転校から始まる支援強化魔術師の成り上がり

椿紅颯

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第四章

第24話『嵐のような少女』

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「ねえねえ、それでねー」

 今日も変わらず、元気の塊みたいな存在と歩きながら教室の前に辿り着いた。

「あー。もう着いちゃったか、じゃっあねーっ」

 朝から繰り広げられていた止まることを知らない話の数々は終わりを迎え、背中まで垂れる栗色の髪を左右に揺らしながら自教室へと向かっていった。
 空元気とも言えてしまいそうな溢れんばかりの元気。あれはいったいどこから湧き上がってくるのだろうか。時々考えることがあるけど、一度たりともその答えに辿り着いたことはない。

 僕も自教室へと入ると、窓際最後方の自席付近に人だかりができている。
 その渦中にいるのは、隣席の桐吾、その前席の美咲と彩夏。
 手のひらを左右に小刻みに動かして苦笑いをしている。察するに、昨日のことでいろいろと質問攻めか称賛の嵐といったところだろう。
 あの様子だと正直近づきにくいし、授業開始まで時間の猶予があるから別のところに移動した方が良さそうだ。

 教室の敷居を再び跨いで廊下を歩きだした――。

 校内は正直、未だに覚えきっていない。
 数日前に転校してきたばかりだし、迷子になりたくない。
 この場合、どこに行くのが正解なのだろうか。
 時間が迫って移動しなければいけなくなっても、迷うことなく教室に戻れる場所…………校庭、ぐらいが妥当かな。
 学校探索のときに見つけて、独りでいるには丁度よさそうな場所だと思う。
 他を探している時間がもったいない。早速あそこに向かおう――――。


 ――――目的地に辿り着いた。
 ここは、外授業のときに休んだりする場所で、足元は雨水等が流れるような渇いた水路になっている。
 この時間は誰一人いなく、こんなところを誰かが通る心配をする必要もなさそうだ。
 元より、誰かが通りかかったとしても何一つ問題がないと思うのだけれど。

 硬いコンクリート床に腰を落として、鞄に手を伸ばした。
 そこから取り出したのは、一冊のノート。
 授業で使うノートではなく、戦術や各クラスのスキルなどを書き起こした自作ノート。自宅に置いてあるものとは別に作ってある物。
 それを眺めながら独り妄想に耽ることにした。
 その中で色んなパターンを想定して、自分の知識を活かしてこれに対処。細かいミスも想定しつつ、一つ一つ焦らないように順序立てていく。

「はぁ……」

 ため息が零れる。
 嫌でも合同演習のことが頭に過ってしまう――。

 もっといろんなことができたはずだ。
 決断を急いでしまった。
 考えれば考えるほどに、自然と拳に力が入る――悔しい、ただそれだけが込み上がってきた。

 ――知識欲全開でノートに食らい付いていると、真横……耳元で心地よくも澄んだ声で囁かれた。

「ねえキミ、なにしてるの?」
「っ!」

 咄嗟の出来事に体がビクリッと跳ね上がる。
 その声の方に恐る恐る視線を向けると、そこには1人の少女が前屈みで立っていた。

「うわっ、そんなに驚かれると、こっちもビックリしちゃうよーっ。でも、急に話しかけちゃってごめんねっ」

 彼女はそういうと、両手を合わせてウインクを一度。少し舌を出して首を傾けている。
 その可愛らしい仕草に、一瞬ドキッとしてしまった。
 でも、初対面の相手に赤面を晒してしまえば、完全にこちらが不審者極まりない。

「少し驚きましたけど、なにかご用ですか……? それとも、なにかの邪魔をしてしまいましたか?」
「あ、いやいや! そういうのとかじゃないのっ! こっちこそ急に声をかけちゃってごめんなさい、気を悪くさせちゃったね」
「いえ……じゃあ、この件はお相子ってことで」
「いいねっ、それ賛成! ――それで、キミはここでなにをしているの? 涼しい朝に読書って感じかな?」
「まあ、大体そんな感じです。ただ、読んでいるのは本ではなくて、復習ノートだけど」

 目の前の彼女は顎に手を当てて「ほおほお」と頷いている。

「へえ……じゃあ、勉強熱心ってことなのかな? すごいねキミ!」
「はあ、まあ……?」

 この感じ、物凄く憶えがある。
 グイグイ来たり、この陽気に話す姿。身振り手振りが騒がしい感じ。
 まさに既視感。誰だったかな……思い浮かびそうだけど出てこない。

「あ、そうだ。私、月刀げっとう結月ゆづきっていうの、よろしくねっ」
「あ、ああ、僕は楠城くすのき志信しのぶ、よろしく」

 月刀げっとう、『刀』か……。
 もしかしたら、桐吾とうごとの知り合いなのかな?

「そうそう、自己紹介っていったら、やっぱりクラスも紹介しないとね。私は、ウォーリアだよっ。キミは? あ、待って待って、当てて見せるっ。うーん、真面目……勉強熱心……とするならば、メイジとか!」
「……」
「どう、どう⁉ その反応は正解ってことかな!」

 いつもこういう展開には慣れない。
 いや、慣れないというわけじゃなく、嫌いだ。
 意図していなくてもあのときの記憶が蘇ってくる。
 あの蔑むような目を向けてくる奴ら――心ない一言。
 あの環境の中であれば、気にしなくなったように振舞えても、外に出れば、体に……拳に力が入ってしまう。

 目線は下がり、声は小さくなる。
 気落ちしている僕の姿を見たせいなのか、月刀さんは声のトーンを下げ始めた。

「ねえキミ、大丈夫……? 体調が優れなかったのに、色々と話しかけちゃってごめんね」
「……いや、そういうわけじゃないんだ。――僕のクラスは、アコ……ライ……ト……」
「へえ~そうなんだ! アコライトかー、すごいじゃんっ!」
「……え?」

 先ほどの態度から打って変わり、鼻と鼻が接触しそうな至近距離まで顔を寄せてきた。
 大袈裟にも驚いた僕はそのまま後ろへ倒れ込んだ。

「やっぱりキミ、面白いねー! 楠城くすのき志信しのぶくん、か。うん、覚えたよ!」
「は、はい?」

 太陽のような笑顔を真っ直ぐに向けられては反応に困ってしまう。
 体を起こした僕は、この終始振り回されている状況に、ある人物の存在が頭に浮かんだ。――ああ、これ守結だ。
 まるで感情を行動で表現しているような、せわしない動きを繰り返す月刀さんは、急に叫び始めた。

「あーーーー! いっけなーーーーい! 私、忘れてた。ごめんね、このまま話を続けていたいんだけど、どうしてもいかなきゃいけない用事があって」
「そ、そうですか。じゃあ、いかないとですね」
「うんっ、ごめんね。また会おうね、志信っ」

 クルッと回れ右をした月刀さんは、背を向けて手を振りながら去っていった。
 いうならば、嵐が去った。といったところか。
 予鈴であるチャイムが鳴り響き、僕も立ち上がり教室へ向かうことにした。
 そして、教室に向かう際中思うことがあった。

 今思い返せば、あの人は何年生なのだろうか?
 僕はあの人と初対面だったはずだよね?
 あれ? 最後に志信って呼ばれていたような?
 まあ、たぶんまた会うことはないと思うから、さっきのことは忘れることにしよう――と。
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