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聖クライシス-2
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…とまあ弊社の起源を辿れば本の中の各国に住まうお姫様たちと張り合えるようなロマンティックな出会いに行きつくわけである。現代版シンデレラとして当時の話を出版すれば企業アピールにもなるし印税も入るかなどと考えたこともあったが彼の存在自体がタブーであるのと、そもそも画期的な最新技術・齢20の社長だけで話題性としては十分であるのとでこの話は俺の思い出の中だけのものになった。
「…ええ、ですから国の方でも御社の活動を支援する方針で…」
それにしても今泉首相は未だ勢力に衰えを見せないとは。一体何年国のトップにいるんだ。若さと話題性と容姿の魅力だけで成り上がってきたものだと思っていたがどうやら実力は本物だったようだ。彼女が掲げる若市の文明開化は鉄道産業との相性も良い。このまま政権が安定してくれると個人的にはありがたいが保守派はどう思っているのだろうか。
それにしても政治家が党を作って集まるように鉄道に興味を持った生徒を同好会のような形で集めるという作戦がこうも上手くいくとは思っていなかった。全校生徒の規模で見れば科学技術や新しいものが好きな人間が少しはいるとは人見知り気味の俺には思いもよらなかった。結局行動力がある新田野、マーケティング能力に優れた五井、エンジニア志望であった秀才西畑、そして俺のアイデアに協賛してくれた転校生でありクラスメイトの上総、そして俺の5人で始まった鉄道研究会は徐々に人数を増やし高校卒業と共に企業へのランクアップを果たした。初期鉄研メンバーを中心に運営していた会社、聖電鉄は德と名乗る外の世界から来たジャーナリストの宣伝もあり今では更築で最も勢いのある企業だ。
「…という旨で首相にお伝え下さい。こんなぽっと出の企業を国が支援して下さるなんてまったくありがたい話ですよ。」
「ご謙遜を。聖電鉄さんの勢いには日々驚かされますよ。それに政府の掲げる方針にもマッチしております。手を組む以外選択肢はありません。」
それは確かにそうだがこんなに上手く事が進んでいいものなのだろうか。だとしたら何故あの時誰も鉄道に興味を示さなかったのだ。単に空想上のものになど興味がなかっただけなのだろうか。まあ人なんて自分に都合のよいものだとわかった途端擦り寄ってくるような生き物か。
「ひじりパイセン、そろそろ集会の時間っすよ。」
「新田野、いい加減その呼び方はやめてくれないか。」
「えー、同好会時代はそれでいってたじゃないすか。」
「ほら、さっき政府の役人さんが来てただろ。そういう人に聞かれると色々まずい。」
「そんなの気にしてたらビッグになれないっすよ。」
「そんなのを気にしないとビッグになれないんだよ。」
「だから最近オレが飛び入りで車掌やるのNGにしたんすね。あれ面白かったのに。」
「鉄道文化を知らないここだから許されたけどアナウンスをラップ調でやった時にはマジで冷や冷やしたからな!?意外とウケてたのがよくわからん…。」
「若者からは人気なんすよー。またやってって声もあるし。」
「わかった、特別なイベントとしてなら許可するがくれぐれも飛び入りでやるなよ。」
「へいへい。って説教じゃなくて集会!」
“集会”週一回行われる社員たちの集まり、と言えば一般的なそれと変わらないように聞こえるがこれこそが聖電鉄の原動力であり最大に不可解な部分でもある。
「聖様がいらっしゃったぞ!!」
「今週はどのようなお言葉を下さるのか…」
「聖様!我らに救いを!」
更築で最も勢いのある企業の裏の顔は宗教団体。聖電鉄社員のほとんどが信者である。俺にそんな意思は一切なかったのだが、“未開の地若市に未来の技術をもたらした者”として勝手に崇められている。最初は困惑したが会社の運営には便利かもしれないと思い俺も教祖としてやっていくことにした。
「聖様、先程も政府の役人が来ていたようですが、なにゆえ政府などに気を遣っておられるのですか。」
「貴方様なら我が国の頂点になることも容易いはずです!」
