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第一章
第4話『転校初日・下』
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教室からは挨拶の声が聞こえてくる。
手にじわじわと滲む汗、ドッドッドッと高鳴る心臓。
何一つ期待はしていないのに緊張してしまう。1人になった今、緊張の波が押し寄せてきた。
「えーっ、昨日お知らせした通り――」
静かな廊下に室内の声が漏れ出してきた。
その内容はもうすぐ出番がくることを知らせている。
大きく二度深呼吸――吸って吐いてを繰り返す。
深呼吸をしたのに、手足が痺れて酸欠のような感覚が襲う……目を閉じたままだったら、もしかしたら倒れてしまうかもしれない。
室内からの声は鳴り止んで、無慈悲にも足音が近づいてくる。
そして――扉が開いて海原先生が、
「さあ、どうぞ」
溢れんばかりの手汗をズボンで拭い、歯茎にグッと力を込めながら教室へと足を進めた。
教室に入ると、一瞬目を細めてしまった。
廊下では窓に背を向けていたせいか、視界一杯に広がる窓から入り込む陽の光はあまりにも眩し過ぎた――。
――光に慣れて目を開いくと、まず視界に入ったのは教卓。
次に、机が手前側から奥側に掛けて階段状に2人座りで四段、右・中央・左と分けるように通路が二本。
――次に、クラスメイト。
いつもだったら、冷淡な視線や奇異の目線を向けられる。
それを思い出すだけで、緊張が走る。
恐る恐るクラスメイトの目を見ると……違った。いつもの『それ』とは違った。
期待値を寄せる目線、目新しい者への興味の目線。
……それを見た瞬間――時間がゆっくり流れ始め……た。
「じゃあ、早速自己紹介をしてもらおうかな」
自分でも理解できない状況のなか、先生は容赦なく進行し始めた。
「この度、都市クオールドザリアのバグドミリア学園から転校してきました、楠城志信です。よろしくお願いします」
「志信君は、ご両親のお仕事の都合により転校することになって、こちらに来てまだ日が浅く、新しい環境に不便を感じると思います。なので、皆さん親身になって接してあげてくださいね」
挨拶に対する答えは静寂、集められる好奇心の視線はチクチクと刺さり続ける。
「じゃあこの流れで家族構成とか現在選択中のクラスを手短に紹介してもらおうかな」
どうせ、ここの人達も僕のクラスを聞けば……。
期待しても無駄だ。
冷ややかな目線。軽蔑の視線。優越感に浸るための道具。散々浴びた罵声。
ここでもそんな日常が待っているに違いない。
僕には、クラスメイトの顔に暗い靄が掛かってるように見える。
「5人兄妹で、一緒に転校をしてきています。兄は三年、姉は同学年の二年、妹達が双子で一年です。――現在選択中のクラスは……アコライトです……」
拳に力が入り、自然と目線が下がり――――。
(やっぱり…………)
――想定を裏切る展開が起きた。
パチパチパチと打ち鳴る音が次第に聞こえてくる。
想定外の音が耳を叩いて、目線がゆっくりと吊り上げられた。
――そこには歓迎の拍手。
靄が晴れて、クラスメイトの隠れていた顔が……表情が……認識できるようになった。
今まで家族以外の表情なんてまともに見たことがない。
どうせ見てもみんな一緒だからだ。
クラスを聞くまでは普通に接していても、事実を一度聞けば、態度が豹変して見慣れた顔になる。
これからも変わらない――諦めていたこと。いつの間にか、自分の心にも暗い靄が掛かっていた。
だけど、それが穏やかに晴れていく……そんな感じがした。
心がぐちゃぐちゃになっている僕を置き去るように、先生がぶつぶつ独り言を零しながら、
「えーっと、空いてる席……空いてる席……はっと、そうそう桐吾君の隣席が空いてたね」
と、向かって手前から右側四段目の最奥に指を差した。
「はい」と指定席の生徒が返事をした。
「志信君の席は今日からあそこね」
先生に背中を押されて、通路を抜けて指定された席へ向かい、席に着いた。
「よろしくね、楠城君」
「僕のことは志信って呼んでくれて大丈夫だよ、よろしく」
「じゃあ僕も白刃じゃなくて桐吾って呼んでね」
桐吾は、悪意の感じない笑顔で、とても爽やかな印象。
白髪に白い肌、少し見た目には物珍しさを感じるけど、不健康さなど微塵もない雰囲気を感じる。
互いに軽い自己紹介を終え、授業の内容へと意識を戻した。
