Prisoners(千年放浪記-本編4)

しらき

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Memoire

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  …不味いことになった。”ロン”のイメージがいささか宗教的過ぎたか。興味は無いが専門家なのでわかる。この国において既存の宗教がどれほど重要であるかを。いや、一般市民にとってはそこまで大きな存在ではないかもしれない。礼拝やしきたりが日常に染みついているという点では確かに宗教は彼らに影響を及ぼしていると言えるがそれは惰性で信仰心ではないように思える。こういった緊急事態には教会に訪れる人が増えるが、それも彼らが信心深いというよりは教会をお悩み相談室として捉えていると言った方が適切だろう。まあそんな一般人の事情はさておき、我々聖職者同様国も宗教の動きには敏感だ。だが我々と国で少し違うのは向こうは信仰心の薄れについては割と無関心で(俺もそうだ)、新興宗教については疑わしき芽は全て早急に摘んでおきたいというレベルに敏感であることだ。新たなカリスマが登場することに冷や冷やしているなんて案外ヴァッフェル王家は脆弱なんだな。
 とにかく腹が立つことにどこかの誰かがロンをメシアだの、教祖だの言いだしたのを皮切りに彼を祀り上げる宗教団体らしきものが出来てしまった。そしてそれはSNSだけでなくアナログ的な噂でも広がり世代も性別も様々な人間が属する組織にまで発展しつつある。もちろん獅子堂倫音本人は全く関与していないし、こんなはずじゃなかったと繰り返し呟いていた。ちなみに今彼は不本意だという顔をしながらもうちのオフィスに匿われている。
「…本当にこれはあなた方の仕業じゃないんですか。」
「まだそんなことを言っているのかね。表から来た君にはわからないかもしれないが、ここでは汚職は許されても新興宗教だけは許されない。新たな神の登場はすなわちクーデターだからね。」
「だとしたら一体誰が何のために…。俺に無断で事を大きくして…そいつも、あんたも、なんなんだよ!俺は何もしていないのに…。そうか、俺は外国人だから…」
「…君を嵌めた人間が言うことでもないが、君がこのような目に遭うのは出自のせいではない。勉強不足なせいだろう。」
「勉強不足?」
「まず相手の情報を十分に知ってから行動をするべきだな。まあ我々については余程上手く調べなければ悪徳企業だって気付けないだろうよ。そして己についてもよく知るべきだ。君はまだ自分が選ばれた理由を理解していないだろう。」
「え、それは俺がここのルールをよく知らない人間で、扱いやすそうだったからじゃないんですか…?」
「うーん、15点だな。そんな頭が空っぽでそこそこ歌が上手い程度のやつ溢れかえるほどいるさ。いいかね、ここは芸術の国。いくら民が音楽に飢えていたとしてもただのガキにあれほど人が群がるなんてことはない。それに別に音楽が聴きたいだけなら聴けるだろ。そのためのテクノロジーだ。」
「確かに…。じゃあ俺に才能があったってことですか?嬉しいような…そうでもないような…」
「まあ極論そうなるだろう。…真相は無い頭を使って考えたまえ。」
「え、あ、ちょっと…!」
 つい喋り過ぎてしまった。正直俺はこんなのを相手にしている場合ではない。一手でも誤れば実家と利益、両方を失うことになりかねないのだ。ロンを救世主として祀り上げる者、そしてそれに賛同する者がいたというのはすなわち人々が今の宗教に不満を持っているということだ。第三者に支配権を握られる前にロンをプロデュースしている俺が信者たちを動かすことが出来れば確実に利益にはなる。しかしいくらうちが国家とのパイプを持っているとしてもそれは金だけで成り立っているのではない。ただ金を持っていて国家に忠実な企業や一族などそこら中に転がっている。果たして宗教的立場を捨てた俺が国に贔屓されるかはわからない。そんなリスクを取るくらいなら頃合いを見て獅子堂倫音を切り捨てるべきだろうか…。
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