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幕開け

噂①・海の聲

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噂①
 今この地に辿り着くは不老不死の人間白城、旅人剣崎。共に変わった能力や境遇を持つ人間を探し旅をしている彼らはこの度ひとつの噂を聞きつけて理研特区に足を運んだ。その噂というのが理研特区近海の海上で人間を目撃したという噂だ。あくまで噂だがこの暇人2人腹の足しになれば、と軽い気持ちでこの地に現れたのだ。しかしそれはちょうど2044年、須藤康成が航空母艦レオナルド・ダ・ヴィンチの艦長に任命された時だった。
「おー?あれはこの地が誇る戦艦アルキメデスじゃあないか。」
「ほーう、剣崎詳しいな。百年くらい生きてるけど軍艦は初めて見たな。」
「これくらい常識さ。理を探求する俺は元々この地に興味があった。旅の終わりはここでもいいかもな。」
「え、それは困る。また俺一人で旅することになるじゃないか。」
「お前もここで研究すればいいんだよ。」
「いや、俺のこの体質は定住には不向きだ。ここは普通の人間が暮らすところだろう。」
「お前の体質について解明するのもアリじゃないか?大体不老不死とかどういう原理だよ。俺も不老不死になりたい!」
「あのなぁ、世の中には科学では証明できないことも多々あるんだよ。これもそのひとつだ。」
実際白城自身も既に生きることに飽きつつある。しかし彼にかけられた魔法のような呪いのような何かは解けることはない。原理がわかったところで解ける保障もない。
「正直俺は死ぬのが嫌だ。人ひとり分の人生では世界を知るには短すぎる。お前には嫉妬した。」
剣崎は普通の人間だ。白城と時を共にするべきではない。白城もそれをわかっている。
「剣崎、この話はやめだ。折角新たな地に来たんだ、無い物ねだりばかりしてはいけない。」
この話を始めたのはお前だろ、と思ったが気遣いのできる紳士剣崎、ぐっと堪えた。
「おや、丁度出撃していた艦隊が戻ってきたようだ。」
剣崎はニヤリと笑って言った。
「ちょいと見に行きましょうぜ。」

