29 / 66
第四章
第29話『圧倒的な力』
しおりを挟むたったの5分で清掃が終了。
受付嬢の合図の元、再び部屋の中央に待機する和昌。
「それでは、続いて剣のテストを行います」
念のため手袋は外し、右手に叶化の剣だけを握っている。
「まずはこちらからお願いします」
斜め前のタイルがパカっと開いたかと思えば、そこから1本の木の棒が現れた。パッと見ただけでも丸太ほどの大きさはなく、練習用の木刀みたいなもの。初心者用に配布された剣であれば簡単に切断が可能で、下手したら蹴りでも折れそうなものとなっている。
和昌は「こんなものを斬って、なんの測定ができるのか」、と疑問視するも、用意されているのだからやらなければならないと剣を持ち上げ――振り下ろす。
と。
「えっ」
「なるほど、把握いたしました」
なんと、ただの棒を100億円の剣が切断できなかったのだ。
しかもそのまま床まで振り落としたものの、床も傷つくとこは無かった。
和昌は、幻覚でも見ているのではないかと疑ってしまう。
「レア装備の中には、物体に干渉できないものが存在します。例えば、今のようになんの変哲もない棒ですら切断できないようなものもあれば、ダンジョンの中にある物だけに干渉できないなど」
「そ、そうなんですね」
衝撃的な現象を前に、受付嬢の説明が右から左に流れてしまう。
「ちなみに、その棒はダンジョンから採取してきたものです。そして、床は地上で作成した物ですので、今回の場合は両方に当てはまるということですね」
ここでようやく、体を起こして姿勢を正す。
「それにしても少しだけ驚きました。100億円の剣をそこまで普通に振り回せるとは思ってもみませんでした」
「「えぇ!?!?!??!?!?!」」
淡々と話を進める受付嬢のマイクに、真綾と天乃の驚愕を露にする声が乗り、和昌が居る部屋中にこだました。
突然そんなことになるものだから、和昌は体をビクッと跳ね上がらせてしまう。
「もしかして、まだ説明されていなかったのですか」
「はい。今回がいい機会だと思って、活用させてもらおうと思ってました」
「お1人はご存じのようですが」
「まあ――」
と、和昌が言葉を続けようとしたが、窓のある方向から鋭い視線を察知して口を閉じることにした。
「そこら辺の事は後ほどお願いします。では、次はモンスターでやっていきましょう」
つい先ほど説明があった、映像のモンスターであるスライムが目の前に出現。ダンジョンで見る質感と瓜二つとなっている。
「これが映像って、最近の技術って凄いな」
とか何とか言いつつ、「あ、そういえばダンジョン内で配信ができるっていうのを考えると、もはやこれが普通なのかな」とも思う。
潤っている感じや、ポヨンポヨンしている感じで愛嬌のある感じが現実味を帯びさせている。
「とりあえず――っと」
スッ、と横一線でスライムを斬ると、映像の乱れがスライムに起きて消えてしまった。
「まあ、それはそうですよね。既にダンジョンへ数回は行っているのですから、この程度でどうこうなるわけもありません」
和昌もそれはそうだ。と、首を縦に振る。
「ご要望などあれば、おっしゃってください。できれば、強いなって思えたモンスターであるといいデータが取れると思います」
「……」
受付嬢からの申し出に、真っ先に出てきたモンスターは【サルイ】。
中ボスという総称が与えられるほどには強いモンスターではある。しかし、あくまでも中ボス。場所によっては複数体が集まっていることだってある。
そう、和昌が真綾と天乃との出会いを果たした時みたいに。
「……」
「ご要望がない場合は、こちらが――」
「――います」
和昌は【サルイ】を討伐した。
盾で倒し、剣でも。
しかし、その後に残ったものは強者を討伐し勝利を掴み取った優越感や自信ではない。
初めてみるモンスター、脳が逃走を促すほどの危機感、全身から滲み出る汗。それらが心の一部分を支配し、恐怖がただ永遠に残ってしまっていた。
そんなモンスターともう1度対峙したのなら、次は敗北してしまうかもしれない。
今度は全身を恐怖が支配し、身動きが取れなくなってしまう可能性だってある。
だが、装備の能力をしっかりと把握し、みんなを護るためには乗り越えなければならない。
和昌は呼吸が浅くなっているのを感じつつも、自ら進言する。
「サルイというモンスターを、お願いします」
「確認なのですが、戦闘経験があるのですか?」
「……はい、あります」
「わかりました。では、1体だけ出現させます。無理だけはしないようにしてください」
「ありがとうございます」
大きく深呼吸を1度だけ。
剣の柄を両手で握り締め、正面に構える。
視線は真っ直ぐに、少しずつ生成されていくサルイを捉える。
全身が、あの時のことを思い出して強張り始め、手の震えが面白いぐらいにわかる。
そして10秒が経過し、質感そのままのサルイが目の前に出現した。
「落ち着け、落ち着け、落ち着け」
サルイの戦闘方法は、正面への突進と単純なもの。
前回であれば『盾』があったが、今回はない。
受け止める、という選択は無理。回避一択。
和昌は情報を整理し、勝利への道筋を立てていく。
「――勝ちたい」
(もっと強くなって、みんなを護ることができるようになりたいんだ――いや、ならなくちゃいけないんだ)
サルイは突進の前準備である、前右足をガッガッとタイルを叩き始める。
(あの時みたいに偶然でも奇跡でもなく、自分の力で――)
「――勝つんだ」
すると、淡く紅い剣が次第に淡く蒼い剣へと変化していく。
勝利への渇望が、増していけば増していくほど光は鮮明に、剣自体を覆っていく。
その光は徐々に大きくなっていき、部屋中を照らし、上の窓でも観測できるほど肥大化していく。
「はぁああああああああああああああああああああっ!」
突進を開始したサルイへ向かって、和昌は剣から光を放つように振り下ろす。
「マズい!!!! みんな逃げ――」
予想だにしない異常事態に、受付嬢は真綾・天乃・芹那に退避命令を出すが――既に遅かった。
「――はぁ、はぁ……はぁ」
この間たったの数秒。
振り下ろされた剣は、地面のタイルにコツンッとぶつかっただけだった。
対面していたサルイは一瞬で消え去り、部屋は無傷。窓の傍に居た全員が無事。
たったの1撃で全てが終わってしまったが、和昌は緊張の糸が解けてその場に膝をついた。
「――お、お疲れ様です。テストは以上になります。葭谷様、大丈夫ですか……?」
「はい、なんとか」
途中から呼吸を忘れてしまっていたせいで、荒れに荒れた呼吸を徐々に整えていく。
「では少しだけ休憩した後、地上へ戻ります。こちらへ来ますか?」
「ごめんなさい。少しだけ、ここで休ませてください。今すぐには歩けそうにありません」
「わかりました。移動ができそうになりましたら、お伝えください」
「わかりました」
和昌は大の字で倒れ込み、天井を仰ぐ。
視界の端、窓から3人が和昌に向けて心配そうな目線を向けている。
だが、今はそちらへ気を向けられる余裕はない。
(俺、勝ったんだ。勝ったんだよな。これはちゃんとした現実だよな)
今となって、勝利の余韻が押し寄せてくる。
(本当に勝ったんだ。勝ったんだ! 勝ったんだ! よし、よっし!)
急に目頭が熱くなり、左腕で目を覆い隠す。
(もっと、もっともっと強くなろう)
溢れ出してくる涙と共に、再び決意する。
20
お気に入りに追加
199
あなたにおすすめの小説
スライム10,000体討伐から始まるハーレム生活
昼寝部
ファンタジー
この世界は12歳になったら神からスキルを授かることができ、俺も12歳になった時にスキルを授かった。
しかし、俺のスキルは【@&¥#%】と正しく表記されず、役に立たないスキルということが判明した。
そんな中、両親を亡くした俺は妹に不自由のない生活を送ってもらうため、冒険者として活動を始める。
しかし、【@&¥#%】というスキルでは強いモンスターを討伐することができず、3年間冒険者をしてもスライムしか倒せなかった。
そんなある日、俺がスライムを10,000体討伐した瞬間、スキル【@&¥#%】がチートスキルへと変化して……。
これは、ある日突然、最強の冒険者となった主人公が、今まで『スライムしか倒せないゴミ』とバカにしてきた奴らに“ざまぁ”し、美少女たちと幸せな日々を過ごす物語。

