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第三章

第22話『――西田一樹』

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 爽快感のある授業も全員無事に終了。
 これまでに経験したことのない連帯感と高揚感。
 足取り軽く帰路に就いた一樹は自宅へと帰宅した。

「ただいまー」

 すると、居間の方から複数の足音が一樹へと接近する。

「おっかえりー!」
「お兄ちゃんおかえり!」
「あーもう、早く遊ぼうよ!」
「おうおう、今荷物を置いてくるからちょーっとだけ大人しくしててな」

 小学生3人の兄妹たち。
 両親は今だ帰宅しておらず、一樹の帰宅するのを今か今かと待ち遠しくしていたのだ。

 一樹は疲れてはいるが、弟たちの笑顔に癒され、元気が沸き上がってくる。



 荷物を置いた一樹は、勢いよく駆け、弟たちが待つ部屋へと向かう。

「よしよし、覚悟はできてるかー!?」
「でたなかいじゅう! ぼくがたおしてやる!」
「わたしもたたかう! かくごしろ!」
「ぼくがうしろからえんごする!」
「がっはっは、俺に勝てると思うなよー!」

 体を大きく開いて一樹が威嚇するも、それに負けじと立ち向かう弟たち。
 戦い――というには随分と生温くかわいらしいもの。

「はっはっは、そんなんでおしまいかー? まだまだピンピンしてるぞー!」

 一回、二回と小さな拳が一樹の体に叩き込まれるも、その小さな体から放たれる一撃はマッサージ程度。
 

「くー、こうなったらひっさつわざだー!」
「それしかない。じゅんびしなくちゃ!」
「今は、かいじゅうがゆだんしているぞ。やるならいまだ!」

 バラバラに戦っていた3人は一点に集まる。

「いくぞー!」
「「「ひっさつあたーっく!」」」
「ぐわあ! やーらーれーたー!」

 3人同時攻撃のタックルをされ、そのまま一樹は倒れ込む。
 勢いのまま3人の下敷きになり、全員の頭をワシャワシャと撫で回す。

「よくもやってくれたなー! このこのこの」
「わー!」
「いたーいっ」
「うわー!」

 兄妹仲良く遊ぶ癒しの時間。
 この場に居る全員が、こんな楽しい時間がずっと続けばいいのに。と思っている。

 だけど、そんな時間ももうすぐ終わり。

「じゃあ、そろそろ母ちゃんが帰ってくるから終わりにしような」
「えー」
「もう少しだけあそぼーよ」
「ちょっとだけならだいじょうぶだよ」
「俺ももう少し遊んでいたいんだけど……」

 中々言うことを聞いてくれず、駄々を捏ねて離れようとしない3人。

 こんな些細な時間でさえも愛おしいけど、一樹は強引に体を起こす。

「ほら、良い子だから言うことを――」

 ガチャッ――と扉が閉まる。

「ほら! またそうやって遊んでばかり! 宿題は終わったの!? 明日の準備は!?」
「「「おわってない」」」
「じゃあなんで遊んでるの! そんなんだから――」
「母さん、そこまでにしてやってくれ。遊びを持ち掛けたのは俺なんだ」
「またそうやってあの子たちを庇って。わかってるんだよ、あんたがまたそうやって甘やかすからいけないんだ!」
「……」
「それに、あんただってちゃんと勉強してるのかい?! 私には成績の良し悪しはわからないけど、ちゃんと勉強してないと良い所には就職できないんだから!」

 一樹は母親に見えないように拳へ力を込める。

「ああ、わかってるよ。今はまだ学力の方はまだまだだけど、ちゃんと勉強して――」
「ほらそうじゃない! 遊んでる暇があったら、ちゃんと勉強して良い点数を取るんだよ! 泊り会だって、勉強会だからって許可したんだからね」
「…………わかったよ」

 反論したい気持ちをグッと堪えてスッと立ち上がった一樹は、今で勉強を再開する兄妹たちを置いて自室へと向かった。



 早速机に向かう一樹。
 机の上に教材を広げ、勉強を始めようとした時だった。

 本日の授業内容が脳裏に過る。
 心躍る体験、自分の思い通りにできる快感。
 
 心が、腕が、足がウズウズとしてしまう。
 
「あー、勉強なんて無理だ」

 一切の手を付けず立ち上がり、窓を開けて風通しを良くする。

 そして、一度だけ考える。

「音が出ないやるは……よし、これだ」

 足を肩幅まで開き、スクワットを始める。

「次は、腕立て伏せか。――四、五、六――」

 一樹は常日頃、こう考えている。
 全ては裕福でないことからこうなってしまっているのだ、と。

 両親は共働きで、母親は夕方に、父親は夜に帰宅する。
 仕事疲れしている両親は、弟たちに構うことなくご飯を作り家事を行う。

 そして、決まって口を揃えてこう言う。

 ――「ちゃんと勉強しているのか」と。

 耳に胼胝ができるぐらい聞かされているこの言葉は、その声が聞こえないところでも呪いのように聞こえてくる。
 
 だが、その考えも理解している。
 学が無ければ、給料の良い所に就職できず、再び苦しい生活を強いられる。
 そんな思いをして欲しくないという一心で、両親は口酸っぱくそう言っている。ということを。

 実際問題、一樹は痛いほどそれを理解している。
 体を動かすことには誰よりも自信はあるが、勉強の方はいつもギリギリ。
 周りの人間はその両方で結果を出している。
 それに焦りを感じないわけがなかった。
 それだけではない。
 単純な学力だけではなく、その戦い方も一味も二味も違う。
 自分みたいに猪突猛進ではなく、回避し、弱点へ的確に攻撃を加えていた。
 まさに、頭を使って戦っている。

 ――自分との差。

 周りの人間に恵まれた、と同時に、周りの人間より劣っているのが明白となった。

 焦りを感じないはずがない。
 だが、勉強に集中できないのもまた事実。

 そんな葛藤を打ち払うように、一樹は一心不乱に体を鍛え続ける。
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