海の聲~WWX(千年放浪記-本編2)

しらき

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異変

噂②

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噂②

 歯車が狂い出した、いや本当の戦が始まったと言うべきだろうか。あれから負けはしないものの、こちらにも死傷者が出るようになった。俺は今まで通り指示を出している。ならば向こうの能力が向上したのだろうか。だが徐々にではなくいきなり…?そんなある日を境に敵が強くなることなんてあるのだろうか。
 おかしくなったといえばあの頃から夢の内容にも変化があった。今までは昼間と同じようにレオナルド・ダ・ヴィンチの乗員たちに指示を出し敵を撃破していた。だがあの、音が無くなった夢を引き金に有り得ないことばかり起こるようになってしまった。まあ夢だから現実では有り得ないようなことが起きてもおかしくはないのだが。なんというか夢にバグが発生しているような感覚だ。
 「須藤、あまり考え込むな。」
「倉持…。だが今までこんな事にはならなかった。俺の指示は完璧だったはずなのに…。」
「今日のだってパイロットたちのミスだ。それに先を行っていた駆逐艦が中破したのも魚雷の誤爆でお前の指示には関係ない。作戦通りに事が進んでいれば問題なく敵を撃破できたはずだ。」
「だが現実はそうはいかないじゃないか!相続く操縦士たちのミス、設備の不良…アクシデントばかりだ!」
「上としては設備のメンテナンスは徹底させているつもりらしいが…。」
「なら、みんな疲れてるんじゃない?」
「松岡!」
「須藤も倉持もロボットとばかり生活していたから思いつかなかった?負け知らずだったとはいえ何ヶ月、訓練期間も含めれば1年も非日常を送り続ければ士気や集中力は鈍るに決まってんじゃん。」
「た、確かに…。」
「俺たちはゲームの駒じゃない、人間なんだからメンタル面も考慮しなきゃ。そんなことも出来ないで何が完璧な指示だよ。」
「…松岡、その辺にしておけ。須藤はこう見えて繊細だからな。」
「いや、いいんだ倉持。松岡の言う通り、俺は人間を扱っているという感覚がいつの間にか無くなっていた。いや、最初から無かったかもしれない。」
 俺たちが日常を忘れていると言うならばあの時倉持と松岡は俺の誕生日を盛大に祝う事で一時的にでも懐かしい日常生活を取り戻そうとしてくれていたのだろうか。そして、医務室で平塚と会話したあの時もふと日常の感覚が蘇った記憶がある。俺は日常に帰りたいのか…?


 「白城、やっぱりお前の言う通り何かが崩れ始めているよ。そして俺はその原因が岩村にあると思う。」
「根拠はあるのかよ。」
「はっきりとした根拠は無いさ。だが皆もそう言っている。」
「俺や剣崎だって余所者なのに?」
「肝心なのはタイミングだよ。こんなことが起こり始めたのは岩村が来てからじゃないか。」
「まるで客観的じゃないな。艦長は何と?」
「あいつは自分の指揮が悪いと思っているよ。みんな疲れてるからだ、と言っておいたが。…まさか岩村を拾った張本人には言えないぜ。」
皆疲れている、か。日常を奪われ死と隣り合わせの状態で集団生活を送っていたら人はどうなる。そのストレスはどこへ向かう。もし何かをきっかけに自分たちのリスクが増えたなら…。
 集団心理に基づいて行動する松岡を蔑みはしない。が、こいつも普通の人間なのだとレッテルを貼ってしまうのが俺の悪い癖だ。
「岩村を疑えば岩村を信じる須藤のことも疑うことになる。だが、岩村を信じれば理研特区の技術を疑うことになる。お前にとっては岩村を信じようと疑おうとお前が信じるものを1つは裏切ることになるのだな。」
「そういうことになるな。そして俺は友情を捨てようとしているのかもしれない。」


 「戻ったぞ。って何してるんだ。」
「須藤さんから頂いたパズルの本です。後ろの方のページの問題がなかなか解けません。」
「岩村はパズルとか数学とか好きだったのか。」
「好きだったというわけでは無いのですが、皆さんが訓練や研究をしている間俺はやることが無いのは退屈だろうと須藤さんがくれました。」
「須藤も偶にはいいことするな…。」
クロスワードや数独、推理パズルと様々な種類のパズルが載っている本だった。
「で、どこがわからないんだ?俺で良ければ手を貸そう。」
「これです…。このタイプだけ解けなくて…。」
「これは…推理パズルか。5人の証言の内容から嘘つきを探せば良いのだな。しかし人には得意不得意があるにしても他のタイプの問題は難しいように見えるものも解けているのに何故このタイプだけ基本的な問題も解けないんだ…?」
「…わからないです。数字を扱うものは何故か簡単に解けるのにこれだけはダメなんです…。」
無口なやつだとは思っていたが暫く共に生活していると気付くこともある。会話の端々に見られる不自然な間、そしてたどたどしいとも言える言葉…文章を読み解くことを要求される推理パズルが解けないとなればそろそろはっきりしてくる。
「もしかしてお前、言葉を操ることが極端に苦手だろ。」
「…。」
岩村は黙ったまま俯いている。これは…肯定か…?
「向こうは一体何を教えているんだ。会話は生活の基本だろう。」
岩村は首を振っている。一体どういうことなのだろうか。
「首を振るということは違うのか?学校教育は正常なのだな?」
岩村は首を振るのをやめた。だが俯いたままである。
 ふと俺は思い出した。人は精神的なショックを受けることでも正常な会話が出来なくなるということに。海から発見されたという点も踏まえて彼の15年程の短い人生は波乱万丈だったのではないかと推測するのは容易いことだった。
「結局俺はまだお前の情報といえば出身地くらいしか知らない。…そうだ、お前の家族はどんな人なんだ?」
「かぞく…ですか?」
「言える範囲で構わんが、例えば…両親はどんな職に就いていたんだ?」
「…わかりません。」
「あー…、まあ国家機密レベルの研究職なら家族にも確か話してはいけないんだっけか…。」
「いや、そうじゃなくて、…両親って何ですか…?」
驚いた。小学生でも知っているであろう“両親”という言葉さえ知らないのか。
「父と母のことだ。自分の生みの親のことならいくらか知っているだろう?」
「ちちとはは…?」
「まさか父と母という言葉さえ知らないのか!?お前の遺伝子はお前の父親と母親2人の人間から受け継がれたものだ。そして母親という存在がお前を生み出したんだ。」
岩村は目を丸くした。自分たちが住まう地球という星は青いと知った時の人類のように未知の事柄への驚きと衝撃が顔に現れている。ここまでくるとむしろ俺の方がおかしくなりそうだ。
「えっ…ヒトってヒトから生まれるのですか。」
俺はあまりに純粋なその眼差しを笑うことができなかった。