俺だけ展開できる聖域《ワークショップ》~ガチャで手に入れたスキルで美少女達を救う配信がバズってしまい、追放した奴らへざまあして人生大逆転~
椿紅颯
ファンタジー
鍛誠 一心(たんせい いっしん)は、生ける伝説に憧憬の念を抱く駆け出しの鍛冶師である。
探索者となり、同時期に新米探索者になったメンバーとパーティを組んで2カ月が経過したそんなある日、追放宣言を言い放たれてしまった。
このことからショックを受けてしまうも、生活するために受付嬢の幼馴染に相談すると「自らの価値を高めるためにはスキルガチャを回してみるのはどうか」、という提案を受け、更にはそのスキルが希少性のあるものであれば"配信者"として活動するのもいいのではと助言をされた。
自身の戦闘力が低いことからパーティを追放されてしまったことから、一か八かで全て実行に移す。
ガチャを回した結果、【聖域】という性能はそこそこであったが見た目は派手な方のスキルを手に入れる。
しかし、スキルの使い方は自分で模索するしかなかった。
その後、試行錯誤している時にダンジョンで少女達を助けることになるのだが……その少女達は、まさかの配信者であり芸能人であることを後々から知ることに。
まだまだ驚愕的な事実があり、なんとその少女達は自身の配信チャンネルで配信をしていた!
そして、その美少女達とパーティを組むことにも!
パーティを追放され、戦闘力もほとんどない鍛冶師がひょんなことから有名になり、間接的に元パーティメンバーをざまあしつつ躍進を繰り広げていく!
泥臭く努力もしつつ、実はチート級なスキルを是非ご覧ください!
勇者一行から追放された二刀流使い~仲間から捜索願いを出されるが、もう遅い!~新たな仲間と共に魔王を討伐ス
R666
ファンタジー
アマチュアニートの【二龍隆史】こと36歳のおっさんは、ある日を境に実の両親達の手によって包丁で腹部を何度も刺されて地獄のような痛みを味わい死亡。
そして彼の魂はそのまま天界へ向かう筈であったが女神を自称する危ない女に呼び止められると、ギフトと呼ばれる最強の特典を一つだけ選んで、異世界で勇者達が魔王を討伐できるように手助けをして欲しいと頼み込まれた。
最初こそ余り乗り気ではない隆史ではあったが第二の人生を始めるのも悪くないとして、ギフトを一つ選び女神に言われた通りに勇者一行の手助けをするべく異世界へと乗り込む。
そして異世界にて真面目に勇者達の手助けをしていたらチキン野郎の役立たずという烙印を押されてしまい隆史は勇者一行から追放されてしまう。
※これは勇者一行から追放された最凶の二刀流使いの隆史が新たな仲間を自ら探して、自分達が新たな勇者一行となり魔王を討伐するまでの物語である※

最強無敗の少年は影を従え全てを制す
ユースケ
ファンタジー
不慮の事故により死んでしまった大学生のカズトは、異世界に転生した。
産まれ落ちた家は田舎に位置する辺境伯。
カズトもといリュートはその家系の長男として、日々貴族としての教養と常識を身に付けていく。
しかし彼の力は生まれながらにして最強。
そんな彼が巻き起こす騒動は、常識を越えたものばかりで……。

素材ガチャで【合成マスター】スキルを獲得したので、世界最強の探索者を目指します。
名無し
ファンタジー
学園『ホライズン』でいじめられっ子の生徒、G級探索者の白石優也。いつものように不良たちに虐げられていたが、勇気を出してやり返すことに成功する。その勢いで、近隣に出没したモンスター討伐に立候補した優也。その選択が彼の運命を大きく変えていくことになるのであった。

【超速爆速レベルアップ】~俺だけ入れるダンジョンはゴールドメタルスライムの狩り場でした~
シオヤマ琴@『最強最速』発売中
ファンタジー
ダンジョンが出現し20年。
木崎賢吾、22歳は子どもの頃からダンジョンに憧れていた。
しかし、ダンジョンは最初に足を踏み入れた者の所有物となるため、もうこの世界にはどこを探しても未発見のダンジョンなどないと思われていた。
そんな矢先、バイト帰りに彼が目にしたものは――。
【自分だけのダンジョンを夢見ていた青年のレベリング冒険譚が今幕を開ける!】

チートがちと強すぎるが、異世界を満喫できればそれでいい
616號
ファンタジー
不慮の事故に遭い異世界に転移した主人公アキトは、強さや魔法を思い通り設定できるチートを手に入れた。ダンジョンや迷宮などが数多く存在し、それに加えて異世界からの侵略も日常的にある世界でチートすぎる魔法を次々と編み出して、自由にそして気ままに生きていく冒険物語。

ダンジョン配信 【人と関わるより1人でダンジョン探索してる方が好きなんです】ダンジョン生活10年目にして配信者になることになった男の話
天野 星屑
ファンタジー
突如地上に出現したダンジョン。中では現代兵器が使用できず、ダンジョンに踏み込んだ人々は、ダンジョンに初めて入ることで発現する魔法などのスキルと、剣や弓といった原始的な武器で、ダンジョンの環境とモンスターに立ち向かい、その奥底を目指すことになった。
その出現からはや10年。ダンジョン探索者という職業が出現し、ダンジョンは身近な異世界となり。ダンジョン内の様子を外に配信する配信者達によってダンジョンへの過度なおそれも減った現在。
ダンジョン内で生活し、10年間一度も地上に帰っていなかった男が、とある事件から配信者達と関わり、己もダンジョン内の様子を配信することを決意する。
10年間のダンジョン生活。世界の誰よりも豊富な知識と。世界の誰よりも長けた戦闘技術によってダンジョンの様子を明らかにする男は、配信を通して、やがて、世界に大きな動きを生み出していくのだった。
*本作は、ダンジョン籠もりによって強くなった男が、配信を通して地上の人たちや他の配信者達と関わっていくことと、ダンジョン内での世界の描写を主としています
*配信とは言いますが、序盤はいわゆるキャンプ配信とかブッシュクラフト、旅動画みたいな感じが多いです。のちのち他の配信者と本格的に関わっていくときに、一般的なコラボ配信などをします
*主人公と他の探索者(配信者含む)の差は、後者が1~4まで到達しているのに対して、前者は100を越えていることから推察ください。
*主人公はダンジョン引きこもりガチ勢なので、あまり地上に出たがっていません
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる