27 / 56
9月:くつろぎ君のやりがい
26
しおりを挟む「ミハルちゃん、SNSの更新は一旦ストップで」
認めた瞬間、なんだか胸のつっかえがとれた気がした。
「え?なんで?せっかくフォロワーもちょーっとだけ増えてきたのに。金平亭は見た目はレトロー?だから、女の子にも人気あるんですよー!」
「今は、SNSで世界に発信すべき段階じゃない。世界のどこに居るか分かんないミーハーな女の子達にフォローされるより、今、〝ここ〟に居る人間に、まずは店を知ってもらうことが先決なの」
「じゃあ、どうするんですか?」
「まぁ、イロイロ?」
「いろいろ……なんか楽しそうっ!」
こちらを笑いながら見上げてくるミハルちゃんに、俺はやっぱりこの子と居るのは楽だと、心底思った。
そんな風に思えるのは、俺の中で他人に一番知られたくなかった部分を、彼女がいとも簡単に受け入れてくれたからかもしれない。
--------ゆうが君はゲイですよね?何もヘンな事は無いです!
正しい事が良い事とは限らない。でも、それが救いになる事がある。
「楽しいっていうより、多分大変だろうけど」
「大変な方が楽しいよー!」
「言うじゃん」
決して恋愛感情ではないこの感覚を、一体どう表現して良いか分からない。強いて言葉にするなら、この子とは、来年の三月以降もたまにあの店で会えたらいいな、とは思う。
「ま、そう言うなら明日から色々やるから。ミハルちゃんもダンスのレッスン無い時は手伝って。なにかと忙しくなるだろうし、時給は変わらずやっすいだろうけど」
「ダイジョーブです!私、ますたーもお店も好きなので頑張れます!」
満面の笑みを浮かべてそんな事を言うミハルちゃんに、俺はふと彼女についても妙に心配になった。
「ミハルちゃーん?俺が言うのもなんだけどさ、やりがい搾取されないように、今後気を付けながらオトナになるんだよー」
「やりがいさくしゅー?」
「そ。本人の〝やりがい〟を盾に、馬車馬のようにこき使ってはゴミみたいにポイ捨てしてくるクソみたいな会社も多いから。ダマされないようにねってコト」
「ふーん」
特に、ダンスの世界で生きて行こうとしてる時点で、将来不安定そうだし。そう俺が頭二つ分くらい下に見えるミハルちゃんの顔に目を向けた時だった。
「やりがい払って夢が叶うなら、私いくらでも払いますよ!」
「……そう」
単純に「ヤバ」という二文字が頭に浮かぶ。正直、俺にはちっとも気持ちが分からない。
でも、「やりがい」を搾取していると思っているのは周の人間で、もしかしたら本人達は喜んで支払っているのかもしれない。
「そういう世界、俺は無理だなぁ」
そもそもそんなに自分を賭けられるモノなんて、俺には無いし。そんな夢みたいな事を言ってられるほど、子供でもない。
「いや、でも年齢は関係ないのか」
なにせ、そんな十八歳の彼女と同じような気持ちで働くオトナが、あの店には居る。
--------おでの、ごーひー、おいじいぐない?
〝安定〟を買う為に、社会の歯車として企業に就職するのが大多数の中、不安定な世界へとわざわざ足を突っ込む。
ただ、客に美味いコーヒーを出して、自由になれる場所を作りたいが為に。
「普通か……」
普通じゃないヤツは除け者にされるし、イヤな奴は嫌われるだけかと思っていた。でも、俺みたいなヤツの事を必要としてくれる人間もいるのだ。