成り行きでやってきた聖教だが、最近ちょっと困ったことになっている。俺は鉄道を普及させたいだけであり政界を志しているわけではないのだ。実際仮に政治家になれば当然鉄道事業以外のこともしなければならないわけであり、今より遥かに息苦しいに決まっている。
「…皆の衆、鎮まれ。我々は鉄道事業をさらに発展させ人々に時間を分け与えることに邁進するべきである。ゆえにその手伝いを申し出た政府とは協調関係を築くべきである。」
「おおおおおお…!」
「そうだ、政治など寄り道だ!我々はそのようなものに足を取られている場合ではない!」
「聖様!聖様!」
やれ近代化だの文明開化だのとほざいているが更築の実態は未だにオカルト一色。いくら諸外国から最新の技術を輸入してもオカルトに傾倒する人間が多いようでは科学技術が普及することはないだろう。まあうちがその反例のようになっているのは皮肉な話だが。
「社長、少しいいだろうか。」
「五井。どうした、何か企画に問題でもあったか。」
「いや、延期されていた開業セレモニーがやっと開催できそうだ。」
「おー、やっとか。当時は忙しくて式典どころじゃなかったもんな。」
「ああ。それで式典に呼ぶ来賓の話なんだが…」
「聖電鉄の開業セレモニー、千坊も行くでしょ?」
「え」
懐かしい名前だ。だが要人たちが呼ばれる式典に何故俺も行くことになるのだ。
「知ってるのよ、三又聖社長と知り合いなんでしょ。」
「なっ、なんでそれを!?」
「私を誰だと思っているの。5年前くらいだったかしら、一時期あなた不審な動きをしていたでしょ。色々調べてもらったのよ。」
「なんでそんなことに金と権力を使うかな…。」
「千坊のおかげで聖電鉄が出来たなら感謝しちゃうわ~!あそこにはお世話になっているもの。」
「俺は何もしてないが…」
「で、千坊も開業セレモニー、行くんでしょ?“首相秘書枠”で連れて行ってあげるわ。」
「それこそ職権乱用じゃないか。」
「行きたくないって言わないってことは行きたいってことね!」
「…」
実際聖に会うのは久しぶりだし夢を叶えたあいつにおめでとうの一言くらいは言いたい。だがこのババアに全て見通されているってのが気に入らないんだよなぁ…。
…と渋っていた俺だが結局聖電鉄開業セレモニーに参加している。社員たちは社長の聖自身も若いため比較的平均年齢は低めだが、来賓は老人ばかりだ。その中で明らかに俺は異質な存在になった(実は俺が最年長だが)。今泉首相は報道陣からあれは隠し子かなどと質問攻めにあっていた。そりゃあそうなるわな、とは思ったが今日の主役はこの人でも俺でもない。聖だ。こいつらはそれをわかっていない。
「白城くん!来てくれたんだ、嬉しいよ!!」
「聖。久しぶりだな。」
「経営の方が忙しくてなかなか会えなかったね…。君は恩人だというのに。」
「別に俺は何もしていないさ。それに組織の頂点ってのは忙しくて当然なんじゃないか。」
「本当は社長なんかより車掌みたいな鉄道が身近にある役職の方がいいんだけどなぁ…。」
「でも社長の座は譲らないんだろ。」
「うん。一応俺が第一人者だからね。」
「社長!こんなところにいたのですか。ほら、式典が始まりますので…」
「あらら、お迎えが来ちゃった。白城くん、またお話しようね。」
聖はもう俺と昔話をする暇もないようだ。時間を創出すると言っていた者が時間に追われるなどまったく皮肉な話だ。さて、次に話す機会はいつになるだろうか。
「こんにちは。チョット、いいですか?」
街中を歩いていると少し発音のおかしな男に声をかけられた。
「アナタ、この間の聖電鉄のceremonyに出席していましたね?でもワタシ、アナタのこと存じ上げません。他の参加者はみなさん有名な方ばかりだったのに。」
この物言い、招待された要人というよりは記者だろうか。しかしあまり俺のことを探られても困る。
「知らん。俺はそういう機械っぽいものには興味ない。」
「またまた~、あの時社長サンが言っていた昔の友人とはアナタのことでしょう?」
「…。」
