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第三章【ありふれた日常にこそ幸せがある】

第20話『私があなたを守るから』

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 なんてない休日の一日が始まる。
 外は雨模様、昨日のうちに買い物を済ませておいて正解だったわ。

 外出の予定もないし、今日楽しい一日になりそうなの。
 なぜなら。

「ねえねえこれ観て~!」
「はいはい、お姉ちゃんはどこにも行ったりしないわよ」

 本当なら部屋で独りの時間を過ごすはずだったのが、舞からお家デートのお誘いがあったから。
 舞は高校入学祝いに購入したノートパソコンで、楽しそうにお洋服のサイトを表示させている。

「この、これ。これからの夏に向けて、肩出しとか良いと思うんだ」
「あなたには少しばかり早すぎると思うわ」
「ちーがーう。これはお姉ちゃんのやつだよ」
「そう?」
「そうそう。ほらこれとかも。お姉ちゃん、大人の色気ムンムンのセクシーなファッションが似合うと思うんだ!」

 あらあら、そんな健気に言われてしまったら真に受けてしまうわ。
 でも、私の服なんてどうだっていいのに。
 どうせ誰に見せたいというわけなんてないのだから。

「せっかくなんだし、自分のを観なさいな」
「自分のはいっつも夜遅くまで観てるから大丈夫だよ…………あっ」
「……」

 これはマズい、と全身を使って表現してる辺り、本当に気づいていないと思ってるのね。
 毎朝のように起こしているのだから、スマホやノートパソコンの画面が嫌でも視界に入ってしまうことがあったわ。
 いくら大好きだからといって、盗み見るような趣味はないのだけれど、偶然、偶然ね。

「ふふっ、別に怒ったりはしないわよ」
「ほ、本当に?」
「ええ」
「良かったー……」

 一安心するのもわかりやすい。
 胸に手を当てて安堵する息を漏らし、顔が緩んじゃっているわ。
 なら、面白そうだからちょっとだけ、ちょっかいを掛けちゃおうかしら。

「あー、でも。私が起こしにいけなかった日、遅刻をしないのが前提だったり。私が用事で早出しなきゃいけない時に、ご飯をちゃんと自分で用意して食べられるのが条件だったり。テストの度に一夜漬けして一睡もしない、なんてことがないのを約束できるのなら、ね」
「うっ、うぐっ、ぐががっ」

 まるで格闘ゲームのキャラがハメ技でもくらっているかのような反応。
 目が痛いのか、お腹が痛いのか、頭が痛いのか。
 そのどれもが痛そうにしているのだけれど、少しばかり攻め過ぎたかしら。

「まあ、私に用事があったのならって話だから。今のところはそんな予定なんてないし、心配しなくても大丈夫よ」
「うぅ……少しでも自分でできるようにします……」

 その結果、やることなすことアタフタしている姿を想像したら――ふふ、隠し撮りって怒られないかしら。

「そういえばお姉ちゃん。最近少しだけいろんな表情をするようになったね」
「え? そう? そんなはずはないのだけれど」
「そうかな~? 私は、毎日一緒に居る妹だよ。それくらいの変化はわかっちゃうんだから」
「ん~。でもね、本当に心当たりがないのよ……」

 最近、少しばかり変な輩に絡まれているのはあるけれど。

「も、もしかして! お姉ちゃんに好きな人ができたの!?」
「残念ね。それだけは絶対にありえないわ」
「うひょ、お姉ちゃん……その顔はちょっと怖いよ。いや、鬼より怖いかもしれないよ……」

 舞からはどんな感じに見えているのかわからないけれど、あの輩に対しての憎悪はピカイチね。

「その様子だと、その線は本当に無さそう……ってことは、学校で何かいいことでもあったの?」
「心当たりはないわね。つまらないぐらいにいつも通り何もないわよ」
「いやいやいや、それはそれでどうなの⁉ お姉ちゃんって学校が嫌いだったりするの!?」
「どうかしらね。明日から行かなくて良いって言われたら、もしかしたら行かないかもしれないわぐらいかしらね」
「それって先生から『やる気がないなら帰って良いぞ』って言われたらそのまま帰るやつだよね!? 学校も行かなくなるやつだよね!?」
「あら……舞。いつの間にお笑いの勉強なんてしていたの。それじゃあまるであの男と――」

 あ。

「え、お姉ちゃん。今、言ったよね。絶対に『""』って言ったよね」
「いいえ、口が滑って言葉を間違えたのよ。そう、本当は……お豆腐って言おうとしたのよ」
「え?! お豆腐がお笑いの勉強ってどういう状況? というか、その流れだと私がお豆腐ってことにもならないかな?! かな?!」
「ダイダイソウイウコトヨ」
「目線を逸らして、片言で言われたら信憑性が薄すぎるよ」

 舞は、全力で話を逸らそうとする私をジト目で見てくる。
 ここで口笛なんか追加したら、もっとらしいかしら。

「お姉ちゃん。私は物凄く気になります。しっかりと話をしてください」
「別に隠すようなことでもないけど、本当に好きだとか気になるとかそういうわけではないわ」
「じゃあ、しっかりとお願いします」

 舞は床に正座をして、背筋を伸ばしながら床をバシッバシッと叩いている。
 つまりはあなたもここに座って、正々堂々と話をしなさいということ。
 
 まあでも、こうして舞と話をする機会もなかったし、良い機会かもしれないわね。
 少し前までは風邪で寝込んでしまっていたのだし。


 
「と、言う感じかしら」
「うっ……思っている以上に脈なしということだけはわかりました」
「でしょ? だから最初にそう言ったのに」
「はい……」

 それもそうよ。
 私から見える彼は、私にとって唯一の憩いの場所に侵入してきた変質者ぐらいの程度でしかない。
 前回言葉を交わした際は、あれは不慮の事故というやつね。
 別に話をしたくて話をしたわけではないし、少しでも興味を持ったから話をしたわけでもない。

 だからまあ、知人というにはほど遠く、友人というには遠すぎて、好きという感情は宇宙に飛び出してしまうほどには遠いわ。

「逆にこの際だから訊くけど、舞は学校で友人関係とかはどうなの?」
「うーん……友達といえる子はいるけど、仲が良いっていう子はいないかな。私は、体が強い方じゃないから部活やってないし。でも、ほとんどの子が部活動とかやってるし。必然的にこうして家の中で過ごす時間が多くなるし」
「そう。別に落ち込むことはないと思うわ。交友関係なんて、浅くていいのよ全然。深くていいことなんてほとんどないわ。私は、舞だけが居ればそれでいい」
「お姉ちゃん……お父さんとお母さんのこと、少しは許してあげられない……?」
「ええ。一歩たりとも譲る気はないわ」

 そう、子供が最後に頼れる砦の存在、そんな人間達が私達を捨てたのだから。
 私は自分を自分でしか守れないし、私は誰にも頼ることができない。
 あの人達の代わりに、舞を守ってあげられるのも私しかいない。
 だから、私はあの人達を許さないし、あの人達を親なんて思うことなどない。

「でも、そうだよね。今の私達は二人っきりの家族だもね」

 そう、だから。
 だからこそ、私があなたを守るから。
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