上 下
2 / 129
第一章

第1話『新たなスタート、変わった日常?』

しおりを挟む
 ――ハッと、目が覚める。いつもの悪い癖だ。
 それは誰かに起こされるわけではなく、騒がしい物音などで起こされるわけでもなく、自分の高鳴る鼓動で覚醒する。
 そんな強制的な目覚めはとても気持ちが悪い、これの原因を僕は知っている。
 日々の絶えない罵詈雑言ばりぞうごん、大人は見て見ぬ振りの粗暴行為そぼうこうい、誰にも相談できない艱難辛苦かんなんしんく、後先の見えない解決策なしの進退両難しんたいりょうなん
 これら全ては、ストレスという枠組みに集約して重く圧し掛かり続けている。
 それは早朝に始まり学校という名の牢獄に近づくにつれて重さを増し、学校の中では新たに加重され続ける。
 放課後に近づくにつれて気持ちは楽になるが、就寝時には次の日が来ることに精神が乱れる。

 強制的な目覚めは気持ちのいいものではない。
 胸の鼓動が触れなくても分かるこの状態で、何かを口にすれば……間違いなく吐き戻す。
 だからいつもこの鼓動を誤魔化すように机へと向かい勉強をする。
 この悪習慣とも言える早起きを、逆に自分の為に活かすという発想だ。

 ――ベッドから机へと向かうための一歩を踏み出して、目を開けた。

 これも癖と言えるだろう、危ないところだった。いつも眠気が残るのを理由に、まぶたを下ろしたまま机へと移動していた。
 今は家具の配置も違い、寝るときの頭の方向も違うのだから、なにかの角に足の小指をぶつけて危うく床に転がり悶絶するところだった。

 床を滑らせるように椅子を手前に引き席に着いて、座ったままでも手を伸ばせば届く本棚から、一冊の本を取り出して机上に置く。
 値段の張る本でも万能書でもないただの戦術本と各クラスのスキル本。
 その他本棚に並んでいるのも、これに似たスキル解説書やクラス解説書、集団戦術本や戦術応用本などばかり。
 これらの本は何度も読み返し、一語一句を暗記する勢いで頭の中に叩き込んである。
 それでも更に読み返し、別角度から思考してみることで新たな案が思い浮かぶ可能性があり、我流なりにも作り上げた策略や戦術をノートに書き留めておく習性を付けている。
 想像するだけではなく書き出すことによって、もしもの窮地に有力な引き出しとなってくれる。と信じて……冒険者となり、いつか必ずパーティの役に立つその日のために――。

◇◇◇◇◇

 ――いけない、この作業中はいつも時間を忘れてしまう。

 パタンと本を閉じて本棚の元の位置へと戻すし、席を立って両手を天井に突き出すように背伸びをした。
 すると、扉の方から空腹を刺激する匂いが漂ってきた。
 毎朝の、空腹時にはかなり誘惑的な匂い……その匂いに誘われるがまま、僕は部屋を後にして一階へと向かった。

「おはよー兄貴、守結まゆ姉」
「おっす、いつも通りだな」
「おはよーう、しーくん。いつも通り三着だねっ、もうちょっとでご飯出来るから待ってねっ――あっ」
「あっ?」
「ごめーん、しーくん楓と椿を起こしてきてくれないー? 今ちょっと手が離せないから、ね? お願ーい」

 守結まゆ姉は、テキパキと物凄い手際の良さで、朝食と兄妹全員分の弁当を作っている。
 兄貴は、料理が盛り付けられた皿や箸などの小物を順次テーブルへと配膳中。
 まさにこの状況で、一番手が空いている僕が妹たちを起こしにいく適役というわけ……。
 毎朝の恒例行事ではあるけど、もう少し早く降りてくれば兄貴は果たして役割を交代してくれるのだろうか?
 ……とりあえず、今日は諦めて起こしにいくしかない。

「わかったよ」

 諦め混じりの軽い返事をして、もう一度階段の方へ回れ右した――。

 ――妹達の部屋の前に付いた。扉には、ハートで模られていて『かえで椿つばき』の文字に、様々なデコレーションがされている表札が張り付けられている。
 この如何にも小さい子が好きそうな物を何歳まで使い古そうというのか、というか、前の家と違って1人一部屋になれるようになってはずだけど……。
 不用心にも開けている隣の部屋がつい気になってしまい覗いてみると、まさかの完全に空き部屋と化している。
 空き部屋というよりは、荷物入れ箱や散らばった本たちが散乱していて、一言で表すなら――倉庫。