「おお、怖いですね。そんなに警戒しないでください。ワタシは聖電鉄さんのこと、応援している、ですよ。ここの古い文化にも興味あります。それを目的に来たものですから。でも聖社長の信念に心打たれたんですよ。聖社長のファンなんです、ワタシ。だからアナタにも興味あります。記事にはしません、約束します。」
「その口ぶりからしてあんた、よそ者か。…そうだな、そちらの情報次第では話してもいい。別に大したことではないしな。」
実際この記者が“聖電鉄設立のきっかけ”としての俺を求めているならば大した情報を与えられないのは確かだ。別に俺は賢者のようなアドバイスをしたわけでも、各界の重鎮に聖のことを紹介したわけでもないからだ。あいつは勝手に成功したとしか言えない。
「わかりました。では場所を変えましょう。さすがにこんなところで立ち話というわけにもいかないですし。」
情報の取引、と言ってもそんな大層なものではないが、とにかくそれをするため俺たちは手ごろな喫茶店に入った。最近流行りのTVというやつには先日の聖電鉄開業セレモニーの様子が映し出されていた。生活を便利にする乗り物として紹介されており、どうやら聖の活動は世間で肯定的に捉えられているようだ。
「まずは名乗りましょうか。Journalistの德と申します。あまり役には立たないと思いますが一応こちら名刺です。…で、ワタシはどんな情報をお渡しすれば良いのでしょう。」
「そうだな…、俺は政治には興味がない。あんたがどこから来たか教えてくれればいいさ。まあできればそこの情報も知りたいが…、こちらがそれ相応の情報を提供できるとも思っていないからな。」
「なんだ、そんなことでいいのですか!しかし、ワタシの故郷を聞いてもアナタ、首をかしげると思いますよ。」
「そんな遠くから来たのか。随分と変わり者だな。」
「エエ、まあとても遠くですね。もう帰れないくらいには。」
「…?よくわからんがどこなんだ。」
「台湾というところです。表地球の地名なのでまあ御存知ないかと。」
「たいわん…?知らんな。それより表地球というのはなんだ。地球には裏表があるなんて聞いたことないぞ。」
「アナタ方はそうでしょう。表から裏への移動はできても裏から表には行けません。そもそも裏表のことを知っている人だってどちらの世界にもほとんどいません。だって行ったら帰って来られないのですから、誰も正しい記録なんて残せないのですよ。そして知らなければ行けない。だからこちら側に表の人間もいないでしょう。」
情報の処理が追い付かない。世界には裏表があり、表側からこちら、裏側には一方通行だが移動できる…神、妖怪、魔法などはこの目で見たことがあるから信じられるが行くことができない場所のことを信じろと言われても無理がある。だがそれ以上にこの男は何故、そしてどうやってこちら側に来たのか。
「信じられませんか?無理ないですね。でもワタシには妖が人間と共存しているこちらの世界の方が信じられません。御伽噺のようです。」
「そういった事実として飲み込めと言うならとりあえずはそうしよう。ただ何故あんたは片道分の切符だけを用意してこちらに来たんだ。…いやそのわけを聞いたら等価交換ではなくなるか。」
「ではアナタが話してくださればワタシも話しますよ。別に知られたくないことでもありませんし。」
「そうか。だがそんなに期待されても困るんだ。聖はだいぶ誇張して話していたようだったが、俺は本当に何もしていない。鉄道をいう技術に興味があったから彼の話を聞いていただけだ。後はまあ、40人くらいの狭い範囲で同志は見つからなくとも数百人単位の中なら1人や2人はいるかもしれないと、校内全体に呼びかけるような活動をしたらどうかと、まあ月並みのアドバイスをしただけだ。利害や思想の一致する者と集うことくらい政治家でもやるのにあいつは賢いくせしてそれを思いつかなかったようだ。俺が言うのもなんだがどれだけ友達がいなかったんだ…。」
「確か聖社長の父は貿易商だと聞きました。きっとひとつの場所にとどまって生活することがあまりなかったのでしょう。」
「そうか、それで鉄道のような外国の技術に詳しかったのか。ようやく納得がいった。」
「しかし、鉄道研究会の設立は聖電鉄にとって大きな、最初の一歩です。その点ではアナタも聖電鉄に多大なる貢献をしていると言っていいでしょう。でもそれ以上に聖社長にとっては認めてもらうということ自体が一番大事だったのではないでしょうか。」
