転校から始まる支援強化魔術師の成り上がり

椿紅颯

文字の大きさ
上 下
5 / 129
第一章

第4話『転校初日・下』

しおりを挟む
 教室からは挨拶の声が聞こえてくる。
 手にじわじわと滲む汗、ドッドッドッと高鳴る心臓。
 何一つ期待はしていないのに緊張してしまう。1人になった今、緊張の波が押し寄せてきた。

「えーっ、昨日お知らせした通り――」

 静かな廊下に室内の声が漏れ出してきた。
 その内容はもうすぐ出番がくることを知らせている。
 大きく二度深呼吸――吸って吐いてを繰り返す。
 深呼吸をしたのに、手足が痺れて酸欠のような感覚が襲う……目を閉じたままだったら、もしかしたら倒れてしまうかもしれない。

 室内からの声は鳴り止んで、無慈悲にも足音が近づいてくる。
 そして――扉が開いて海原かいはら先生が、

「さあ、どうぞ」

 溢れんばかりの手汗をズボンで拭い、歯茎にグッと力を込めながら教室へと足を進めた。

 教室に入ると、一瞬目を細めてしまった。
 廊下では窓に背を向けていたせいか、視界一杯に広がる窓から入り込む陽の光はあまりにも眩し過ぎた――。

 ――光に慣れて目を開いくと、まず視界に入ったのは教卓。
 次に、机が手前側から奥側に掛けて階段状に2人座りで四段、右・中央・左と分けるように通路が二本。

 ――次に、クラスメイト。
 いつもだったら、冷淡な視線や奇異の目線を向けられる。
 それを思い出すだけで、緊張が走る。
 恐る恐るクラスメイトの目を見ると……違った。いつもの『それ』とは違った。
 期待値を寄せる目線、目新しい者への興味の目線。

 ……それを見た瞬間――時間がゆっくり流れ始め……た。

「じゃあ、早速自己紹介をしてもらおうかな」

 自分でも理解できない状況のなか、先生は容赦なく進行し始めた。

「この度、都市クオールドザリアのバグドミリア学園から転校してきました、楠城くすのき志信しのぶです。よろしくお願いします」
志信しのぶ君は、ご両親のお仕事の都合により転校することになって、こちらに来てまだ日が浅く、新しい環境に不便を感じると思います。なので、皆さん親身になって接してあげてくださいね」

 挨拶に対する答えは静寂、集められる好奇心の視線はチクチクと刺さり続ける。

「じゃあこの流れで家族構成とか現在選択中のクラスを手短に紹介してもらおうかな」

 どうせ、ここの人達も僕のクラスを聞けば……。
 期待しても無駄だ。
 冷ややかな目線。軽蔑の視線。優越感に浸るための道具。散々浴びた罵声。
 ここでもそんな日常が待っているに違いない。

 僕には、クラスメイトの顔に暗いもやが掛かってるように見える。

「5人兄妹で、一緒に転校をしてきています。兄は三年、姉は同学年の二年、妹達が双子で一年です。――現在選択中のクラスは……アコライトです……」

 拳に力が入り、自然と目線が下がり――――。

(やっぱり…………)

 ――想定を裏切る展開が起きた。
 パチパチパチと打ち鳴る音が次第に聞こえてくる。
 想定外の音が耳を叩いて、目線がゆっくりと吊り上げられた。

 ――そこには歓迎の拍手。
 もやが晴れて、クラスメイトの隠れていた顔が……表情が……認識できるようになった。

 今まで家族以外の表情なんてまともに見たことがない。
 どうせ見てもみんな一緒だからだ。
 クラスを聞くまでは普通に接していても、事実を一度聞けば、態度が豹変して見慣れた顔になる。
 これからも変わらない――諦めていたこと。いつの間にか、自分の心にも暗い靄が掛かっていた。
 だけど、それが穏やかに晴れていく……そんな感じがした。

 心がぐちゃぐちゃになっている僕を置き去るように、先生がぶつぶつ独り言を零しながら、

「えーっと、空いてる席……空いてる席……はっと、そうそう桐吾とうご君の隣席が空いてたね」

 と、向かって手前から右側四段目の最奥に指を差した。
 「はい」と指定席の生徒が返事をした。

「志信君の席は今日からあそこね」

 先生に背中を押されて、通路を抜けて指定された席へ向かい、席に着いた。

「よろしくね、楠城くすのき君」
「僕のことは志信って呼んでくれて大丈夫だよ、よろしく」
「じゃあ僕も白刃はくとうじゃなくて桐吾とうごって呼んでね」

 桐吾とうごは、悪意の感じない笑顔で、とても爽やかな印象。
 白髪に白い肌、少し見た目には物珍しさを感じるけど、不健康さなど微塵もない雰囲気を感じる。
 互いに軽い自己紹介を終え、授業の内容へと意識を戻した。

 ――すると、先生が教材に並ぶ一項を質問していた。

「では、この問いに対しての考えを皆さんに聞いてみますか」

 ――答えは沈黙。

「なるほどね……担任としては皆さんは二年生ですし、勉学の成果を見せてほしいですが。じゃあここは……志信君に聞いてみましょうか」

 急に集まる視線を気にせず回答する。

「はい、冒険者を目指す人は、七くつと呼ばれるダンジョンに潜り、モンスターを討伐したり財宝を探し当てて金銭を稼いで生計を立てます。それとは他に、強敵やボスを討伐して名声を集めることを目的としている人もいます」
「完璧な回答ですね。そのままダンジョンに潜らない人たちについて続きをお願いできるかな」
「はい。ダンジョンに潜らない人たちは、地上で職に就いて仕事をしている人もいます。選択したクラスで得たステータスを有効活用する仕事をしたり、事務職をしている人もいます」

 回答を終えると、軽い拍手が沸き上がった。

「志信君ありがとうね、座って大丈夫だよ。――最後に、ダンジョン内でしか使えない冒険者のステータスが、どうして地上で使えるのかについて話していきます。それはここ、ガザウェルマリア国には中央首都サーコカトミリアを中心に巨大な結界が展開されています。それは第一、二、三、四、五、六、七の都市を全て覆い尽くしています。この結界中ではステータスが地上でも反映されます。このステータスから成る装備以外で外傷を負わせることは結界により全て無効化されます。例えば――銃や刃物等で襲われたとしても、かすり傷程度で済んでしまいます。逆を言えば、結界外に出てしまえば結界の恩恵がないただの人間になってしまいます」

 この解説に一つ付け加えるとすると、国や都市が結界に覆われた。というよりは結界の中に国が建国され、順々に都市ができたという感じだ。なので、結界の切れ目が国境となっている。

 みんなは、先生と目線を合わせないように俯いたり教科書に目を向けている。
 先生は文頭に鼻を通すため息を溢してから、

「これで、今回の授業は以上になります。皆さんも、座学はもうほとんどないからといって、サボっていると痛い目をみますよ。志信君を見習ってくださいね」

 ――昼休み時間に入るや、珍しい転校生という存在に興味を示す生徒に囲まれていた。

「いやあ、さっきのやるじゃん」
「ねー! 私とか目を合わせたら終わりだと思って、すぐに目線反らしたもん」

 唐突の出来事に心の整理が追い付かない。
 どの言葉に返せばいいかわからないなか、話だけがどんどん進んでいく。

「一年の時は座学がほぼ全てだったから、ああいうの憶えてた気がするけどテストが終わると忘れるよねー」
「そうそう、一年でやった内容を引っ張ってこられると正直お手上げだよな」

 慣れない状況に「そうだね」と「あはは……」と苦笑いの二動作だけしかできない。

「そういえば、楠城くすのき君って兄妹いるって言ってたよね?」
「うん、いるよ。5人兄妹で一年に妹の楓と椿、同学年に守結まゆ、三年に兄の逸真いっしんって感じ」
「やっぱりあれって本当なのか⁉」

 『あれ』とはなんのことだろうか。
 僕に兄妹がいることが、なにか話題性があるか。

 机周辺に集る、名前も憶えれていないクラスメイトが黄色い声を上げ始めた。
 この話題はあっという間にクラス中に広がり、興味がある生徒が餌に群がるハイエナの如く集合し始め、烏合の衆の女生徒が1人、勢いよく口を開いて、

「じゃあじゃあ守結まゆさんて、『舞姫』と『結姫』の二つ名が有名よね~……何組なの⁉ 教えて教えて!」

 その女性徒は、物凄い捲し立て口調で質問をぶつけてきて、「二組だよ」と教えるや飛ぶように走り去っていき、同じく数人も後を追って去っていった。
 話は終わらず後方の男子は、

「てことはさ、逸真いっしん先輩ってあの『戦鬼』の異名を持つ人だろ? とんでもなく強くて怖いって印象だけど、実際はどうなん? 家では猛特訓してたり、身内にも厳しいとか?」
「全然そんなことはないよ。家では普通……だと思うし、面倒見がいい普通の兄貴って感じ」
「へえ~そうなのか! 今度先輩に声を掛けてみようかな」

 そういえば、そんな異名が付けられていたような気がする。
 2人は実際、普通って感じだしみんなが思い描く人物ではないと思う。

 会話に集中していて弁当の中身を無意識に口に運んでいた。
 そんなこんなしていると、気づけば昼休み終わってしまっていた。

 ――本日も残すところ後わずか、あっという間の一日だった。
 心が軽い。体が軽い。頭が軽い。
 こんなに気分が晴れて、楽しいと思えた学校生活なんて今までなかった。
 ここから新しく始まるんだ。やっと……ここから――。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

俺だけ展開できる聖域《ワークショップ》~ガチャで手に入れたスキルで美少女達を救う配信がバズってしまい、追放した奴らへざまあして人生大逆転~

椿紅颯
ファンタジー
鍛誠 一心(たんせい いっしん)は、生ける伝説に憧憬の念を抱く駆け出しの鍛冶師である。 探索者となり、同時期に新米探索者になったメンバーとパーティを組んで2カ月が経過したそんなある日、追放宣言を言い放たれてしまった。 このことからショックを受けてしまうも、生活するために受付嬢の幼馴染に相談すると「自らの価値を高めるためにはスキルガチャを回してみるのはどうか」、という提案を受け、更にはそのスキルが希少性のあるものであれば"配信者"として活動するのもいいのではと助言をされた。 自身の戦闘力が低いことからパーティを追放されてしまったことから、一か八かで全て実行に移す。 ガチャを回した結果、【聖域】という性能はそこそこであったが見た目は派手な方のスキルを手に入れる。 しかし、スキルの使い方は自分で模索するしかなかった。 その後、試行錯誤している時にダンジョンで少女達を助けることになるのだが……その少女達は、まさかの配信者であり芸能人であることを後々から知ることに。 まだまだ驚愕的な事実があり、なんとその少女達は自身の配信チャンネルで配信をしていた! そして、その美少女達とパーティを組むことにも! パーティを追放され、戦闘力もほとんどない鍛冶師がひょんなことから有名になり、間接的に元パーティメンバーをざまあしつつ躍進を繰り広げていく! 泥臭く努力もしつつ、実はチート級なスキルを是非ご覧ください!

僕と精霊〜The last magic〜

一般人
ファンタジー
 ジャン・バーン(17)と相棒の精霊カーバンクルのパンプ。2人の最後の戦いが今始まろうとしている。

異世界成り上がり物語~転生したけど男?!どう言う事!?~

ファンタジー
 高梨洋子(25)は帰り道で車に撥ねられた瞬間、意識は一瞬で別の場所へ…。 見覚えの無い部屋で目が覚め「アレク?!気付いたのか!?」との声に え?ちょっと待て…さっきまで日本に居たのに…。 確か「死んだ」筈・・・アレクって誰!? ズキン・・・と頭に痛みが走ると現在と過去の記憶が一気に流れ込み・・・ 気付けば異世界のイケメンに転生した彼女。 誰も知らない・・・いや彼の母しか知らない秘密が有った!? 女性の記憶に翻弄されながらも成り上がって行く男性の話 保険でR15 タイトル変更の可能性あり