「はぁ……」

 ため息一つ零れてしまう。
 これらを本人たちは整理整頓を自ら進んでやるのだろうか……。
 後で手伝いを懇願されるのを容易に想像できてしまい、更にため息を吐きそうになる。

 ……こんなことを考察していても時間の無駄だ。早く起こさないと遅刻してしまう。

 再び部屋の前に立って、三度扉を叩く……が、勿論返事はない。
 更に三度扉を叩く……ここまでもいつも通り。
 では、今日も仕方がない。年頃の女子の部屋、もとい自分の妹たちの部屋へ――。

 ――そうなにかの予感を漂わせるような謎の思考を巡らせ、ドアノブを回しガチャっと音と共に扉を引き開けた。
「あっ」――心の中でそう呟いた。

 視界に入る光景、それは異様な光景としか言いようがない。
 荷解きが進まず開けっ放しの箱に詰められた荷物。探すだけ探して散らかされた服。学校で使うであろうノートや筆記用具。それらが散乱している。汚部屋とまでは言わずともそれに近い状態となっている。
 それに、途中で疲れて諦めたであろう組み立て途中で放棄されたベッドの骨組み。
 壁に立てかけられたマットレスや床板。明かりが少ない部屋のなか、よく見て見るとそれは一台だけ。
 よくこの状態で寝ようと思ったものだ。と関心してしまうけど、果たしてどこで寝ているのであろうか……。
 その骨組みベッドとは反対方向に目線を送ると、そこに答えはあった。
 まさかの自分たち用のベッドマットを二枚重ねて、その上に仲良く並んで寝ていたのだ。

「いやいや、仲良しすぎるでしょ。まあ、双子ならこういうものなのか?」

 これは呆れた。「はぁ」と溜息一つ零し、やれやれといった感じで体を揺すり、「朝だぞー」とモーニングコール。
「そこまでかっ」とツッコミを入れたくなるような、息の合ったタイミングでむくりっと目を閉じたまま体を起こし始めた。

「ふぁ~、おはよー、しーにぃ」
「ふぁぁー、おふぁようございます、しのにぃ」

 目を閉じたまま、ただ声のする方向へ挨拶を返してるのだろう。半覚醒状態とでも言うのだろうかまるで幼子を相手してる気分だ。
「いや、なんでそこの愛称だけ違うねんっ」とツッコミが口から出そうだったがなんとか堪え、

「もう朝だぞー、今日から学校なんだから。初日から遅刻とか笑えないぞー」

 追加のあくびをして、眼に浮かんだ薄ら涙を拭っている楓と椿にそう催促し、返答を待たずに部屋を後にした。


 朝食はもう『凄い』の一言。
 通常、忙しい朝は冷凍食品を解凍したり、ご飯に汁物とおかずといったメニューが一般的だろう。つい昨日と全く一緒だ、なんて感想を持つ人は少なくないはず。
 でも、守結姉の作る朝食に抜かりはない。バリエーションの多さはどこからくるのか、と一度聞いてみたいところだけど、その話題に触れれば論文発表の如く力説されるだろう。それは時間の消費が凄そうだから、やめておこう。

 ――朝食を終え、身支度の時間。
 これを終えれば、後は登校するだけ。ワイシャツのボタンを締めてネクタイを結び、昨日練習したかいがあった。一発でネクタイを結ぶことができて少しテンションが上がる。
 これで準備万端、鞄に荷物は入れてあるし、後は――。

「あああああ! 守結姉ネクタイが結べないー!」
「守結姉守結姉っ! 私は出来ましたっ!」

 はいはい、始まりました。そんな予感はしてました。

「はいはーい、手伝ってあげるからおいでー。って椿、これ裏と表逆だよっ!」
「ええ⁉」

 守結姉も予感していたようで、手際良く世話を焼きにいっている。
 自信満々にできました宣言をしていた椿が、まさかの間違いを指摘されているのを聞いてつい吹き出しそうになった。
 クスクスと笑う姿を本人に見られると、落ち込みムードでうろつき始めるため堪えなくてはならない。緩みそうになる口をキュッと結んで必死に堪え続けた。

