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第四章

第33話『勝利目前の迫る影』

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「え、なに、なになに!」

 真っ先に反応したのは美咲みさきだった。
 いや、美咲みさき以外誰も気づいていない。

「ちょっとまずいかもしれないね」
「え、それってどういう――」
「はぁ、はぁ――す、すまねぇ」
「わりぃ、俺たちは先に逃げるぞー! こんなんリタイアだー!」

 1人の男子生徒を取り残して、他の数人は僕たちを通り越して全力疾走で駆け抜けていった。

「そんなに急いでどうしたの?」
「なにごとなにごと」

 焦りに焦って、膝に手をついて呼吸を整えている男子生徒に質問を投げかけた。
 攻撃に集中してた彩夏さやか幸恵さちえもさすがに気づいて反応している。

「すまないが、事情を説明している暇はないんだ。だけど、これだけは言っておく。逃げるんだ。じゃあ、忠告はしたからな、わかったか、逃げるんだぞ!」

 それだけを言い残して、彼は再び足を動かし始めて走り去っていってしまった。
 このあまりにも急な展開すぎて理解に苦しむ状況。
 すぐに後を追ってくるような影はない……が。

 可能性を考える。
 逃走した彼らの様子を察するに、そこら辺のモンスターではない。
 それに、対処しきれない数との対峙であったとしたら、すでにその影はみえているはずだけど、それもない。
 じゃあ、一体なんだというんだ……。

「なんだかよくわからないけど、志信しのぶくん。あの様子だと、もう少しで勝てるよ!」

 ソルジャーラットは、攻撃を食らっては仰け反り態勢を変え、攻撃を食らっては仰け反りを繰り返している。
 僕は前回あのような姿はみていないけど、美咲がそういうならばそうなのだろう。
 彼の言葉が気掛かりではあるけれど、ソルジャーラットを先に倒してしまえば、きっと対処できるだろう。

 ――――音が聞こえた。

 ドン、ドン、という聞き馴れない音。
 だけどその音は、一度、二度と聞こえ、確実にこちらに向かってくる。
 得体の知れない不安を確認しようと、振り返ると……。

「なっ⁉」

 そこには、どうやっても見間違えるはずのないほど大きく、白銀の毛皮に身を包んだモンスターがいた。
 二足歩行のそれは、優に見上げるほどの身長――僕の身長と同じぐらいの一振りの剣をショルダープレートに乗せている。
 隆起した筋肉、長細い顔立ちに前面に出ている鼻と牙。
 僕は、その鼠のような容姿に見覚えがあった。その名は――。

 ――レンジャーラット。

 学生……いや、ダンジョンに挑む者なら必ず通る最初の関門。
 つまりそれが意味するのは、そう――階層ボス。
 通常ならボス専用の階層があって、そこにしかいないようなモンスター。

「今度はどうしたの志信しのぶくん? ……え……なにあれ……」

 常に近い距離にいる美咲は振り返ると同時に、あれを見てしまったようだ。

「美咲、落ち着いてきいて。あのモンスターは、この状況において絶望的なモンスターで、このままだと僕たちは全滅する」
「う、うん」
「後からみんなに伝えてほしい。僕があいつの足止めをするから、その間にソルジャーラットを討伐してほしい。そしたら、彩夏さやか幸恵さちえに足止めを頼んで、撤退。――頼んじゃっていい……かな」

 突発的な状況ではある。
 そして、あのモンスターが今までと違うというのは、きっと誰がみても一目瞭然。
 そんな状況で、1人で行くということの危険性なんて誰でもわかる。
 だけど、今の戦況で動けるのは僕1人……。

「わかった。私、信じるよ」
「……ありがとう。じゃあ、行くね」

 と、踵を返して足を進めようとしたときだった。
 右手の服の裾を掴まれた感覚に、半身を返しすと、

「大丈夫……なんだよね……? 前回みたいに、なっちゃわないよ……ね?」

 その手は、細かく震えていて、その目には薄っすらと光るものがあった。

「今回は一対一、絶対に油断しない。必ずみんなで撤退しよう」
「……わかった。うん、わかったよ」

 離した手をグッと握り胸に当て、美咲はそう言った。
 そして、不安が残るような顔はそこにはなく、希望に満ちた顔だけがそこにはあった。

 ――今度こそ、出番だ。

 前回の失敗を繰り返すわけにはいかない。
 1人でなんとかなると思うな。仲間を信じるんだ。
 僕は1人じゃない。みんなと――パーティで戦ってるんだ。

 ――集中しろ、行くぞ。
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