60 / 129
第三章
第13話『――長月一華』
しおりを挟む
「ただいま……」
そう言い終え、玄関のカギを締める一華。
玄関に並ぶ靴はなく、「おかえり」という声ではなく、ただ静寂が返ってくる。
段差の縁に座り靴を脱いでは端の方に揃え、木造の廊下から居間へ真っ直ぐに向かう。
「今日は何にしようかな」
物音しない部屋の中、鞄をソファーに置いた後、台所に足を進める。
まずは水道で手を洗い、台所端にある炊飯器の中に目を通す。
開けると、中から白い湯気がぶわあっと噴き上がり、熱さに顔を一瞬背ける。
再び目線を戻すも、中身は一人分しかない。
「食べて、お米炊かなくっちゃ」
ちょちょいとしゃもじでお米を茶碗に盛り、次は保冷庫の中身を確認。
「お野菜……お肉……卵……」
当然のことながら、今朝に確認したままの食材が並んでいる。
「よし、私のは簡単に済ませちゃって、お父さんとお母さんの作り置きをっと」
保冷庫から食材をパッパッと取り出し、調理開始。
包丁で器用に切り刻み、フライパンの上に放り投げる。
魔力コンロに着火し、点火。
軽快な音を立てながら野菜たちを菜箸で転がす。
調理にはそこまで時間が掛からなかった。
出来上がったのは質素なラインナップ。
白米に野菜炒め、そして汁物。
この短時間で自分の食事と両親用の作り置きを完成させた。
皿に盛った料理を机まで運ぶ。
そして小さく、
「いただきます」
こんな生活を続けて、もう五年は経つ。
中学校に進学した頃を境に、母も働きに出始めた。
最初の頃は母が作り置きをしてくれていたけど、それも次第になくなっていった。
もちろん料理なんてできなかったため、家庭科の先生に料理を教わったり、自分で挑戦してみたり。
食事だけではない。
今では、洗濯・掃除などの家事全般を一人でこなしている。
両親は帰宅すれば、食事をし、お風呂を終えれば寝てしまう。
タイミング良く顔を合わせても、世間話の一つもなく、それは両親同士も同じ。
それに加え、一人っ子。
そんな愚痴を中学の友達に話したこともあった。
でも、最初こそ心配されるも、友達は次第に距離を置くようになってしまった。
いつかの記憶を薄っすらと思い出していると、皿の中身は既に空っぽ。
「ごちそうさまでした」
誰に見られるわけでなくても、しっかりと手を合わせる。
「小さい時、お母さんが教えてくれたっけ……」
そんな小言を零し、食器を台所まで運んで洗い始める。
もやは全てが手慣れたもの。
洗濯物も干し終え、自室に向かうため木造の階段を上がる。
部屋に着くと荷物を入り口付近に投げ、明かりをつける。
最初に向かうはベッド。
ベッドの上に畳んで置いてある部屋着に手を伸ばし、着替え始める。
脱いだ制服をハンガーに纏わせて壁に掛け、着替え終了。
次に向かうは勉強机。
普段であれば、このまま勉強を始めるのだけど、最近までテスト勉強に根詰めていたため、あまり気が進まない。
それに、突拍子もないテストではあったけど、あれのおかげで今学期の総テストがないというおまけがついている。
ともなれば、勉強より趣味を優先。
椅子に座り、机の一角にある小さな本棚へ手を伸ばし、一冊の本を手に取る。
タイトル名『彩国の宝姫』。
魔力で宝石が創れる世界では、その色が魅せる輝きで位が決まってしまう。そんな世界で、無色透明な宝石しか創れない女の子が成り上がる物語。
一華は、主人公であるミカに憧れを抱いていた。
彼女は、この世の全ての人間から蔑まされようとも、自分を貫き、諦めない。
どんな逆境に打ちひしがれようとも、どん底に叩き落されようとも、何度も立ち上がり、その困難へと立ち向かう。
自分もいつかはこうなりたい。
