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侵略・明鏡止水

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侵略
 朝方から使用人たちの様子がおかしい。というよりみなせわしなく動いている気がする。今なら家の中を探検しても誰も止める余裕はないだろう、と思ったがとりあえず何があったか確認したいという気持ちが勝った。ああ、せっかく我が家の秘密を知るチャンスだったのに。
「なんだ、なんの騒ぎだ!こら、勝手に入ってくるな!」
表玄関の方から父の怒鳴り声が聞こえる。誰かと揉めている…?常識のない顧客?マスコミ?俺には当然知らされていないが何か大きな不祥事が?
「ねえ、何があったの…?」
「なっ、直也様…!こちらに来てはいけません!」
「おい!あれじゃないか!?」
「カメラ、押さえたか!?」
「やめろ!撮るな!直也、お前は部屋に戻っていなさい!」
「坊ちゃま、早くこちらに…!」
流されるまま使用人たちによって部屋に戻されてしまったが何が起きているのだろう。カメラを持っていたしあれはマスコミだろう。でも彼らはうちではなく俺個人に用があるように見えた。いや、単純に“あの一文路財閥”の一人息子について取材をしようと試みていただけかもしれない。もっとも部屋に軟禁状態にされてはわからないが。
「自室にパソコンがあってよかったよ。うちが何かやらかしたならネットニュースにくらいはなっているはず…」
検索欄に自分の名字を打ち込むより先にもっと驚くべきニュースが目に入ってきた。
「『寄生虫事件の犯人とは…!?:戒厳令の原因はまさかの…』だって…、ってことはうちに来ていた人たちはもしかして…!」
だとしたら一文路財閥の名に再度泥を塗ったのは俺だ。でも家の人たちはまさか俺があんな悲劇を引き起こしたなどとは思っていないだろう。うちに恨みを持っている何者かが適当に俺が犯人だとでっち上げたと思っているはずだ。
「とにかく記事を読もう。そして全部正直に話すんだ…。」
しかしその記事の内容はとんでもないものであった。

「はあ!?なにこれ、意味わかんない!」
今朝あがったばかりなのに既にトレンド入りした記事。あの寄生虫騒ぎの犯人を突き止めた、だとか。みんな思ったよりあれに関心があったんだねと言うべきか、単に“大きな事件の犯人が明らかになった”ことに興味があっただけなのか。まあこの内容ならエンターテイメント性が話題を呼んだと言った方がよさそうだね。
 …先日ついに生態研究科は戒厳令を発令した。人々は僅か数センチの生物に敗北したのだ。しかし我々はある協力者の力を借りて真相を突き止めることに成功した。…(中略)、杉谷瑞希氏は元本部研究者。史上初の高校生での本部入りを果たした神童であったが、本部施設内に一文路一族の子息を招き入れたことが判明し懲戒解雇。以降は不登校になり消息は不明であった。しかしこの度その杉谷瑞希を名乗る者が我々に寄生虫を造り出した犯人の情報を提供した。寄生虫事件を引き起こした犯人はなんと、杉谷氏を人生のどん底に陥れた一文路の子息、一文路直也であった。このタイミングで杉谷氏が我々に真相を語ったのは自分の将来を台無しにした彼が未だのうのうと生きているのが許せなかったからだそうだ。2人は元々親友同士であったようだが、どこで道を誤ってしまったのか…!?そして我々を混乱に陥れた犯人はなんと高校生であったのが驚きである!
 これだけは絶対にしないと決意していたことが、俺ではない誰かによって引き起こされるとは思ってもいなかった。俺の名を騙って証拠もないただの推測を事実に仕立て上げようとした者は一体誰なのだろうか。一文路の敵か、はたまた俺に恨みがある者か。何故俺の推測を知っている。何故このタイミングで。何故俺の名を使った。何故…
「ああああっ!なんなんだよっ!どいつもこいつも!!一体俺が何をしたって言うんだよ!!」

「…はぁ。クソッ…、ほんとかんべんしてくれよ…。」

明鏡止水
 …「ねぇねぇ、杉谷くんってどこ小だったの?第一?第二?」
「第二だよ。俺同じだった。」
「私も!でも高嶺の花って感じだったー。やっと話す権利を得たって感じ。」
「へー、じゃああたしらラッキーじゃん。よろしくー。」
「女子ばっかりじゃなくて俺たちとも仲良くしてくれよー。」
入学式が終わるとあっという間に俺の斜め後ろの席に人が集まった。その中の1人でもいいから俺とも仲良くしてくれよ、とか俺の斜め後ろが“すぎたに”くんって随分ア行とカ行が少ないクラスだな、とか思った。
 俺はああいうキラキラした人たちとは違う。目立たないし目立ちたくもない。正直関わりたくもないし近くでわいわいされるのも厄介だ…。そうだ、どこかに逃げよう。
「あ、そうだ。俺せんせーにお仕事頼まれてたんだった!みんなごめんね、また遊ぼうね!」
「えっ、ちょっと杉谷くん待って!」
「それなら一緒に行こうか?」
「大丈夫だよー、この子も一緒だから!」
「え?」
人々の視線が一斉にこちらに向いた。俺はそのような仕事を受けた覚えはないのだが。無駄に目立ちたくなのに、勘弁してくれ。

 「いやぁ、ごめんね。こうでもしないとたぶん逃げられなかったからさぁ。」
「え…?」
「別に俺御曹司とかでもないし、すり寄るメリットなんてないのにねー。いっそ誰も知り合いがいない電子工学研究科とか化学研究科とかの学校行けばよかったかなー。」
「す、擦り寄るなんてそんな…。よくわからないけどみんな君と友達になりたいから話しかけてきたんじゃないの…?」
「そりゃあ俺と“友達”になるために近づいてきているのは確かでしょ。」
友達になりたいと言ってくる人間がたくさんいるのは嬉しいことではないのだろうか。やっぱり人気者が考えていることはよくわからない。
「あーあ、いっそ気持ち悪い奴って評判になればいいのになー。普通噂って悪いものの方が広まるんじゃないの?」
「え、そ、そういわれても…。」
「あーあ、ごめんね別に困らせたかったわけじゃないんだよ。巻き込んじゃって悪かったね。んー、そういえば君って生き物好き?」
「えっ、ま、まあ…好きだけど…。」
「ふーん。じゃあ生き物のための研究ってどう思う?」
「生き物のための…?よくわからないな。例えば?」
「海洋生物の保護とか。」
「へー、変わったことをする人もいるんだね。そっかー、別に人間の役に立たなくても研究って言っていいのか。」
「へ?おかしいとは思わないの?」
「いや?あ、でもそんなの聞いたことはなかったけどね。」
「そりゃあ聞いたことはないでしょうよ。ここでは人間の役に立つ研究こそが全てなんだから。誰もそんなことしようとはしないよ。仮にそういう研究をした人がいたとしてもそれが日の目を見ることはないだろうし。」
「地球の役には立っているのにね。でもなんで君はそういう研究の存在を知っているの?」
「あー…、君になら話しても大丈夫そうかな。それは俺の専門分野だからだよ。」
「専門って…まだ中学生になったばかりなのに研究とかしてるってこと!?」
そりゃ有名人なわけだ。綺麗な顔をしているし、頭も良い。それだけでもうクラスの人気者だろう。もしかして彼は顔と頭脳だけで判断されるのが嫌だと思っているのだろうか。だとしたら少し共感できるかもしれない。
「お金も設備もないから大したことはできないけどね。一応ちまちまと観察・実験を繰り返して得た結果をもとに論文を書いたことはあるよ。それが治さんに褒めてもらえて…」
「治さん?」
「君も知ってると思うよ。御門治さん。」
「御門治…って君この街のトップと知り合いなの!?」
「うん。小さいころから知ってるよ。その娘さんとは幼馴染でよく遊んだし。」
「まじか…。君はすごいね…。」
「しょーじき誇れるものなんてないけどね。みんな本性を見せれば去っていく。まあ俺には俺がいるからいいけどね。」
「そんな…。」
「生態研究科では異端とされる考えを小学生ながら自信満々に語るやつなんて気持ち悪いでしょ。治さんだって俺の研究内容じゃなくて俺の才能を評価しているだけだしね。」
「君はもしかしたら俺と同じかもしれない…!」
「俺が君と?悪いけど同情はごめんだよ。君は目立たないけど普通という取り柄があるじゃないか。」
「いや、俺なんか名乗ったら最後、誰も俺自身を見てくれなくなる。」
「名乗ったら…?なに超有名人か大富豪か、はたまた犯罪者の息子だったりするのかい。」
「ああそうだよ。たぶん全部当てはまる…。一文路はそういう家系だよ。」
「ふーん。そっか、案外俺たち似た者同士かもね。」

 そうだ俺たちはお互いに貼られたレッテルを捨てて語り合える唯一の親友だったはずだ。その関係を壊したのも彼の未来を奪ったのも全部俺だ。彼は何も悪くない、全部俺のせいだ。これは当然の報い…。
 家の者には止められているがなんとかこの部屋から出て真相を話そう。これ以上隠れていたって意味はない。でも話してどうなる?人々を元に戻す術も知らないし、何をされるのかもわからない。もし家が事を揉み消してくれても瑞希がいなくては結局社会の中で孤立するに決まっている。俺の人生は詰んだも同然だろう。
「…。」
そういえばこの部屋には固く閉ざされたドア以外に出口がある。最近は悪夢のような1日の始まりを告げる役割だけを担っていた大きめの窓。…この高さだと流石に厳しいか。頭からいけばあるいは…。
「あれは…直也さん!?何をしている!その足を引っ込めてくれ!」
「ホルニッセくん!?なんでここに…えっ、」
「直也さん!!」
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