 一歩外に出ればいつもと違う景色、同じ空の下でも場所が変わるだけでここまで変わるんだ……視界一杯に広がる景色は新鮮で気持ちがいい。
 無駄に広い庭には区画整理された跡がある。焦げ茶色の土が盛られているのは、母がいつの間にか花を植えたり菜園を始めだしたせいなのだろう。
 また失敗するに一票。まったく、手際が良いのか悪いのか。

 兄貴は道に出て待機している。新しい制服に違和感があるのか、上着をパッパッと引っ張ったり腕の上げ下げをしている。
 守結姉は、楓と椿に「ほらっ、テキパキしないと遅刻しちゃうよー」と促し、革靴のつま先をタンタンッと叩いている。
 楓は髪のセットが気に入らなかったのか、一度ひとまとめに結んだ髪をパラッと解いて結び直しながら玄関に向かってきている。
 椿は何事もなかったかのように振舞っているが、居間を出る時に足の小指をぶつけて来たのだろう。左足をぎこちなく人形のおもちゃのような足取りで玄関に向かっている。

 ……さて、ここまで騒がしいながらも完璧とも言える日常。不思議と違和感の一つすら感じられない。
 これは一体全体どうなっているのか……顎に手を置き、方眉を捩じらせる。
 あれ……これなにか変わったのか……?
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

ブラック・スワン  ~『無能』な兄は、優美な黒鳥の皮を被る~ 

ファンタジー
「詰んだ…」遠い眼をして呟いた4歳の夏、カイザーはここが乙女ゲーム『亡国のレガリアと王国の秘宝』の世界だと思い出す。ゲームの俺様攻略対象者と我儘悪役令嬢の兄として転生した『無能』なモブが、ブラコン&シスコンへと華麗なるジョブチェンジを遂げモブの壁を愛と努力でぶち破る!これは優雅な白鳥ならぬ黒鳥の皮を被った彼が、無自覚に周りを誑しこんだりしながら奮闘しつつ総愛され(慕われ)する物語。生まれ持った美貌と頭脳・身体能力に努力を重ね、財力・身分と全てを活かし悪役令嬢ルート阻止に励むカイザーだがある日謎の能力が覚醒して…?!更にはそのミステリアス超絶美形っぷりから隠しキャラ扱いされたり、様々な勘違いにも拍車がかかり…。鉄壁の微笑みの裏で心の中の独り言と突っ込みが炸裂する彼の日常。(一話は短め設定です)

死んだら男女比1:99の異世界に来ていた。SSスキル持ちの僕を冒険者や王女、騎士が奪い合おうとして困っているんですけど!?

わんた
ファンタジー
DVの父から母を守って死ぬと、異世界の住民であるイオディプスの体に乗り移って目覚めた。 ここは、男女比率が1対99に偏っている世界だ。 しかもスキルという特殊能力も存在し、イオディプスは最高ランクSSのスキルブースターをもっている。 他人が持っているスキルの効果を上昇させる効果があり、ブースト対象との仲が良ければ上昇率は高まるうえに、スキルが別物に進化することもある。 本来であれば上位貴族の夫(種馬)として過ごせるほどの能力を持っているのだが、当の本人は自らの価値に気づいていない。 贅沢な暮らしなんてどうでもよく、近くにいる女性を幸せにしたいと願っているのだ。 そんな隙だらけの男を、知り合った女性は見逃さない。 家で監禁しようとする危険な女性や子作りにしか興味のない女性などと、表面上は穏やかな生活をしつつ、一緒に冒険者として活躍する日々が始まった。

辺境伯家ののんびり発明家 ~異世界でマイペースに魔道具開発を楽しむ日々~

雪月 夜狐
ファンタジー
壮年まで生きた前世の記憶を持ちながら、気がつくと辺境伯家の三男坊として5歳の姿で異世界に転生していたエルヴィン。彼はもともと物作りが大好きな性格で、前世の知識とこの世界の魔道具技術を組み合わせて、次々とユニークな発明を生み出していく。 辺境の地で、家族や使用人たちに役立つ便利な道具や、妹のための可愛いおもちゃ、さらには人々の生活を豊かにする新しい魔道具を作り上げていくエルヴィン。やがてその才能は周囲の人々にも認められ、彼は王都や商会での取引を通じて新しい人々と出会い、仲間とともに成長していく。 しかし、彼の心にはただの「発明家」以上の夢があった。この世界で、誰も見たことがないような道具を作り、貴族としての責任を果たしながら、人々に笑顔と便利さを届けたい——そんな野望が、彼を新たな冒険へと誘う。 他作品の詳細はこちら: 『転生特典:錬金術師スキルを習得しました!』 【https://www.alphapolis.co.jp/novel/297545791/906915890】 『テイマーのんびり生活!スライムと始めるVRMMOスローライフ』 【https://www.alphapolis.co.jp/novel/297545791/515916186】 『ゆるり冒険VR日和 ~のんびり異世界と現実のあいだで~』 【https://www.alphapolis.co.jp/novel/297545791/166917524】