「じゃあ、ゆうが君!私は帰るので、ますたーの所に行って来てください!」
「……いや、行かな」
「行かないし」と最後まで言おうとして、やめた。
「わかった」
「そうしてください!私が居ると、女の子は早く帰りなさいとかお父さんみたいな事言ってくるので!」
「っは、確かに」
ミハルちゃんの前では、なんかもうどうでも良い気がした。既にこれまでも、色々と変な場面を見られてきたのだから。
「じゃ、また明日」
「はーい!ゆうが君。また明日―!」
そう、賑わう商店街の中でミハルちゃんに背を向けた時だった。
「ゆうが君!」
「なに?」
振り返った先には、底抜けに明るい笑みを浮かべてこちらを見つめるミハルちゃんの姿があった。
「卒業してバイト終わっても、たまに金平亭で遊ぼうねー!」
「え」
「じゃあねー!」
俺の返事を聞く前に、ミハルちゃんは駅の方へと駆けて行った。まるで、返事など聞かなくとも答えは分かっているとでもいうように。ひょこひょこ揺れるポニーテールの後ろ姿が、なんともご機嫌で、思わず笑いが込み上げてきた。
「っは、青春かよ」
それが、ミハルちゃんに向けられた言葉なのか、はたまた自分自身へと向けられた言葉だったのか。俺にも分からない。
ただ、そういう口先だけの「卒業しても遊ぼうね」という約束を、未だかつて、過去の人間関係で果たした事はなかったが、今回は果たしてみたいと思ってしまった。
そして、その為には「金平亭」が存続していなければならない。
「なんつーか、あそこ以外で、ミハルちゃんと会ってるイメージがつかねぇんだよな」
ただ、俺は額に浮かんでいた汗を手の甲で拭うと、そのまま金平亭へと走った。あの店には、俺みたいなイヤなヤツを必要とする大人が、ずっと一人で働いている。
◇◆◇
喫茶金平亭は未だに煌々と明かりが灯っていた。
窓から中を覗くと、一人の人間が客席の一つに腰かけている姿が見える。しょぼくれた姿はいつもの事だ。
「店の収支、そんなにヤバいんだ……」
そろそろ、無理にでも収支を開示させてもらった方が良いかもしれない。確かに、自分は一介のバイトに過ぎないが、そんな事は言ってられない。
「数字は、アンタみたいなお人好しに担当出来る領分じゃねぇだろうが」
俺はそれだけ呟くと、まだ煌々と明かりの灯る金平亭に表から乗り込んでやった。別に問題ない。なにせ、「クローズド」の看板が表に出ていなかった。どうやら、出し忘れていたようだ。
カラン。
「あの、開いてますか?」
「あ、もう閉店して……って、寛木君!」
すると、一人ウジウジとパソコンを叩いていたマスターが、慌てて目を擦りながら、こちらを見てきた。
--------あーぁ、ゆうが君のせいでますたー、今頃お店で泣いてるかもー。
まさか、本当に泣いているとは。俺はミハルちゃんの声をどこか遠くに聞きながら、気が付けば勢いよく店の中を横切り、マスターの前へと立っていた。
「ちょっと見せて」
「っあ、ちょっ!ダメ!」
「言ってる場合かよ」
いつもは隠されている店の収支だが、さすがに泣くほどの赤字なら確認しておかなければ、と思ったのだ。
「は?ナニコレ」
「あっ、えっと。それは……違くて」
ただ、そのパソコンに映し出されていたモノは【店の収支】などではなかった。
17
お気に入りに追加
136
あなたにおすすめの小説

