上 下
12 / 56
7月:くつろぎ君の悩み

11

しおりを挟む


「っえ?」
「ぁ、ウソ……!」

 それまで教室で談笑していた全員の視線が、俺へと向けられる。
 同級生からの驚きと、気まずげな声が漏れる中、俺は教卓の前に置いてあるプリントを取る為に、コツコツと足音を響かせた。

 先ほどまでの喧騒を消した教室。廊下とは違い、効きの悪い冷房の風が体に滲んだ汗に触れて、シャツが体に貼り付く。少し、いや、かなり気持ち悪い。

「あ、あの……寛木?」
「優雅君、さっきのはちょっと冗談で……」
「うん?なんのこと」

 鍛え抜かれた表情筋が、いつもの笑みを同級生達に向ける。そんな俺に、先ほどまである事ない事口にしていた同級生達が少しだけホッとした表情を浮かべた。
 そう。あくまで、俺はプリントを取りに来ただけだ。

 でも、だ。

「あ、えっと……優雅君。インターンシップ、頑張っ」
「黙れよ、ブス」
「え?」

 お前らの言ったように、この笑顔がホンモノなワケねぇだろうが。全部ウソだ。ウソウソウソ、ぜーんぶウソ!

 気付けば、俺は深く息を吸い込んでいた。
 あぁ、クソ。俺の四年間って何だったんだろう。

「お前ら、全員マジでキメェわ。だいたいお前らってさぁっ――」

 そう、言葉を放った瞬間。
 俺の声帯はとめどない言葉の波を同級生達へと浴びせかけていた。怒鳴り声を上げたりはしない。だって、別に俺はコイツらに対して怒っちゃいない。ただ、思ったことを……いや、ずっと思っていた事を、懇々と伝えているだけだ。

--------こりゃ、やっぱ店の余命も半年以内ってトコかなぁ。

 それこそ、つい先日マスターに言ったみたいに。
 そこからの記憶は、酷く曖昧だ。ともかく、俺の悪癖が出てしまった事だけは確かだ。

 そう、〝本当の事を言ってしまう〟という、俺の悪癖が。

「つーか、羽場ぁ」
「っ!」

 最後に、俺はこちらに向かって閉口する羽場に向かって、出来るだけ嫌悪感丸出しの声で名前を呼んでやった。
 戸惑いに満ちた真っ黒い瞳が、とっさに俺から逸らされる。

 あぁ、クソクソクソ!なんだよ、俺が何かしたかよ!好きなんて一言も言ってないだろうが!何も求めてないだろうが!
 お前とどうなりたいなんてこれっぽっちも思ってなかったのに。

「誰がテメェなんか好きになるかよ。鏡見てモノ言えや」
「っ!」

 あぁ、どう考えても言い過ぎだ。でも、もういい。こんなヤツにどう思われようと、なんて事はない。
 それなのに、どうしてだ。鼻の奥がツンとする。目の奥が熱い。


「気持ちワリィんだよ。お前ら全員」


そして、それがこの教室で放った、最後の言葉だった。

 俺は、失敗なんかしちゃいない。


◇◆◇


 気付けば、俺は金平亭の裏口の前に居た。

「っはぁ、っはぁ……間に、合った」

 遅刻してもいいか、なんて思っていたくせに、どうやら俺は走ってここまで来ていたようだ。高く上った夏の太陽が、ジリと俺の肌を容赦なく焼き付ける。

「あっつ」

 流れてきた汗を手の甲で拭いながら、店の裏口の戸を開けた。同時に、クーラーの冷風がフワリとコーヒーの香りを運んできた。

「っふー」

 冷房の効いた店内に入ったはいいものの、体中から汗が滝のように流れていく。ただ、充満するコーヒーの香りのお陰か、あまり不快感を感じない。そうやって、俺が天井を仰ぎ見ながら呼吸を整えている時だった。
 せわしない足音がこちらへと近づいてきた。

「あ、あれ?寛木君?なんで……」

 休憩室の前を通り過ぎようとしたマスターが、驚いた様子で俺に向かって声をかけてくる。どうやら、忙し過ぎて時間を把握出来ていないようだ。

「普通にシフトの時間なんですけどー」
「って、もうそんな時間っ?ちょっ、来たばっかなのにごめん!注文取りに行ってくれる!?」

 マスターが俺に向かって言い放った直後、店内からヒステリックな声が響き渡った。

「ちょっと、まだなの!?コーヒー一杯にどれだけ待たせるつもりよ!」
「すっ、すみません。ただいま!」

 あぁ、予想通り。
 今日も店は、長時間居座るババア達を筆頭に満員御礼の様子だ。まったく、今日はコーヒー一杯でどれだけ粘るつもりなのか。この、心地良い温度に保たれた店内の電気代すらも、あのコーヒー1杯では賄う事は出来ないというのに。

「もう、なんだよ。待たせるって……。さっき来たばっかりのくせに」

 ふと、マスターの口から苛立ちを含んだ不満の言葉が漏れた。文句ひとつ言わずに馬車馬のように働くマスターにしては珍しいボヤき。

「へぇ」

--------マスター!あのオバさん達追い出しましょーよ!他のお客さんにもメーワクです!くたばれっ!
--------まぁまぁ、田尻さん。落ち着いて、彼女たちも一応お客様だから。

 「お客様」
 殆どクレーマーと化した迷惑行為を繰り広げる人間相手に対して、そんな言葉を口にするマスターに、俺はいつも「お客様は神様だもんねぇ」と、皮肉を言ってやっていた。まだ、高校生のミハルちゃんの方が、よほど本質を理解している。そんな俺の言葉に「しょうがないよ」としか口にしないマスターの姿に、俺はやっぱりこの店が遅かれ早かれ潰れる事を確信していたのに。

 なのに、今日は違った。


しおりを挟む
感想 6

あなたにおすすめの小説

前世から俺の事好きだという犬系イケメンに迫られた結果

はかまる
BL
突然好きですと告白してきた年下の美形の後輩。話を聞くと前世から好きだったと話され「????」状態の平凡男子高校生がなんだかんだと丸め込まれていく話。

どうせ全部、知ってるくせに。

楽川楽
BL
【腹黒美形×単純平凡】 親友と、飲み会の悪ふざけでキスをした。単なる罰ゲームだったのに、どうしてもあのキスが忘れられない…。 飲み会のノリでしたキスで、親友を意識し始めてしまった単純な受けが、まんまと腹黒攻めに捕まるお話。 ※fujossyさんの属性コンテスト『ノンケ受け』部門にて優秀賞をいただいた作品です。

【BL】国民的アイドルグループ内でBLなんて勘弁してください。

白猫
BL
国民的アイドルグループ【kasis】のメンバーである、片桐悠真(18)は悩んでいた。 最近どうも自分がおかしい。まさに悪い夢のようだ。ノーマルだったはずのこの自分が。 (同じグループにいる王子様系アイドルに恋をしてしまったかもしれないなんて……!) (勘違いだよな? そうに決まってる!) 気のせいであることを確認しようとすればするほどドツボにハマっていき……。

フローブルー

とぎクロム
BL
——好きだなんて、一生、言えないままだと思ってたから…。 高二の夏。ある出来事をきっかけに、フェロモン発達障害と診断された雨笠 紺(あまがさ こん)は、自分には一生、パートナーも、子供も望めないのだと絶望するも、その後も前向きであろうと、日々を重ね、無事大学を出て、就職を果たす。ところが、そんな新社会人になった紺の前に、高校の同級生、日浦 竜慈(ひうら りゅうじ)が現れ、紺に自分の息子、青磁(せいじ)を預け(押し付け)ていく。——これは、始まり。ひとりと、ひとりの人間が、ゆっくりと、激しく、家族になっていくための…。

普通の学生だった僕に男しかいない世界は無理です。帰らせて。

かーにゅ
BL
「君は死にました」 「…はい?」 「死にました。テンプレのトラックばーんで死にました」 「…てんぷれ」 「てことで転生させます」 「どこも『てことで』じゃないと思います。…誰ですか」 BLは軽い…と思います。というかあんまりわかんないので年齢制限のどこまで攻めるか…。

物語なんかじゃない

mahiro
BL
あの日、俺は知った。 俺は彼等に良いように使われ、用が済んだら捨てられる存在であると。 それから数百年後。 俺は転生し、ひとり旅に出ていた。 あてもなくただ、村を点々とする毎日であったのだが、とある人物に遭遇しその日々が変わることとなり………?

恋はえてして

蜜鳥
BL
男だけど好みの顔、男だけどどうも気になる...... 半年前に中途で入社した年上の男が気になって仕方ない、ポジティブで猪突猛進な熊谷。 宴会の裏でなぜかキスされ、酔っぱらった当の本人(天羽比呂)を部屋に送り届けた時、天羽の身体に刻まれた痕を見つける。 別れた元彼をまだ引きずる天羽と、自分の気持ちを持て余す熊谷。 出張先で元彼と遭遇して二人の距離はぐっと縮まっていく。

モブらしいので目立たないよう逃げ続けます

餅粉
BL
ある日目覚めると見慣れた天井に違和感を覚えた。そしてどうやら僕ばモブという存存在らしい。多分僕には前世の記憶らしきものがあると思う。 まぁ、モブはモブらしく目立たないようにしよう。 モブというものはあまりわからないがでも目立っていい存在ではないということだけはわかる。そう、目立たぬよう……目立たぬよう………。 「アルウィン、君が好きだ」 「え、お断りします」 「……王子命令だ、私と付き合えアルウィン」 目立たぬように過ごすつもりが何故か第二王子に執着されています。 ざまぁ要素あるかも………しれませんね

処理中です...