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第2章
19:最も近い二人の、とってもいやらしい関係
しおりを挟む「……うん、なるほど」
一瞬、私が言ったのかと耳を疑った。でも、違った。アルディは本当に心底腹落ちしたような顔で、何度も、何度も頷いている。
これは、私が相槌のように適当に打つ「なるほど」とは、わけがちがう。
「マルセルは……そういう風に考えるんだな……でも確かにそうだ。それは、本当に誰よりも近い二人かもしれない」
その言葉は、これまで聞いたことのないような興奮を帯びており、いつもの彼の可愛らしいボーイソプラノとは一線を画する声だった。
「っはぁ……、これだから。マルセル、君は」
「あ、アルディ?」
普段の冷静さがまるで嘘のように、声が少し震え、どこか高揚した響きが混じっている。そして——。
「本当に、いやらしい」
「は?」
アルディの「いやらしい」の言葉が、完全に「破廉恥」の意味を帯びていた。
いや、待ってくれ。私は十三歳の子供に、そんな破廉恥な事を言ったつもりは欠片も無いのだが!?
「いや、待ってくれ。アルディ……私は、」
「私?」
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「っぁ、えっと」
私は今完全に、アルディに弄ばれていた。いや、これも断じて変な意味ではない!
「ねぇ、マルセル。これからも僕は一番近くでキミを観察し続けるよ。キミが僕にそうするように」
「あ、え?」
「そうすれば、僕たちは一番近いところに居るって事で……いいんだよね?」
「いや、その……」
気のせいだろうか。アルディの肩に置いていた手が押し戻されて、いつの間にかアルディが目の前まで来ている。
「僕達は、お互いに〝一番近い場所〟に立っているって事で、いいんだよね?」
「そ、そうかも?」
気づけば、アルディの足が私の足の間に滑り込み、まるで互いの体を寄せ合うように、腹と腹がぴたりと触れ合っていた。驚きと気恥ずかしさから、私は思わず赤くなった顔を隠すように上体を反らす。
すると、自然とアルディの顔が私の肩越しに近づき、私たちはまるで舞踏会で組み合ったペアのような、不思議な体勢を取ることになった。
「かも、じゃない。〝そう〟だよ。マルセルが言ったんだ」
「は、はい」
こんなの質問じゃない。完全に言わされているじゃないか。
「マルセル、今日は二人で話せて良かったよ」
「あ、あぁ」
アルディの深紅の瞳から、甘さが消えた。残るのは獲物を前にしたような獰猛さだけ。まさか、腹を探り合うどころか、腹を直に触れ合わせる事になるなんて。
「さて、夕食は一緒に食べよう。昼は食べれなかったからね」
「わ、かった」
「ふふ、やっぱり僕はキミと一緒に居るのが一番……気分が良い」
「そ、それは良かった」
そう言って、思いの外アッサリと離れて行ったアルディに私はホッと肩で息をした。しかしその直後、なぜか私は【閃光のスピッツガルド】の十三話のラストを思い出した。
結局、星空の下語り合ったあの二人の少年は——。
——なんで、俺を裏切った!?
——おれは、お前と……ずっとこうなりたかった。
裏切りと憎しみの果てに、お互いに銃口を向け合う事になる。結果として、裏切った方は死に、裏切られた——主人公は、記憶喪失となる。
そして、この回が放送された直後の事だった。
私は「吉川一義」から「ヨシカワイチギ」に改名した。改名はたまたまだ。本名を使っていると、必ず「かずよし」と読み間違えられ、訂正するのが面倒になった為、カタカナ表記にしたに過ぎない。
しかし皮肉な事に、私はこの作品と改名を機に、少しずつ脚本の仕事が舞い込んでくるようになったのだ。
「耽美な死の脚本家」として。
いや、あのキャラの死は元々決まっていたんだがな!?と、いくら叫んだところで何が変わるワケもなく、ヨシカワイチギの名はどんどん界隈に広がっていった。
——人生、何がきっかけで変わるのか分かったモノじゃない。
「なぁ、マルセル」
「なんだ?」
「夕食の毒見役はお願いしてもいいかな?昼食の時も、なんだか変な味がしたんだ。やっぱり僕も、キミが居ないと美味しく食事が摂れそうにない」
ひどく機嫌の良い表情で、アルディが尋ねてくる。体は離れたが、手はギュッと握りしめられたままだ。
既に夕日も落ち薄暗くなった渡り廊下から寮へと戻ろうとするアルディに、私はハッとした。
「あの、アルディ。毒味役はいいんだが、よければ……その、先に寮に戻っていてくれないか?」
「なんで?どこに行くの?誰かと会う約束でもしてる?」
握りしめられた手に、アルディの細腕からは考えられないような力が加わる。冗談抜きで折れそうだ。
「違う!ちょっと……その部屋に用があって」
「その部屋って」
私がチラと視界の端に映る「遺忘の間」の扉に目を向けると、アルディが「え、なんで?」と、怪訝そうな声で尋ねてきた。
「……その、コパイ先生に」
「また、掃除の罰を受けたの?今度はどのくらい?」
「そ、卒業まで」
「は?」
アルディの声が一気に低くなる。まるで、一瞬で声変わりでもしたかのような不穏な響きを含んでいた。
「……それが、遺忘の間の【清掃完了】が、俺の卒業要件に加えられてしまって」
「ちょっと待って。ソレって万象録に卒業要件が足されて認められたって事!?確かにキミの独り言は酷いモノだけど……それにしたって……いや、でも確かに」
やっぱり、私の独り言というのは相当ひどいものらしい。アルディの整った表情が、ここにきて終始歪み切っている。
「でも、待ってよ。清掃完了って言ったって、ここは」
アルディがジッと私の目を見つめる。言いたい事は分かる。ここは学園創設以来のモノが雑多に詰め込まれた「魔窟」と名高い場所だ。
「卒業までに掃除が終わるような場所なのか」と言いたいのだろう。
「マルセルは、部屋の中に入った事は?」
「いや、ない……。だから、一度中を見ておこうと思って」
そう、私も噂だけで、一度も中を見た事がない。だかこそ、今日ここに来たのだ。
「もう、マルセルを一人で放っておくんじゃなかった。まさかこんな事になってるなんて」
「それは……うん。俺も思うよ、アルディ」
がっくりと肩を落とすアルディに、私が一番うんざりとした調子で声をかけると、そのままアルディの手を引き、遺忘の間の扉に立った。
申し訳ないが、手を離してくれない以上、中を確認するくらいまでは付き合ってもらうしかないだろう。
「マルセル。掃除、出来るだけ手伝うよ」
「え、いいのか?」
「僕以外に誰がキミの手伝いをするっていうの?大丈夫、これまでだって僕がなんとかしてきただろう?」
隣から聞こえる得意げなモノ言いに、私は思わず「これまで」の出来事を思い出した。
つい先日、コパイ氏に秘匿の森の掃除を命じられたときのことだ。いくらやっても終わらない作業に痺れを切らしたアルディは……
——はい、これで掃除する必要がなくなったね。
そう言って、森の木々から一気に葉を消し去ってしまったのだ。秘匿の森は今や、葉を全て失い、年中真冬の枯れ木状態である。
あの時のコパイ氏の表情は、一生忘れられそうにない。
「……」
王族特有の、無尽蔵に体内に沸いてくるマナは、どんな不都合も力でねじ伏せていく。やんごとなき血筋のくせに、彼は「物理で殴る」というのを、躊躇いなくやってのける。
もしかすると、今度は部屋ごと異空間に飛ばされ、私は永久に卒業出来なくなるかもしれない。
まぁ、それはソレで構わないが。
「さぁ、入ってみようじゃないか。マルセル」
「あ、あぁ」
どこかワクワクした様子のアルディを横目に、私は物語の行く末を案じながら、溜息を飲み込んだ。
「……まったく、キャラクターはどうしてこうも思ったように動いてくれないのか」
「ん?どうしたの?」
「いや、なんでもない」
一体、私の脚本はどこへ向かおうとしているのだろう。
扉の取っ手は冷たく、握るたびに金属の重みが指先に伝わってくる。それをしっかりと掴み、深く息を吸い込む。押し出すように力を込めると、錆びついた蝶番が不満げに軋み、扉はゆっくりと、しかし確実に開き始めた。
そして——。
「「あれ??」」
目の前に広がった予想外の光景に、私とアルディは互いに顔を見合わせ、ただただ言葉を失ったのだった。
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ひじりなちさん◎
読んで頂きありがとうございます~◎
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ちなみに、私はあのお話の根幹を基本ベースに書いているので、これから「ここぞ」というところがリンクしていくかもしれません。
あっちのお話は短くまとめなきゃだったので(私が!!)作家の悲哀を終盤全面に押し出してギュンと一気に幕引きさせてもらったんですが、今回は……まぁ、のんびり書いていこうと思うので出来るだけ最後は明るくなれるようにゆったり成長してもらおうと思います^^