「別にそれなら俺じゃなくても…それこそ同好会の仲間とかでもいいだろ。」
「小鳥の刷り込みと似たようなものでは。人間だって最初に差し込んだ光に魅了されるものですよ。」
「そんなもんかよ…。“聖社長ご執心の古き友人”は大したやつじゃないからな。頼むから口外しないでくれよ…。」
とは言うものの、相手は記者だ。記者という生き物は自己の利益のためなら平気で他人の秘密を売り飛ばす生き物だと聞いている。精神的には不快なことが多いがやはり政治家のもとで暮らしていると現代の常識が身につくので良い。
「ワタシはお金儲けをしにここへ来たわけではありませんのでアナタのことは記事にはしませんよ。エエ、この際話しましょう。ここに来たのは単純な好奇心です。実家は裕福なうえワタシは兄弟の5人目、正直いてもいなくても変わりません。だったら少し冒険したっていいでしょう。その時裏地球のこと知ったんです。これは魅力的でした!」
「で、その勢いでこっちに来てしまったということかよ。」
「まあそういうことですね。移動方法は企業秘密ってやつですが、死んでもいいやって気で乗り込みましたね。でも無事辿り着けたわけですし、楽しいところなので今はカメラマンとして稼ぎながら生活しています。驚きましたよ、ここではカメラマンは最先端の仕事なんですね!」
「こうして見ると改めて若市の未開っぷりがわかるな。」
「我々異邦人の目から見るとclearにわかりますよ。だからこそワタシは聖電鉄を応援したいのです。」
「わざわざうちの文明のためにそこまでしなくても…」
「イエ、若市、特にここ、更築はワタシの“ダイニのコキョウ”ってやつですから!」
第二の故郷か…。実は知らないだけで彼のようにこちらに帰化している表の住人は他にもいるのかもしれない。ああ、何十年生きてもまだまだ新鮮な情報というのは溢れているようだ。
「…ええ、ですから国の方でも御社の活動を支援する方針で…」
それにしても今泉首相は未だ勢力に衰えを見せないとは。一体何年国のトップにいるんだ。若さと話題性と容姿の魅力だけで成り上がってきたものだと思っていたがどうやら実力は本物だったようだ。彼女が掲げる若市の文明開化は鉄道産業との相性も良い。このまま政権が安定してくれると個人的にはありがたいが保守派はどう思っているのだろうか。
それにしても政治家が党を作って集まるように鉄道に興味を持った生徒を同好会のような形で集めるという作戦がこうも上手くいくとは思っていなかった。全校生徒の規模で見れば科学技術や新しいものが好きな人間が少しはいるとは人見知り気味の俺には思いもよらなかった。結局行動力がある新田野、マーケティング能力に優れた五井、エンジニア志望であった秀才西畑、そして俺のアイデアに協賛してくれた転校生でありクラスメイトの上総、そして俺の5人で始まった鉄道研究会は徐々に人数を増やし高校卒業と共に企業へのランクアップを果たした。初期鉄研メンバーを中心に運営していた会社、聖電鉄は德と名乗る外の世界から来たジャーナリストの宣伝もあり今では更築で最も勢いのある企業だ。
「…という旨で首相にお伝え下さい。こんなぽっと出の企業を国が支援して下さるなんてまったくありがたい話ですよ。」
「ご謙遜を。聖電鉄さんの勢いには日々驚かされますよ。それに政府の掲げる方針にもマッチしております。手を組む以外選択肢はありません。」
それは確かにそうだがこんなに上手く事が進んでいいものなのだろうか。だとしたら何故あの時誰も鉄道に興味を示さなかったのだ。単に空想上のものになど興味がなかっただけなのだろうか。まあ人なんて自分に都合のよいものだとわかった途端擦り寄ってくるような生き物か。
「ひじりパイセン、そろそろ集会の時間っすよ。」
「新田野、いい加減その呼び方はやめてくれないか。」
「えー、同好会時代はそれでいってたじゃないすか。」
「ほら、さっき政府の役人さんが来てただろ。そういう人に聞かれると色々まずい。」
「そんなの気にしてたらビッグになれないっすよ。」
「そんなのを気にしないとビッグになれないんだよ。」
「だから最近オレが飛び入りで車掌やるのNGにしたんすね。あれ面白かったのに。」
「鉄道文化を知らないここだから許されたけどアナウンスをラップ調でやった時にはマジで冷や冷やしたからな!?意外とウケてたのがよくわからん…。」
「若者からは人気なんすよー。またやってって声もあるし。」
「わかった、特別なイベントとしてなら許可するがくれぐれも飛び入りでやるなよ。」
「へいへい。って説教じゃなくて集会!」
“集会”週一回行われる社員たちの集まり、と言えば一般的なそれと変わらないように聞こえるがこれこそが聖電鉄の原動力であり最大に不可解な部分でもある。
「聖様がいらっしゃったぞ!!」
「今週はどのようなお言葉を下さるのか…」
「聖様!我らに救いを!」
更築で最も勢いのある企業の裏の顔は宗教団体。聖電鉄社員のほとんどが信者である。俺にそんな意思は一切なかったのだが、“未開の地若市に未来の技術をもたらした者”として勝手に崇められている。最初は困惑したが会社の運営には便利かもしれないと思い俺も教祖としてやっていくことにした。
「聖様、先程も政府の役人が来ていたようですが、なにゆえ政府などに気を遣っておられるのですか。」
「貴方様なら我が国の頂点になることも容易いはずです!」
成り行きでやってきた聖教だが、最近ちょっと困ったことになっている。俺は鉄道を普及させたいだけであり政界を志しているわけではないのだ。実際仮に政治家になれば当然鉄道事業以外のこともしなければならないわけであり、今より遥かに息苦しいに決まっている。
「…皆の衆、鎮まれ。我々は鉄道事業をさらに発展させ人々に時間を分け与えることに邁進するべきである。ゆえにその手伝いを申し出た政府とは協調関係を築くべきである。」
「おおおおおお…!」
「そうだ、政治など寄り道だ!我々はそのようなものに足を取られている場合ではない!」
「聖様!聖様!」
やれ近代化だの文明開化だのとほざいているが更築の実態は未だにオカルト一色。いくら諸外国から最新の技術を輸入してもオカルトに傾倒する人間が多いようでは科学技術が普及することはないだろう。まあうちがその反例のようになっているのは皮肉な話だが。
「社長、少しいいだろうか。」
「五井。どうした、何か企画に問題でもあったか。」
「いや、延期されていた開業セレモニーがやっと開催できそうだ。」
「おー、やっとか。当時は忙しくて式典どころじゃなかったもんな。」
「ああ。それで式典に呼ぶ来賓の話なんだが…」
「聖電鉄の開業セレモニー、千坊も行くでしょ?」
「え」
懐かしい名前だ。だが要人たちが呼ばれる式典に何故俺も行くことになるのだ。
「知ってるのよ、三又聖社長と知り合いなんでしょ。」
「なっ、なんでそれを!?」
「私を誰だと思っているの。5年前くらいだったかしら、一時期あなた不審な動きをしていたでしょ。色々調べてもらったのよ。」
「なんでそんなことに金と権力を使うかな…。」
「千坊のおかげで聖電鉄が出来たなら感謝しちゃうわ~!あそこにはお世話になっているもの。」
「俺は何もしてないが…」
「で、千坊も開業セレモニー、行くんでしょ?“首相秘書枠”で連れて行ってあげるわ。」
「それこそ職権乱用じゃないか。」
「行きたくないって言わないってことは行きたいってことね!」
「…」
実際聖に会うのは久しぶりだし夢を叶えたあいつにおめでとうの一言くらいは言いたい。だがこのババアに全て見通されているってのが気に入らないんだよなぁ…。
…と渋っていた俺だが結局聖電鉄開業セレモニーに参加している。社員たちは社長の聖自身も若いため比較的平均年齢は低めだが、来賓は老人ばかりだ。その中で明らかに俺は異質な存在になった(実は俺が最年長だが)。今泉首相は報道陣からあれは隠し子かなどと質問攻めにあっていた。そりゃあそうなるわな、とは思ったが今日の主役はこの人でも俺でもない。聖だ。こいつらはそれをわかっていない。
「白城くん!来てくれたんだ、嬉しいよ!!」
「聖。久しぶりだな。」
「経営の方が忙しくてなかなか会えなかったね…。君は恩人だというのに。」
「別に俺は何もしていないさ。それに組織の頂点ってのは忙しくて当然なんじゃないか。」
「本当は社長なんかより車掌みたいな鉄道が身近にある役職の方がいいんだけどなぁ…。」
「でも社長の座は譲らないんだろ。」
「うん。一応俺が第一人者だからね。」
「社長!こんなところにいたのですか。ほら、式典が始まりますので…」
「あらら、お迎えが来ちゃった。白城くん、またお話しようね。」
聖はもう俺と昔話をする暇もないようだ。時間を創出すると言っていた者が時間に追われるなどまったく皮肉な話だ。さて、次に話す機会はいつになるだろうか。
「こんにちは。チョット、いいですか?」
街中を歩いていると少し発音のおかしな男に声をかけられた。
「アナタ、この間の聖電鉄のceremonyに出席していましたね?でもワタシ、アナタのこと存じ上げません。他の参加者はみなさん有名な方ばかりだったのに。」
この物言い、招待された要人というよりは記者だろうか。しかしあまり俺のことを探られても困る。
「知らん。俺はそういう機械っぽいものには興味ない。」
「またまた~、あの時社長サンが言っていた昔の友人とはアナタのことでしょう?」
「…。」
「おお、怖いですね。そんなに警戒しないでください。ワタシは聖電鉄さんのこと、応援している、ですよ。ここの古い文化にも興味あります。それを目的に来たものですから。でも聖社長の信念に心打たれたんですよ。聖社長のファンなんです、ワタシ。だからアナタにも興味あります。記事にはしません、約束します。」
「その口ぶりからしてあんた、よそ者か。…そうだな、そちらの情報次第では話してもいい。別に大したことではないしな。」
実際この記者が“聖電鉄設立のきっかけ”としての俺を求めているならば大した情報を与えられないのは確かだ。別に俺は賢者のようなアドバイスをしたわけでも、各界の重鎮に聖のことを紹介したわけでもないからだ。あいつは勝手に成功したとしか言えない。
「わかりました。では場所を変えましょう。さすがにこんなところで立ち話というわけにもいかないですし。」
情報の取引、と言ってもそんな大層なものではないが、とにかくそれをするため俺たちは手ごろな喫茶店に入った。最近流行りのTVというやつには先日の聖電鉄開業セレモニーの様子が映し出されていた。生活を便利にする乗り物として紹介されており、どうやら聖の活動は世間で肯定的に捉えられているようだ。
「まずは名乗りましょうか。Journalistの德と申します。あまり役には立たないと思いますが一応こちら名刺です。…で、ワタシはどんな情報をお渡しすれば良いのでしょう。」
「そうだな…、俺は政治には興味がない。あんたがどこから来たか教えてくれればいいさ。まあできればそこの情報も知りたいが…、こちらがそれ相応の情報を提供できるとも思っていないからな。」
「なんだ、そんなことでいいのですか!しかし、ワタシの故郷を聞いてもアナタ、首をかしげると思いますよ。」
「そんな遠くから来たのか。随分と変わり者だな。」
「エエ、まあとても遠くですね。もう帰れないくらいには。」
「…?よくわからんがどこなんだ。」
「台湾というところです。表地球の地名なのでまあ御存知ないかと。」
「たいわん…?知らんな。それより表地球というのはなんだ。地球には裏表があるなんて聞いたことないぞ。」
「アナタ方はそうでしょう。表から裏への移動はできても裏から表には行けません。そもそも裏表のことを知っている人だってどちらの世界にもほとんどいません。だって行ったら帰って来られないのですから、誰も正しい記録なんて残せないのですよ。そして知らなければ行けない。だからこちら側に表の人間もいないでしょう。」
情報の処理が追い付かない。世界には裏表があり、表側からこちら、裏側には一方通行だが移動できる…神、妖怪、魔法などはこの目で見たことがあるから信じられるが行くことができない場所のことを信じろと言われても無理がある。だがそれ以上にこの男は何故、そしてどうやってこちら側に来たのか。
「信じられませんか?無理ないですね。でもワタシには妖が人間と共存しているこちらの世界の方が信じられません。御伽噺のようです。」
