上 下
1 / 5

第一話『聖騎士アイナと勇者クディア』

しおりを挟む
 私は特殊部隊所属、隊長であり聖騎士のアイナ・ブリギット。
 この部隊は、主に国外の脅威に対し派遣される部隊だ。
 そして現在は王命により魔物の討伐任務に就き林道を進んでいる。

「アイナ様~! もうすぐ目的地ですよ!」
「ラナ、いつも言っているけど、様なんて付けないでって」

 天津爛漫の少女ラナは元気を振り撒きながら私にそう語り掛ける。
 眩しいほどの笑顔に、邪なこととは無縁の彼女。
 素直に可愛いとはいえない地竜の上に跨っていなければ、愛嬌の塊とでも言えるのにね。

「がっはは、確かにな、二人は同い年なんだからもっと仲良くしろよなっ」
「ガルムさんは、もう少し気を使って欲しいんですけどね~?」

 白髪白髭のガルムは高笑いをし、ラナと私をおちょくり始めた。
 そんなガルムにラナは反発するが、まるで仲の良い兄妹喧嘩にしか見えない状況。
 私はそんな二人の面白いやり取りに、赤毛の髪を耳に掛けつつ笑みを零す。
 こんな光景はこの部隊では日常茶飯事。

 地竜に跨り歩く部隊は、総勢30名。
 と比べると少数であり、このお気楽さに奇異の目を向けられることは珍しくない。だがこれが罷り通るのは、やはり実力がものをいっている。
 あらゆる権力すらも通用しない強さ。この部隊が国の敵に回れば国に勝機はないほどに。ただ、一人の例外・・を除けばの話なんだけど。

「ラナ、お願い」
「はいはーい、お任せあれーっ」

 ラナは、いつものように偵察へ向かってくれた。



 笑いが絶えない部隊はこのままゆっくりと進み、そろそろ目的地に着く。
 先行偵察から戻ったラナは眉を細めつつ報告を始める。

「これはまた酷いですね……」
「そうね……」

 目的地手前、木々は薙ぎ倒れ、馬車の残骸などが散乱している。
 姿は見えないが、敵意を感知――私は声を張り号令をかけた。

「総員、戦闘準備!」

 号令に全員の笑顔はスッと消え、警戒心を尖らせて戦闘態勢に入った。
 そして、みんなが自分の地竜の喉を撫で、合図を出す。この行為は戦闘開始の合図になっていて、地竜は普段より数倍もの察知能力が向上する。

 私の判断は正しかった。
 地竜が喉を鳴らし始め、姿勢を低くする。これは敵は既に接近している証拠。

『ぐるぁぁぁ!』
『ギイィィィ!』

 姿を現したのは、一体や二体ではなかった。
 人間の三倍の大きさの巨人種。四足歩行の獣種。それらがこちらを包囲するのにそう時間はかからなかった。
 このスピード感、間違いなく待ち伏せ。

「あちらにも優秀な索敵が居るようですね」
「どうするよ隊長」
「決まっている。まずは正面突破、態勢を整え掃討」

 ガルムは口笛を一度鳴らす。それに応えるように私も左頬を吊り上げ鼻で笑った。

「総員、私に続けーっ!」

 抜刀し突き出し、私が先頭で敵群へ突撃。
 聖剣が赤く輝きだし、正面に一薙ぎ。半月状の光が巨人種の三体を上下真っ二つに切断。
 部隊はそのまま突破口になだれ込み、離脱に成功した。



 魔物群から距離を置けた私達は、陣形を整え残党掃討に成功。
 犠牲者や負傷者を出すことなく完遂した部隊は、野営の準備を始めていた。

「あら、終わっちゃったみたいだね。皆さんお疲れ様です」

 どこからともなく現れた一人の男。銀髪をふさふさと生やし、細身だが隆起した筋肉は甘えの無い体。
 そう、彼は勇者クディア・マーカス、唯一の例外・・である。

「おーう。クディアの坊主、来てくれたのか」
「ガルムさん、お元気な姿が見れて僕も元気が出てきましたよ」
「あーっはっは、相変わらず口が上手だなーっ。お、そうだそうだ――おーい、隊長ー! クディアが来たぞー!」
「あー、もう知ってる知ってる。こっちだって忙しいのよ」

