蒼緋の焔(千年放浪記-本編3)

しらき

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The Eraser of Constellation

軌跡(ほし)を辿る

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蒼緋の焔~The Eraser of Constellation


海の聲~memories
 あの日、突然俺が乗った機体は敵から集中砲火を受け爆発、運よく俺は助かったものの元居た場所に帰ることは不可能であった。時間の概念がない孤島でなんとか生き続ける日々だった。幸い俺はミリタリーやサバイバルの知識は豊富であったためなんとか1人で生活できたが、爆破の際に右目に負った傷を治療することはできずじまいだったため気が付いた時には視界は半分になっていた。
 「…よし、少々不格好だがこういうものは機能や強度が大事だ。」
何年目かはわからないがある日俺はこの島からの脱出を試みた。この島の気候・風土は申し分ないものであったし生活にも慣れてむしろ快適に過ごせてはいたが、やはりこのまま一生を終えるのは良くないと思ったのだ。理研特区の今も知りたいし、俺が途中退場したあの戦争もどうなったことか…。
 いかだを作ったことはなかったが大体知識でどうにかなった。物理学は我々の生活を支える素晴らしい学問だ。航海の知識は素人レベルだがどこかの大陸にさえ到達できれば問題はない。いざ、大海原へ―

ある男の休日
 俺は日向洋介30歳、職業は教師だ。専門は生物だがこのあたりは教養科目、特に科学を教えられる者が少ないため物化生地全ての分野を何校か転々としながら教えている。引っ張りだこだとか、多忙な人気教師だとか、そういうものは俺のキャラではない気もするがまあ本当に華那千代では理科教師が足りていないようなので出勤せざるを得ない。そもそも魔法国家の学校に科学の授業が必要なのだろうか。いや、理科の教師がそれを言ったら終わりだわな。
 ちなみに今は久々の休暇を浜辺の散歩で無駄遣いしているところだ。いや海岸線を散歩するというのは結構上等な趣味だと思う。寄せては返す波の音、潮の匂い、海風で植物の葉が擦れる音、そして輝く海面。同僚たちからは年寄りくさいと言われるが実にロマンティックじゃないか。しかもついでに生物観察もできる。最近だと外国船についてきたのであろうここらでは見かけなかった海藻が多く見つかる。あらゆる書物を漁ったがどこにも記載されていなかった。これは新種かもしれない!と喜んだ矢先、教え子の一人がこの海藻を見て目を丸くしてこう言った、“wakameが華那千代にもあるなんて!!”
 そりゃあ悔しかったさ、あれだけ調べてわからなかったものを生徒に易々と答えられちゃあ教師としての面目が台無しだ。だがそれは俺や華那千代の学者、いや周辺国の学者にはわかりようもないものだったのだ。ワカメ、とはこの裏地球ではない場所、俗にいう表地球のニホンという地域に生息する海藻のようだ。ワカメを知っていた生徒、宮間が現に表の出身であるように人の移動は確認されているが他の生物がこちらに流れてきたという話は今まで聞いたこともなかった。だが移動の原因は解明されていないとはいえ人間に付着した種や昆虫がこちらで増えることはあり得るし、大きめの個体が流れ着いてくることだってあるはずだ。異世界からの外来種というのは興味深いが宮間の故郷同様ここにはワカメの天敵が少ないため、奴らはどんどん繁殖している。だが最近好奇心でこれを食してみたら案外美味かったのだ。サラダやスープに合う。いや、何に入れてもいける。というわけで微々たるものだが生態系の維持のため俺は散歩のついでにワカメを収穫している。決して食費を浮かせようとかそういうことではない。
 …とまあひたすらワカメの話をしてきたが、本題はそれではない。いつも通りワカメを集めていたらその中から大きな物体を見つけたのだ。魚類にしては大きすぎる、海洋性哺乳類だろうか。死骸だとしてもサンプルになるかもしれない、持ち帰るべきか…と思い邪魔なワカメを退けるとそれは人間だった。とりあえず浜に上げたがこれが死体だった場合俺はどうすれば…まさか罪に問われるなんてことになったら困る。
「ん…、ここは…」
「よかった、目を覚ました…」
「…人がいるということは他の場所に流れ着くことができたのか。すまないが、手を貸してくれないか。」
「ええ、どうぞ…、うわっ!」
「痛っ、おい急に手を離さないでくれ!」
「ああ、すみません!その目に驚いてしまい…」
「目?…やはりこちら側は酷いことになっているのか。」
「え、見たことないんですか?」
「ああ。無人島暮らしが長いからな。自分の容姿などもう何年も確認していない。」
道理で髪も髭もありえないくらいボサボサなわけだ。それだけでも十分おぞましい怪物に見えるのに、右目にある大きな傷は治療が施されていないようで化膿の後やらで汚くグロテスクな見た目になっている。解剖などで血や臓器には慣れているがそれでも血の気が引いた。
「さすがに綺麗にはならないと思いますが、それでも医者に見せた方がいいですよ。」
「病院があるのか。ここは大陸か?それとも有人島か?」
「ここは華那千代という小国です。近くに若市などもありますしそれなりの規模の大陸だと思いますよ。」
「若市…どこかで聞いた覚えがあるな。ああ、そこから理研特区に来た風変わりな奴らがいたんだった。」
「理研特区…あれ、以前俺の同僚がそんな言葉を口にしていたような…」
「理研特区を知っているのか?」
「まあ聞いたことある程度ですが。」
「そうか…。俺はようやく前に進めたわけか。…ところで今は何年だ?」
「今はえっと…2060年ですね。」
「2060年だと!?俺は15年近くあの島にいたのか…」
「もしかして15年も無人島暮らしを!?信じられないっす。」
「俺も信じられないが今が2060年ならそうなる。20代を浪費してしまったのは手痛いな…。」
それにしても随分と落ち着いている人だ。さすがに15年も無人島暮らしをしていただけある。それとも科学者の国、理研特区に住まう者は皆こんな感じなのだろうか。
「とにかくここで話すのもなんですから、一先ずうちにでも来てください。飯と風呂と髭剃り、替えの服くらいはありますよ。」
「すまないな、こんな漂流者に。そういえば自己紹介がまだだったな。俺は倉持健二だ。」
「日向洋介です、よろしく。」
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