悲鳴を上げ始めた。
 大盾に防御スキルを使用してもこの攻撃の重さ。
 
 だが、この震えは先ほどまで自分の殻に籠っていたときのものとは全くの別もの。

 武者震い――強敵への挑戦。
 
「ごめんだけど、もう少しだけ私に付き合ってもらうよ。【インサイト】!」
『グゥッ!』

 視線を再びみんなのところへ戻そうとしていたのを、スキルを使用し強制的にこちらへ向けさせる。

 だが、もちろんそんなことをすれば反感を買うのは必然。

『グラァアアアアアアアアアア!』

 レンジャーラットは胸を大きく開いて雄叫びを上げ始める。
 己の鼓舞を終え、視線が交わった。

 恐ろしいほどに獰猛な顔つき。
 息を荒げ、一見しただけでも気性が荒れているというのはわかる。
 一呼吸ごとに体が上下し、興奮状態というのも相まって剛腕が更に太く映った。

「キミ、物凄く怖い顔してるんだね。初めて会うけど、もう少し穏やかな顔をしてた方が可愛げあるよ」

 もちろん、そんな冗談は通用しない。
 人間の言葉なんて理解していない。

 馴れ馴れしいような態度をとってみせるも、相手は完全に一華を格下だと認定している。

『グルァア!』

 レンジャーラットは力一杯に床を蹴り、短い距離を詰める。
 物凄い速さに腕で薙ぐだけだというのに風切り音が鳴る。

 だけど、反応出来ない速度ではない。

「【ブロッキング】!」

 一華は左に大盾を構え、強烈な右フックをスキルを使用して防ぐ。

 今度は距離を飛ばされることはない。
 先ほどと違い、スキルの効果によって攻撃の威力をかなり減少させることができたからだ。
 
 攻撃を防いでみせた一華は、大盾から顔を出し、顔を歪ませながら笑顔を作った。

「へへっ、貧弱で格下に見下した相手はまだこうして立ってるよ」

 まさに、ねえ今どんな気持ち? と、レンジャーラットに問いかける。

 そんなことをすれば、返ってくる反応は当然のように決まっていた。

『グゥゥゥゥゥアアアアアアアアアア!』

 顔に、腕にこれでもかと力を入れ、小刻みに揺らしながら怒り狂うレンジャーラット。
 怒りの矛先は辺りの床に一発二発と叩き込まれている。

 こんなものはスキルなんかではない。
 単純な挑発。
 言葉なんて通じなくても、相手の勝ち誇った顔なんて誰が見てもわかる。
 ましてや、完全に見下していた相手にそんなことをされれば、怒りのゲージが頂点を迎え、突破するのは必須。

 ――一華は、それをも計算していた。

 顔では、言葉では勝ち誇っているものの、スキルを使用したからといって攻撃が無効化されるわけではない。
 攻撃を防いだ時の衝撃は両腕が重たくなるほどにはダメージが貫通している。

 だが、挑発スキルが連発出来ない状況下では、こうして心理とは真逆の表情をすることにより相手の心情を揺さぶるのが得策。

「さあ、私はまだまだいけるよ」

 よもや咆哮など上げず、殺意を前面に出して思い切りのいい左腕のフルスイングを一華へと浴びせる。

「【ブロッキング】! ――うぐっはっ」

 先ほどよりも圧倒的な差がある攻撃。
 しかも、既に二撃も防いでいる一華の体には物凄いダメージを受けてしまう。

(くっ……さっきは挑発して時間を稼げたからスキル再使用に間に合ったけど……次もこうして受けたら、間違いなく――終わる)

 そんな心配などレンジャーラットには関係ない。
 上空で両拳を包み握り、巨大なハンマーを作り上げ力一杯振り下ろした。

「そんな見え見えな攻撃ならっ!」

 一華は大きく後方に飛んで、回避に成功した。
 ……したのだけれど、着地の瞬間、自分の足ではない程に力が入らずその場に転倒してしまう。

「なっ!」

 その姿を目の当たりにしたレンジャーラットは汚らしい笑みをニタァっと浮かべる。

 このままもう一度何かの攻撃が下されれば、耐えられるかわからない。
 まさに絶体絶命。

 一華は余裕があるわけではないが、一滴の希望を頼りに、レンジャーラットの空いた脇の間からチラリとみんなの方向へ視線を向ける。
 でも、そこに希望はなかった。
 未だソルジャーラットと戦闘する二パーティ。
 頼みの綱であった美咲はこちらへ完全に背を向けている。

 自分の終わりが見えた。

(ああ、私……ここで終わりなんだ。終わっちゃうんだ。――でも、私はちゃんと自分がやりたいことをやれたよ。カナエ、どうだった……? 私、あなたみたいにかっこいい姿を見せられたかな……)
『私だったら最後まで諦めないよ? 私だったら、最後まで絶対に抵抗する』

 不意に頭の中でそんなセリフが流れた。

(私だって諦めたくない。でも、こんな状況で何ができるの? 足と手は震えて力が入らない。立ち上がれないよ……立ち向かえないよ……痛いよ……)
『それでもね――私だったらやるよ』
(…………ああ、そうだった。なんで忘れてたんだろう。私は、そんなカナエだったから憧れたんだ。なりたいと思ったんだ。……弱気な私だったから、こんな時に立ち上がれない私だったから、こんな時に立ち上がれるあなたに憧れたんだ。そうだった。そうだったね)
「へへっ、それで勝ち誇ったつもり?」

 一華は全身の骨が軋むような音を耳にしても、腕を足を動かした。
 腰も背中も至る所から悲鳴が聞こえる。
 立ち上がるな、これ以上動くなとうるさいぐらいに警鐘を鳴らす。

 ――それでも、立ち上がる。

 レンジャーラットから見れば、生まれたての小鹿が必死に立ち上がる程度にしか映っていない。
 なんならそれを見て嬉しそうな表情を浮かべている。

(情けない自分からは今日で――今この時、お別れだよ。今までありがとう――)

 レンジャーラットは目の前の勇者に対し、侮蔑の視線を送る。
 だが、それはすぐに焦りへと変わった。

 今にも燃え尽きそうな貧弱な人間が、瞳の中にありったけの灯が垣間見えたからだ。
 そして、

「プロボーク!」
『グゥラァ――』
「インサイト!」
『――』
「ど、どうかな。これで、当分は私しか見られないよ。私が倒れたとしても、私からは目を離せないよ」

 咆哮を上げるだけでも倒れそうな人間に、レンジャーラットは恐怖を覚える。
 己より小さい人間が、大盾を杖代わりにして、一歩、また一歩と距離を詰めてきた。

 一華の顔に焦りや恐怖は既になくなっていた。
 がむしゃらな無謀ではない。
 覚悟を決めたその顔。

 レンジャーラットは目の前の恐怖を排除すべく、目をカッと見開いたまま、力一杯に自慢の剛腕をぶち当てようと振りかぶる。

 一華は完全に捨て身の覚悟だった。
 ここでスキルを使用したところで、吹き飛ばされるのも覚悟している。

「くっ!」

 
 ――直撃――。

 
 するはずだった。
 だがしなかった。
 痛みではなく、ガラスが割れたような、そんな音だけが鳴り響いた。
 
 これには一華もレンジャーラットも理解が追いつかない。
 しかも、全身を支配する痛みが軽減されていく感覚もある。

 でも、答えはすぐに出た。

「【フィジックバリア】! 【ファストヒール】! 【フィウヒール】! ――一華、防いで!!!!」
「ブロッキング!」

 その指示を受けるのに迷いわなかった。
 迷うはずなんてなかった。

 痛みは軽減されるも、未だ悲鳴を上げる体に鞭を打って全力で踏ん張りをみせた。

 完全に攻撃を防がれ、耐えられてしまったためレンジャーラットは後方に飛んで、こちらを警戒している。

 そして僕は一華の隣に並び立って、全体を一瞥して戦況を把握した。

 二パーティがそれぞれソルジャーラットを対応し、一華が単身でレンジャーラットを受け持っている。

「遅れてごめん」
「し、志信くん! あいつは!」
「大丈夫。落ち着いて、わかってる。あいつはレンジャーラット、以前戦ったことがある」
「あいつに、私たちは勝てるの……?」
「ああ、勝てるさ。いや――勝つんだ」

 僕の瞳に敗北の二文字はない。
 以前勝利をしたからそう思っているわけでも、自意識過剰に思ってるわけでもない。

 確信を得ている。

 どれだけの時間、一華やみんながここで戦っていたかはわからない。
 どれだけの苦労を強いられたかもわからない。

 でも、今、みんなはこうして戦っている。
 戦い抜いている。

 なら、何も迷うことはない。

 僕はみんなを信じた。
 そして、信じたみんなはこうして誰1人として欠けていない。

「一華、まだ動けないと思うけどもう一踏ん張りだ」
「でも、どうしたら……あれ、その二枚の盾って何……?」
「ああ、ラット系のモンスターは気絶値が溜まりやすいんだ」
「え……でもそれって、志信くんが前に出るってことじゃ!? そんなのダメだよ!」
「だとしても今はこれが最善策なんだ、わかってほしい。だけど僕は1人じゃない。一華がいる。――お願いがある。頼らせてほしい」
「私に何かできるの……?」
「うん。挑発スキルをタイミングに合わせてあいつに掛けてほしいんだ」
「……ああ!」
「じゃあお願い――いくよ!」

 レンジャーラットもそう長々とこちらを観察はしていない。

 短い打ち合わせを終わらせ、僕は地面を思い切り蹴り、勢いよく駆け出した。
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