海の聲

 もう何度目の出撃だったか、須藤も艦長という役職がすっかり板についていた。未だレオナルド・ダ・ヴィンチ乗員に死者はない。須藤の指揮能力や判断能力は並外れたものであり、彼の噂はあっという間に理研特区さらには敵側の政府、近郊の街々にも広がった。それでも慢心せず、須藤は淡々と任務をこなしたが実際は彼がただマイペースだっただけかもしれない。しかし、艦隊指揮は優秀な須藤だがコミュニケーション能力には欠けるのか、ただ人間嫌いなだけかもしれないが噂を聞きつけて寄ってくる一般市民に対してはものすごくドライな対応をする。ただこれがまた世の中には色んな人がいるわけでこのドライな反応が逆にウケてしまうという須藤的にはやや困った状況が起きている。
 いつものようにまた追い払ってしまえばいい。しかし、今度の来客からは何か違ったものが感じ取れる。須藤より少し若い少年たちだろうか、見た目が派手な方が須藤の方へ近付いてくる。相方の中性的な身なりの方もその後を追って近付いてきた。
「こんにちは、軍人さん。レオナルド・ダ・ヴィンチの乗員ですよね?」
やはり話しかけてきた。しかし、須藤のことは知らないようだ。適当に下等兵くらいと答えておけば話は短く済むだろうと須藤は考えたが次の瞬間自分の意とは反することを答えていた。
「ああ、俺はこのレオナルド・ダ・ヴィンチの艦長だ。見かけない服装だな、異国の者か?」
須藤はしまった、と思ったがもう遅い。何故見知らぬ少年に自ら素性を明かすようなことをしたのか。須藤は彼らから感じ取れる何かが自分にそうさせたと非科学的根拠に頼らざるを得なかった。
「えっ、お兄さんがレオナルド・ダ・ヴィンチの艦長なの!?俺は剣崎雄、世界の全てをこの目に収める若き哲学者さ!」
哲学者とはこのようにアクティヴなものだっただろうか。
「こっちは白城!この俺の優秀な助手であり旅のお供をしている。」
「いや、助手ではないですから。ところでお兄さん、ひとつ疑問に思わなかったのですか?」
「なんのことだ?」
「さっきアンタは剣崎のことを異国のものであるかもしれないと判断した。それは正しい判断だ。何故なら俺達はこことは全く別の、説明しても知らないであろう遥か彼方からの旅人だからだ。しかし、ならば何故剣崎はレオナルド・ダ・ヴィンチを知っている?」
「そんなの艦体に書いてあるからだろ…あれ?」
須藤は後ろを見る。そこには巨大な鉄の塊と海しかない。数分前の情景を思い出す。確かに彼らは目の前、つまり陸側から現れた。近くにある丘からでは影になってしまい艦名は見えない。レオナルド・ダ・ヴィンチによく似た空母は幾つかあるもののこの艦は甲板が特徴的なので海軍の者、もしくは少し詳しい理研特区の一般市民ならば判断は容易いだろう。しかしその少年、剣崎は異国の者のようだ。
「おや、艦長さんよ、見たところ武勲をあげて帰還したようですが。人間に対しての警戒心が薄いってもんですよ。おや、失敬。」
しかし、この白城という少年、大人しそうに見えたが考えていることがわからない。そしてやや失礼な子どもである。
「剣崎が旅の者のふりをしたスパイかもしれない…。その可能性は無いとは言いきれませんよね。」
「…。」
やられた、と須藤は思った。よくわからない気まぐれがまさか自分の首を締めることになるとは。
「まあ、実のところ俺はただの軍艦マニアなだけなんで心配なさらず。俺にとっては珍しいものなんですよ。書物でしか見たことがない。」
「まったく、あまり大人をからかうんじゃない。ほら用がないなら行った、行った。」
須藤は2人を追い払おうとするがこの2人の何か特異な部分が気になって仕方ない。
「しっかし、お兄さんなんか気になるんだよねぇ。俺のアンテナがビンビンしてるよ。この人は何かあるね。」
「あちゃー、こりゃ剣崎に気に入られたな。お兄さんおしまいだぜ。こいつの好奇心からは逃げられない。外側の仮面全部剥ぐまでこいつは死なないからな。」
なんてことだ、まさか偶然会ったガキが面倒なやつだったとは、須藤は数分前の自分の行動の愚かさを悔やんだがもうどうしようもない。
「ところで艦長さん、そろそろお名前を教えていただきたい。剣崎は実際アンタよりも年下だが、俺は年下にお兄さんと呼び続けるのもなぁ。」
「は?どういうことだ。ああ、成長期が来なかった残念な大人というオチか?」
「いや、こいつは相当な歳だぜ。永遠不滅で純粋無垢、生・老・病・死の人間の四苦のうち3つの要素を捨てた者、白城千。不老不死の力を持つ人間を超越したものだ。」
「不老不死だって?信じ難いが歴史に興味の無い俺は確かめようがないな。過去の出来事を何一つ知らん。もし本当ならその体質には興味があるが生態学の研究部が理研特区には存在するからなぁ。うちとの仲は良くないが。」
「どうです?白城なら何があっても死なない最強の戦士になりますぜ。軍艦に乗ったことはないものの、もっと直接的な実戦なら経験豊富ですからね。」
「ふーむ、死なない兵か。便利っちゃ便利だな。というより俺が個人的に彼の体質には興味があるからなぁ。よし、採用!剣崎、お前も泊まるところがないだろう、一緒に働け!」
「え、俺は普通の人間ですけど…。」
「俺も普通の人間だ!人間いつ死ぬかわからないんだ、別にここを墓場にしてもいいんじゃないか?あ、嫌なら帰っていいぞ。」
「へっ、帰るもんですか。どうせ白城は持っていくんだろ?そしたら俺一人になっちまう。理研特区が誇る最新技術、この命尽きるまで脳に刻み込んでやる。」
「なんとも威勢のいいガキだな。そうだ、名前だったな。俺は空母レオナルド・ダ・ヴィンチ艦長、須藤康成だ。」