「そういった事実として飲み込めと言うならとりあえずはそうしよう。ただ何故あんたは片道分の切符だけを用意してこちらに来たんだ。…いやそのわけを聞いたら等価交換ではなくなるか。」
「ではアナタが話してくださればワタシも話しますよ。別に知られたくないことでもありませんし。」
「そうか。だがそんなに期待されても困るんだ。聖はだいぶ誇張して話していたようだったが、俺は本当に何もしていない。鉄道をいう技術に興味があったから彼の話を聞いていただけだ。後はまあ、40人くらいの狭い範囲で同志は見つからなくとも数百人単位の中なら1人や2人はいるかもしれないと、校内全体に呼びかけるような活動をしたらどうかと、まあ月並みのアドバイスをしただけだ。利害や思想の一致する者と集うことくらい政治家でもやるのにあいつは賢いくせしてそれを思いつかなかったようだ。俺が言うのもなんだがどれだけ友達がいなかったんだ…。」
「確か聖社長の父は貿易商だと聞きました。きっとひとつの場所にとどまって生活することがあまりなかったのでしょう。」
「そうか、それで鉄道のような外国の技術に詳しかったのか。ようやく納得がいった。」
「しかし、鉄道研究会の設立は聖電鉄にとって大きな、最初の一歩です。その点ではアナタも聖電鉄に多大なる貢献をしていると言っていいでしょう。でもそれ以上に聖社長にとっては認めてもらうということ自体が一番大事だったのではないでしょうか。」
「別にそれなら俺じゃなくても…それこそ同好会の仲間とかでもいいだろ。」
「小鳥の刷り込みと似たようなものでは。人間だって最初に差し込んだ光に魅了されるものですよ。」
「そんなもんかよ…。“聖社長ご執心の古き友人”は大したやつじゃないからな。頼むから口外しないでくれよ…。」
とは言うものの、相手は記者だ。記者という生き物は自己の利益のためなら平気で他人の秘密を売り飛ばす生き物だと聞いている。精神的には不快なことが多いがやはり政治家のもとで暮らしていると現代の常識が身につくので良い。
「ワタシはお金儲けをしにここへ来たわけではありませんのでアナタのことは記事にはしませんよ。エエ、この際話しましょう。ここに来たのは単純な好奇心です。実家は裕福なうえワタシは兄弟の5人目、正直いてもいなくても変わりません。だったら少し冒険したっていいでしょう。その時裏地球のこと知ったんです。これは魅力的でした!」
「で、その勢いでこっちに来てしまったということかよ。」
「まあそういうことですね。移動方法は企業秘密ってやつですが、死んでもいいやって気で乗り込みましたね。でも無事辿り着けたわけですし、楽しいところなので今はカメラマンとして稼ぎながら生活しています。驚きましたよ、ここではカメラマンは最先端の仕事なんですね!」
「こうして見ると改めて若市の未開っぷりがわかるな。」
「我々異邦人の目から見るとclearにわかりますよ。だからこそワタシは聖電鉄を応援したいのです。」
「わざわざうちの文明のためにそこまでしなくても…」
「イエ、若市、特にここ、更築はワタシの“ダイニのコキョウ”ってやつですから!」
第二の故郷か…。実は知らないだけで彼のようにこちらに帰化している表の住人は他にもいるのかもしれない。ああ、何十年生きてもまだまだ新鮮な情報というのは溢れているようだ。
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【狐竜 紫檀】佐門とのバトル終了して、紫檀のお仕事です。
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<黄金狐>白金、黄金、蒼月の物語です。
【旅立ち】
※気まぐれに、挿絵を足してます♪楽しませていただいています。
※絵の荒さが気にかかったので、一旦、挿絵を下げています。
もう少し、綺麗に描ければ、また上げます。
2022/12/14 少しずつ改良してあげています。多少進化したはずですが、また気になる事があれば下げます。迷走中なのをいっそお楽しみください。ううっ。
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