3 / 7
これはどういうことですか?
しおりを挟む
「――以上になります」
顧問の話が終わり、開始の挨拶を終える。
そして、次はプールならではの恒例行事。
栄光のシャワーロード。
プールに入る前の恒例行事であり、地獄の門でもある。
シャワーという名だが、水量がおかしい。まるで豪雨だ。
ここに立つといつも思う。何故、ここの水はこんなに冷たいのか、と。
「キャー!」
プールサイドに響く女子の悲鳴。
ジタバタと足踏みしながら通過して行く。
男子はただ行くのだ。そう、心を無にして――。
「もー、早く行ってよ」
「わりぃ……?」
愛海の声だ。
すぐさま前進しようと思ったのだが、背中の感触につい立ち止まってしまった。
最初は手で触られた感覚だったが、接触しているが面積が明らかに増えている。
マシュマロのような柔らかい感触に動揺していた。
「前見えなーい」
いやなにこれ、どういう状況。これ、俺動いていいの?
てか、本当に愛海か? あの愛海が俺に触れてるのか?
絶対、後で説教されるよねこれ。俺悪いの?
愛海にグイグイと少しずつ押され、色んな意味での地獄は終了。
お説教タイムが待ち受けてると思ったが、愛海はしれっと友人の元へ向かって行った。
何はともあれ練習が始まる。
前半の練習はレーン選択が自由だ。
普段の俺は先輩達と一緒のレーンを選択している。
それに、あの三人の誰かと一緒になると嫌味を言われる可能性があるため、自主的非難をしているというわけだ。
そもそも、そんなことは気にしていないが、もし本当に迷惑だったら可哀そうだし、さり気なく立ち振る舞っている。
だが、今日の練習は人数が少ない。
「じゃあ、前半は人数少ないけど、レーン決めは各々適当にしてねー」
先生からの号令により、計十人がプールへ入った。
俺は多分一人になる。そう薄々思っていた。
合計6レーンはほぼ均等に埋まり、練習がスタートした。
「お願いします」
「ああ、よろしく」
「――って、え? どうしたの彩智。なんでここに」
「ヨーイ――」
返答を待つ前にホイッスルが鳴った。
俺は反射的に潜り、壁を蹴りスタートした。
それからは、タイムサイクルとスピード差で会話する機会が無く、あっという間にウォーミングアップのメニューが終わった。
スタート台付近のメニュー表に目を通し、次のメニュー確認をしていると、右側に柔らかい感触と「ぜえ、はあ」と荒い息遣いが聞こえてきた。
「ねえ……直輝、少しそのままで居てください」
「おう、大丈夫か? 立てる?」
「直輝って……普段からこんな辛い練習……してたんですね。全然追いつけなかった……」
彩智はビード版に顎と腕を乗せ、水中で姿勢を低くしていた。
この口ぶりだと、無理にスピードを上げていたようだが、まだ序盤なのに大丈夫なのだろうか。
練習再開まで残り三分。
「なあ、大丈夫か?」
「はい……もう少しだけ体を貸してください」
前半の練習も程無くして終わり、10分の中休憩も終わりを向かえた。
後半は、途中から他の部員も合流し始めた。
人数が増えて来たタイミングで彩智は別のレーンへと移動して行った。
妥当な判断だ。後半からはレーン毎にタイム設定やセット数が異なってくる。
俺も熱が出始め、もっと早くなりたい一心で、より一層練習に取り組んだ。
本日の練習内容も無事終了。
今日の鍵当番は、急遽休みになった人の代わりに、俺が担当になっていた。
全員が着替え終わり、帰路に就いたことを確認。
施錠も終わり、職員室へ向かおうとした時だった。
「お疲れ様」
「うおっビックリしたー。どうしたの、忘れ物?」
角を曲がったところで美雪と鉢合わせた。
不思議と動き出さない美雪にそのまま疑問をぶつけた。
「もしかして今日の部活で、俺何か迷惑かけた……?」
「いいえ、そんなことはなくてよ」
「それじゃあどうしたの?」
「そ、その……ご一緒に行きません……?」
「――なんだ、いいよ」
どことなく目線を逸らされたが、断る理由もなく了承した。
夕陽のせいか、美雪の頬は赤く染まっているように見えた。
短い距離だが俺達は二人並んで歩いた。
この時初めて美雪とちゃんと話した。
珍しい話をしたわけではない。本当に些細な話。
短い時間だった。
鍵を返し終え校門を出たところで、テレビや漫画でしか見たことのない黒いリムジンが止まっていた。
そして、横には黒いタキシードに身を包んだ一人の老爺。
「では、本日はここでお暇致しますわ。また明日お会いしましょう」
「は、はい……また明日」
俺は、自分が知らない別世界を目の前に気圧され、言葉遣いがうつっていた。
美雪が車に乗る際、笑顔で手を振られたが、どう対応すれば良いかわからず棒立ちしていた。
ここ数日で彼女の移り変わる様々な表情を初めて見た。
品格のある御令嬢だとばかり思っていたが、俺らと同じ年相応の少女だった。
彼女と別れ、一人帰路に就いてふと感じるものがあった。
俺の心がさらりと揺れ動くのを――――。
顧問の話が終わり、開始の挨拶を終える。
そして、次はプールならではの恒例行事。
栄光のシャワーロード。
プールに入る前の恒例行事であり、地獄の門でもある。
シャワーという名だが、水量がおかしい。まるで豪雨だ。
ここに立つといつも思う。何故、ここの水はこんなに冷たいのか、と。
「キャー!」
プールサイドに響く女子の悲鳴。
ジタバタと足踏みしながら通過して行く。
男子はただ行くのだ。そう、心を無にして――。
「もー、早く行ってよ」
「わりぃ……?」
愛海の声だ。
すぐさま前進しようと思ったのだが、背中の感触につい立ち止まってしまった。
最初は手で触られた感覚だったが、接触しているが面積が明らかに増えている。
マシュマロのような柔らかい感触に動揺していた。
「前見えなーい」
いやなにこれ、どういう状況。これ、俺動いていいの?
てか、本当に愛海か? あの愛海が俺に触れてるのか?
絶対、後で説教されるよねこれ。俺悪いの?
愛海にグイグイと少しずつ押され、色んな意味での地獄は終了。
お説教タイムが待ち受けてると思ったが、愛海はしれっと友人の元へ向かって行った。
何はともあれ練習が始まる。
前半の練習はレーン選択が自由だ。
普段の俺は先輩達と一緒のレーンを選択している。
それに、あの三人の誰かと一緒になると嫌味を言われる可能性があるため、自主的非難をしているというわけだ。
そもそも、そんなことは気にしていないが、もし本当に迷惑だったら可哀そうだし、さり気なく立ち振る舞っている。
だが、今日の練習は人数が少ない。
「じゃあ、前半は人数少ないけど、レーン決めは各々適当にしてねー」
先生からの号令により、計十人がプールへ入った。
俺は多分一人になる。そう薄々思っていた。
合計6レーンはほぼ均等に埋まり、練習がスタートした。
「お願いします」
「ああ、よろしく」
「――って、え? どうしたの彩智。なんでここに」
「ヨーイ――」
返答を待つ前にホイッスルが鳴った。
俺は反射的に潜り、壁を蹴りスタートした。
それからは、タイムサイクルとスピード差で会話する機会が無く、あっという間にウォーミングアップのメニューが終わった。
スタート台付近のメニュー表に目を通し、次のメニュー確認をしていると、右側に柔らかい感触と「ぜえ、はあ」と荒い息遣いが聞こえてきた。
「ねえ……直輝、少しそのままで居てください」
「おう、大丈夫か? 立てる?」
「直輝って……普段からこんな辛い練習……してたんですね。全然追いつけなかった……」
彩智はビード版に顎と腕を乗せ、水中で姿勢を低くしていた。
この口ぶりだと、無理にスピードを上げていたようだが、まだ序盤なのに大丈夫なのだろうか。
練習再開まで残り三分。
「なあ、大丈夫か?」
「はい……もう少しだけ体を貸してください」
前半の練習も程無くして終わり、10分の中休憩も終わりを向かえた。
後半は、途中から他の部員も合流し始めた。
人数が増えて来たタイミングで彩智は別のレーンへと移動して行った。
妥当な判断だ。後半からはレーン毎にタイム設定やセット数が異なってくる。
俺も熱が出始め、もっと早くなりたい一心で、より一層練習に取り組んだ。
本日の練習内容も無事終了。
今日の鍵当番は、急遽休みになった人の代わりに、俺が担当になっていた。
全員が着替え終わり、帰路に就いたことを確認。
施錠も終わり、職員室へ向かおうとした時だった。
「お疲れ様」
「うおっビックリしたー。どうしたの、忘れ物?」
角を曲がったところで美雪と鉢合わせた。
不思議と動き出さない美雪にそのまま疑問をぶつけた。
「もしかして今日の部活で、俺何か迷惑かけた……?」
「いいえ、そんなことはなくてよ」
「それじゃあどうしたの?」
「そ、その……ご一緒に行きません……?」
「――なんだ、いいよ」
どことなく目線を逸らされたが、断る理由もなく了承した。
夕陽のせいか、美雪の頬は赤く染まっているように見えた。
短い距離だが俺達は二人並んで歩いた。
この時初めて美雪とちゃんと話した。
珍しい話をしたわけではない。本当に些細な話。
短い時間だった。
鍵を返し終え校門を出たところで、テレビや漫画でしか見たことのない黒いリムジンが止まっていた。
そして、横には黒いタキシードに身を包んだ一人の老爺。
「では、本日はここでお暇致しますわ。また明日お会いしましょう」
「は、はい……また明日」
俺は、自分が知らない別世界を目の前に気圧され、言葉遣いがうつっていた。
美雪が車に乗る際、笑顔で手を振られたが、どう対応すれば良いかわからず棒立ちしていた。
ここ数日で彼女の移り変わる様々な表情を初めて見た。
品格のある御令嬢だとばかり思っていたが、俺らと同じ年相応の少女だった。
彼女と別れ、一人帰路に就いてふと感じるものがあった。
俺の心がさらりと揺れ動くのを――――。
0
お気に入りに追加
3
あなたにおすすめの小説
婚約破棄されなかった者たち
ましゅぺちーの
恋愛
とある学園にて、高位貴族の令息五人を虜にした一人の男爵令嬢がいた。
令息たちは全員が男爵令嬢に本気だったが、結局彼女が選んだのはその中で最も地位の高い第一王子だった。
第一王子は許嫁であった公爵令嬢との婚約を破棄し、男爵令嬢と結婚。
公爵令嬢は嫌がらせの罪を追及され修道院送りとなった。
一方、選ばれなかった四人は当然それぞれの婚約者と結婚することとなった。
その中の一人、侯爵令嬢のシェリルは早々に夫であるアーノルドから「愛することは無い」と宣言されてしまい……。
ヒロインがハッピーエンドを迎えたその後の話。
鬼上官と、深夜のオフィス
99
恋愛
「このままでは女としての潤いがないまま、生涯を終えてしまうのではないか。」
間もなく30歳となる私は、そんな焦燥感に駆られて婚活アプリを使ってデートの約束を取り付けた。
けれどある日の残業中、アプリを操作しているところを会社の同僚の「鬼上官」こと佐久間君に見られてしまい……?
「婚活アプリで相手を探すくらいだったら、俺を相手にすりゃいい話じゃないですか。」
鬼上官な同僚に翻弄される、深夜のオフィスでの出来事。
※性的な事柄をモチーフとしていますが
その描写は薄いです。
【完結】野蛮な辺境の令嬢ですので。
❄️冬は つとめて
恋愛
その日は国王主催の舞踏会で、アルテミスは兄のエスコートで会場入りをした。兄が離れたその隙に、とんでもない事が起こるとは彼女は思いもよらなかった。
それは、婚約破棄&女の戦い?
【完結】傷物令嬢は近衛騎士団長に同情されて……溺愛されすぎです。
朝日みらい
恋愛
王太子殿下との婚約から洩れてしまった伯爵令嬢のセーリーヌ。
宮廷の大広間で突然現れた賊に襲われた彼女は、殿下をかばって大けがを負ってしまう。
彼女に同情した近衛騎士団長のアドニス侯爵は熱心にお見舞いをしてくれるのだが、その熱意がセーリーヌの折れそうな心まで癒していく。
加えて、セーリーヌを振ったはずの王太子殿下が、親密な二人に絡んできて、ややこしい展開になり……。
果たして、セーリーヌとアドニス侯爵の関係はどうなるのでしょう?
一夜限りのお相手は
栗原さとみ
恋愛
私は大学3年の倉持ひより。サークルにも属さず、いたって地味にキャンパスライフを送っている。大学の図書館で一人読書をしたり、好きな写真のスタジオでバイトをして過ごす毎日だ。ある日、アニメサークルに入っている友達の亜美に頼みごとを懇願されて、私はそれを引き受けてしまう。その事がきっかけで思いがけない人と思わぬ展開に……。『その人』は、私が尊敬する写真家で憧れの人だった。R5.1月
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる