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第二章

第7話『ルイヴィスの単身調査』

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 青白い光に包まれたルイヴィスは、パイス村から少し離れた森に転移。
 閉ざされた蒼色の瞳を開け、眩しい光に一瞬眉を顰める。

 次に、辺りを一瞥すると木、木、木。
 地面は茶色く水分がほど良く染みている。

 深呼吸を一度。
 鼻から体内に侵入してくる澄んだ空気は、城の中ではまず味わうのは不可能なもの。
 そんな美味しい空気を味わえるのだ、笑みを浮かべないはずがない。

「美味しい空気に気持ちの良い陽の光。ん~、気持ちいい~!」

 優しく温かい陽の光に包まれ、次第に気分も高揚していく。
 だが、呑気にピクニック気分で現を抜かしている暇はない。

「さて、と」

 さっそく歩き出すルイヴィス。
 外見は至って普通の旅人。
 衣類は特に目立つところがなく、パッと見ただけでは女性か男性か判断をするには難しいほど体の線が出ないようになっている。
 そして武器の一本すら持ち合わせておらず、それも相まって誰からも警戒されずに済む。

 さらに、情報通りであればこの地において皇族とバレる心配はほとんどない。
 念のためにフード付きのロングコートを羽織っているが、そこまで出番はなさそうだ。

 だがしかし、こんな辺境の地に単身飛ばされたのだから、まず迷子になるのは避けられない――という心配は不要。
 コートの内ポケットに簡易的な地図が挿入されている。

 ……のだけれど。

「あっちゃー、やっぱりそうなるのね」

 ルイヴィスは肩を落す。

 目的地を□と記し、後はへにゃへにゃな線が描かれているだけ。
 ナイナの完全記憶による地形把握。
 ムイムの情報共有による情報統一。
 ミイミの位置転送による高速移動。
 サイサの完全複製による正確展開。
 アルスレッド四姉妹――四つ子による圧倒的な連携力の高さから成るスキル四重奏。
 この一人でも欠けては奏でられない。

 だが、完全無欠のようにも思えるが……ナイナによる絵が壊滅的なのだ。
 では、他の三人にその役を担わせればいいだろうという意見もある。
 ムイムによる情報共有があるのだから、全員が同じ景色を思い浮かべることができるのだから。
 しかし、四つ子というものはこういったものまで似てしまうらしい。
 四人全員がこのような壊滅的な絵を描くのだ。
 これはもう、頭を抱える他ない。

「これ、この方向が印と違う場合、あと四回ぐらいは試さないといけなさそうね――はぁ……」

 鳥達の楽しそうな鳴き声が聞こえてくる。
 それに追加で心地よい風が肌を撫でた。

「それにしても、ここはとても気持ちいい~! こんなところに住めたら理想よね」

 と、別荘でも立てようかと予定を考え始めるも、試行一回目にして運よく目的地であろう場所を発見できた。

「……あそこね」

 ルイヴィスの目線からは全貌を把握できないが、村の存在を認識するにはハッキリと建物を目視できた。
 基本的には高い建物はなく、そのほとんどが木造建築。
 外壁のような敷居もなく、門もない。
 一見しただけでも争いとは無縁な村というのはすぐにわかる。

 そんな場所で、できることなら争い事を持ち込みたくはない。と、願った。

 ――でも、お姉様を助けるためなら。必ず守ってみせる。

 足を止め、胸に手を当て意を決する。

 ――夢の中で幾度となく見たあの背中。ずっと見ていたような、ずっと憧れていたような、ずっと焦がれていたような。そんな人のように。



 村に辿り着くまでそこまで時間は掛からなかった。
 あの地図に迷わされていれば、日も暮れていたに違いないが運良くもほぼ直線で進めたことに感謝する他ない。

 パイス村の中は、実に好奇心がそそられるものだった。
 村人の全員が表情明るく暮らしている。
 露店の店主達は声を張って活気溢れ、通行人もまた心穏やかそうな表情をしている。
 治安の良さは一目瞭然。

 ルイヴィスは疑問に思う。
 果たして、本当にこのような場所にマーリエットが連れて来られているのか。と。

 ルイヴィスは呑気にも、この平和にあてられて露店で厚肉の串焼きを購入してしまいそうになるも、伸びる右手を左手で制止。

 ――じゅるり。……いけないいけない。つい美味しそうで……。

「お、嬢ちゃん見ねえ顔だな」

 ――まずい。こんなに速くバレるなんて。ここの人達は、こんな平和な顔をして――。

 ルイヴィスは、これ以上顔を見られないためにもフードに手を掛ける。
 自分の不注意に、過去の自分を殴ってやろうと思ったのだが……。

「じゃあよ、ほらこれプレゼントだ」

 と、片幅の広い筋肉質な店主から厚肉の串焼きを一本渡される。

「えっ?」
「ほら、どうした。もしかして、お腹一杯だったか?」
「い、いえ。そんなことは……でも、いいのですか?」
「ああ、もちろんだとも。こんな美人さんにサービスしなくちゃ失礼ってもんだろ」
「えっ、あ。ありがとうございます。それではせっかくなので、お言葉に甘えて」
「あ。でもよ、これだけは約束してくれ」
「はい?」
「母ちゃんにはこの事を言わないでくれよな。これだけは本当に頼む」

 ルイヴィスは「あはは……」と苦笑いを浮かべ、頷く。

「じゃあ、次に来た時はうちを贔屓ひいきに頼むぜ」
「はい、その時はよろしくお願いしますっ」

 満面の笑みで親指を立ててウインクする店主に、ルイヴィスも笑顔で応えた。

 一礼後、ルイヴィスは歩き出す。
 とても、皇女とは思えないほど行儀が悪いとはわかっていても、空腹をこれでもかと誘う厚肉を前にこれ以上我慢はできない。

 ――ひゃあーははっ、これは、うんうん。これは、これは! 美味しい、おいしー!

 関係者がこの光景を目にすれば、間違いなく落胆されるか手厳しいお叱りを受けるだろう。
 だがしかし、店主の反応を見て自分を知る者はいないと確信を得られた。

 いつもは鬱陶うっとうしいほど絡みついてくる目線。
 それらは様々な意図が込められていて、様々な目論見が透けて見える様だった。
 ……が。現在、横を通り過ぎる彼ら彼女らの誰一人としてルイヴィスにそういった目線は愚か、誰一人として目線を向けてすらこない。

 それはそれで寂しい気持ちを抱くも、これで安心して自由に立ち回れるということだ。

 ――じゃあ早速っと。

「あの、少しだけお聞きしたいことがありまして」

 ルイヴィスは串を片手に、別肉屋の店主に話しかける。

「あらあら、これまた可愛らしいお嬢さんだね。いいよ、知ってることだといいんだけど」
「ここら辺で、金色の髪をした女性を見かけたりしませんでしたか?」
「んー、どうだったかなぁ。見たことはないねぇ、そんな髪の色をした人なら一目見ただけで忘れられないだろうしね」
「そうですよね。私も、そんな人がいたら是非とも出会ってみたいという感じで探してまして」
「あらそうだったのね。たしかに、そんな人がいたら出会ってみたいわね。……それにしても、あなたの銀色の髪も大分綺麗よ」
「ありがとうございます。では、私はこれにて失礼します」

 これ以上の長居はできないと判断し、ここから立ち去ろうとすると。
 
「はいよー。私の名前はメリーダってんだ。次の機会にはうちの店を利用してなぁ」
「はい、メリーダさん。またの機会にご利用させていただきます」

 笑顔の似合うメリーダに一礼し、この場を後にした。
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