【悲報】人気ゲーム配信者、身に覚えのない大炎上で引退。~新たに探索者となり、ダンジョン配信して最速で成り上がります~

椿紅颯
ファンタジー
目標である登録者3万人の夢を叶えた葭谷和昌こと活動名【カズマ】。 しかし次の日、身に覚えのない大炎上を経験してしまい、SNSと活動アカウントが大量の通報の後に削除されてしまう。 タイミング良くアルバイトもやめてしまい、完全に収入が途絶えてしまったことから探索者になることを決める。 数日間が経過し、とある都市伝説を友人から聞いて実践することに。 すると、聞いていた内容とは異なるものの、レアドロップ&レアスキルを手に入れてしまう! 手に入れたものを活かすため、一度は去った配信業界へと戻ることを決める。 そんな矢先、ダンジョンで狩りをしていると少女達の危機的状況を助け、しかも一部始終が配信されていてバズってしまう。 無名にまで落ちてしまったが、一躍時の人となり、その少女らとパーティを組むことになった。 和昌は次々と偉業を成し遂げ、底辺から最速で成り上がっていく。

日本列島、時震により転移す!

黄昏人
ファンタジー
2023年(現在)、日本列島が後に時震と呼ばれる現象により、500年以上の時を超え1492年(過去)の世界に転移した。移転したのは本州、四国、九州とその周辺の島々であり、現在の日本は過去の時代に飛ばされ、過去の日本は現在の世界に飛ばされた。飛ばされた現在の日本はその文明を支え、国民を食わせるためには早急に莫大な資源と食料が必要である。過去の日本は現在の世界を意識できないが、取り残された北海道と沖縄は国富の大部分を失い、戦国日本を抱え途方にくれる。人々は、政府は何を思いどうふるまうのか。

(完結)足手まといだと言われパーティーをクビになった補助魔法師だけど、足手まといになった覚えは無い!

ちゃむふー
ファンタジー
今までこのパーティーで上手くやってきたと思っていた。 なのに突然のパーティークビ宣言!! 確かに俺は直接の攻撃タイプでは無い。 補助魔法師だ。 俺のお陰で皆の攻撃力防御力回復力は約3倍にはなっていた筈だ。 足手まといだから今日でパーティーはクビ?? そんな理由認められない!!! 俺がいなくなったら攻撃力も防御力も回復力も3分の1になるからな?? 分かってるのか? 俺を追い出した事、絶対後悔するからな!!! ファンタジー初心者です。 温かい目で見てください(*'▽'*) 一万文字以下の短編の予定です!

最弱ユニークギフト所持者の僕が最強のダンジョン探索者になるまでのお話

亘善
ファンタジー
【点滴穿石】という四字熟語ユニークギフト持ちの龍泉麟瞳は、Aランクダンジョンの攻略を失敗した後にパーティを追放されてしまう。地元の岡山に戻った麟瞳は新たに【幸運】のスキルを得て、家族や周りの人達に支えられながら少しずつ成長していく。夢はSランク探索者になること。これは、夢を叶えるために日々努力を続ける龍泉麟瞳のお話である。

ド田舎からやってきた少年、初めての大都会で無双する~今まで遊び場にしていたダンジョンは、攻略不可能の規格外ダンジョンだったみたい〜

むらくも航
ファンタジー
ド田舎の村で育った『エアル』は、この日旅立つ。 幼少の頃、おじいちゃんから聞いた話に憧れ、大都会で立派な『探索者』になりたいと思ったからだ。 そんなエアルがこれまでにしてきたことは、たった一つ。 故郷にあるダンジョンで体を動かしてきたことだ。 自然と共に生き、魔物たちとも触れ合ってきた。 だが、エアルは知らない。 ただの“遊び場”と化していたダンジョンは、攻略不可能のSSSランクであることを。 遊び相手たちは、全て最低でもAランクオーバーの凶暴な魔物たちであることを。 これは、故郷のダンジョンで力をつけすぎた少年エアルが、大都会で無自覚に無双し、羽ばたいていく物語──。

処理中です...