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第二章

第11話『生半可な覚悟だけでは足りない』

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「ふんっ」
「きゃぁっ」

 目にも留まらぬスピードで攻撃を仕掛けられ、木剣を弾き飛ばされるマーリエットは、恐怖にも感じる光景に強く目をつぶってしまった。

「なんだよそれ。気でも抜けてんのか?」
「い、今取りに行きます」

 ――たった一撃であの重さ……手が……震えている……。

 先ほどの衝撃に、自らの腕が震えているのを感じ取った。
 痛み、恐怖。
 それらが自分の腕を支配してしまっている。

 ――アルクスは、この攻撃を何度も凌いでいたというの……?

 小走りで地面に転がる自らの木刀を拾い上げ、踵を返す。

「まだまだいけます。やれます」
「じゃあいくぞ」

 マーリエットは歯を強く食いしばり目を凝らす……が、結果が変わることはない。

「なっ! ――うぐっ」

 恐怖の接近に、再び目を閉じてしまう。

 結果、自分の木剣は再び吹き飛ばされ、追撃で脇腹にもミシッダの木剣が食い込んだ。
 その衝撃で吹き飛ばされてしまい、地面に臥せることとなり、一時的に呼吸困難になってしまう。

「――かっ、はっ、かっ……」

 ミシッダはそれを脇目に、自らが飛ばした木剣を拾い上げてマーリエットへ歩み寄る。

「今のでも随分手加減してるんだぞ。いつまでそうして這いつくばってるんだ? やはり、良いとこのお姫様は口だけってか。さっきの面構えに少しは期待したんだけどな」
「――っ、かはっ」

 マーリエットは痛みで未だに呼吸が整わない。
 悔しさに、何かを言い返したくなる気持ち反面、ミシッダの正論に反論の余地が見い出せなかった。
 なぜなら、マーリエットが地面に伏せ、呼吸もままならない状況で立ち上がれずに動けずいるから。

「覚悟――なんて言葉は、口だけではどうとでも言える。言っちゃあ悪いが、あんたの国を変えたいだかっていうのも、正直言っちまえば幻想にしか思えない。子供の自分勝手な夢みたいなもんだ」
「……」
「私に他人の夢を笑う趣味はない。諦めろなんて言うつもりもない――だがな、こっちからすれば生半可な覚悟にしか捉えられない。まさか『こんな強さがあるからそんな上から目線でものが言える』なんてふざけたことは言うなよ?」
「……」

 やっと呼吸が整うも、やはり返す言葉がない。

 ミシッダの言葉を耳にし、我振りを見直す。
 口では覚悟があると言っておきながら、こうしてみっともなく地面に這いつくばっている始末。
 実力が伴うことのない覚悟。
 今の今まで、様々な発言をしてきた。
 父である皇帝に対しての意見具申いけんぐしん。他者に対しての協力要請。そのどれもが他人から見れば、全てが綺麗事を並べるだけで子供が駄々を捏ねているのと同じ。
 まさに愚の骨頂。
 自らの地位に溺れ、力もない。
 結局は他人任せ。

 ――情けない。情けない。自分の……私の生半可な覚悟では足りない。あまりにも足りな過ぎる。

 今回の事件もそうだ。
 自らに力を示す強さもなく、地位に慢心し、自分なら大丈夫と虚勢を張っていただけ。護衛である騎士を任命することなく、のうのうと過ごしていた結果、まんまと誘拐されてしまった。

 現状もそうだ。
 表情では、口では、覚悟をあると豪語しておきながらこの有様。
 自分では変わった。変われた。と思い込んでいた。

 ――あまりにも惨めね。何も言い返す事ができない。

 心が打ち砕かれる。
 自分の弱さが痛いほど身に沁み、露呈した。
 言い訳できる余地など一切ない。

 そんな心中、アルクスの姿が脳裏を過る。

 ――こんな惨めで情けない私でも、きっとアルクスは優しく手を差し伸べてくれる。

 そんな優しさと彼の強さにただ頼ろうとしていた。
 情けないほどの自分の弱さ。
 今置かれる現状に顔を伏せ、涙が込み上げてくる。

「ここで少しだけ、私が過去に出会ったとある少年の話でもするとしよう。――その少年は、泣いていた。たった一人で泣いていた。自分のためじゃなく、人のために泣いていた。私は訊いた、なぜそんなに泣いているのか、と。すると、少年は答えた。自分が弱いせいで大切な人を守れなかったんだって」

 その話が始まると、マーリエットは込み上げてくる涙をぽとり、ぽとりと零しながら耳を傾けた。

「私は子供の戯言、小さな正義感からそう言っているだけだと思った。そして、その身寄りのない子供をほんの少しだけ預かる機会があり、少しだけ稽古をつけてやることにしたんだ。今後一人で生きていけるようにって。――だがな、まだまだ小せえガキのクセして、その目の奥に宿る覚悟は本物だった。凄かったぜ、それはもうボコボコに何度も吹き飛ばしては地面に叩きつけてやったのに、骨は折れて血まみれになろうと何度も立ち上がって向かってきやがった。あれにはこっちの方が気圧されっちまったな。――んで、そいつは言ったんだ。『もっと強くなりたいです。もっと強くなって、大切な人を守れるようになりたいです』って」
「……」

 マーリエットは話を聴きながら、なぜかその名前も知らない子供にアルクスの姿を重ねてしまっていた。

 話の途中から地面に腰を下ろしていたミシッダは、木剣を撫でながら話を続ける。

「しかもよ、最初なんてビビらせてやろうって強めに木刀を打ち込んで肋骨一本折ってやったんだぞ? 常人だったら、その時点で音を上げている。てか、私でもそんな攻撃を喰らったら降参してるに違いない。――そいつは尋常じゃない程の覚悟を秘めていた。口だけでも行動だけでもない。本物のやつを」
「……」
「それでよ、ここからも面白くて。そんなのを秘めているやつだ。自分をボコボコにした奴なんぞ食って掛かってくると思いきや、次の日もその次の日も頭を下げて稽古を懇願してきやがった。ありえねえよな。私も自分の目と耳を疑ったよ。――そしてな、そいつは優しさも持っていた……まあ、強くなって誰かを守りたいなんてのを内に秘めてるんだ。完全なお人好しなんだろうけどな」
「……その後、どうなったのですか」

 マーリエットは涙の線が浮かぶ顔を上げ、ミシッダの方を向くも目線が混じることはなく、ミシッダは空を向いていた。
 
「私もその熱にあてられちまってな。そいつを守ってやりたいと思うようになっちまった――っと、話はここまでだ。今までのは全部作り話だからよ、本に書いてあった物語だとでも思ってくれ」

 ミシッダはその深紅に染まる髪をなびかせ、立ち上がる。

「それで、あんたはどうなんだ。その少年のような覚悟を示せるのか」
「私は……」
「自分より小せえガキの真似事は姫様には荷が重いか?」
「私は……私は……私だって……」

 ――私だってやってみせたい。覚悟を示したい。……でも、そんな常人離れした覚悟を私は持っているの……?

 自らに問う。
 この期に及んでも、今までの自分が簡単に変わる事はない。
 また同じ結果に終わる。また情けない自分を晒す。

 そう決まっている。

 ――でも、私は変わりたい。変わらなくちゃいけない。

 体のあらゆるところから悲鳴が聞こえる。
 だが、これ以上ないほどの力を込めて歯を食いしばり、ゆっくりとだが着実に立ち上がる。

「その子の真似は私にはまだできないかもしれない。――でも、私もその子の熱にあてられてしまった。やらなくちゃいけない。やってみせる」
「ほお。さっきよりよっぽど面構えが良くなったじゃないか」

 最初出会った時のように顔は土などで汚れ、口の中には血の味が広がっている。
 流れる汗を汚れた腕で拭い、土化粧が増えていく。

 ――形振りなんて構っていられない。私も強くなるんだ。もっと強くなって彼の隣に立てるようにっ!

「……ほう、それはなんだ」
「――お願いします。私をもっと強くしてください」

 頭を深々と下げるマーリエット。

「朝も言ったが、それは別に構わない。それに、本当に強くなれるかなんて保証はできない」
「それでも……それでも、お願いします」
「辛いぞ」
「それでも」
「痛く苦しいぞ」
「それでも……!」

 ミシッダは左手を首に回す。

「ったく、調子が狂う。鬱憤うっぷんを晴らすためだけに痛めつけようとしか思ってなかったんだが……わかった」
「ありがとうございます……!」

 顔を上げたマーリエットの顔は酷く汚れていたが、目線を一切ぶらさず、その顔には人生の中で一番意志が宿っていた。
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