自分もそうありたいと願った。
……だけど、そんな勇気は一度も奮わえたことはない。
常に相手の顔色を窺い、相手に合わせる。
自分の思いを言葉にできたこともない。
ましてや、逃げ出すことすらできない。
そんな自分に苛立ちを覚えることすらできない。
――諦め。
それしかない。
でも、この本を読んでる時だけは、全てを忘れられる。
そして、主人公のミカに自分を重ねるのだ。
ミカは物語の中では、沢山の人を助けたりもする。
みんなからは英雄なんて呼ばれてもいる。
物語に没頭して、想う。
「私も、こんなかっこいい英雄になりたいな」
そんな、今の自分には絶対に叶えられない夢を、長月一華は儚げに呟いた――。
そう言い終え、玄関のカギを締める一華。
玄関に並ぶ靴はなく、「おかえり」という声ではなく、ただ静寂が返ってくる。
段差の縁に座り靴を脱いでは端の方に揃え、木造の廊下から居間へ真っ直ぐに向かう。
「今日は何にしようかな」
物音しない部屋の中、鞄をソファーに置いた後、台所に足を進める。
まずは水道で手を洗い、台所端にある炊飯器の中に目を通す。
開けると、中から白い湯気がぶわあっと噴き上がり、熱さに顔を一瞬背ける。
再び目線を戻すも、中身は一人分しかない。
「食べて、お米炊かなくっちゃ」
ちょちょいとしゃもじでお米を茶碗に盛り、次は保冷庫の中身を確認。
「お野菜……お肉……卵……」
当然のことながら、今朝に確認したままの食材が並んでいる。
「よし、私のは簡単に済ませちゃって、お父さんとお母さんの作り置きをっと」
保冷庫から食材をパッパッと取り出し、調理開始。
包丁で器用に切り刻み、フライパンの上に放り投げる。
魔力コンロに着火し、点火。
軽快な音を立てながら野菜たちを菜箸で転がす。
調理にはそこまで時間が掛からなかった。
出来上がったのは質素なラインナップ。
白米に野菜炒め、そして汁物。
この短時間で自分の食事と両親用の作り置きを完成させた。
皿に盛った料理を机まで運ぶ。
そして小さく、
「いただきます」
こんな生活を続けて、もう五年は経つ。
中学校に進学した頃を境に、母も働きに出始めた。
最初の頃は母が作り置きをしてくれていたけど、それも次第になくなっていった。
もちろん料理なんてできなかったため、家庭科の先生に料理を教わったり、自分で挑戦してみたり。
食事だけではない。
今では、洗濯・掃除などの家事全般を一人でこなしている。
両親は帰宅すれば、食事をし、お風呂を終えれば寝てしまう。
タイミング良く顔を合わせても、世間話の一つもなく、それは両親同士も同じ。
それに加え、一人っ子。
そんな愚痴を中学の友達に話したこともあった。
でも、最初こそ心配されるも、友達は次第に距離を置くようになってしまった。
いつかの記憶を薄っすらと思い出していると、皿の中身は既に空っぽ。
「ごちそうさまでした」
誰に見られるわけでなくても、しっかりと手を合わせる。
「小さい時、お母さんが教えてくれたっけ……」
そんな小言を零し、食器を台所まで運んで洗い始める。
もやは全てが手慣れたもの。
洗濯物も干し終え、自室に向かうため木造の階段を上がる。
部屋に着くと荷物を入り口付近に投げ、明かりをつける。
最初に向かうはベッド。
ベッドの上に畳んで置いてある部屋着に手を伸ばし、着替え始める。
脱いだ制服をハンガーに纏わせて壁に掛け、着替え終了。
次に向かうは勉強机。
普段であれば、このまま勉強を始めるのだけど、最近までテスト勉強に根詰めていたため、あまり気が進まない。
それに、突拍子もないテストではあったけど、あれのおかげで今学期の総テストがないというおまけがついている。
ともなれば、勉強より趣味を優先。