趣味を極めて自由に生きろ! ただし、神々は愛し子に異世界改革をお望みです

紫南
ファンタジー
魔法が衰退し、魔導具の補助なしに扱うことが出来なくなった世界。 公爵家の第二子として生まれたフィルズは、幼い頃から断片的に前世の記憶を夢で見ていた。 そのため、精神的にも早熟で、正妻とフィルズの母である第二夫人との折り合いの悪さに辟易する毎日。 ストレス解消のため、趣味だったパズル、プラモなどなど、細かい工作がしたいと、密かな不満が募っていく。 そこで、変身セットで身分を隠して活動開始。 自立心が高く、早々に冒険者の身分を手に入れ、コソコソと独自の魔導具を開発して、日々の暮らしに便利さを追加していく。 そんな中、この世界の神々から使命を与えられてーーー? 口は悪いが、見た目は母親似の美少女!? ハイスペックな少年が世界を変えていく! 異世界改革ファンタジー! 息抜きに始めた作品です。 みなさんも息抜きにどうぞ◎ 肩肘張らずに気楽に楽しんでほしい作品です!

前世で家族に恵まれなかった俺、今世では優しい家族に囲まれる 俺だけが使える氷魔法で異世界無双

おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
家族や恋人もいなく、孤独に過ごしていた俺は、ある日自宅で倒れ、気がつくと異世界転生をしていた。 神からの定番の啓示などもなく、戸惑いながらも優しい家族の元で過ごせたのは良かったが……。 どうやら、食料事情がよくないらしい。 俺自身が美味しいものを食べたいし、大事な家族のために何とかしないと! そう思ったアレスは、あの手この手を使って行動を開始するのだった。 これは孤独だった者が家族のために奮闘したり、時に冒険に出たり、飯テロしたり、もふもふしたりと……ある意味で好き勝手に生きる物語。 しかし、それが意味するところは……。

転生者ジンの異世界冒険譚(旧作品名:七天冒険譚 異世界冒険者 ジン!)

夏夢唯
ファンタジー
 男の名前は沖田仁、彼が気がつくとそこは天界であった。 現れた神により自分の不手際で仁が次元の狭間に落ちてしまい元の世界に戻れなくなってしまった事を告げられるが、お詫びとして新たな体を手に入れ異世界に転生することになる。 冒険者達が剣や魔法で活躍するファンタジー冒険物語。 誤字脱字等は気づき次第修正していきますので宜しくお願いします。

巻き戻り悪女の復讐の首飾り。妹が偽りの聖女なので私が成り代わります!

影津
ファンタジー
お父さまがかわいがるのはお母さまと似ている妹ばかり。ないがしろにされた私は私を愛してくれたお母さまの形見の首飾りが欲しかった。血のつながっていない妹は聖女になって、私をはめた。冤罪で処刑された私。ちがうの、あれは事故だったの。お母さまの首飾りが欲しかっただけ。処刑された私の目に最後に飛び込んできた聖女の妹の姿は――えっ?魔族!?  ルビーの首飾りの力で成人前に時が巻き戻った世界で、私は魔王崇拝者の妹の正体を暴く決意をする。その為には私の処刑を命じたドS王子や不仲な父親とより良い関係を築いていかなきゃ。そして見返してやるのよ。  嘘つきぶりっ子聖女を黙って見ているわけにはいかない。私が本物の聖女になってやる! ※姉妹の確執と、劣等感を抱えた主人公の成長物語です。

異世界転生目立ちたく無いから冒険者を目指します

桂崇
ファンタジー
小さな町で酒場の手伝いをする母親と2人で住む少年イールスに転生覚醒する、チートする方法も無く、母親の死により、実の父親の家に引き取られる。イールスは、冒険者になろうと目指すが、周囲はその才能を惜しんでいる

処理中です...