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第一章
第2話『アイドルの仕事を頑張るっ!』
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「それじゃあ今日も頑張ってきます」
「昨日のこともありますので、無理だけはなさらず」
「心配してくれてありがとう草田さん。でも、私のやりたいことなので」
「……ですよね」
「行ってきます!」
私は裏手から出て、カメラの前まで歩き出す。
ちゃんと笑顔で足取り軽く。
「皆さんこんばんわっ。冬逢キラでーす!」
拍手は返ってこない。
観客も0。
なぜなら、これは配信であるから。
「今日の予定は、全部で2時間の予定になっています! 20分毎に休憩時間がありますので、よろしくお願いしますーっ!」
虚しいと言えば虚しい。
私が小さい頃に観ていたアイドルは確かに画面の向こうだったけど、スタジオには沢山のお客さんが居た。
それに、嫌でも見えてしまっている視聴者数――0。
夜20時。
ゴールデンタイムだというのにこの数。
他の競合や別の配信が沢山ある中、私のような知名度がないアイドルを観に来る人は極めて少ない。
だけど私は笑う。
心から、濁りのない眩しい笑顔を咲かせる。
「それでは一発目! ダンスタイム!」
表情を変え、真剣さを帯びる。
そして、曲が始まった。
私はアイドルだ。
いつ誰が来て、誰に観られているのかわからない――いや、観に来てくれた全員に笑顔になってもらいたいし、元気をもらっていってほしい。
だから私は気を抜かない。
いつだって真剣。
いつだって全力。
曲に合わせ、頭を・手を・肩を・体を・脚を・足を動かす。
曲の表情に合わせ、自分の表情も晴れさせたり曇らせたり。
今まで練習してきたことを、パフォーマンスとして魅せる。
約4分の戦いが終わった。
「それでは次の曲にいきますよ~! 聞いたことがある方は、是非口ずさんでみてくださーいっ」
そして、次の戦いが始まる――。
――ダンスタイム終了。
「それでは皆さんお疲れ様です~っ! これから10分休憩に入りますので、次のシングタイムもよろしくお願いします!」
私は深々と頭を下げ、笑顔を崩さずに顔を上げた。
そして、カメラに向かって手を振りながら、一旦裏に戻る。
でも、この時間は私にとって休憩時間ではない。
「お疲れ様です。水分補給はこちらに用意してあります」
「ありがとう草田さん」
草田さんが用意してくれた水をストローで飲む。
脱水症状を気にしてのことと同時に、化粧や口紅が崩れないようストローを用意してくれた。
さすがはマネージャーさん兼戦友。
「草田さん、準備を」
「わかりました。皆さん、よろしくお願いします」
そして、私を支えてくださっているメイクアシスタントの柿原さんとファッションアシスタントの目里さん。
「さあ、私達も負けていられないわよ」
「もちろんよ。キラちゃん、やるわよ」
「お願いします!」
即席の化粧台前の椅子に座り、着替え用の垂れ幕で囲まれる。
「まずは汗の処理。草田さんと目里さん、扇いで扇いで」
「任せてください」
「いくわよー」
「キラちゃん、動かないでね」
草田さんと目里さんがプラスチックの下敷きを両手に持って風を送ってくれる。
その間、柿原さんが自前のタオルで私の汗を拭く。
この時に私がやらないといけないのは、全力で動かないよう努めること。
「草田さん、後何分ですか」
「後5分です」
「わかりました。じゃあ後2分はこのままで、1分でメイク加えます」
「じゃあ衣装チェンジは1分ね。キラちゃん、大変だけど頑張ってね」
「衣装チェンジは30秒で終わらせてみせます」
「いいねっ、その意気よ」
柿原さんと目里さんには本当に感謝してもしきれない。
私のデビューの時に、偶然担当してくれたんだけど、そこから私を手伝ってくれている。
しっかりとした技術を持っているし、2人とも人柄がいいだけじゃなく情熱をもって仕事している。
こんな駆け出しで人気の出ない私についてきてくれるなんてもったいないぐらい。
