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20:おいで!くつした!

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「イアン!きた!」

 普段は誰もやってこない家の戸が勢いよく開かれた。バタンと開く戸の音に続くのは、聞き慣れた、でも懐かしい声。
 あぁ、この声は。まさか。くつ――。

「……は?」

 くつした、と口にしようとして振り返ったそこには、全く予想外の人物が立っていた。そう、狼ではない。そこに居たのは紛れもなく〝人間〟だった。

「イアン、イアン!見て!こっち、見て!」
「あ、えっ!?ちょっ!」

 え、誰誰誰誰誰!?
 視線を向けた先には、白銀色柔らかそうな髪の毛の、そりゃあもう美しい青年が立っていた。しかも、一糸纏わぬ全裸姿で。

「イアン!見て見て見て見て!こっち見て!」
「えっ、えっ!?ちょっちょっ!?」

 全裸の美青年が満面の笑みで俺の居るベッドの上まで勢いよく駆け出してくる。まるで宗教画のような美しい容姿と、無邪気でわんぱくに満ちた行動が不一致過ぎて、ちょっと情報が処理しきれない。しかも、局部丸出しの男が「見て!」と連呼してくる姿は、なんだかもう色々アウトだ。
 そう、完全にアウトなのだが――!

「く、つした?」
「うん!イアンが寂しがるから、くつしたが人間になって来た!」
「待て、でも屋敷は……?」
「ちゃんと、イアンみたいに「じゃあな」って言ってきた!くつした上手に出来た!」
「え、え?」

 色々処理しきれない。だが、一つだけハッキリしている。目の前の男は、くつしただ。
 ベッドの上で全裸の美青年に押し倒されながら、俺は頭上に見えるキラキラとした白銀の髪の毛と、真っ赤な瞳に、あの日の白神獣を思い出した。

「イアン、言った!くつしたと離れたくないって言った!」
「あ、えっと」
「くつしたは狼だから交尾できないって言った!番になれないって言った!だから、くつしたが人間になった!毎晩、がんばって練習した!」
「そ。そう、か」

 まるで狼の頃のままの口調で、顔には満面の笑みを浮かべる青年……いや、くつしたを前に、俺はまったく常識では理解できない状況を、意外にもすんなりと受け入れる事が出来た。
 なにせ、ここはゲームの……ソードクエストの世界だ。俺が小学生の頃に遊んだ【ソードクエスト】にも、こんなキャラが登場していた。

 人間にも、獣にもなれる。そう、あのキャラの名前は。

「……ホーラント」

 魔王が魔獣ケルベロスと共に作り上げた伝説の白神獣。大神ホーラント。俺はそのキャラがお気に入りで、絶対パーティに入れて旅をしていた。
 そして、くつしたは、確かにそうだった。

--------くつしたは、大神ホーラントの子ぞ!

 あれは、本当に本当だったんだ。

「くつした、お前は……本当に神様だったんだな」
「ちがう!」

 俺が感心したように呟くと、くつしたから叱責するような口調で否定された。

「ちがうちがうちがう!くつしたは神様じゃない!」
「いや、神様だろ」
「ちがう~~!ちがう~~!」

 いや、違わないだろ!
 人語を操り、狼から人間への転変もこなせる「普通の狼」なんかいない。どう考えても、くつしたは神獣。神様だ。そんなつもりで放った言葉だったが、どうやらくつしたはそれが我慢ならなかったらしい。

「くつしたもう人間!だから、もうイアンとずっと一緒に居れる!」
「っ!」

 くつしたの言葉に、俺は思わず息を呑んだ。

「見て!くつしたは人間だから、歯まるいし、爪も尖ってない!」

「……あ、あぁ」
「だから、もうくつしたはイアンを傷つけたりしない!くつしたが狼の姿でお喋りすると、イアンが悲しくなるけど、でも、もう今なら大丈夫!」

 あぁ、そうか。だからくつしたは。

--------いあん、いあん。血が出ている。

「くつしたは、人間だから!」
「……」

 いや、人間じゃねぇだろ。神様だろ。
 キラキラと光り輝く白銀色の髪の毛を前に、自然とそんな事を思ってしまう。だって、こんなに純粋で綺麗なヤツが、人間なワケがない。人間は、もっと汚くてドロドロとしていて。どうしようもない生き物だ。だから、くつしたは人間なんかじゃない。

「……そうか」

 でも、俺は寸前でその言葉をゴクリと飲み下した。

「くつしたは人間になったのか。すごいな」
「そうだろう、そうだろうっ!」

 そして、くつしたが……いや、俺がずっと望んでいた言葉を口にした。

「じゃあ、これからも俺はくつしたと一緒に居られるのか」
「っそうだ!これで、イアンはくつしたと番になれるぞ!」

 その瞬間、くつしたの顔がみるみるうちに喜色に染まる。あぁ、コイツはなんて綺麗な顔で笑うんだ。人間になっても、くつしたが俺と目を合わせた時に浮かべる、あの嬉しそうな顔となんら変わりない。
 ただ、一つだけ違うのは、いつもは見下ろしていた姿を、今は見上げているという事だ。

