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第五章

第42話『いつもと違う景色』

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 校門の線を越えて敷地から出ようとしたときだった。

「あ、やっときた」

 その声に振り向くとそこには、壁に寄りかかってこちらを覗く守結まゆの姿。
 予想外な出来事に、視線を向けたまま硬直してしまった。

「ぷっふふ、なにその顔。しーくん、お口開けたままだし、今、かなり変な顔してるよ」

 僕は瞬きを数度して、目の前でお腹を抱えて笑う守結まゆへ疑問を投げかけた。

「てっきり先に帰ってると思ってたんだけど、なにか忘れものでもあったの?」
「そういうわけではないけど……んんん? ちょっと待ってよ。もしかして、しーくんの中で私は結構な薄情人間っていう印象ってこと? え? そういうことなの?」

 疑問を一つ、また一つと挙げながら一歩、また一歩と間合いを詰めてきた。
 それから逃げるように、僕も一歩、また一歩と後退して手のひらを高速で振る。

「ち、違うよ! だって……ほら、放課後の下校を一緒にしたのってかなり昔というか……滅多になかったじゃん」
「…………まあね。それは確かに、そうだけどね。でもなんというか、今のは傷つきましたっていうか」
「ご、ごめんって」

 ふんっ、と口を尖らせて横を向く守結に手のひらを合わせて頭を下げて謝罪。
 手を合わせたまま恐る恐る顔を上げると、横目でこちらを見ている守結が、

「ぷっふふ、冗談冗談。全然怒ってませーん」

 と、先ほどまでとは打って変わった笑顔をこちらに向けている。
 僕がこうも態度を変えるのも理由がある。
 守結の機嫌を損なうと、それが直接自分に返ってくるからだ。
 一番わかりやすい例を挙げると、ご飯が圧倒的に簡素なものになる。弁当に限っては、白米に塩だけになるといった感じになる。
 それだけではないけど、それらの心配もいらなそうだ。

「じゃあ、帰ろっか」

 その言葉の後、僕たちは歩き出した。
 校舎からは賑やかな声が薄っすらと聞こえてくる。
 それもそのはず。現在はちょうど昼食時で、こうして下校しているのは二学年だけだ。
 早退扱いにならないけど、若干の背徳感を抱きつつも帰路に就く。

 未だこの道に慣れてはいない。
 こちらにきて、そこまで日が経っていないのだからそれはそうではあるけど、僕にとっては少しだけ違った。
 いや……これもまた違うのかもしれない。
 こうして、目線を上げて道を歩いたのはいつぶりだろうか。
 少なくとも、以前いた学校での景色はほとんど覚えていない。

「あ、そうそう忘れてた」

 並んで歩く守結は、そう呟いて足を止めていた。
 僕も足を止めて振り返ると、

「さっき聞こうとしてたこと、憶えてる?」
「さっきのこと? ……ごめん、憶えてないかも」
「まあ、それもっか。状況も状況だったし、しょうがないか。畏まった内容じゃないんだけど……そう、結月のことだよ」

 完全に忘れていた。
 その名前を聞いて目と口をハッと開いて、一瞬固まる。

「そ、そういえばそんなこともあったね」

 僕の反応を見るに、守結の眉間がピクリと動くのが見えた。

「ちゃ、ちゃんと全部話すから、ね。ほら、歩きながら話そうよ」

 このまま立ち話をしていては、というか真っすぐ目を見て話すにしては精神衛生的によくない。
 再び歩き出して、数日前に起きたことを一から話すことにした。

「――と、いった感じなんだ。これ以上のことは何もなく、証人としてかえで椿つばき、兄貴が証人だから今晩にも聞いてみてよ」
「なるほどねー。なんというか、にわかに信じがたい内容ではあるけど……だってそうでしょ? 転校初日に出会って、そこから気に入ったからといって――ていうか、なんというか、それってただのストーカーなんじゃ……?」
「そういう気質があるのかもしれないけど、現に今はいないわけだしギリギリ違うみたいだけどね」
「たしかに……なるほどねー。うん――よっし、わかったよ。今回の件はこれでおっしまい。あースッキリしたっ」

 この話で納得してくれたようで、これ以上の悪化しなさそうで一安心。
 守結は吹っ切れたかのように、足取り軽く歩き始めたのを確認。
 それを見て僕は胸を撫で下ろし、一度だけ軽く鼻から息を漏らし歩き続けた。
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