椅子に座り、机の一角にある小さな本棚へ手を伸ばし、一冊の本を手に取る。
タイトル名『彩国の宝姫』。
魔力で宝石が創れる世界では、その色が魅せる輝きで位が決まってしまう。そんな世界で、無色透明な宝石しか創れない女の子が成り上がる物語。
一華は、主人公であるミカに憧れを抱いていた。
彼女は、この世の全ての人間から蔑まされようとも、自分を貫き、諦めない。
どんな逆境に打ちひしがれようとも、どん底に叩き落されようとも、何度も立ち上がり、その困難へと立ち向かう。
自分もいつかはこうなりたい。
自分もそうありたいと願った。
……だけど、そんな勇気は一度も奮わえたことはない。
常に相手の顔色を窺い、相手に合わせる。
自分の思いを言葉にできたこともない。
ましてや、逃げ出すことすらできない。
そんな自分に苛立ちを覚えることすらできない。
――諦め。
それしかない。
でも、この本を読んでる時だけは、全てを忘れられる。
そして、主人公のミカに自分を重ねるのだ。
ミカは物語の中では、沢山の人を助けたりもする。
みんなからは英雄なんて呼ばれてもいる。
物語に没頭して、想う。
「私も、こんなかっこいい英雄になりたいな」
そんな、今の自分には絶対に叶えられない夢を、長月一華は儚げに呟いた――。
0
お気に入りに追加
72
あなたにおすすめの小説

俺だけ展開できる聖域《ワークショップ》~ガチャで手に入れたスキルで美少女達を救う配信がバズってしまい、追放した奴らへざまあして人生大逆転~
椿紅颯
ファンタジー
鍛誠 一心(たんせい いっしん)は、生ける伝説に憧憬の念を抱く駆け出しの鍛冶師である。
探索者となり、同時期に新米探索者になったメンバーとパーティを組んで2カ月が経過したそんなある日、追放宣言を言い放たれてしまった。
このことからショックを受けてしまうも、生活するために受付嬢の幼馴染に相談すると「自らの価値を高めるためにはスキルガチャを回してみるのはどうか」、という提案を受け、更にはそのスキルが希少性のあるものであれば"配信者"として活動するのもいいのではと助言をされた。
自身の戦闘力が低いことからパーティを追放されてしまったことから、一か八かで全て実行に移す。
ガチャを回した結果、【聖域】という性能はそこそこであったが見た目は派手な方のスキルを手に入れる。
しかし、スキルの使い方は自分で模索するしかなかった。
その後、試行錯誤している時にダンジョンで少女達を助けることになるのだが……その少女達は、まさかの配信者であり芸能人であることを後々から知ることに。
まだまだ驚愕的な事実があり、なんとその少女達は自身の配信チャンネルで配信をしていた!
そして、その美少女達とパーティを組むことにも!
パーティを追放され、戦闘力もほとんどない鍛冶師がひょんなことから有名になり、間接的に元パーティメンバーをざまあしつつ躍進を繰り広げていく!
泥臭く努力もしつつ、実はチート級なスキルを是非ご覧ください!

【悲報】人気ゲーム配信者、身に覚えのない大炎上で引退。~新たに探索者となり、ダンジョン配信して最速で成り上がります~
椿紅颯
ファンタジー
目標である登録者3万人の夢を叶えた葭谷和昌こと活動名【カズマ】。
しかし次の日、身に覚えのない大炎上を経験してしまい、SNSと活動アカウントが大量の通報の後に削除されてしまう。
タイミング良くアルバイトもやめてしまい、完全に収入が途絶えてしまったことから探索者になることを決める。
数日間が経過し、とある都市伝説を友人から聞いて実践することに。
すると、聞いていた内容とは異なるものの、レアドロップ&レアスキルを手に入れてしまう!
手に入れたものを活かすため、一度は去った配信業界へと戻ることを決める。
そんな矢先、ダンジョンで狩りをしていると少女達の危機的状況を助け、しかも一部始終が配信されていてバズってしまう。
無名にまで落ちてしまったが、一躍時の人となり、その少女らとパーティを組むことになった。
和昌は次々と偉業を成し遂げ、底辺から最速で成り上がっていく。

【超速爆速レベルアップ】~俺だけ入れるダンジョンはゴールドメタルスライムの狩り場でした~
シオヤマ琴@『最強最速』発売中
ファンタジー
ダンジョンが出現し20年。
木崎賢吾、22歳は子どもの頃からダンジョンに憧れていた。
しかし、ダンジョンは最初に足を踏み入れた者の所有物となるため、もうこの世界にはどこを探しても未発見のダンジョンなどないと思われていた。
そんな矢先、バイト帰りに彼が目にしたものは――。
【自分だけのダンジョンを夢見ていた青年のレベリング冒険譚が今幕を開ける!】
世界中にダンジョンが出来た。何故か俺の部屋にも出来た。
阿吽
ファンタジー
クリスマスの夜……それは突然出現した。世界中あらゆる観光地に『扉』が現れる。それは荘厳で魅惑的で威圧的で……様々な恩恵を齎したそれは、かのファンタジー要素に欠かせない【ダンジョン】であった!
※カクヨムにて先行投稿中

最強無敗の少年は影を従え全てを制す
ユースケ
ファンタジー
不慮の事故により死んでしまった大学生のカズトは、異世界に転生した。
産まれ落ちた家は田舎に位置する辺境伯。
カズトもといリュートはその家系の長男として、日々貴族としての教養と常識を身に付けていく。
しかし彼の力は生まれながらにして最強。
そんな彼が巻き起こす騒動は、常識を越えたものばかりで……。

特殊部隊の俺が転生すると、目の前で絶世の美人母娘が犯されそうで助けたら、とんでもないヤンデレ貴族だった
なるとし
ファンタジー
鷹取晴翔(たかとりはると)は陸上自衛隊のとある特殊部隊に所属している。だが、ある日、訓練の途中、不慮の事故に遭い、異世界に転生することとなる。
特殊部隊で使っていた武器や防具などを召喚できる特殊能力を謎の存在から授かり、目を開けたら、絶世の美女とも呼ばれる母娘が男たちによって犯されそうになっていた。
武装状態の鷹取晴翔は、持ち前の優秀な身体能力と武器を使い、その母娘と敷地にいる使用人たちを救う。
だけど、その母と娘二人は、
とおおおおんでもないヤンデレだった……
第3回次世代ファンタジーカップに出すために一部を修正して投稿したものです。

現代ダンジョンで成り上がり!
カメ
ファンタジー
現代ダンジョンで成り上がる!
現代の世界に大きな地震が全世界同時に起こると共に、全世界にダンジョンが現れた。
舞台はその後の世界。ダンジョンの出現とともに、ステータスが見れる様になり、多くの能力、スキルを持つ人たちが現れる。その人達は冒険者と呼ばれる様になり、ダンジョンから得られる貴重な資源のおかげで稼ぎが多い冒険者は、多くの人から憧れる職業となった。
四ノ宮翔には、いいスキルもステータスもない。ましてや呪いをその身に受ける、呪われた子の称号を持つ存在だ。そんな彼がこの世界でどう生き、成り上がるのか、その冒険が今始まる。
役立たずと言われダンジョンで殺されかけたが、実は最強で万能スキルでした !
本条蒼依
ファンタジー
地球とは違う異世界シンアースでの物語。
主人公マルクは神聖の儀で何にも反応しないスキルを貰い、絶望の淵へと叩き込まれる。
その役に立たないスキルで冒険者になるが、役立たずと言われダンジョンで殺されかけるが、そのスキルは唯一無二の万能スキルだった。
そのスキルで成り上がり、ダンジョンで裏切った人間は落ちぶれざまあ展開。
主人公マルクは、そのスキルで色んなことを解決し幸せになる。
ハーレム要素はしばらくありません。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる