【悲報】人気ゲーム配信者、身に覚えのない大炎上で引退。~新たに探索者となり、ダンジョン配信して最速で成り上がります~

椿紅颯

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第四章

第29話『圧倒的な力』

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 たったの5分で清掃が終了。

 受付嬢の合図の元、再び部屋の中央に待機する和昌。

「それでは、続いて剣のテストを行います」

 念のため手袋は外し、右手に叶化の剣エテレイン・ソードだけを握っている。

「まずはこちらからお願いします」

 斜め前のタイルがパカっと開いたかと思えば、そこから1本の木の棒が現れた。パッと見ただけでも丸太ほどの大きさはなく、練習用の木刀みたいなもの。初心者用に配布された剣であれば簡単に切断が可能で、下手したら蹴りでも折れそうなものとなっている。

 和昌は「こんなものを斬って、なんの測定ができるのか」、と疑問視するも、用意されているのだからやらなければならないと剣を持ち上げ――振り下ろす。

 と。

「えっ」
「なるほど、把握いたしました」

 なんと、ただの棒を100億円の剣が切断できなかったのだ。
 しかもそのまま床まで振り落としたものの、床も傷つくとこは無かった。

 和昌は、幻覚でも見ているのではないかと疑ってしまう。

「レア装備の中には、物体に干渉できないものが存在します。例えば、今のようになんの変哲もない棒ですら切断できないようなものもあれば、ダンジョンの中にある物だけに干渉できないなど」
「そ、そうなんですね」

 衝撃的な現象を前に、受付嬢の説明が右から左に流れてしまう。

「ちなみに、その棒はダンジョンから採取してきたものです。そして、床は地上で作成した物ですので、今回の場合は両方に当てはまるということですね」

 ここでようやく、体を起こして姿勢を正す。

「それにしても少しだけ驚きました。100億円の剣をそこまで普通に振り回せるとは思ってもみませんでした」
「「えぇ!?!?!??!?!?!」」

 淡々と話を進める受付嬢のマイクに、真綾まあや天乃そらのの驚愕を露にする声が乗り、和昌が居る部屋中にこだました。

 突然そんなことになるものだから、和昌は体をビクッと跳ね上がらせてしまう。

「もしかして、まだ説明されていなかったのですか」
「はい。今回がいい機会だと思って、活用させてもらおうと思ってました」
「お1人はご存じのようですが」
「まあ――」

 と、和昌が言葉を続けようとしたが、窓のある方向から鋭い視線を察知して口を閉じることにした。

「そこら辺の事は後ほどお願いします。では、次はモンスターでやっていきましょう」

 つい先ほど説明があった、映像のモンスターであるスライムが目の前に出現。ダンジョンで見る質感と瓜二つとなっている。

「これが映像って、最近の技術って凄いな」

 とか何とか言いつつ、「あ、そういえばダンジョン内で配信ができるっていうのを考えると、もはやこれが普通なのかな」とも思う。

 潤っている感じや、ポヨンポヨンしている感じで愛嬌のある感じが現実味を帯びさせている。

「とりあえず――っと」

 スッ、と横一線でスライムを斬ると、映像の乱れがスライムに起きて消えてしまった。

「まあ、それはそうですよね。既にダンジョンへ数回は行っているのですから、この程度でどうこうなるわけもありません」

 和昌もそれはそうだ。と、首を縦に振る。

「ご要望などあれば、おっしゃってください。できれば、強いなって思えたモンスターであるといいデータが取れると思います」
「……」

 受付嬢からの申し出に、真っ先に出てきたモンスターは【サルイ】。
 中ボスという総称が与えられるほどには強いモンスターではある。しかし、あくまでも中ボス。場所によっては複数体が集まっていることだってある。

 そう、和昌が真綾と天乃との出会いを果たした時みたいに。

「……」
「ご要望がない場合は、こちらが――」
「――います」

 和昌は【サルイ】を討伐した。
 盾で倒し、剣でも。

 しかし、その後に残ったものは強者を討伐し勝利を掴み取った優越感や自信ではない。
 初めてみるモンスター、脳が逃走を促すほどの危機感、全身から滲み出る汗。それらが心の一部分を支配し、恐怖がただ永遠に残ってしまっていた。

 そんなモンスターともう1度対峙したのなら、次は敗北してしまうかもしれない。
 今度は全身を恐怖が支配し、身動きが取れなくなってしまう可能性だってある。

 だが、装備の能力をしっかりと把握し、みんなを護るためには乗り越えなければならない。
 和昌は呼吸が浅くなっているのを感じつつも、自ら進言する。

「サルイというモンスターを、お願いします」
「確認なのですが、戦闘経験があるのですか?」
「……はい、あります」
「わかりました。では、1体だけ出現させます。無理だけはしないようにしてください」
「ありがとうございます」

 大きく深呼吸を1度だけ。

 剣の柄を両手で握り締め、正面に構える。
 視線は真っ直ぐに、少しずつ生成されていくサルイを捉える。
 全身が、あの時のことを思い出して強張り始め、手の震えが面白いぐらいにわかる。

 そして10秒が経過し、質感そのままのサルイが目の前に出現した。

「落ち着け、落ち着け、落ち着け」

 サルイの戦闘方法は、正面への突進と単純なもの。
 前回であれば『盾』があったが、今回はない。
 受け止める、という選択は無理。回避一択。

 和昌は情報を整理し、勝利への道筋を立てていく。

「――勝ちたい」
(もっと強くなって、みんなを護ることができるようになりたいんだ――いや、ならなくちゃいけないんだ)

 サルイは突進の前準備である、前右足をガッガッとタイルを叩き始める。

(あの時みたいに偶然でも奇跡でもなく、自分の力で――)
「――勝つんだ」

 すると、淡く紅い剣が次第に淡く蒼い剣へと変化していく。

 勝利への渇望が、増していけば増していくほど光は鮮明に、剣自体を覆っていく。
 その光は徐々に大きくなっていき、部屋中を照らし、上の窓でも観測できるほど肥大化していく。

「はぁああああああああああああああああああああっ!」

 突進を開始したサルイへ向かって、和昌は剣から光を放つように振り下ろす。

「マズい!!!! みんな逃げ――」

 予想だにしない異常事態に、受付嬢は真綾・天乃・芹那に退避命令を出すが――既に遅かった。

「――はぁ、はぁ……はぁ」

 この間たったの数秒。

 振り下ろされた剣は、地面のタイルにコツンッとぶつかっただけだった。
 対面していたサルイは一瞬で消え去り、部屋は無傷。窓の傍に居た全員が無事。

 たったの1撃で全てが終わってしまったが、和昌は緊張の糸が解けてその場に膝をついた。

「――お、お疲れ様です。テストは以上になります。葭谷よしたに様、大丈夫ですか……?」
「はい、なんとか」

 途中から呼吸を忘れてしまっていたせいで、荒れに荒れた呼吸を徐々に整えていく。

「では少しだけ休憩した後、地上へ戻ります。こちらへ来ますか?」
「ごめんなさい。少しだけ、ここで休ませてください。今すぐには歩けそうにありません」
「わかりました。移動ができそうになりましたら、お伝えください」
「わかりました」

 和昌は大の字で倒れ込み、天井を仰ぐ。
 視界の端、窓から3人が和昌に向けて心配そうな目線を向けている。
 だが、今はそちらへ気を向けられる余裕はない。

(俺、勝ったんだ。勝ったんだよな。これはちゃんとした現実だよな)

 今となって、勝利の余韻が押し寄せてくる。

(本当に勝ったんだ。勝ったんだ! 勝ったんだ! よし、よっし!)

 急に目頭が熱くなり、左腕で目を覆い隠す。

(もっと、もっともっと強くなろう)

 溢れ出してくる涙と共に、再び決意する。
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