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兄弟の嘘
哲学者の回想録
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…別に俺だってホルニッセが憎くてヴァッフェルに忍び込んだわけではない。単純に俺の人柄と知識がヴァッフェル王に気に入られたからあいつの家庭教師をしていたわけで、それこそ最初は弟ができたような感じで楽しかったのだ。あれは王族には向いていない自由で活発なガキだったからな、まあ俺も人のことは言えないが。とにかく俺はただひたすら、ホルニッセに勉強と人生の楽しみ方を教えていたわけだ。
マナーには詳しい俺だったが、ここは他国、それに相手は王族。流石の俺も緊張していた…のは最初だけであった。
「あなたが”かていきょうし”だな?はじめまして、Hornisse=Zachariasだ、これからよろしくたのむ。父上と母上からつねにおうぞくなら”いげん”ある話しかたを心がけなさいとおしえられているゆえ、このような”くちょう”をゆるしてほしい。」
10歳にもならないであろう幼い子どもがまるでそれが何か理解していないようなたどたどしい口調で威厳ある話し方をするのはほっこりするというか、思わず笑いそうになったが不敬罪に問われても困るので必死にこらえた。
「これはこれはホルニッセ王子、お目にかかれて光栄です。ええ、私こそがあなたの家庭教師を務めさせていただきます…」
「…剣崎先生」
「は、はいっ!?」
なんだ…?俺はあの一瞬で何かやらかしたのか!?そうでなければ王とは言え王子への挨拶を途中で遮るなんてことはしないはずだ。考えろ、一体何がまずかったんだ…
「そんな顔を青くするでない。私はただその畏まった態度を改めて欲しいだけなんだ。」
「はあ…」
「”Hornisse”という名が代々この国の王に与えられる名前であることは御存知ですかな?」
「ええ、聞いたことがあります」
「それはこの子も例外ではない。玉座の上でただ与えられるだけの貴族になってはならないと私は思っている。だからこそ先生には一般の子どもたちと同じようにこの子を扱って欲しいのです。」
「なるほど、素晴らしいお考えですね」
と言っても俺は一般の子どもの面倒なんて見たことはないんだけどなぁ…。未だに”先生”と呼ばれるのも違和感しかないし。
「しかしそうだとしたら私はヴァッフェル王国の未来を背負うホルニッセ様に対して一切の敬語を使わないかもしれませんが、よろしいでしょうか?」
…というのはさすがに攻めすぎたか?ほら王だってきょとんとしている…
「…さすが剣崎先生だ。そう、それでいい。そもそも初対面で私に対して”あんた誰?”などと口にしていた者が今更堅苦しい態度をとる方が仰々しく、滑稽に見えるものだ。なに、心配することはない。周りの者たちも私が常日頃からホルニッセには仲の良い兄弟か先輩のような家庭教師をつけてやりたいと言っていたことを知っている。誰一人あなたの態度を諫める者はいないはずだ。」
「ほほう、それはとてもありがたいことですね。」
…とまあそんな経緯でホルニッセの家庭教師になったのが剣崎雄という異国の人間である。もちろん当時の幼い僕たちからしたら他のベテランの先生たちと比べれば若いけど彼も立派な大人に見えた。でも今思うと彼の見た目は10代半ばくらいで、今の僕や君よりも若かった。だが知識やなんとなく漂う雰囲気は何十年も生きているような感じもして、とても不思議な人物だった。庭に出て植物や生き物を観察したり、思いっきり運動したり、書庫で他国の文化について学んだり…。それに加え剣崎先生は楽器も一通り演奏できる人だったから芸術面のお稽古も兼務できたのだ。あらゆる分野に精通した専属の指導係とまるで友達や家族のように楽しく学ぶ毎日…そんな甘い蜜を吸うことを許されたのは当然”蜂の名”と国の未来を背負った兄だけで、僕はベテランの厳しい先生たちにとっかえひっかえ勉強を強いられる日々を過ごした。
そう、結局はスパルタな日々を送る自分と違って王としての未来も楽しい今も与えられているホルニッセが羨ましかっただけなんだ。それに当時の僕は本来厳しい教育を受けるべきであろうホルニッセに自由を与えている両親にも不信感を抱いていた。きっと長男以外には興味がないのだろう、だから僕には地獄のような勉強漬けの日々を強いるようなことをしているんだと。
…わかっている、君なら”両陛下はそんなつもりなどないですよ”と返すのだろう。それは幼さゆえの捻くれた考えだと思って笑って欲しい。頭ではわかっているが…、剣崎が母上を刺してヴァッフェルから追放された時には少し良かったと思った自分がいたのも確かだ。
マナーには詳しい俺だったが、ここは他国、それに相手は王族。流石の俺も緊張していた…のは最初だけであった。
「あなたが”かていきょうし”だな?はじめまして、Hornisse=Zachariasだ、これからよろしくたのむ。父上と母上からつねにおうぞくなら”いげん”ある話しかたを心がけなさいとおしえられているゆえ、このような”くちょう”をゆるしてほしい。」
10歳にもならないであろう幼い子どもがまるでそれが何か理解していないようなたどたどしい口調で威厳ある話し方をするのはほっこりするというか、思わず笑いそうになったが不敬罪に問われても困るので必死にこらえた。
「これはこれはホルニッセ王子、お目にかかれて光栄です。ええ、私こそがあなたの家庭教師を務めさせていただきます…」
「…剣崎先生」
「は、はいっ!?」
なんだ…?俺はあの一瞬で何かやらかしたのか!?そうでなければ王とは言え王子への挨拶を途中で遮るなんてことはしないはずだ。考えろ、一体何がまずかったんだ…
「そんな顔を青くするでない。私はただその畏まった態度を改めて欲しいだけなんだ。」
「はあ…」
「”Hornisse”という名が代々この国の王に与えられる名前であることは御存知ですかな?」
「ええ、聞いたことがあります」
「それはこの子も例外ではない。玉座の上でただ与えられるだけの貴族になってはならないと私は思っている。だからこそ先生には一般の子どもたちと同じようにこの子を扱って欲しいのです。」
「なるほど、素晴らしいお考えですね」
と言っても俺は一般の子どもの面倒なんて見たことはないんだけどなぁ…。未だに”先生”と呼ばれるのも違和感しかないし。
「しかしそうだとしたら私はヴァッフェル王国の未来を背負うホルニッセ様に対して一切の敬語を使わないかもしれませんが、よろしいでしょうか?」
…というのはさすがに攻めすぎたか?ほら王だってきょとんとしている…
「…さすが剣崎先生だ。そう、それでいい。そもそも初対面で私に対して”あんた誰?”などと口にしていた者が今更堅苦しい態度をとる方が仰々しく、滑稽に見えるものだ。なに、心配することはない。周りの者たちも私が常日頃からホルニッセには仲の良い兄弟か先輩のような家庭教師をつけてやりたいと言っていたことを知っている。誰一人あなたの態度を諫める者はいないはずだ。」
「ほほう、それはとてもありがたいことですね。」
…とまあそんな経緯でホルニッセの家庭教師になったのが剣崎雄という異国の人間である。もちろん当時の幼い僕たちからしたら他のベテランの先生たちと比べれば若いけど彼も立派な大人に見えた。でも今思うと彼の見た目は10代半ばくらいで、今の僕や君よりも若かった。だが知識やなんとなく漂う雰囲気は何十年も生きているような感じもして、とても不思議な人物だった。庭に出て植物や生き物を観察したり、思いっきり運動したり、書庫で他国の文化について学んだり…。それに加え剣崎先生は楽器も一通り演奏できる人だったから芸術面のお稽古も兼務できたのだ。あらゆる分野に精通した専属の指導係とまるで友達や家族のように楽しく学ぶ毎日…そんな甘い蜜を吸うことを許されたのは当然”蜂の名”と国の未来を背負った兄だけで、僕はベテランの厳しい先生たちにとっかえひっかえ勉強を強いられる日々を過ごした。
そう、結局はスパルタな日々を送る自分と違って王としての未来も楽しい今も与えられているホルニッセが羨ましかっただけなんだ。それに当時の僕は本来厳しい教育を受けるべきであろうホルニッセに自由を与えている両親にも不信感を抱いていた。きっと長男以外には興味がないのだろう、だから僕には地獄のような勉強漬けの日々を強いるようなことをしているんだと。
…わかっている、君なら”両陛下はそんなつもりなどないですよ”と返すのだろう。それは幼さゆえの捻くれた考えだと思って笑って欲しい。頭ではわかっているが…、剣崎が母上を刺してヴァッフェルから追放された時には少し良かったと思った自分がいたのも確かだ。
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