「イアン、イアン!くつしたは良い子か!?」
「……あぁ、良い子だ」
「良い子なら、する事があるんじゃないのか!」
「っふふ、そうだな」

 そうだったそうだった。
 くつしたは俺に良い子良い子をされるのが一番好きだった。じゃあ、褒めてやらないといけないな。

「良い子良い子」
「っぅ、ん?」

 ちゅっ。
 俺はくつしたの綺麗な顔を両手で挟み込むと、そのままうっすらと色づく唇にキスをした。

「は、え?」

 その瞬間、くつしたの真っ赤な瞳が大きく見開かれる。同時に、俺も「あ、キスしちまった」と思う。無意識だった。狼の時は鼻先にしてやった事が人間相手だと、思わず唇に向いてしまっていた感じだ。
 そういえば、俺は前世も今世も含めて、初めて人間とキスをしたかもしれない。

「あ、あ……!あ、い、い、いあん。これは……!」

 狼姿でキスをした時は「なにも分かりません」って顔でこちらを見ていたくせに、今の姿で口づけをした瞬間、くつしたの頬がジワリジワリと朱に染まっていく。

「なんだ、くつした。恥ずかしいのか?」
「あ、あ……わからない。くつしたは、こういうのは知らない。なにも、初めてで、わからない」

 もはや、恥ずかしいなんてレベルをとうに越えたような真っ赤な顔で、慌てふためき始める。いつものくつしたからはまるで考えられない反応だ。
 どうやら、姿形が変わった事で、感覚も人間に近くなったようだ。その姿に、俺までジワリジワリと体が熱を持ち始める。なにせ、俺も初めてだ。俺だってなにも分からない。

「くつした」
「い、イアン」

 でも、こういうのは分からなくてもいいのだ。本能に従えばいい。それで、全てが上手くいく。

「あぁ、くつしたは良い子だ」
「っぁ、っぅ、っぅ」

 ちゅっ、ちゅっ。ちゅっ。何度も、何度もくつしたにキスをする。
 俺がしたいからするし、それに、褒める時は他人が引くくらい全力で。それが俺の信条だ。それに、どうせ今は他に誰もいやしない。

「っはぁ。まったく、こんな良い子は他に見た事がないよ」
「っは、っは、んっ」

 いつも「良い子良い子が足りないのではないか?」なんて言われるから、今日は言われる前にたくさん「良い子」をしてやる。そうやって、何度も何度も口づけをしてやっていると、いつの間にか、今度はくつしたの方からも口づけを落とされていた。

「んっ、っぅ……っは」
「っはぅ、っは、ぅ。いあん」

 くつしたからの口づけは、半分犬が飼い主を舐めるようなソレと似ていたが、いかんせん狼の時とは違い、鼻筋が低いので互いの顔が近い。キスの合間に漏れる熱い呼吸が、更に肌を湿らせ体を熱くする。

「っぁ……ンっ、っぅ、っはぁ、ンンっ」
「いあん……いあん、いあん」

 くちゅくちゅと唾液を絡ませながら舌を絡ませ合う行為は非常に気持ちが良く、気が付くとくつしたの裸の下半身はそりゃあもう立派に反応しきっていた。服を着ていないから全部丸分かりだ。

「くつ、し……んぅ」
「っはぁ、っはぁ。ぅぅぅ」

 陶器のような真っ白で薄い筋肉で覆われた体が、今やどこもかしこも真っ赤だ。
 コレは大丈夫なのだろうか、と声をかけようとしたところで再び深く口を吸われた。その瞬間、色々とどうでもよくなった。くつしたも俺も、今や初めての行為に夢中だ。

「くるし……っぅ、っく。~~ぅぅっ!いあん、これ。いいっ!いいっ!」
「っへ、っぁん!」

 人間姿での性的欲求は初めてではあるものの、本能的にどうすれば気持ち良いのか分かっているのだろう。くつしたは、立派に隆起したソレを同じく服の下でうっすらと反応を始める俺のモノに擦り付けていた。

「っは、っはっは。ぁ~~、イアンイアンっ!」
「っぁ、っひぅ!っぁぁ!」

 ヤバイ、なんだコレ。直接触ってるワケでもないのに、手の先から爪先まで全部が気持ち良い。

「っはぁ、っは……ぁ、ぁ」
「くつ、した?」

 体中を駆け巡る快感と、湧き上がる羞恥心に苛まれるように、くつしたの目が苦しそうに閉じられる。もしかすると、射精が近いのかもしれない。
 そんなくつしたに、俺は再びくつしたの頬に両手を添えると、本能が求めるままに口にした。

「おいで、くつした」
「っ!」
「中に、おいで」

 その瞬間、くつしたの真っ赤な目が見開かれ、同時にツンとした精の香りが鼻孔をついた。ドロリとした湿った感覚が、俺の下半身を濡らす。
 でも、ちっとも不快なんかではなかった。少し、もったいないな、と思ったくらいだ。

「っは、っはっはっ、はぁっ」

 森の中を駆け抜けた直後のような荒い息を漏らしながら、くつしたはうっすらと瞼の隙間から覗く瞳でこちらを見下ろしていた。その目はハッキリと告げている。
 まだまだ足りない、と。

「くつした、せっかく人間になれたんだ。これからも、ずっと一緒に遊ぼうか」
「うん、うん……うん!」

 尻尾があったら凄まじく左右に振り散らかしているであろうくつしたの表情に、俺は彼の頬に添えていた手を首に回すと、今度こそ隙間なんてないくらいにピタリと身を寄せ合った。

「くつした、良い子だ」

 あぁ、本当にくつしたはあったかい。


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