俺の好きな男は、幸せを運ぶ天使でした
たっこ
BL
【加筆修正済】
7話完結の短編です。
中学からの親友で、半年だけ恋人だった琢磨。
二度と合わないつもりで別れたのに、突然六年ぶりに会いに来た。
「優、迎えに来たぞ」
でも俺は、お前の手を取ることは出来ないんだ。絶対に。

何でもできる幼馴染への告白を邪魔してみたら
たけむら
BL
何でもできる幼馴染への告白を邪魔してみたら
何でも出来る美形男子高校生(17)×ちょっと詰めが甘い平凡な男子高校生(17)が、とある生徒からの告白をきっかけに大きく関係が変わる話。
特に秀でたところがない花岡李久は、何でもできる幼馴染、月野秋斗に嫉妬して、日々何とか距離を取ろうと奮闘していた。それにも関わらず、その幼馴染に恋人はいるのか、と李久に聞いてくる人が後を絶たない。魔が差した李久は、ある日嘘をついてしまう。それがどんな結果になるのか、あまり考えもしないで…
*別タイトルでpixivに掲載していた作品をこちらでも公開いたしました。
夢では溺愛騎士、現実ではただのクラスメイト
春音優月
BL
真面目でおとなしい性格の藤村歩夢は、武士と呼ばれているクラスメイトの大谷虎太郎に密かに片想いしている。
クラスではほとんど会話も交わさないのに、なぜか毎晩歩夢の夢に出てくる虎太郎。しかも夢の中での虎太郎は、歩夢を守る騎士で恋人だった。
夢では溺愛騎士、現実ではただのクラスメイト。夢と現実が交錯する片想いの行方は――。
2024.02.23〜02.27
イラスト:かもねさま

ガラス玉のように
イケのタコ
BL
クール美形×平凡
成績共に運動神経も平凡と、そつなくのびのびと暮らしていたスズ。そんな中突然、親の転勤が決まる。
親と一緒に外国に行くのか、それとも知人宅にで生活するのかを、どっちかを選択する事になったスズ。
とりあえず、お試しで一週間だけ知人宅にお邪魔する事になった。
圧倒されるような日本家屋に驚きつつ、なぜか知人宅には学校一番イケメンとらいわれる有名な三船がいた。
スズは三船とは会話をしたことがなく、気まずいながらも挨拶をする。しかし三船の方は傲慢な態度を取り印象は最悪。
ここで暮らして行けるのか。悩んでいると母の友人であり知人の、義宗に「三船は不器用だから長めに見てやって」と気長に判断してほしいと言われる。
三船に嫌われていては判断するもないと思うがとスズは思う。それでも優しい義宗が言った通りに気長がに気楽にしようと心がける。
しかし、スズが待ち受けているのは日常ではなく波乱。
三船との衝突。そして、この家の秘密と真実に立ち向かうことになるスズだった。
絶対にお嫁さんにするから覚悟してろよ!!!
toki
BL
「ていうかちゃんと寝てなさい」
「すいません……」
ゆるふわ距離感バグ幼馴染の読み切りBLです♪
一応、有馬くんが攻めのつもりで書きましたが、お好きなように解釈していただいて大丈夫です。
作中の表現ではわかりづらいですが、有馬くんはけっこう見目が良いです。でもガチで桜田くんしか眼中にないので自分が目立っている自覚はまったくありません。
もしよろしければ感想などいただけましたら大変励みになります✿
感想(匿名)➡ https://odaibako.net/u/toki_doki_
Twitter➡ https://twitter.com/toki_doki109
素敵な表紙お借りしました!(https://www.pixiv.net/artworks/110931919)

【完結・BL】俺をフッた初恋相手が、転勤して上司になったんだが?【先輩×後輩】
彩華
BL
『俺、そんな目でお前のこと見れない』
高校一年の冬。俺の初恋は、見事に玉砕した。
その後、俺は見事にDTのまま。あっという間に25になり。何の変化もないまま、ごくごくありふれたサラリーマンになった俺。
そんな俺の前に、運命の悪戯か。再び初恋相手は現れて────!?

そんなの真実じゃない
イヌノカニ
BL
引きこもって四年、生きていてもしょうがないと感じた主人公は身の周りの整理し始める。自分の部屋に溢れる幼馴染との思い出を見て、どんなパソコンやスマホよりも自分の事を知っているのは幼馴染だと気付く。どうにかして彼から自分に関する記憶を消したいと思った主人公は偶然見た広告の人を意のままに操れるというお香を手に幼馴染に会いに行くが———?
彼は本当に俺の知っている彼なのだろうか。
==============
人の証言と記憶の曖昧さをテーマに書いたので、ハッキリとせずに終わります。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる