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番外編

(3)

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「優雅君!」
「……おつかれ」
「優雅君も、お疲れ様!」

 俺はアイスコーヒーを片手に、優雅君の待つ「いつもの所」へ向かった。
 そこは、元、金平亭の裏手にある外階段の下のスペース。そこが、俺と優雅君が共に過ごす場所だ。

「大丈夫?スーツだと暑いよね」
「ま、少しね」
「ごめんね、店が混んでるせいで」
「別に、店が満席なのはアンタのせいじゃないでしょ。企業努力の賜物なんだから、思いあがった罪悪感覚えなくていいよ」
「はは」

 ピシャリと事実を口にする彼の言葉に、俺は苦笑しながら彼の隣に腰かけた。
 確かにその通りだ。最近、ブルームでも「青山さん」と、名前を覚えてくれるお客さんが増えたし、店長からも「青山君のお陰で新しい常連さんが増えた気がするわ」なんて言ってもらえるせいで、またしても勘違いするところだった。

「……あ、いや。まぁ、席が空いてたって俺はここの方がいいし」
「そうなの?」
「そうだよ」

 少し焦った様子で言葉を続ける彼に、俺は改めて自分の恋人の姿をコッソリと見つめた。しっかり目を合わせるなんて、今では難易度の高い芸当だ。だから、今はこうやって隠れてチラチラ見る事しか出来ない。

「あの店、ざわざわしてて落ち着かねーんだよ。あんな所でコーヒーなんか飲めるかよ」
「……確かに」
「だろ?」

 店に入っただけで女子高生から歓声を頂く彼だ。そう言いたくなるのも分かる。
 大学生の頃から、その見た目は洗練されていたが、社会人となってスーツを身に纏うようになって、その魅力は更に増した。ありていに言えば、「物凄く格好良い大人」になってしまったのだ。

 優雅君がモテるのは今更だろう。でも、恋人になったのだから今更もなにもない。あまり、他の人にジロジロ見られたりするのは嫌だ。

「俺も優雅君とはここで二人の方が嬉しいから、ブルームが混んでて良かった」
「……っふー」
「あ、暑いよね。スーツ脱ぐ?」
「……いい」

 優雅君の呼吸音が聞こえる。むしろ、それ以外は何も聞こえない。うん、ブルームが人気店で良かった。だからこそ、俺はここで優雅君と二人の時間を過ごせる。

「優雅君。最近、仕事はどう?」
「別に、大した事はなんもないけど」
「そっか……えっと、じゃあ」
「それより、今日のはどんな豆を使ったコーヒーなの」
「っあ、あの!今日の豆はね!」

 落ち着いた照明の中、静寂と暗がりが交じり合う中で行われる一時の安らげる時間。
 今や金平亭ではなくなったそこは、それでもやっぱり俺にとっては金平亭に変わりなかった。視界の端に映る古びた石段は使用感が伺え、周囲を取り囲む壁には古い塗り替え跡や苔が薄く生えている。

 うん、ここは昔から変わらない。俺の自由な城だ。

「へぇ、だから今日のヤツはサッパリしてたんだ」
「そう。わざと浅煎りにしてあるから、飲み口がスッキリしてるんだよ。ほら、今って梅雨だし出来るだけ爽やかな方がいいかなって」
「そうだね」

 肩を寄せ合う、階段の下部は暗く、光が届かずに視界の端で影が漂っているようにも見える。つい先ほどまで、雨が降っていた事もあり湿気がこもり、足元には水たまりが溜まっている。

「……っはぁ、あついね」
「もうすぐ七月だもんな。……やっぱ脱ぐわ」
「ん、そうしな」

 そんな湿った空気の中、俺達はわざわざ肩がぶつかるほど近くに身を寄せ合っている。ぶつかる二の腕は、互いに汗が滲んでしっとりと吸い付いている。汗同士が絡む生ぬるい肌の温もりなんて、正直気持ち悪いだけだろうに、その温もりは、俺を酷く期待させる。

「……」
「……」

 ふと、沈黙が流れる。
 カタリと、隣からコーヒーの紙カップが置かれる音がした。あと、休憩時間も少ししかない。やっとか、と心臓が破れるほど激しく鳴り響く。

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