「時間がきたわね。私の仕事を始めるわよ」
「じゃあ私も」
柿原さんはタオルを肩にかけ、メイク道具を取り出す。
筆をもって眉毛に、別の筆で口紅に、別の筆で頬に。
まるで魔法にかけられたように、私は別の私に様変わる。
そして、あっという間にメイクアップし、両肩をポンっと叩かれる。
「キラちゃん、次」
「はいっ」
すぐに立ち上がり、椅子から離れる。
振り向いた先には目里さんが立っていて、既に次の衣装を両手に抱えていてくれた。
頑張れ私、もたもたするな。
服を受け取る頃には、柿原さんが背中側にあるファスナーを下ろしてくれていた。
順序を間違えず袖を通し、パパっと着替え終える。
「草田さん、時間は!」
「さすがはキラちゃん。後30秒あるわよ」
「大丈夫。呼吸を整えて」
柿原さんが左肩に、目里さんが右肩に手を置いてくれた。
「すぅーっ」
私は深呼吸をする。
「はぁーっ――よし、いってきますっ!」
真剣な表情から一変して再び私の戦場へと歩き出した。
「それでは皆さん本日は冬逢キラのステージにお越しくださり、ありがとうございましたーっ!」
私は疲れ果て、体が腕が足が重くても笑う。
全力で笑い、手を振る。
「次のライブもSNSで発表するので、ぜひ冬逢キラで検索してフォローしてくださいーい!」
最後の力を振り絞って、全力で声を絞り出す。
「それでは皆さん、おやすみなさーいっ」
5秒ほど手を振りづ付け、カメラの赤いランプが消えた。
「ふぁ~っ」
完全に力尽き、その場に崩れる。
呼吸を荒げ、吹き出る汗をそのままに。
たったの1ライブ、2時間という時間の中で全力で踊って歌って話して笑った。
正真正銘の全力。
しかし、私は世の中の残酷さをその時間で体感していた。
同時視聴者数の最大は5人という数字を。
他の人からしたら、「そんなの綺麗事だっ」って言われるのはわかっているけど、数の問題じゃない。
私という人間を観に来てくれた人間が5人もいた。
その事実は私にとっては、大きな活力となる。
それに、私を観て笑ってくれたのならそれは本望だ。
「お疲れ様でした。今日も最高のステージでしたよ」
「ありがとうございます」
歩み寄って来てくれた草田さんからペットボトルに入った水を受け取り、一気に喉に流し込む。
「今日も最高だったよ」
「キラちゃんを観ていると、私も負けていられないって頑張れるわ」
「えへへ。ありがとうございます」
柿原さん、目里さんもステージ上まで来てくれた。
「今日は沢山動いたんだし、打ち上げ行く?」
「お、いいじゃないそれ。私はファミレスでも居酒屋でもいいよ」
「ファミレスはいいとして、キラちゃんは未成年なんだから居酒屋はダメでしょ」
「えー、ジュースだってあるでしょ。たぶん」
「自分がビールを飲みたいだけですよね」
2人の会話に、草田さんの鋭いツッコミが入った。
目里さんは「ギクッ」という声を駄々漏らすものだから、私含みみんな笑ってしまう。
「たまにはそれもいいかもしれないですね」
「じゃあ、決ま――」
「でもごめんなさい。明日の課題がまだ終わってなくて」
「まあ、そうだよね」
「せっかく誘ってもらったのに、ごめんなさい」
「いやいやいいのいいの。学生の本分は学業ってねっ」
このやりとりのおかげで、荒れた呼吸がやっと整った。
「じゃあ最後に、みんなで掃除を早く終わらせましょうか」
「そうですね」
「お任せあれ」
草田さんの先導の元、全員で雑巾がけが始まる。
そう、事務所はこんな人気のない私にはスタッフをつけてくれない。
だから、こういう後始末とかも自分達でやる必要がある。
自分のことは自分で片付ける、というのはわかっているけど、空元気で振舞っているのはみんなにお見通し。
私も掃除に参加するけど、みんなには本当に感謝してもしきれない。
そして、労わる意味を込めて打ち上げなどの席を開かなければならないということも理解している。
……でも、私は高校生でもあり、探索者でもある。
探索者は後々に回してもいいけど、学生は違う。
わがままだとしても、学生をやめたくない。
だから、勉強だってちゃんとしないといけないんだ。
「私、もっともっと頑張って、皆さんへ絶対に恩返しをしまーすっ! おりゃあああああっ!」
私は決意を言葉に出して、全力で床を磨いた。
「昨日のこともありますので、無理だけはなさらず」
「心配してくれてありがとう草田さん。でも、私のやりたいことなので」
「……ですよね」
「行ってきます!」
私は裏手から出て、カメラの前まで歩き出す。
ちゃんと笑顔で足取り軽く。
「皆さんこんばんわっ。冬逢キラでーす!」
拍手は返ってこない。
観客も0。
なぜなら、これは配信であるから。
「今日の予定は、全部で2時間の予定になっています! 20分毎に休憩時間がありますので、よろしくお願いしますーっ!」
虚しいと言えば虚しい。
私が小さい頃に観ていたアイドルは確かに画面の向こうだったけど、スタジオには沢山のお客さんが居た。
それに、嫌でも見えてしまっている視聴者数――0。
夜20時。
ゴールデンタイムだというのにこの数。
他の競合や別の配信が沢山ある中、私のような知名度がないアイドルを観に来る人は極めて少ない。
だけど私は笑う。
心から、濁りのない眩しい笑顔を咲かせる。
「それでは一発目! ダンスタイム!」
表情を変え、真剣さを帯びる。
そして、曲が始まった。
私はアイドルだ。
いつ誰が来て、誰に観られているのかわからない――いや、観に来てくれた全員に笑顔になってもらいたいし、元気をもらっていってほしい。
だから私は気を抜かない。
いつだって真剣。
いつだって全力。
曲に合わせ、頭を・手を・肩を・体を・脚を・足を動かす。
曲の表情に合わせ、自分の表情も晴れさせたり曇らせたり。
今まで練習してきたことを、パフォーマンスとして魅せる。
約4分の戦いが終わった。
「それでは次の曲にいきますよ~! 聞いたことがある方は、是非口ずさんでみてくださーいっ」
そして、次の戦いが始まる――。
――ダンスタイム終了。
「それでは皆さんお疲れ様です~っ! これから10分休憩に入りますので、次のシングタイムもよろしくお願いします!」
私は深々と頭を下げ、笑顔を崩さずに顔を上げた。
そして、カメラに向かって手を振りながら、一旦裏に戻る。
でも、この時間は私にとって休憩時間ではない。
「お疲れ様です。水分補給はこちらに用意してあります」
「ありがとう草田さん」
草田さんが用意してくれた水をストローで飲む。
脱水症状を気にしてのことと同時に、化粧や口紅が崩れないようストローを用意してくれた。
さすがはマネージャーさん兼戦友。
「草田さん、準備を」
「わかりました。皆さん、よろしくお願いします」
そして、私を支えてくださっているメイクアシスタントの柿原さんとファッションアシスタントの目里さん。
「さあ、私達も負けていられないわよ」
「もちろんよ。キラちゃん、やるわよ」
「お願いします!」
即席の化粧台前の椅子に座り、着替え用の垂れ幕で囲まれる。
「まずは汗の処理。草田さんと目里さん、扇いで扇いで」
「任せてください」
「いくわよー」
「キラちゃん、動かないでね」
草田さんと目里さんがプラスチックの下敷きを両手に持って風を送ってくれる。
その間、柿原さんが自前のタオルで私の汗を拭く。
この時に私がやらないといけないのは、全力で動かないよう努めること。
「草田さん、後何分ですか」
「後5分です」
「わかりました。じゃあ後2分はこのままで、1分でメイク加えます」
「じゃあ衣装チェンジは1分ね。キラちゃん、大変だけど頑張ってね」
「衣装チェンジは30秒で終わらせてみせます」
「いいねっ、その意気よ」
柿原さんと目里さんには本当に感謝してもしきれない。
私のデビューの時に、偶然担当してくれたんだけど、そこから私を手伝ってくれている。
しっかりとした技術を持っているし、2人とも人柄がいいだけじゃなく情熱をもって仕事している。
こんな駆け出しで人気の出ない私についてきてくれるなんてもったいないぐらい。
「時間がきたわね。私の仕事を始めるわよ」
「じゃあ私も」
柿原さんはタオルを肩にかけ、メイク道具を取り出す。
筆をもって眉毛に、別の筆で口紅に、別の筆で頬に。
まるで魔法にかけられたように、私は別の私に様変わる。
そして、あっという間にメイクアップし、両肩をポンっと叩かれる。
「キラちゃん、次」
「はいっ」
すぐに立ち上がり、椅子から離れる。
振り向いた先には目里さんが立っていて、既に次の衣装を両手に抱えていてくれた。
頑張れ私、もたもたするな。
服を受け取る頃には、柿原さんが背中側にあるファスナーを下ろしてくれていた。
順序を間違えず袖を通し、パパっと着替え終える。
「草田さん、時間は!」
「さすがはキラちゃん。後30秒あるわよ」
「大丈夫。呼吸を整えて」
柿原さんが左肩に、目里さんが右肩に手を置いてくれた。
「すぅーっ」
私は深呼吸をする。
「はぁーっ――よし、いってきますっ!」
真剣な表情から一変して再び私の戦場へと歩き出した。
「それでは皆さん本日は冬逢キラのステージにお越しくださり、ありがとうございましたーっ!」
私は疲れ果て、体が腕が足が重くても笑う。
全力で笑い、手を振る。
「次のライブもSNSで発表するので、ぜひ冬逢キラで検索してフォローしてくださいーい!」
最後の力を振り絞って、全力で声を絞り出す。
「それでは皆さん、おやすみなさーいっ」
5秒ほど手を振りづ付け、カメラの赤いランプが消えた。
「ふぁ~っ」
完全に力尽き、その場に崩れる。
呼吸を荒げ、吹き出る汗をそのままに。
たったの1ライブ、2時間という時間の中で全力で踊って歌って話して笑った。
正真正銘の全力。
しかし、私は世の中の残酷さをその時間で体感していた。
同時視聴者数の最大は5人という数字を。
他の人からしたら、「そんなの綺麗事だっ」って言われるのはわかっているけど、数の問題じゃない。
私という人間を観に来てくれた人間が5人もいた。
その事実は私にとっては、大きな活力となる。
それに、私を観て笑ってくれたのならそれは本望だ。
「お疲れ様でした。今日も最高のステージでしたよ」
「ありがとうございます」
歩み寄って来てくれた草田さんからペットボトルに入った水を受け取り、一気に喉に流し込む。
「今日も最高だったよ」
「キラちゃんを観ていると、私も負けていられないって頑張れるわ」
「えへへ。ありがとうございます」
柿原さん、目里さんもステージ上まで来てくれた。
「今日は沢山動いたんだし、打ち上げ行く?」
「お、いいじゃないそれ。私はファミレスでも居酒屋でもいいよ」
「ファミレスはいいとして、キラちゃんは未成年なんだから居酒屋はダメでしょ」
「えー、ジュースだってあるでしょ。たぶん」
「自分がビールを飲みたいだけですよね」
2人の会話に、草田さんの鋭いツッコミが入った。
目里さんは「ギクッ」という声を駄々漏らすものだから、私含みみんな笑ってしまう。
「たまにはそれもいいかもしれないですね」
「じゃあ、決ま――」
「でもごめんなさい。明日の課題がまだ終わってなくて」
「まあ、そうだよね」
「せっかく誘ってもらったのに、ごめんなさい」
「いやいやいいのいいの。学生の本分は学業ってねっ」
このやりとりのおかげで、荒れた呼吸がやっと整った。
「じゃあ最後に、みんなで掃除を早く終わらせましょうか」
「そうですね」
「お任せあれ」
草田さんの先導の元、全員で雑巾がけが始まる。
そう、事務所はこんな人気のない私にはスタッフをつけてくれない。
だから、こういう後始末とかも自分達でやる必要がある。
自分のことは自分で片付ける、というのはわかっているけど、空元気で振舞っているのはみんなにお見通し。
私も掃除に参加するけど、みんなには本当に感謝してもしきれない。
そして、労わる意味を込めて打ち上げなどの席を開かなければならないということも理解している。
……でも、私は高校生でもあり、探索者でもある。
探索者は後々に回してもいいけど、学生は違う。
わがままだとしても、学生をやめたくない。
だから、勉強だってちゃんとしないといけないんだ。
「私、もっともっと頑張って、皆さんへ絶対に恩返しをしまーすっ! おりゃあああああっ!」
私は決意を言葉に出して、全力で床を磨いた。
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