 そんなに大声で呼び出されなくてもわかる。
 聖剣を持つ者同士は、ある程度の距離ならば存在が認識可能になっているのだから。

「んおー! 忙しい隊長さんの代わりに働かないとなーっ。ほら、ラナ行くぞー」
「えーっ、私もですかー? 自分の寝床できてないんですけどー」
「俺が後で手伝ってやるから、みんなの手伝いに行くぞー」
「はぁ、わかりましたー。ということでアイナ様、一旦失礼致します」

 ルナは私へ丁寧に一礼をし、ガルムの後を小走りで追いかけていった。
 この場に残された私とクディアは、薪用に切り揃えた丸太の上に腰を下ろす。

「今回も全員無事だった?」
「もちろんよ。みんな優秀なんだから」
「それもそうだけど、また無茶したね?」
「なーによその言い方、私がいつも無茶してるみたいじゃない。それに、もしそうだったとしても私は聖騎士、誰よりも頑張らないといけないじゃない」
「はぁ……」

 私の言葉を聞くにクディアはため息を吐きながら、片手で頭を押さえている。

「アイナは初めて会った時から全然変わらないよね」
「何が言いたいわけ?」
「だってさ、任命式後に初めて話した時、『私が皆を守ります』と志高く宣言してたよね」
「そんなこともあったわね」
「あの時僕は思ったんだ。あーこの人、責任感強めの人だなーって」
「なにそれ」
「それから、何かあったら全部自分が悪いって抱える人だってね」

 その言葉に私は何も言い返せなかった。
 クディアが言っていることは全てが当たっている。
 それに、日に日に増す敵の強さへ危機感を抱き始めていたということも相まって。

「それで、あなたは私に説教をしに来たってわけ?」
「そ、そんなつもりじゃないよ。みんな元気してるかなってさ」
「そういえばあなた、王命で遠征してなかった?」
「そうそう、それが終わったからみんなに会いに来たってわけ」
「ふぅーん」

 全身を見渡すに大それた負傷が見られず。
 怪我どころか服すら損傷していない。
 それもそうだ。彼は勇者。一国を敵に回しても、単身で相手取ることができるほどの強さ、心配するだけ無駄だということはわかっている。

「それにしても、あなたはいつも余裕そうよね。それに、いつも笑顔だし」
「あっはは、それは褒め言葉として受け取っておくよ」
「私もあなたぐらい強かったらそれぐらいの余裕も出るのかしら」
「そんなことはないさ。アイナだって、今や他の追随を許さないぐらい強いじゃないか。誇って良いと思うよ」
「そう言ってもらえると嬉しいけど、国内敵無しの勇者様に言われると、皮肉にしか聞こえないわよ」

 クディアは相変わらずの笑顔で私の嫌味を受け流し、顎が外れそうなぐらいの欠伸をした後、立ち上がり言った。

「じゃあそろそろ僕は行かないと。王様に報告しないといけないんだ」
「そう……」
「じゃあ、これからもよろしくね」

 この場から立ち去ろうとしたクディアに私はつい言葉を投げてしまった。

「あ、あの……ちゃんと体調を崩さないようにしなさいよね。まあ、あなたには無用な心配だろうけど」
「あっはは、ありがとう。報告を終えたら一休みすることにするよ。それじゃまたね、アイナ」

 はぁ、なんで私はあんな言葉しか掛けれないんだろう。
 本当はもう少し、ほんのもう少しだけ話していたいのに。
 もっと優しい言葉を掛けてあげたいのに。

 またね。そんな言葉も口に出せない私は、ただ去りゆくクディアの背中を眺めることしかできなかった。
 次に会った時は、もっと自分に素直になろう。と、心に決めて――。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

外では氷の騎士なんて呼ばれてる旦那様に今日も溺愛されてます

刻芦葉
恋愛
王国に仕える近衛騎士ユリウスは一切笑顔を見せないことから氷の騎士と呼ばれていた。ただそんな氷の騎士様だけど私の前だけは優しい笑顔を見せてくれる。今日も私は不器用だけど格好いい旦那様に溺愛されています。

神様の手違いで、おまけの転生?!お詫びにチートと無口な騎士団長もらっちゃいました?!

カヨワイさつき
恋愛
最初は、日本人で受験の日に何かにぶつかり死亡。次は、何かの討伐中に、死亡。次に目覚めたら、見知らぬ聖女のそばに、ポツンとおまけの召喚?あまりにも、不細工な為にその場から追い出されてしまった。 前世の記憶はあるものの、どれをとっても短命、不幸な出来事ばかりだった。 全てはドジで少し変なナルシストの神様の手違いだっ。おまけの転生?お詫びにチートと無口で不器用な騎士団長もらっちゃいました。今度こそ、幸せになるかもしれません?!

氷のメイドが辞職を伝えたらご主人様が何度も一緒にお出かけするようになりました

まさかの
恋愛
「結婚しようかと思います」 あまり表情に出ない氷のメイドとして噂されるサラサの一言が家族団欒としていた空気をぶち壊した。 ただそれは田舎に戻って結婚相手を探すというだけのことだった。 それに安心した伯爵の奥様が伯爵家の一人息子のオックスが成人するまでの一年間は残ってほしいという頼みを受け、いつものようにオックスのお世話をするサラサ。 するとどうしてかオックスは真面目に勉強を始め、社会勉強と評してサラサと一緒に何度もお出かけをするようになった。 好みの宝石を聞かれたり、ドレスを着せられたり、さらには何度も自分の好きな料理を食べさせてもらったりしながらも、あくまでも社会勉強と言い続けるオックス。 二人の甘酸っぱい日々と夫婦になるまでの物語。

王妃の仕事なんて知りません、今から逃げます!

gacchi
恋愛
側妃を迎えるって、え?聞いてないよ? 王妃の仕事が大変でも頑張ってたのは、レオルドが好きだから。 国への責任感?そんなの無いよ。もういい。私、逃げるから! 12/16加筆修正したものをカクヨムに投稿しました。

仲の良かったはずの婚約者に一年無視され続け、婚約解消を決意しましたが

ゆらゆらぎ
恋愛
エルヴィラ・ランヴァルドは第二王子アランの幼い頃からの婚約者である。仲睦まじいと評判だったふたりは、今では社交界でも有名な冷えきった仲となっていた。 定例であるはずの茶会もなく、婚約者の義務であるはずのファーストダンスも踊らない そんな日々が一年と続いたエルヴィラは遂に解消を決意するが──

骸骨と呼ばれ、生贄になった王妃のカタの付け方

ウサギテイマーTK
恋愛
骸骨娘と揶揄され、家で酷い扱いを受けていたマリーヌは、国王の正妃として嫁いだ。だが結婚後、国王に愛されることなく、ここでも幽閉に近い扱いを受ける。側妃はマリーヌの義姉で、公式行事も側妃が請け負っている。マリーヌに与えられた最後の役割は、海の神への生贄だった。 注意:地震や津波の描写があります。ご注意を。やや残酷な描写もあります。

婚約破棄された検品令嬢ですが、冷酷辺境伯の子を身籠りました。 でも本当はお優しい方で毎日幸せです

青空あかな
恋愛
旧題:「荷物検査など誰でもできる」と婚約破棄された検品令嬢ですが、極悪非道な辺境伯の子を身籠りました。でも本当はお優しい方で毎日心が癒されています チェック男爵家長女のキュリティは、貴重な闇魔法の解呪師として王宮で荷物検査の仕事をしていた。 しかし、ある日突然婚約破棄されてしまう。 婚約者である伯爵家嫡男から、キュリティの義妹が好きになったと言われたのだ。 さらには、婚約者の権力によって検査係の仕事まで義妹に奪われる。 失意の中、キュリティは辺境へ向かうと、極悪非道と噂される辺境伯が魔法実験を行っていた。 目立たず通り過ぎようとしたが、魔法事故が起きて辺境伯の子を身ごもってしまう。 二人は形式上の夫婦となるが、辺境伯は存外優しい人でキュリティは温かい日々に心を癒されていく。 一方、義妹は仕事でミスばかり。 闇魔法を解呪することはおろか見破ることさえできない。 挙句の果てには、闇魔法に呪われた荷物を王宮内に入れてしまう――。 ※おかげさまでHOTランキング1位になりました! ありがとうございます! ※ノベマ!様で短編版を掲載中でございます。

セレナの居場所 ~下賜された側妃~

緑谷めい
恋愛
 後宮が廃され、国王エドガルドの側妃だったセレナは、ルーベン・アルファーロ侯爵に下賜された。自らの新たな居場所を作ろうと努力するセレナだったが、夫ルーベンの幼馴染だという伯爵家令嬢クラーラが頻繁に屋敷を訪れることに違和感を覚える。

処理中です...