【完結】くつろぎ君はコーヒーがキライじゃない!

はいじ@書籍発売中

文字の大きさ
31 / 56
12月:マスターの決断

30

しおりを挟む

 十二月中旬。
 寛木君に、店の合鍵を渡してから三カ月近く経過した。


「はー、もう今年も終わりかぁ」

 あれから、本当に色々あった。
 俺は、静かな店内でそれぞれ好きに過ごす客を眺めながら思う。

「なんか、爺ちゃんの店みたいだ」

 喫茶 金平亭は今日も無事に店を開ける事が出来た。


◇◆◇


「いらっしゃいませ。あ、橘さん」
「マスター。いつものもらえる?」

 カランと店の戸を鳴らしながら入ってきたのは、二か月程前から店に来てくれている橘さんだった。
 客はいつから〝常連客〟になるのか。きっと明確な定義なんてないのだろうが、俺の中で彼はもう〝常連客〟だった。

「季節のブレンドとエッグタルトですね。承知しました」
「今のブレンドは何?」
「コスタリカの深入りです」
「へぇ、ソレってどんなの?」

 そう、軽い調子で尋ねてくる橘さんは、駅近くの保険会社で働いているサラリーマンだ。人好きのする笑みとピシャリと着こなしたスーツは、どこからどう見ても営業マンっぽかった。というか、営業マンだ。なにせ、商談で何度も店を使ってくれている。

「味はしっかりめにビター感があって、後からくるコクと甘みが、この寒くなった時期によく合うんですよ」
「いいね、楽しみだな」

 しかも、どうやら爺ちゃんが居た時にこの店でバイトをしていたらしい。爺ちゃんがバイトを雇っていたなんて全く知らなかった俺は、最初にそれを聞いた時はかなり驚きだった。なにせ、爺ちゃんは孫の俺から見ても、かなり偏屈な人だったから。

--------今日はこれから病院に行く。いつ帰って来れるか分からんから、もう閉める。帰れ。

 客に対して、平気でそんな事を言う人だった。それでも、爺ちゃんが居た頃の客は、そういうトコロも含めて〝金平亭〟だと受け入れて、苦笑しながら「はいはい」と帰っていった。店が客で満席になる事はなかったが、いつ店に行っても見知った客が誰かは必ずいる。金平亭はそんな店だった。

「こないだの、あのハロウィンブレンドってヤツも良かった」
「ハロウィンブレンド……あぁ!ニカラグアの浅煎り!」
「うん、あれも美味しかったよ」

 橘さんは店でバイトしていた事もあって、コーヒー豆の事も楽しそうに聞いてくれる。それが俺には嬉しかった。なにせ、豆の話なんてしても、これまでは誰も分かってくれなかったから。

「あれは、パカラマっていう珍しいコーヒー豆を長時間発酵させてるので、トロピカルフルーツを甘いシロップに漬け込んだ華やかな香りになってて、それで」

 だから、橘さんが来ると俺はついつい話し込んでしまう。そうやって、俺がカウンターから身を乗り出さん勢いで橘さんに話し続けようとした時だった。

「あの。マスター、追加注文が来てます」
「っは、あ。寛木君!えっと、ハイ!」

 後ろからピシャリとかけられた声に、俺はビクリと肩を揺らす。

「あんまりお客様にダラダラとコーヒーのうんちくをたれないでください。橘さんも迷惑ですよ」
「ハイ、スミマセン」

 サラリとした笑顔で見下ろしてくる寛木君に、俺はヒクリと表情を引きつらせた。あ、コレ完全に怒ってる笑顔だ。わかる、わかるよ。だって、普段寛木君はこんな笑顔で俺を見ない。

「俺は別に楽しいから大丈夫だよ、寛木君」
「……橘さん!」
「……」

 あぁっ、橘さん!優しい、優し過ぎるっ!
 すると、そんな橘さんの言葉など聞こえなかったと言わんばかりの様子で、寛木君は更に深い笑みを浮かべた。こわ。

「橘さん、あとでメニューをお持ちしますので。何か必要な時はいつでもおっしゃってください」
「っふふ、相変わらず仲が良いな」
「……まぁ、悪くはないです」

 何故か最高の笑みをヒクリと強張らせた寛木君に対し、橘さんは「お邪魔して、ごめんね」と笑みを笑うと、いつもの壁際の席へと腰を下ろした。

「まったく、すぐにお喋りに夢中になる。マスター、アンタは子供かよ」
「スミマセン」

 橘さんが居なくなった途端、先ほどの丁寧さなど一切消した寛木君の不機嫌な声が、ズケズケと俺へと向けられる。

「客に気持ち良く喋らせるならまだしも、自分が気持ち良く喋らせてもらってどうすんだよ。このバカ」
「ごめんってば」
「だいたい、少し親しい常連客が増えたからって調子に乗んな」
「あぅ」

 もう、ぐうの音も出ない。
 確かに、寛木君の言う通り、二カ月前から少しずつ店に新しい客が入り始めた。今では、店の中は仕事帰りのサラリーマンやOL客などでちらほらと席が埋まるまでになっていた。

 それもこれも、全部寛木君のお陰だ。

--------この店、ターゲットをサラリーマンに絞ってもいいかもしれない。

 全ては、寛木君のその一言から始まった。

 この二カ月、本当に色々あった。
 店内改装に、営業時間の変更。商店街の個人商店からのフード商品の仕入れ。SNSではなく広告宣伝はチラシのポスティング。豆の直接販売。
 などなどなどなど。ともかく寛木君の言葉を受け、俺は自身の足と体を存分に動かしまくった。

 そしたら、いつの間にか店の客層はガラッと変化し、気付けば十二月になっていた。

「別に、調子には乗ってないよ……」
「いいや、乗ってるね。橘さんだけじゃない。ちょっと名前を覚えてもらえたからって、はしゃぐなっての。まだまだこれからってのに、気ぃ抜くのが早すぎ。そういうツメの甘さが赤字を産むんだよ」

 寛木君のごもっともな言葉が、俺に容赦なく降り注ぐ。まったくもってその通りだ。

「……ごめん」

 一体どの方策が功を奏したのか。最早、俺には分からない。分からないくらい、金平亭は様々な試行錯誤を繰り返してきた。その殆どはこの寛木君が客の様子を観察し、思考を巡らせて得たアイディアだった。

--------よし、まずは店の中テーブル席を減らそう。んで、個人席を増やす。
--------営業時間も、夜深めの時間まで開けてみようか。
--------フードの仕入れは商店街から卸してもらおう。その方が関係性も構築できるし、代わりにうちのコーヒーを店に置いてもらえるかもしれない。

 そして、少しずつ新しいお客さんが店の戸を開く度に、俺はやっと理解した。

--------考えて、試して、検証して。また、考える。この繰り返しが商売だよ。

 俺はもっと早くにコレをしなければならなかったのだ、と。


しおりを挟む
感想 6

あなたにおすすめの小説

悲恋の騎士と姫が転生したら男子高校生だったんだが、姫は俺を落とす気満々だ

つぐみもり
BL
《第一部 翠河の国の姫は押しが強い》 かつて俺は、滅びゆく王国で姫君に忠誠を誓い、命を落とした―― ……はずだったのに。 転生したら、なんで俺が男子高校生やってんだ!? しかも、クラスの陽キャトップ・周藤智哉(すどうともや)は、どう見ても前世の姫君その人。 顔も声も、距離感バグってる性格もそのまま。 今度は身分差も掟もないからって、攻略する気満々で迫ってくるのやめてくれ! 平穏な現代ライフを送りたい陰キャ男子(元騎士)と、全力で落としにかかる陽キャ男子(元姫)の、逆異世界転生BLギャグコメディ! 「見つけたぞ、私の騎士。今度こそ、お前を手に入れる」 「イイエナンノコトカワカリマセン」 忠義も身分も性別も全部飛び越えて、今日も逃げる俺と追いかける姫(男子高校生) 《第二部 熱砂の国からの闖入者》 郁朗と智哉は、前世の想いを飛び越え、ついに結ばれた。 そして迎える高校二年生、健全な男子高校生同士として、健全な交際を続けるはずだったが—— 「見つけたぞ姫! 今度こそお前を手に入れる!」 「もしかして、あいつは!?」 「……誰だっけ?」 熱砂の風と共に転校してきた、前世関係者。 千隼と翠瑶姫の過去の因縁が、また一つ紐解かれる。 ※残酷描写あり

【WEB版】監視が厳しすぎた嫁入り生活から解放されました~冷徹無慈悲と呼ばれた隻眼の伯爵様と呪いの首輪~【BL・オメガバース】

古森きり
BL
【書籍化決定しました!】 詳細が決まりましたら改めてお知らせにあがります! たくさんの閲覧、お気に入り、しおり、感想ありがとうございました! アルファポリス様の規約に従い発売日にURL登録に変更、こちらは引き下げ削除させていただきます。 政略結婚で嫁いだ先は、女狂いの伯爵家。 男のΩである僕には一切興味を示さず、しかし不貞をさせまいと常に監視される生活。 自分ではどうすることもできない生活に疲れ果てて諦めた時、夫の不正が暴かれて失脚した。 行く当てがなくなった僕を保護してくれたのは、元夫が口を開けば罵っていた政敵ヘルムート・カウフマン。 冷徹無慈悲と呼び声高い彼だが、共に食事を摂ってくれたりやりたいことを応援してくれたり、決して冷たいだけの人ではなさそうで――。 カクヨムに書き溜め。 小説家になろう、アルファポリス、BLoveにそのうち掲載します。

生まれ変わりは嫌われ者

青ムギ
BL
無数の矢が俺の体に突き刺さる。 「ケイラ…っ!!」 王子(グレン)の悲痛な声に胸が痛む。口から大量の血が噴きその場に倒れ込む。意識が朦朧とする中、王子に最後の別れを告げる。 「グレン……。愛してる。」 「あぁ。俺も愛してるケイラ。」 壊れ物を大切に包み込むような動作のキス。 ━━━━━━━━━━━━━━━ あの時のグレン王子はとても優しく、名前を持たなかった俺にかっこいい名前をつけてくれた。いっぱい話しをしてくれた。一緒に寝たりもした。 なのにー、 運命というのは時に残酷なものだ。 俺は王子を……グレンを愛しているのに、貴方は俺を嫌い他の人を見ている。 一途に慕い続けてきたこの気持ちは諦めきれない。 ★表紙のイラストは、Picrew様の[見上げる男子]ぐんま様からお借りしました。ありがとうございます!

【完結】※セーブポイントに入って一汁三菜の夕飯を頂いた勇者くんは体力が全回復します。

きのこいもむし
BL
ある日突然セーブポイントになってしまった自宅のクローゼットからダンジョン攻略中の勇者くんが出てきたので、一汁三菜の夕飯を作って一緒に食べようねみたいなお料理BLです。 自炊に目覚めた独身フリーターのアラサー男子(27)が、セーブポイントの中に入ると体力が全回復するタイプの勇者くん(19)を餌付けしてそれを肴に旨い酒を飲むだけの逆異世界転移もの。 食いしん坊わんこのローグライク系勇者×料理好きのセーブポイント系平凡受けの超ほんわかした感じの話です。

祖国に棄てられた少年は賢者に愛される

結衣可
BL
 祖国に棄てられた少年――ユリアン。  彼は王家の反逆を疑われ、追放された身だと信じていた。  その真実は、前王の庶子。王位継承権を持ち、権力争いの渦中で邪魔者として葬られようとしていたのだった。  絶望の中、彼を救ったのは、森に隠棲する冷徹な賢者ヴァルター。  誰も寄せつけない彼が、なぜかユリアンを庇護し、結界に守られた森の家で共に過ごすことになるが、王都の陰謀は止まらず、幾度も追っ手が迫る。   棄てられた少年と、孤独な賢者。  陰謀に覆われた王国の中で二人が選ぶ道は――。

君に望むは僕の弔辞

爺誤
BL
僕は生まれつき身体が弱かった。父の期待に応えられなかった僕は屋敷のなかで打ち捨てられて、早く死んでしまいたいばかりだった。姉の成人で賑わう屋敷のなか、鍵のかけられた部屋で悲しみに押しつぶされかけた僕は、迷い込んだ客人に外に出してもらった。そこで自分の可能性を知り、希望を抱いた……。 全9話 匂わせBL(エ◻︎なし)。死ネタ注意 表紙はあいえだ様!! 小説家になろうにも投稿

[BL]憧れだった初恋相手と偶然再会したら、速攻で抱かれてしまった

ざびえる
BL
エリートリーマン×平凡リーマン モデル事務所で メンズモデルのマネージャーをしている牧野 亮(まきの りょう) 25才 中学時代の初恋相手 高瀬 優璃 (たかせ ゆうり)が 突然現れ、再会した初日に強引に抱かれてしまう。 昔、優璃に嫌われていたとばかり思っていた亮は優璃の本当の気持ちに気付いていき… 夏にピッタリな青春ラブストーリー💕

【16+4話完結】虚な森の主と、世界から逃げた僕〜転生したら甘すぎる独占欲に囚われました〜

キノア9g
BL
「貴族の僕が異世界で出会ったのは、愛が重すぎる“森の主”でした。」 平凡なサラリーマンだった蓮は、気づけばひ弱で美しい貴族の青年として異世界に転生していた。しかし、待ち受けていたのは窮屈な貴族社会と、政略結婚という重すぎる現実。 そんな日常から逃げ出すように迷い込んだ「禁忌の森」で、蓮が出会ったのは──全てが虚ろで無感情な“森の主”ゼルフィードだった。 彼の周囲は生命を吸い尽くし、あらゆるものを枯らすという。だけど、蓮だけはなぜかゼルフィードの影響を受けない、唯一の存在。 「お前だけが、俺の世界に色をくれた」 蓮の存在が、ゼルフィードにとってかけがえのない「特異点」だと気づいた瞬間、無感情だった主の瞳に、激しいまでの独占欲と溺愛が宿る。 甘く、そしてどこまでも深い溺愛に包まれる、異世界ファンタジー

処理中です...