34 / 56
12月:マスターの決断
33
しおりを挟む「でも、お金がないと……夢は続けられない」
当たり前の事だったのに。
毎月膨れ上がる赤字の収支は、どう考えても売り上げに対する家賃割合の多さからきていた。寛木君が言っていた。飲食店が潰れる一番の原因は「固定費」が支払えなくなる事だって。例に漏れず、金平亭もその状況だ。
「爺ちゃん。俺、店終わらせたくないよ」
一人の店で、頭もボウッとする中で吐き出した言葉は、どうしようもないほど空虚だった。俺が最初からコージーの言う事を聞いて、格好なんかつけなかったらここまで酷くならなかっただろうに。でも、何度後悔してももう遅い。
--------もう、ここはあの頃の金平亭じゃねぇよ。俺は、もう抜ける。
そう言って背を向けるコージーに、俺は何も言えなかった。でも、一番ショックだったのは、コージーが出ていった事より「あの頃の金平亭じゃない」と真正面から言われた事だった。言い返してやりたかったけど、でも、それは無理だった。だって、俺もそう思っていたから。
「……でもさ、爺ちゃん。俺にもちゃんとお客さんが付いたんだ」
ハーッと息を吐くと、暖房も何もついていないせいで室内にも関わらず白い息が空を舞う。
「田尻さんも寛木君も、卒業した後も店に来たいって。寛木君なんか、最近全然帰ろうとしないんだよ」
まぁ、従業員を〝客〟に換算するのはどうかと思うけれど。
でも、いいじゃないか。職場なんて、本当なら時間がきたら「お疲れ様でした」って言って背中を向ける場所だろうに。そうしないって事は、あの店は彼らにとって居心地の良い空間になれているという事だ。
「寛木君も、俺のコーヒー好きって言ってくれるようになったし」
特に、ここ数カ月で寛木君と凄く仲良くなれた気がする。最初は「紅茶派」なんて言ってたくせに、今では何かにつけて「コーヒー淹れてよ」って言ってくるほどだ。
「好きってさ、もちろんコーヒーの事だって分かってるけど、いちいちドキドキするんだよなぁ」
そう、俺はバカだから勘違いしそうになる。最近は、寛木君が俺の事を好きなんじゃないかって。出会った頃みたいな勘違いをして、ふとした拍子に浮かれてしまっている。
--------好きだよ。
冷え切った店内の中で、ジワリと頬が熱くなるのを感じた。
「まさか、男の子を好きになるなんて。しかも、アルバイトの大学生をだよ。なんかもう、自分がイヤになるよ」
来年の三月には、寛木君も社会人だ。店に来たいって言ってくれているけど、きっとすぐにそんな暇は無くなるのだろう。
「いつでもおいで」と、俺は言った。でも、本当はそうじゃない。
「いつも居て欲しいよ」
まったく、何をバカな事を言っているんだろう。
眠気と疲労で瞼が重くなってきた。そろそろ、休憩室で仮眠を取らなければ。今眠れば、きっと三時間くらいは眠れるはずだ。寛木君が来る前には、店の準備を済ませておきたい。
--------いいか、キリ。
ぼんやりする視界の端に、爺ちゃんの姿が見えた気がした。いよいよ、疲れて頭がおかしくなったらしい。
カウンターの一番左端。いつも爺ちゃんはあそこで、本を読んでいた。お客さんが来ても何も言わず。視線だけで出迎える。
--------商いを始めた以上、商いを終わらせるのも店主の勤めだ。だから、これは爺ちゃんの仕事だ。他のヤツには任せられん。もちろん、お前にさせるわけにはいかん。
そう言って、何十年もかけて集めてきた本や食器を処分していく爺ちゃんの横顔は、いつも以上に無表情だった。俺がいくら泣いて止めても、爺ちゃんの手は止まらなかった。
「商いを終わらせるのも、店主の勤め、か」
始めるよりも、終わらせる事の方が何倍も難しい事を、爺ちゃんは分かっていた。だから、俺に「店なんか持つな」と言ったのだ。
「……大丈夫、出来るよ。俺」
俺は爺ちゃんのいつも座っていた席にソロリと腰かけると、そのまま静かに目を閉じた。
◇◆◇
その日、俺は夢を見た。
久しぶりに爺ちゃんの夢。よく分からないけど、俺は爺ちゃんの前で大泣きしていた。爺ちゃんが懐かしかったのか、それとも金平亭を続けられない事が辛いのか。夢だから、よく分からない。
そんな俺に、爺ちゃんはいつもみたいに言った。
『キリ、お前はまた泣いとるのか。この泣き黒子が泣き虫を連れてくるのか?』
爺ちゃん、俺。大人になってもまだ泣き黒子、取れてないや。
17
お気に入りに追加
136
あなたにおすすめの小説
前世から俺の事好きだという犬系イケメンに迫られた結果
はかまる
BL
突然好きですと告白してきた年下の美形の後輩。話を聞くと前世から好きだったと話され「????」状態の平凡男子高校生がなんだかんだと丸め込まれていく話。
どうせ全部、知ってるくせに。
楽川楽
BL
【腹黒美形×単純平凡】
親友と、飲み会の悪ふざけでキスをした。単なる罰ゲームだったのに、どうしてもあのキスが忘れられない…。
飲み会のノリでしたキスで、親友を意識し始めてしまった単純な受けが、まんまと腹黒攻めに捕まるお話。
※fujossyさんの属性コンテスト『ノンケ受け』部門にて優秀賞をいただいた作品です。
【BL】国民的アイドルグループ内でBLなんて勘弁してください。
白猫
BL
国民的アイドルグループ【kasis】のメンバーである、片桐悠真(18)は悩んでいた。
最近どうも自分がおかしい。まさに悪い夢のようだ。ノーマルだったはずのこの自分が。
(同じグループにいる王子様系アイドルに恋をしてしまったかもしれないなんて……!)
(勘違いだよな? そうに決まってる!)
気のせいであることを確認しようとすればするほどドツボにハマっていき……。
フローブルー
とぎクロム
BL
——好きだなんて、一生、言えないままだと思ってたから…。
高二の夏。ある出来事をきっかけに、フェロモン発達障害と診断された雨笠 紺(あまがさ こん)は、自分には一生、パートナーも、子供も望めないのだと絶望するも、その後も前向きであろうと、日々を重ね、無事大学を出て、就職を果たす。ところが、そんな新社会人になった紺の前に、高校の同級生、日浦 竜慈(ひうら りゅうじ)が現れ、紺に自分の息子、青磁(せいじ)を預け(押し付け)ていく。——これは、始まり。ひとりと、ひとりの人間が、ゆっくりと、激しく、家族になっていくための…。
普通の学生だった僕に男しかいない世界は無理です。帰らせて。
かーにゅ
BL
「君は死にました」
「…はい?」
「死にました。テンプレのトラックばーんで死にました」
「…てんぷれ」
「てことで転生させます」
「どこも『てことで』じゃないと思います。…誰ですか」
BLは軽い…と思います。というかあんまりわかんないので年齢制限のどこまで攻めるか…。
物語なんかじゃない
mahiro
BL
あの日、俺は知った。
俺は彼等に良いように使われ、用が済んだら捨てられる存在であると。
それから数百年後。
俺は転生し、ひとり旅に出ていた。
あてもなくただ、村を点々とする毎日であったのだが、とある人物に遭遇しその日々が変わることとなり………?
恋はえてして
蜜鳥
BL
男だけど好みの顔、男だけどどうも気になる......
半年前に中途で入社した年上の男が気になって仕方ない、ポジティブで猪突猛進な熊谷。
宴会の裏でなぜかキスされ、酔っぱらった当の本人(天羽比呂)を部屋に送り届けた時、天羽の身体に刻まれた痕を見つける。
別れた元彼をまだ引きずる天羽と、自分の気持ちを持て余す熊谷。
出張先で元彼と遭遇して二人の距離はぐっと縮まっていく。
モブらしいので目立たないよう逃げ続けます
餅粉
BL
ある日目覚めると見慣れた天井に違和感を覚えた。そしてどうやら僕ばモブという存存在らしい。多分僕には前世の記憶らしきものがあると思う。
まぁ、モブはモブらしく目立たないようにしよう。
モブというものはあまりわからないがでも目立っていい存在ではないということだけはわかる。そう、目立たぬよう……目立たぬよう………。
「アルウィン、君が好きだ」
「え、お断りします」
「……王子命令だ、私と付き合えアルウィン」
目立たぬように過ごすつもりが何故か第二王子に執着されています。
ざまぁ要素あるかも………しれませんね
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる