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第五章

第39話『私は、私だって』

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 隣のパーティと共闘することになり形勢逆転の兆しが見えてきたが、状況は悪化する。
 その原因となるのがエリアボスと階層の襲来。

 まさに絶望的状況に陥ってしまい、一時戦闘不能になってしまう者などが出てきてしまう。

「みんな! 今から両パーティで連携を開始するよ!」
「みんなも聞こえたわね! この場にいる全員で勝ちにいくわよ!」

 美咲は自分たちのパーティに、門崎さんも自分たちのパーティに声を大にして結果を伝達。

 この場にいる全員が戦闘中であっても、すぐに返事をした。

「さて、美咲さん。自己紹介から始めたいところだけど、今はそんな暇がないから私のことは門崎って呼んで。それでいきなりで申し訳ないんだけど、こっちは既に万策尽きちゃってる。そっちは?」
「実は私も勢いで決めちゃったところがあって、得策があるというわけではないの。……でも、このまま陣形を崩さずに連携していけば、壊滅の危機は免れると思う。だけど……」
「だけど?」
「最悪のシチュエーションだけはできている」
「随分と物騒なことを言うのね。でも、それは共有してもらったほうが良さそうね」
「うん。まず注意しないといけないのがエリアボスのソルジャーラット。これは、今みんなが戦ってるモンスターの上位互換って感じで、この人数ならまず負けることはない。なんなら、それらのモンスターと一緒に対処だってできると思う」
「私たちは知識だけはあっても戦闘経験があるわけじゃないけど、わかった、やってみる。でも、大変そうだけどそれならなんとかなりそうね」
「……ここからが最重要なの」

 美咲の表情が強張る。
 一瞬にして表情が変わり、重要性が増したのを察した門崎さんは固唾を飲んだ。

「階層ボスのレンジャーラット」
「え……? 階層ボスの存在は知ってるけど、レンジャーラットって確か初層の階層ボスじゃない? そんなのが試験程度で出てくると?」

 その問いに、美咲は無言で頷いた。

「……うそ……」
「私たちは、少し前にやった大規模演習授業の時にレンジャーラットと戦った。その時は、運良く……いや、ある人が居たから勝てたんだ」
「なにそれ、正直信じられないって気持ちだけど、わかったわ。でも、どれぐらい強いの? それに、一度勝利しているなら今回も勝てるんじゃない?」
「たぶん、今の私たちじゃ勝てないかもしれない」
「えっ、この場の全員で当たって勝てないって、そんなこと……そういうことね。そいつが来たら、全滅を覚悟した方が良いってことなのね」
「うん……」
「じゃあ、そうならないことを祈りましょう。今は目の前の敵に集中よ――じゃあ、私も加勢してくるから指揮はよろしくね」
「うん――って、え!? わ、私がやるの!? え! あの!」

 美咲の必至な訴えも虚しく、門崎さんは駆け足て去って行ってしまった。

(うーん、もう! ……でも、やるしかない。私がやらなくちゃ!)

 教頭が始まったからといって、現状が大きく変わるわけではない。
 だけど、こちら側のパーティは基本的に変わらず、行動阻害の牽制とモンスターの排除。
 対するあちらのパーティは、まるで水を得た魚のように全体的な処理速度が加速している。

 攻撃を食らっても回復してもらえるという安心感と、指揮を全て任せられるという後ろ盾のおかげというのは言うまでもない。
 もはや、活き活きしているとさえ見て取れる有様だ。



 ――あれから十分の時間が経過した。

 攻撃を食らった人がいても、回復は間に合っている。
 脱落者も誰1人として出ていない。

 でも、傷を癒せたとしても体力までは回復でない。

 前衛クラスのモンスター処理速度が落ち気味であり、攻撃を回避できない割合も増えてきている。
 声を張り上げ、なんとか己を奮い立たせて戦っているものの、やはり顔に疲れの色が出始まっていた。

(このままじゃ、本当にまずい。終了条件は提示されていないし、時間も提示されていない。……全滅してしまうなら、いっそのこと全員でリタイアしてしまうのも手段としてありなのかな……? リタイア時の点数がもらえないとも伝達されていなかったし……)

 そんな新たな可能性が見出され始めた時だった。

「美咲! まずい!」

 滅多に声を荒げない桐吾が、切羽詰まった感じに警戒を告げた。

 慌てて美咲は桐吾が視線を向ける先に同じく視線を向けると、そこには――ソルジャーラット二体がこちらに向かってきていた。
 その距離、前衛のすぐ傍、接敵まで残り数歩。
 もはやどうやっても戦闘は免れない状況となってしまっていた。

(このままこちらで二体を相手取ることはできない)
「神崎さん、一体お願い!」
「ほら、聞こえたわね! こっちで一体対処するわよ!」

 門崎さんの合図により、すぐさま一体のソルジャーラットが引き離された。

「こっちは叶、お願い!」
「わかった! プロボーク!」

 叶は対処に追われていた最後の一体に止めを刺し、挑発スキルにより自分の元へソルジャーラットを引き寄せた。

「叶、そのままキープして! 後は彩夏の魔法で削る!」
「オッケー、後は任せて」
「彩夏、大変だけどお願いね」
「はいはーい、やっと出番が来たってもんよっ」

 叶は先ほどより集中力を高めて一対一に挑んでいる。

 彩夏は、はにかみ笑顔で気分が高揚し始めているのがすぐにわかった。

(大丈夫、このままいけば二体とも対処できる。それに、こっちにはまだナイトの一華が傍で待機してくれている。もしもの時はヘイトを管理してくれるから、策は尽きていない。――まだいける)

 だが、そんな順調な流れをたった一体で覆してしまうほどの最悪が襲来してしまった――。

『グアアアアアアアアアア!!!!』
「っなぁっ!」

 一瞬、この場に居る人間、モンスター全員の動きが止まった。
 あまりにも大きい咆哮に、あちらのパーティメンバーは全員が耳を塞ぐ。

 ……こちらのパーティかつ以前の戦闘に参加していたメンバーは、その聞いたことのある声を耳にし、一瞬にして血の気が引いてしまった。

 視線を向ける先には――レンジャーラット。

 最悪、絶望。
 現状況において最も警戒しなくてはならないモンスターであり、最も戦闘を避けなければならないモンスター。

 記憶が蘇る。
 あの時も、最初は今のこの状況に似ていた。
 最初、レンジャーラットを目にした時、衝撃的すぎて絶対に忘れられない。
 簡単に刃を通さない灰色の毛に見上げるほどの背丈。
 筋骨隆々の骨格に人間の横幅と同じぐらいの腕。
 衝撃の次に抱いた感情は、絶望だった。

 でも、僕たちは逃走ではなく冒険ちょうせんを選んだ。
 
 全員の意思を一つに固め、挑んだ戦い。
 もちろん、最初から勝ち目なんてなかった。
 そんな絶望的状況でも、困難に立ち向かい全員で勝利を掴んだ。

 だけど、今は状況があまりにも違いすぎる。

「どうして……どうして……――どうして今なの⁉」
「美咲、あれは一体何なの⁉ まさか……ねえ! あれの対処法はないの!? 一度倒し――」

 声を荒げる門崎さん。
 だけど気づいていしまった。
 最初こそはそこまで気にしていなかったものの、8人で構成されているはずのパーティなのに、1人いない。
 それが意味するのは、その人こそが勝利への鍵だということに。

 美咲は拘束で思考を回転させ解決策を練る。

(…………ダメだ。勝てない。このままじゃ絶対に勝てない)

 自分の持つありったけを費やして考えても、答えは出なかった。
 冷静さを欠いているというのもあるけど、それだけではない。
 
 覆ることのない単純な力量差。

『グルァアアアアアアアアアア!』

 こちらの状況なんてお構いなしにレンジャーラットは猛突進を仕掛けてきた。

 力一杯踏み込む足は地面を微かに揺らす。
 進行上にいたモンスターはその剛腕に薙ぎ飛ばされ、次々に消滅していく。

 戦闘経験のある美咲は最優先で行動阻害スキルを発動していたが、もはや意味をなさなかった。
 誰も手が回らない。
 そして、一直線に美咲へ突進を続ける。

 相手もわかっていたようだ。
 この二つのパーティの要であるプリースト――美咲を最優先事項として認識している。

(回避……いや、間に合わない!)

 人間の一歩よりはるかに大きい歩幅で迫られては、人間の足で逃げることなど不可能。
 最後の抵抗とばかりに、美咲は全身に力を込めて杖を握り、ありったけの力を込めて歯を食いしばった。



(何あのモンスター!?)

 一華は初めて見るレンジャーラットに目を見開いた。

『グルァアアアアアアアアアア!』
(う、嘘! どうして、どうしてこっちに向かって真っすぐ!?)

 灰色の筋肉の塊がこちら目掛けて一直線に突進を仕掛けてきた。

 一目見ただけでもわかる強者感。
 知識がなくともあれの危険性は全身が訴え掛けている。
 逃げろ。
 まずい。
 勝てない。
 そう、うるさいぐらいに警鐘を鳴らす。

 一華は息が詰まり、足の震えが止まらない。

(ど、どうしたら……私なんかには、どうすることも……叶ちゃん、助けて……どうして……初めて、志信くんに褒めてもらったのに。もう一度褒めてもらえるように頑張ろうって決めたのに。なんで……)

 迫る恐怖に頭の中で葛藤が渦巻く。
 
『答えは既に出ていると思うよ』

 脳内でカナエの言葉が過った。
 
 期待を寄せてくれた仲間に認めてもらいない。
 ただそれだけだったのに。
 こんなときに自分の不甲斐ない面が露呈する。

(ああ、私って本当にダメダメなんだな……。変わりたいって思ってたのに。みんなのために変わろうって決めたのに。カナエ、私ダメだったよ……)
『一華は自分の気持ちを言葉にした。やらなくちゃいけないと思って行動した。違う?』

 憧れる人の言葉が続く。

 そして、気づいた。

(そうだ……そうだったね。ごめんねカナエ、忘れてたよ)
『――だから、後は頑張れっ!』
(うん、頑張る!)

 気づけば呼吸は整い、足の震えは収まっていた。
 足は動く、体は動く、なら――。

「私は、私だってぇええええええええええ!!!!」

 一華はレンジャーラットと美咲の間に体と盾を滑り込ませ、美咲を腕を引っ張り薙ぎ飛ばした。

「うっぐああああああああああ!」
『ぐぅううううううううううう!』
「っ! い、一華!?」

 場所が入れ替わり、地面に転倒する美咲。
 そして、レンジャーラットの頭突きの突進を大盾で受け止め、かなりの距離を引きずられる一華。

 この非常時すぎる光景に、全員の視線は集中する。

「プロボーク! ――美咲ちゃん、私、やるよ! 後は任せるね!」
「で、でも! そんなの無茶よ!」

 一華からの返事はない。
 美咲の声は既に届いていなかった。

 圧倒的集中力と決心と強固な防御により攻撃を凌いでいる。

(……くっ! あんなの無茶すぎる……!)
「美咲! ちゃんと前向いて! 指示出しを!」

 叶からの怒号が飛んできた。

 その声に、美咲も我に返る。

(そうだ。今一番心配なのは、親友の叶のはず。それに、私がやらなきゃいけないのは全体への指示出しなんだ。しっかりしろ私、一華の勇気を無駄にするな!)
「みんな! 周りのモンスターは蹴散らされたから、ソルジャーラットに集中! その後、全員でレンジャーラットへ反撃!」
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