 驚いていたのは寮で須藤と再開した倉持と松岡。ついに須藤は頭がイカれたかと2人は思った。
「ちょっと気になったから連れてきただぁ!?俺たちも一般人っちゃ一般人だが、他所からの旅人、しかも子どもを巻き込むつもりか!?」
「まあまあ、落ち着け倉持。彼らの安全には気を配る。白城にその心配はないがな。」
「不老不死だっけ?こんなちんちくりんが俺より百年近くも長く生きてるだって?ありえん。」
「乗員の松岡さん、でしたっけ?」
「松岡でいいよ、どうせお前の方が年上なんだろ?俺は信じないが。」
「うーん、ここは軍隊に近いものだし年功序列でいこう。信じてもらえるまでは。歴史には詳しいほうで?」
「まあ、そこのアホ艦長よりはな。…そういうことか。ならお前が見てきた有名事件について全て話せ。その上でその体質の真偽を見極める。」
「望むところですよ。」
「あー、いきなりだったからお前らの部屋がないんだった。その様子なら白城は松岡ルーム、剣崎はそうだな…俺の部屋でいいか?」
松岡と倉持が固まった。そして次の瞬間2人は須藤の部屋に向かって走っていった。
 自分の部屋のことなのに心当たりがないのか須藤も剣崎や白城同様、不思議そうな顔をして2人の後をついて行った。白城は2人が慌てて走っていった理由をなんとなく察してはいたので覚悟はしていた。
「げっ!」
「まだだ!まだ入るな!あと30分はここから少なくとも30mは離れた場所にいろ!お前らの体調と気分と須藤の名誉のためだ!」
 やっぱりか、と白城は思った。面倒くさがりやの須藤の部屋はあちらこちらに物が散らばっており、入口周辺の少しの区画以外足場すらない。これだけ物が溢れているのに何故テレビが無いのだろうか。幸い須藤の魔改造によって寮のゴミ焼却場まで直通となったゴミ箱のお陰で部屋目立ったゴミはなかった。また、回路に異常をきたす等の理由から作業場だけは埃ひとつ無い綺麗な環境が保たれているため一応健康的な生活を送ることができるだろう。
「わーい!須藤さんのおっへやー!きっと最新電子機器がたくさんあるんだ!」
須藤の部屋の荒れ具合など知らない剣崎は松岡と倉持を押しのけて勢いよく部屋に飛び込んだ。が、床に散らかっていた何かに躓いてよろめいた。
「おおっと、危ない。何か踏んじゃったかな?すみませ…」
ここでやっと剣崎は気付いた。自分の足場などどこにもないことに。
「なに…これ…」
剣崎はその場で固まった。
「これは…」
「やっちまったな…」
ため息をつく倉持と松岡。ここで既に須藤の評価はゼロになっただろう。だから入るなと言ったのにとどちらかが口を開こうとしたその時、
「何これすげぇ!なんというか、秘密基地みたい!俺こんなガラクタ部屋を探検してみたかった!」
2人の想像に反し剣崎は目を輝かせている。
「ガラクタ部屋…?俺の部屋が…?」
背後から須藤が現れた。自室をガラクタ部屋呼ばわりされ機嫌を損ねたように威圧感のある口調であった。しかしその場にいた者は皆、これをガラクタ部屋と呼ばずして何と呼ぶのか、と思ったことだろう。
「いいか、剣崎、これは機能性に優れた素晴らしい部屋なのだ。欲しいものは全て手の届く範囲にあるからな。」
「なるほど、そうだったのか!便利な部屋ですねぇ。」
その時本の山の一角が崩れた。呆れた顔で倉持はこう言った。
「騙されるな、若者よ。こいつは片付けるのが面倒なだけだ。」


 夜、部屋に受け入れる客人がいなかった倉持は一人コーヒーを嗜んでいた。すると突然松岡から電話がかかってきた。
「倉持か!?昼間須藤が拾ってきた自称不老不死の少年、こいつは本物だ!この辺のことはさっぱりだったが、どうやら若市から来たらしく俺達が教科書で見た事件の現場にいたらしい。」
「ほう。例えば?」
「今から20年くらい前にあった…ほら、俺達が若市は田舎だと言ってたやつ!」
「ああ、鉄道会社の。」
「その社長だった三又聖と知り合いだって!というか世界史の教科書の234ページ、図2の“開業セレモニーの様子”の端に写っているやつ白城だろ!」
「待て、今教科書を探している。…あった、この写真か。」
「社長の横に写っている。見つけたか?」
「他の社員や接待客とは服装が異なる人物がいるな。…昼間の彼の服は一体何で出来ているんだ。」
「いや、さすがに服は不老不死じゃないだろ。」
「とにかく、こいつは本当に非科学的な体質の持ち主かもしれない。だが忘れていないだろうなここと生態研究科との仲を。」
「そりゃ勿論。…あそこにだけはバレたくない案件だな。」
「情報管理にも気をつけよう。」
「了解。ではまた。」
「おう。」
「…。」
倉持はもう一度写真をじっくりと見た。
「“開業セレモニーの様子”聖電鉄は若市に鉄道という文明をもたらした。写真は社内で行われた開業セレモニーである。この日巨大な鉄の塊が若市の市街地を駆け抜けたのだ…か。てことはこのセレモニーの参加者は社員と…首長等のお偉いさんだけだよな。」
写真の中にはスーツを着た若者や年配者まで様々な人物が写っていたがどう見ても10代にしか見えない少年が不自然に存在していた。


「そうだよ!倉持に電話していて気付いたけどあんたのその服、いつの!?」
「去年の。」
「あ、なんだ…。服は普通のものか…。ん?旅してたんだよね?」
「ああ。」
松岡は一瞬顔を顰めた。しかしどうにも違和感がある。
「もしかして1年間同じの着てた?」
「大丈夫だ、100年に1歳分くらいしか成長しない俺にとって代謝はあってないようなもの。垢も汗もほぼ無縁だ。」
「なにそれすっごい羨ましい。」
普通同じ服を1年間着ていればとんでもない異臭がするはずだ。しかし、代謝がないなら話は別だろう、そう判断した松岡だったが1つ重大なことを忘れていた。


 「そういえば少年よ、旅人っぽいがやけに荷物が少ないな。衣服等はどうしているのだ?」
同時刻、須藤もまた松岡と同様の疑問を抱いていた。
「ふっふっふ、気になるでしょう?まさか須藤さんじゃあるまいし、同じ服を洗濯もせず1年中着るなんてそんな不衛生なことはしませんよ。」
「おい、それはどういうことだ。」
須藤の威圧感溢れる表情に構わず剣崎は続ける。
「この部屋の通りのことですよ。それはさておき、これ!こいつを使って俺達は洗濯をしていたんですよ!」
剣崎が取り出したのは一見ただの袋のようだ。旅先でも水を入れるだけで洗濯ができる便利グッズなら理研特区にも存在する。何故剣崎はここまで得意気なのか。
「こんな便利なもの、理研特区には無いでしょう!これは乾くのも一瞬なんだから!」
「小型乾燥機でも付いているのか?そうには見えないが…。」
「実演した方が早そうだ。なんかシャツとか無いですかね?」
須藤はクローゼットまで移動するのが面倒だったが、その袋がどのように画期的なのかという点には興味があったので着ていたシャツを脱ぎ、差し出した。
「本当にすぐ乾くのだろうな?水はこれで大丈夫か?」
「ええ、ペットボトル0.5本分くらいあれば大丈夫ですよ。」
剣崎はその袋に水と須藤のシャツを入れた。
「さて、巾着を絞れば洗濯は完了ですよ!それ!」
剣崎が袋についていた紐を引っ張った途端部屋に少量の冷気が流れた。
「本当にそれで終わりなのか?」
「ええ。ほら、触ってみてよ。」
須藤はシャツを手に取る。驚くことにそれは全く濡れていなかった。
「確かに…!シャツを水に浸したところまでは俺も見た。鍵は…冷気か?」
「ザッツライト!でもこれはあなた方“理系”の方々には理解しづらい力ですね。」
「理解しづらい?どんな原理なんだ。」
「俺にだって仕組みはわかんねーっすよ。だってこれをくれたのはヒトじゃないんだもん。」
「…は?」
「だから“理系”には理解しづらいと言ったでしょう。俺が住んでいた若市にはまだチラホラだけど妖怪がいたんです。これは俺んちの近所に住んでいた半人半妖のじーさんがくれました。」
「妖怪ねぇ。非科学的だが若市の科学技術が著しく遅れている根拠としては納得ができるな。」
「須藤さん、若市を知ってるの!?」
「倉持が20年前くらいまで鉄道が無かったとか言っていた場所だろう。と言っても20年前じゃお前は生まれていないな。」
「俺が生まれた頃には普通に走ってたしね。」
「まあ、鉄道は置いといて。その袋を作った妖怪について詳しく聞かせてもらえないか?」
剣崎は話した。近所に住んでいたもうすぐ200になるが、そうは見えない程若々しくおかしな半妖の新井和彦のことを。森の中にある彼の家を訪ねれば自作の便利で不思議な道具や玩具を見せてくれることを。子どもの前にだけ現れる超常現象の一種かもしれないな、と思いながら須藤は話を聞いていたが肝心の、文明が発展していく若市の中で彼はどう生きてきたのか、という点を聞く前に剣崎は眠ってしまった。