――すると、先生が教材に並ぶ一項を質問していた。
「では、この問いに対しての考えを皆さんに聞いてみますか」
――答えは沈黙。
「なるほどね……担任としては皆さんは二年生ですし、勉学の成果を見せてほしいですが。じゃあここは……志信君に聞いてみましょうか」
急に集まる視線を気にせず回答する。
「はい、冒険者を目指す人は、七窟と呼ばれるダンジョンに潜り、モンスターを討伐したり財宝を探し当てて金銭を稼いで生計を立てます。それとは他に、強敵やボスを討伐して名声を集めることを目的としている人もいます」
「完璧な回答ですね。そのままダンジョンに潜らない人たちについて続きをお願いできるかな」
「はい。ダンジョンに潜らない人たちは、地上で職に就いて仕事をしている人もいます。選択したクラスで得たステータスを有効活用する仕事をしたり、事務職をしている人もいます」
回答を終えると、軽い拍手が沸き上がった。
「志信君ありがとうね、座って大丈夫だよ。――最後に、ダンジョン内でしか使えない冒険者のステータスが、どうして地上で使えるのかについて話していきます。それはここ、ガザウェルマリア国には中央首都サーコカトミリアを中心に巨大な結界が展開されています。それは第一、二、三、四、五、六、七の都市を全て覆い尽くしています。この結界中ではステータスが地上でも反映されます。このステータスから成る装備以外で外傷を負わせることは結界により全て無効化されます。例えば――銃や刃物等で襲われたとしても、かすり傷程度で済んでしまいます。逆を言えば、結界外に出てしまえば結界の恩恵がないただの人間になってしまいます」
この解説に一つ付け加えるとすると、国や都市が結界に覆われた。というよりは結界の中に国が建国され、順々に都市ができたという感じだ。なので、結界の切れ目が国境となっている。
みんなは、先生と目線を合わせないように俯いたり教科書に目を向けている。
先生は文頭に鼻を通すため息を溢してから、
「これで、今回の授業は以上になります。皆さんも、座学はもうほとんどないからといって、サボっていると痛い目をみますよ。志信君を見習ってくださいね」
――昼休み時間に入るや、珍しい転校生という存在に興味を示す生徒に囲まれていた。
「いやあ、さっきのやるじゃん」
「ねー! 私とか目を合わせたら終わりだと思って、すぐに目線反らしたもん」
唐突の出来事に心の整理が追い付かない。
どの言葉に返せばいいかわからないなか、話だけがどんどん進んでいく。
「一年の時は座学がほぼ全てだったから、ああいうの憶えてた気がするけどテストが終わると忘れるよねー」
「そうそう、一年でやった内容を引っ張ってこられると正直お手上げだよな」
慣れない状況に「そうだね」と「あはは……」と苦笑いの二動作だけしかできない。
「そういえば、楠城君って兄妹いるって言ってたよね?」
「うん、いるよ。5人兄妹で一年に妹の楓と椿、同学年に守結、三年に兄の逸真って感じ」
「やっぱりあれって本当なのか⁉」
『あれ』とはなんのことだろうか。
僕に兄妹がいることが、なにか話題性があるか。
机周辺に集る、名前も憶えれていないクラスメイトが黄色い声を上げ始めた。
この話題はあっという間にクラス中に広がり、興味がある生徒が餌に群がるハイエナの如く集合し始め、烏合の衆の女生徒が1人、勢いよく口を開いて、
「じゃあじゃあ守結さんて、『舞姫』と『結姫』の二つ名が有名よね~……何組なの⁉ 教えて教えて!」
その女性徒は、物凄い捲し立て口調で質問をぶつけてきて、「二組だよ」と教えるや飛ぶように走り去っていき、同じく数人も後を追って去っていった。
話は終わらず後方の男子は、
「てことはさ、逸真先輩ってあの『戦鬼』の異名を持つ人だろ? とんでもなく強くて怖いって印象だけど、実際はどうなん? 家では猛特訓してたり、身内にも厳しいとか?」
「全然そんなことはないよ。家では普通……だと思うし、面倒見がいい普通の兄貴って感じ」
「へえ~そうなのか! 今度先輩に声を掛けてみようかな」
そういえば、そんな異名が付けられていたような気がする。
2人は実際、普通って感じだしみんなが思い描く人物ではないと思う。
会話に集中していて弁当の中身を無意識に口に運んでいた。
そんなこんなしていると、気づけば昼休み終わってしまっていた。
――本日も残すところ後わずか、あっという間の一日だった。
心が軽い。体が軽い。頭が軽い。