 「うわ、なんだこれすげー!」
「うるさいな、一体どうしたんだ。」
「須藤さん見てこれ!」
騒がしいガキは“俺の”タブレットの画面を見せてきた。
「理研特区生態研究科が主導しているプロジェクトMM。これたぶん極秘の企画!」
「プロジェクトMM?なんだそれは。」
「よくわかんないけど人類改造企画だって。裏でやっていたらしいけどこういうのって絶対どこかから漏れるよね。」
「どれ、資料を見せろ。」
MM企画―理研特区の生態研究科主導で秘密裏に行われている大規模な開発プロジェクト。科学技術でいわゆる超能力者を作り出すといった趣旨で噂によれば政府や裏組織と手を組んでいるらしい。何らかの方法で人体にマイクロチップを入れ、それによって超能力を使えるようにするらしいが俺には原理も開発動機もさっぱりだ。
「超能力だよ、凄くない!?ねぇねぇ、須藤さんだったらどんな力が欲しい?」
「俺?歩かずにゴミは捨てられるし、欲しい物はだいたい手の届く範囲にあるし…風呂は…そうだな何か作らないとな…。」
「…もしかして1歩も歩きたくないの?」
「風呂、食堂、学校、その他生活に必要な施設が全て俺のもとへやってくる力が欲しい。」
「うわぁ…らしいっちゃらしいか。」
「剣崎お前はどうなんだ。」
「俺は不老不死になりたい!生態研究科なら長寿になる方法くらいは研究してそうだよなー。」
「不老不死になる方法なんてお前の頼れる助手の白城クンに聞けばいいじゃないか。」
「無理無理、あれは生まれつきだから。」
「だが人間に超能力を植え付ける実験なんて果たして出来るのだろうか。法的にマズいだろ。」
「須藤さんって倫理観とか法律とか気にするんだ…。でも確かにある程度のサンプルが必要だし何よりもこの企画の危険性が目立った場合サンプルを処分する必要も出てくる…。」
「要は合法的にもしくは仕方なくやっているといった風に見えるように人体実験と殺人ができればいいのか。」
「えー、そんなことできないでしょ。」
「罪人とかは?」
「いやいや、罪人にも人権はありますって。」
「なら他に何かあるだろうか…?」
「えー、思いつかないよ…。」
剣崎が見つけたファイルを見る限り既に企画は進行しており運用テストの段階までは到達しているようだった。いや、それどころか人間を使ったものかはわからないが、現在進行形で実験が行われているようだった。生態研究科は一体どのようにして実験を進めているのだろうか。


 受話器を置いた。許可は出ている。何故躊躇う必要があるのだ。だがこういう時だけは何故か日頃自分の身体の一部のように使っている通信機器が信用出来なくなるのだ。
 あの後俺は岩村の驚くべき出生の秘密を知ってしまった。だが海で発見されたこと、言葉が巧みに扱えないこと、そして“両親”という言葉さえ知らないことには合点がいった。あまりにも衝撃的なことだったので須藤とも情報を共有しておこうと思ったのだが岩村の同意はあるにも関わらず、そして理研特区の技術は完璧であるにも関わらず情報の漏洩を恐れ俺は須藤に真実を伝えられずにいるのだ。
「倉持さん、どうしたのですか?先程からそれを持ったり置いたり…。」
「お前のことを知りたがっていた須藤にはお前についての情報を共有しようと思ったのだが…。万が一お前のことが上に知られたらお前も須藤も何か処分を受けるだろうと思うとな。」
「処分…ですか?俺はいいですけど何故須藤さんまで…。」
「いいか、確かにお前は生物学的にはれっきとしたホモサピエンスだ。だがその出生は一般的なヒトのそれとは異なる。普通の人間から見たら異端な存在とも言えるだろう。そんな異端者をこちらの社会に連れ込んだ時点で須藤だって責められるはずだ。」
「俺は…異端…。」
「ああ、別にお前のことを責めようとしたわけではない。だが人というものは自分と異なるものを排除したがる生き物だ。」
「待って下さい…!須藤さんが俺の生い立ちを知ったら…須藤さんは俺のこと…。」
「心配するな、あいつは自分と違うからといった理由で何かを排除したりはしない。むしろ普通じゃないものに興味を抱く人間だ。そうじゃなければそもそも生きたまま何日を海を漂っていたお前を保護しようなんて言い出さないだろう。」
「そう…ですよね…。」
今までずっと暗い表情だった岩村の顔が綻んだ。
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