 さて、今がいつだかもうわからない。戦艦コペルニクスの援護により無事敵艦隊を撃破した帰りだった。俺の横にいた剣崎が突然叫んだ。
 「須藤さん、人!人が浮かんでる!」
「落ち着け、どうせ先程沈めた艦の敵兵だろう。」
「いや、あれは俺とあまり変わらないくらいの子どもだ!軍服も着てないぜ。」
「そうか、ならとりあえず救助だ。各員に告ぐ、海上を漂う物体、具体的には10代半ば程度の少年を保護せよ!」
とりあえず司令を出してみたが俺はまだ実物を見ていない。手元にあった双眼鏡で目標を視認しようと試みたがそもそもその少年は生きているのか…?
「あー、確かにいるな。お、船員が到達した。」
「でしょう?俺的にはちょっと前から噂になっていた海上に現れる不思議な少年だと思うんですよ。」
「なんだそれは。都市伝説か何かか?」
「ここの近海に時折現れる謎の少年。溺れているわけでもないし何故、そしてどうやって海上に現れるのか定かではない…。俺はその話を聞いてここに来たんですよ。」
「ほう、そんな噂が外では流れていたのか。」
「まあ須藤さんはそういう話信じないでしょうけどね。」
「…船に揚げればわかることだ。」
確かに少し前の俺ならそんな非科学的な話は信じなかっただろう。だが今はそうはいかない。
 「艦長!揚がりました!」
「ご苦労。今彼はどこに?」
「海域の安全を確認したため甲板に。」
「わかった。この場は任せる。」
「「了解!」」

 「こらお前ら、見世物じゃないぞ。」
「艦長!白城の話によるとこの少年は長い間海上または海中を漂っていたようですが。」
「あー、それは剣崎からも聞いた。それが本当なら生きているとは思えないけどな。白城、とりあえず医務班に連絡しておいてくれ。」
「わかった。通信機器は中だよな?」
「ああ、そうだ。任せたぞ。」
さてと…とりあえず目を覚ますか、だよな。


「おい、大丈夫か!目を開けろ!」
何度目の呼びかけかわからないが、ようやくその少年は目を覚ました。
「…?ここは?」
「お前、海の中で漂っていたんだぞ!一体何があった!?」
「あ…、えっと…、わからない…です…。」
俺の叫び声を聞いて人が集まってきた。
「艦長、どうだ?って生きているじゃないか!」
「ああ、倉持戻っていたのか。不思議だよな、剣崎らの話によれば随分前から海中を漂っていたようだがちゃんと生きている。普通の人間には無理だ。」
「で、どうするのそいつ。ずっと海中にいたのに生きているとか不気味なんだけど。」
「松岡。だが放っておくわけにもいかないだろう。」
「またよく分からない生き物を保護するの?」
「面白そうだし、いいだろ。艦長の独断で。」
「艦長ってそんなに色々権限がある役職だっけ…?」
さあ、どうだか。別に俺はそんな偉い立場ではない気もする。だが例え上から何を言われようと俺は好奇心に従うまでだ。
「…ますね。」
その少年が口を開いたようだったがあまりにも小声で聞き取れなかった。
「ん?何か言ったか?」
「いえ、お気になさらず。」
「そういえばお前、名はなんというのだ。名前が分からないと扱いづらいだろ。」
「…ない…です。」
「無いだと?ショックによる記憶喪失か…?それとも本当に人間ではないのか…いや、そんな非科学的考え俺らしくないな。」
「…。」
「困ったな、軍隊などの組織では名前は個人の識別に不可欠なものだ。とりあえず仮でも名前をつける必要があるな。そうだな…一般的な名前でお前の特徴を示すような…。!“ 岩村海翔”とかどうだ?」
人の名前を考えるのは初めてだ。たぶん俺にとっては最初で最後の体験だろうな。咄嗟に思いついたものだが普通の名前だよな…?
「いわむら…かいと…?それが俺の個体名ですか?」
「個体名って…。まあ、そうだな。海に翔けるで海翔だ。どうだ、気に入ったか?」
「はい、ありがとうございます。これからは岩村海翔として一生懸命働かせて頂きます。」
随分とまた大人しく真面目なやつだな。俺の部屋に居座っているクソガキとは正反対だ。とりあえず俺は人名を考えるセンスはまともだったとわかり安堵した。


 「俺は偵察隊の倉持健二だ。えっと、岩村海翔だったか?狭い部屋だがよろしくな。」
須藤は剣崎、松岡は白城と部屋を共有している。俺だけ1人というのも少しもの寂しい感じはしたので丁度よかったのかもしれない。
「あ…岩村海翔です…。お世話に…なります…。」
「…。」
「…。」
「えっと、茶でも飲むか…?」
「あ、じゃあいただきます…。」
「…。」
ガチャ
「はいもしもし、こちらすど―」
「なあ、須藤。俺はコミュニケーション能力が欠如しているのだろうか…?」
「は?なんだ突然…ああ、あいつのことか。なら心配するな。」
「どういうことだ?」
「俺やお前のコミュニケーション力に問題があるわけではない。あいつが静か過ぎるんだ。」
「そうか…。ありがとう、また何かあったら連絡する。」

「ふう。すまんな、ただあまりにお前が物静か過ぎて心配になったんだ。軍隊では隊員同士のコミュニケーションも必要だ。そうだな…生まれはどこなんだ?」
「えっと…俺の出身地は―」
その言葉に違和感を感じた。俺はこう聞き返す。
「えっと俺は理研特区の電子工学研究科管轄地区出身なのだが、つまりお前の言う出身地もそういう意味だよな…?」
「いえ、俺の出身地は―」
衝撃的だった。岩村の素性を知りたがっていた須藤にとっては喉から手が出るほど欲しい情報なのだろうが俺は絶対にこの事を他人に話してはいけない気がした。しかし何故岩村はこの事を俺に話したのだろうか…。


「倉持からだった。」
「倉持さんから?なになに、岩村のこと?」
「まあそうだが、お前が期待するような内容ではないぞ。」
「大方静か過ぎてどう扱えばいいのかわからない、という愚痴でしょ。放っておけばいいのに倉持さんも真面目だねぇ。」
「あいつはそういうやつだからな。さて明日も早いし寝るぞ。」
「はーい。」

 その夜夢の中で俺はいつも通り海の上にいた。海の上、というよりは日中と同じくレオナルド・ダ・ヴィンチの艦上にいた。夢の中でも俺は指揮を執り続けるのだ。だが今日は何故か見張り員たちの報告が聞こえない。それどころか皆懸命に口を動かしているように見えるのに誰の声も聞こえない。そして俺自身の声も聞こえない。音がない、声が届かない、敵はすぐ目の前にいるのに―

 ピピッ、ピピッ、ピピッ、ピピピッ、ピピピッ…
目覚ましの音…朝か。
「須藤さん、どうしたの?」
「どうしたって…特にどうもしてないが。」
「いや、すごい汗だよ。」
「部屋が暑かったからじゃないか?」
「須藤さん…冷房入れたまま寝たじゃん…。」
「だとしたら俺は魘されていたのか?」
「えー…それ、俺に聞きます?」
「よく分からない夢だったが悪夢という程ではなかったからな。」
いや、もしあれが正夢になれば相当な悪夢ではないだろうか。
「さて、今日も出撃命令が出ていたな。新たに加わった岩村にも俺の勇姿を見せてやらねば。」
「須藤さん指示出しているだけじゃん。」
「俺の指示で全てが決まるんだよ。」
おかしな夢を見たが俺は完璧な艦長で有り続けるのだ。この戦いが終わるまでは―
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