こんなに気分が晴れて、楽しいと思えた学校生活なんて今までなかった。
ここから新しく始まるんだ。やっと……ここから――。
手にじわじわと滲む汗、ドッドッドッと高鳴る心臓。
何一つ期待はしていないのに緊張してしまう。1人になった今、緊張の波が押し寄せてきた。
「えーっ、昨日お知らせした通り――」
静かな廊下に室内の声が漏れ出してきた。
その内容はもうすぐ出番がくることを知らせている。
大きく二度深呼吸――吸って吐いてを繰り返す。
深呼吸をしたのに、手足が痺れて酸欠のような感覚が襲う……目を閉じたままだったら、もしかしたら倒れてしまうかもしれない。
室内からの声は鳴り止んで、無慈悲にも足音が近づいてくる。
そして――扉が開いて海原先生が、
「さあ、どうぞ」
溢れんばかりの手汗をズボンで拭い、歯茎にグッと力を込めながら教室へと足を進めた。
教室に入ると、一瞬目を細めてしまった。
廊下では窓に背を向けていたせいか、視界一杯に広がる窓から入り込む陽の光はあまりにも眩し過ぎた――。
――光に慣れて目を開いくと、まず視界に入ったのは教卓。
次に、机が手前側から奥側に掛けて階段状に2人座りで四段、右・中央・左と分けるように通路が二本。
――次に、クラスメイト。
いつもだったら、冷淡な視線や奇異の目線を向けられる。
それを思い出すだけで、緊張が走る。
恐る恐るクラスメイトの目を見ると……違った。いつもの『それ』とは違った。
期待値を寄せる目線、目新しい者への興味の目線。
……それを見た瞬間――時間がゆっくり流れ始め……た。
「じゃあ、早速自己紹介をしてもらおうかな」
自分でも理解できない状況のなか、先生は容赦なく進行し始めた。
「この度、都市クオールドザリアのバグドミリア学園から転校してきました、楠城志信です。よろしくお願いします」
「志信君は、ご両親のお仕事の都合により転校することになって、こちらに来てまだ日が浅く、新しい環境に不便を感じると思います。なので、皆さん親身になって接してあげてくださいね」
挨拶に対する答えは静寂、集められる好奇心の視線はチクチクと刺さり続ける。
「じゃあこの流れで家族構成とか現在選択中のクラスを手短に紹介してもらおうかな」
どうせ、ここの人達も僕のクラスを聞けば……。
期待しても無駄だ。
冷ややかな目線。軽蔑の視線。優越感に浸るための道具。散々浴びた罵声。
ここでもそんな日常が待っているに違いない。
僕には、クラスメイトの顔に暗い靄が掛かってるように見える。
「5人兄妹で、一緒に転校をしてきています。兄は三年、姉は同学年の二年、妹達が双子で一年です。――現在選択中のクラスは……アコライトです……」
拳に力が入り、自然と目線が下がり――――。
(やっぱり…………)
――想定を裏切る展開が起きた。
パチパチパチと打ち鳴る音が次第に聞こえてくる。
想定外の音が耳を叩いて、目線がゆっくりと吊り上げられた。
――そこには歓迎の拍手。
靄が晴れて、クラスメイトの隠れていた顔が……表情が……認識できるようになった。
今まで家族以外の表情なんてまともに見たことがない。
どうせ見てもみんな一緒だからだ。
クラスを聞くまでは普通に接していても、事実を一度聞けば、態度が豹変して見慣れた顔になる。
これからも変わらない――諦めていたこと。いつの間にか、自分の心にも暗い靄が掛かっていた。
だけど、それが穏やかに晴れていく……そんな感じがした。
心がぐちゃぐちゃになっている僕を置き去るように、先生がぶつぶつ独り言を零しながら、
「えーっと、空いてる席……空いてる席……はっと、そうそう桐吾君の隣席が空いてたね」
と、向かって手前から右側四段目の最奥に指を差した。
「はい」と指定席の生徒が返事をした。
「志信君の席は今日からあそこね」
先生に背中を押されて、通路を抜けて指定された席へ向かい、席に着いた。
「よろしくね、楠城君」
「僕のことは志信って呼んでくれて大丈夫だよ、よろしく」
「じゃあ僕も白刃じゃなくて桐吾って呼んでね」
桐吾は、悪意の感じない笑顔で、とても爽やかな印象。
白髪に白い肌、少し見た目には物珍しさを感じるけど、不健康さなど微塵もない雰囲気を感じる。
互いに軽い自己紹介を終え、授業の内容へと意識を戻した。
――すると、先生が教材に並ぶ一項を質問していた。
「では、この問いに対しての考えを皆さんに聞いてみますか」
――答えは沈黙。
「なるほどね……担任としては皆さんは二年生ですし、勉学の成果を見せてほしいですが。じゃあここは……志信君に聞いてみましょうか」
急に集まる視線を気にせず回答する。
「はい、冒険者を目指す人は、七窟と呼ばれるダンジョンに潜り、モンスターを討伐したり財宝を探し当てて金銭を稼いで生計を立てます。それとは他に、強敵やボスを討伐して名声を集めることを目的としている人もいます」
「完璧な回答ですね。そのままダンジョンに潜らない人たちについて続きをお願いできるかな」
「はい。ダンジョンに潜らない人たちは、地上で職に就いて仕事をしている人もいます。選択したクラスで得たステータスを有効活用する仕事をしたり、事務職をしている人もいます」
回答を終えると、軽い拍手が沸き上がった。
「志信君ありがとうね、座って大丈夫だよ。――最後に、ダンジョン内でしか使えない冒険者のステータスが、どうして地上で使えるのかについて話していきます。それはここ、ガザウェルマリア国には中央首都サーコカトミリアを中心に巨大な結界が展開されています。それは第一、二、三、四、五、六、七の都市を全て覆い尽くしています。この結界中ではステータスが地上でも反映されます。このステータスから成る装備以外で外傷を負わせることは結界により全て無効化されます。例えば――銃や刃物等で襲われたとしても、かすり傷程度で済んでしまいます。逆を言えば、結界外に出てしまえば結界の恩恵がないただの人間になってしまいます」
この解説に一つ付け加えるとすると、国や都市が結界に覆われた。というよりは結界の中に国が建国され、順々に都市ができたという感じだ。なので、結界の切れ目が国境となっている。
みんなは、先生と目線を合わせないように俯いたり教科書に目を向けている。
先生は文頭に鼻を通すため息を溢してから、
「これで、今回の授業は以上になります。皆さんも、座学はもうほとんどないからといって、サボっていると痛い目をみますよ。志信君を見習ってくださいね」
――昼休み時間に入るや、珍しい転校生という存在に興味を示す生徒に囲まれていた。
「いやあ、さっきのやるじゃん」
「ねー! 私とか目を合わせたら終わりだと思って、すぐに目線反らしたもん」
唐突の出来事に心の整理が追い付かない。
どの言葉に返せばいいかわからないなか、話だけがどんどん進んでいく。
「一年の時は座学がほぼ全てだったから、ああいうの憶えてた気がするけどテストが終わると忘れるよねー」
「そうそう、一年でやった内容を引っ張ってこられると正直お手上げだよな」
慣れない状況に「そうだね」と「あはは……」と苦笑いの二動作だけしかできない。
「そういえば、楠城君って兄妹いるって言ってたよね?」
「うん、いるよ。5人兄妹で一年に妹の楓と椿、同学年に守結、三年に兄の逸真って感じ」
「やっぱりあれって本当なのか⁉」
『あれ』とはなんのことだろうか。
僕に兄妹がいることが、なにか話題性があるか。
机周辺に集る、名前も憶えれていないクラスメイトが黄色い声を上げ始めた。
この話題はあっという間にクラス中に広がり、興味がある生徒が餌に群がるハイエナの如く集合し始め、烏合の衆の女生徒が1人、勢いよく口を開いて、
「じゃあじゃあ守結さんて、『舞姫』と『結姫』の二つ名が有名よね~……何組なの⁉ 教えて教えて!」
その女性徒は、物凄い捲し立て口調で質問をぶつけてきて、「二組だよ」と教えるや飛ぶように走り去っていき、同じく数人も後を追って去っていった。
話は終わらず後方の男子は、
「てことはさ、逸真先輩ってあの『戦鬼』の異名を持つ人だろ? とんでもなく強くて怖いって印象だけど、実際はどうなん? 家では猛特訓してたり、身内にも厳しいとか?」
「全然そんなことはないよ。家では普通……だと思うし、面倒見がいい普通の兄貴って感じ」
「へえ~そうなのか! 今度先輩に声を掛けてみようかな」
そういえば、そんな異名が付けられていたような気がする。
2人は実際、普通って感じだしみんなが思い描く人物ではないと思う。
会話に集中していて弁当の中身を無意識に口に運んでいた。
そんなこんなしていると、気づけば昼休み終わってしまっていた。
――本日も残すところ後わずか、あっという間の一日だった。
心が軽い。体が軽い。頭が軽い。
こんなに気分が晴れて、楽しいと思えた学校生活なんて今までなかった。
ここから新しく始まるんだ。やっと……ここから――。
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