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聖クライシス-3

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 世間の様子が変わり始めたのはあれからまた数年後のことだった。この時初めて聖電鉄は企業でありながら宗教団体でもあったという事実を知った。德曰く信者たちは勝手に集まってきたものであり、聖自身はあのような体制を望んではいないようだ。だがその方が人々を動かしやすいという理由で“教祖”として振る舞っているらしい。德という情報屋がいるにも関わらずこの時まで聖教について知らなかったのは別に知る必要がなかったからである。だが今では聖教は社内だけでなく一般市民にも広がりを見せている。街を歩けば鉄道を模したアクセサリーを身に付けた者や科学技術の素晴らしさを説く者などがいくらでも見られる。近代的なのか古典的なのかよくわからない光景だ。
「そこのあなた、署名をお願いできませんか。」
「何の署名だ。宗教には興味ないぞ。」
「いえいえ、とんでもない!我々はあの忌まわしき邪教に対抗する団体でございます。聖電鉄が鉄道をもたらしてからこの街の人々はおかしくなった。政府は聖電鉄への支援をやめるべきなのです。」
そう、街中聖電鉄一色というわけでもない。中にはこの異様な光景に危機感を覚え政府による近代化政策に反対する者たちもいる。面白いことに本来近代化に賛成していた革新派が古典的オカルトに嵌まり、科学を拒絶していた懐古主義者がオカルトである宗教を否定している。
「本来あんたらが“あっち側”だと思うんだけどな。…すまないが俺はどっち側につく気もない。」
「あっ、ちょっと…!」
それにしても最近この街は人で溢れかえっている。特にスーツを着た、ビジネスマンといった種類の人々が急増した。と言うのも鉄道が普及したことにより若市の中では都会であり内閣府もある更築に通って働く人間が増えたのだ。人々が綿密なスケジュールに従いスマートに、そして機械的に動く時代…俺のような時間の枠から外れた人間には生きづらい時代が始まった。

 「三又、本当に大丈夫なのか?」
「新田野が言い出した件のこと?あれの破天荒なアナウンスに惑わされないのは自分だけだって臨時で運転士に復帰すると言い出したのは誰だっけ。」
「それは…。」
西畑は鉄道を輸入した際に積極的に運転技術を学び、若市での運転士第一号となった人物だ(まあ当時は鉄道運転士などといった職業区分は存在しなかったわけだが)。現在は主に指導係として活動している彼が聖電鉄設立10周年の特別企画として久々に現場に立つ。とはいえ一部のマニアを除き西畑の業績は知られていないだろう。一般客はむしろ数年ぶりのラップアナウンスのリバイバルに注目するはずである。そう、まだ車掌のアナウンスに定型文が存在していなかった時新田野が気まぐれで行ったあれである。意外と若者からの支持が厚くこれには俺もGOサインを出さざるをえなかった。
「まあお前の言いたいこともわかるよ。このご時世だ、まだ1年あるにしても10周年イベントを行えるかどうかも怪しい。」
「いつからこうなってしまったんだろうか。俺は三又の考えに賛同してここまで来たが、やはりこの街では科学が受け入れられることはないのだろうか。」
「西畑、これ以上は俺たちにはどうしようもない問題だ。俺たちは上質な苗を用意し、丹念に世話をした。だがその苗は上手く育たなかった。どこに原因があると思う?」
「いきなりなんだ。それは…痩せた土地に植えてしまったから、か?」
「そう、土壌に問題があった場合苗は正常に育たないことがある。ここで言う土壌は鉄道を受け入れる更築、および若市の人々の思想や価値観だ。だがこればかりは1日2日でどうにかなる問題でもないし、ましてや俺たちが変えられることでもない。」
「そんな…。だとすれば現在俺たちが市民の暴動に頭を抱えているのは“運が悪かったから”なのか!?」
「運というよりタイミングだね。もっと後の時代を生きていれば信者もアンチも生まれなかったかもしれない。でもそもそも何も変わらず古めかしい風習の中で生きていたかもしれない。外の世界でも初めて産業機械が登場した時には色々あったようだよ。職人たちが仕事を奪われたと言って機械を破壊したり。」
「保守派との戦いは避けられないということか。」
「そうだね。」
…ところで先程の問題にはもう一つ想定解がある。俺たちが上質だと思ってかいがいしく世話をしていた苗はただの屑だったというオチだ。だが仮にも自分たちや鉄道の例えとして使った表現だ、俺は“苗”が上質であると信じたい。

 ここのところ停電が多い。俺が生まれた頃には停まる電気すらなかったことを考えると時代が変わったとは思う。まあ原因は一歩外に出ればすぐにわかる。
「またですか。迷惑な人もいるものですね。」
「德。こんなところにいていいのか。」
「ご心配ありがとうございます。ですがワタシは聖電鉄の社員ではありませんので。」
「だとしても聖電鉄の支援者だろう。」
あれほど市民が熱狂的に聖電鉄を支持していたのが嘘のようである。数か月の間に保守派が勢いを増し、今では電鉄には直接関係ない被害まで発生している。市内の電線が切断されるのも奴らの仕業だ。
「そういえばつい先日社員の一人が拉致された、なんて物騒な話もありましたね。えっと確か、上総さん、と言いましたか。かなり上層部の人らしいですよ。」
「ん?上総って言ったか?」
「エエ。知っているのですか?」
「ああ。一度会ったこともある。聖の高校時代の同級生だったかな。」
「道理で。…いや、この状況ですし、聖社長にもしものことがあったら彼が後継者になるだろうという噂がありまして。まあもしものことがありそうなのは彼の方ですが。」
「聖電鉄の連中はそんな縁起でもない話をしてるのかよ…。しかしだったら尚更お前だって危ないじゃないか。」
「ですが、ワタシは既に自分の世界を捨てた身ですから。聖電鉄さんのために抗いたいです。」
「德…。」
 「保守派の起こした監禁事件を許すなー!!」
「上総氏に自由を!!」
「あれは…!」
「やはり保守派の行動を許せない人々はいるようですね。白城サン、アナタとはここでお別れです。」
「德!?それはどういう…」
「聖社長のご友人であるアナタを巻き込むわけにはいきません。」
「おい、待て…」
遠くから聞こえる声に向かう德を追いかけようとしたが俺にはそれができなかった。今俺の身元を預かっているのは内閣府だ。そして一応首相の秘書という職からは未だ解雇されていないらしい。政府の怒りを買ってみろ、また実験用モルモットにされかねない(俺の体質については恐らく把握されている)。
「あーあ、戦場にいるべきなのは俺の方なのにな…。」

 2031年2月。保守派による拉致監禁から半年以上経つが、上総も含め何人もの社員が未だに帰らない。
「パイセン、ほんとにやっちゃっていいんすか?」
「三又、正直俺も心配だ。」
「いいかい、一見この街には信者とアンチしかいないように見える。でもそれは彼らの行動がとてつもなく目立っているというだけで、実際はどちらも更築市民の10%に満たない。」
「そうだったんすか!?」
「ああ。そして多くの正常な市民はこのイベントを待ち望んでいる。信者ではなく普通に応援してくれている人や鉄道が便利だと思ってくれている人はたくさんいるんだ。アンチの暴動を恐れてばかりでは駄目だと思う。」
「それはそうだが、警備を固めるとか何は対策を取るべきだろう。俺たちは当日鉄道という密室の中にいるんだ。」
「勿論安全第一で行う。これ以上向こうの思い通りにさせてやるものか。」


「…ふふ、まだ抗うつもりかい。でも無駄だよ、君たちは勝てない。私たちの若市に科学はいらない。」
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