20 / 20
第2章
19:最も近い二人の、とってもいやらしい関係
しおりを挟む「……うん、なるほど」
一瞬、私が言ったのかと耳を疑った。でも、違った。アルディは本当に心底腹落ちしたような顔で、何度も、何度も頷いている。
これは、私が相槌のように適当に打つ「なるほど」とは、わけがちがう。
「マルセルは……そういう風に考えるんだな……でも確かにそうだ。それは、本当に誰よりも近い二人かもしれない」
その言葉は、これまで聞いたことのないような興奮を帯びており、いつもの彼の可愛らしいボーイソプラノとは一線を画する声だった。
「っはぁ……、これだから。マルセル、君は」
「あ、アルディ?」
普段の冷静さがまるで嘘のように、声が少し震え、どこか高揚した響きが混じっている。そして——。
「本当に、いやらしい」
「は?」
アルディの「いやらしい」の言葉が、完全に「破廉恥」の意味を帯びていた。
いや、待ってくれ。私は十三歳の子供に、そんな破廉恥な事を言ったつもりは欠片も無いのだが!?
「いや、待ってくれ。アルディ……私は、」
「私?」
「あ、いや。その、お、俺は、そんなつもりで言ったんじゃ」
今になって、一人称を間違えていた事に気付く。そんな私を、いつもとは違い角度をつけず真っすぐ見つめてくるアルディに、更に動揺が加速する。顔が、熱い。呼吸が、乱れる。
「そんなつもりって、どんなつもり?」
「っぁ、えっと」
私は今完全に、アルディに弄ばれていた。いや、これも断じて変な意味ではない!
「ねぇ、マルセル。これからも僕は一番近くでキミを観察し続けるよ。キミが僕にそうするように」
「あ、え?」
「そうすれば、僕たちは一番近いところに居るって事で……いいんだよね?」
「いや、その……」
気のせいだろうか。アルディの肩に置いていた手が押し戻されて、いつの間にかアルディが目の前まで来ている。
「僕達は、お互いに〝一番近い場所〟に立っているって事で、いいんだよね?」
「そ、そうかも?」
気づけば、アルディの足が私の足の間に滑り込み、まるで互いの体を寄せ合うように、腹と腹がぴたりと触れ合っていた。驚きと気恥ずかしさから、私は思わず赤くなった顔を隠すように上体を反らす。
すると、自然とアルディの顔が私の肩越しに近づき、私たちはまるで舞踏会で組み合ったペアのような、不思議な体勢を取ることになった。
「かも、じゃない。〝そう〟だよ。マルセルが言ったんだ」
「は、はい」
こんなの質問じゃない。完全に言わされているじゃないか。
「マルセル、今日は二人で話せて良かったよ」
「あ、あぁ」
アルディの深紅の瞳から、甘さが消えた。残るのは獲物を前にしたような獰猛さだけ。まさか、腹を探り合うどころか、腹を直に触れ合わせる事になるなんて。
「さて、夕食は一緒に食べよう。昼は食べれなかったからね」
「わ、かった」
「ふふ、やっぱり僕はキミと一緒に居るのが一番……気分が良い」
「そ、それは良かった」
そう言って、思いの外アッサリと離れて行ったアルディに私はホッと肩で息をした。しかしその直後、なぜか私は【閃光のスピッツガルド】の十三話のラストを思い出した。
結局、星空の下語り合ったあの二人の少年は——。
——なんで、俺を裏切った!?
——おれは、お前と……ずっとこうなりたかった。
裏切りと憎しみの果てに、お互いに銃口を向け合う事になる。結果として、裏切った方は死に、裏切られた——主人公は、記憶喪失となる。
そして、この回が放送された直後の事だった。
私は「吉川一義」から「ヨシカワイチギ」に改名した。改名はたまたまだ。本名を使っていると、必ず「かずよし」と読み間違えられ、訂正するのが面倒になった為、カタカナ表記にしたに過ぎない。
しかし皮肉な事に、私はこの作品と改名を機に、少しずつ脚本の仕事が舞い込んでくるようになったのだ。
「耽美な死の脚本家」として。
いや、あのキャラの死は元々決まっていたんだがな!?と、いくら叫んだところで何が変わるワケもなく、ヨシカワイチギの名はどんどん界隈に広がっていった。
——人生、何がきっかけで変わるのか分かったモノじゃない。
「なぁ、マルセル」
「なんだ?」
「夕食の毒見役はお願いしてもいいかな?昼食の時も、なんだか変な味がしたんだ。やっぱり僕も、キミが居ないと美味しく食事が摂れそうにない」
ひどく機嫌の良い表情で、アルディが尋ねてくる。体は離れたが、手はギュッと握りしめられたままだ。
既に夕日も落ち薄暗くなった渡り廊下から寮へと戻ろうとするアルディに、私はハッとした。
「あの、アルディ。毒味役はいいんだが、よければ……その、先に寮に戻っていてくれないか?」
「なんで?どこに行くの?誰かと会う約束でもしてる?」
握りしめられた手に、アルディの細腕からは考えられないような力が加わる。冗談抜きで折れそうだ。
「違う!ちょっと……その部屋に用があって」
「その部屋って」
私がチラと視界の端に映る「遺忘の間」の扉に目を向けると、アルディが「え、なんで?」と、怪訝そうな声で尋ねてきた。
「……その、コパイ先生に」
「また、掃除の罰を受けたの?今度はどのくらい?」
「そ、卒業まで」
「は?」
アルディの声が一気に低くなる。まるで、一瞬で声変わりでもしたかのような不穏な響きを含んでいた。
「……それが、遺忘の間の【清掃完了】が、俺の卒業要件に加えられてしまって」
「ちょっと待って。ソレって万象録に卒業要件が足されて認められたって事!?確かにキミの独り言は酷いモノだけど……それにしたって……いや、でも確かに」
やっぱり、私の独り言というのは相当ひどいものらしい。アルディの整った表情が、ここにきて終始歪み切っている。
「でも、待ってよ。清掃完了って言ったって、ここは」
アルディがジッと私の目を見つめる。言いたい事は分かる。ここは学園創設以来のモノが雑多に詰め込まれた「魔窟」と名高い場所だ。
「卒業までに掃除が終わるような場所なのか」と言いたいのだろう。
「マルセルは、部屋の中に入った事は?」
「いや、ない……。だから、一度中を見ておこうと思って」
そう、私も噂だけで、一度も中を見た事がない。だかこそ、今日ここに来たのだ。
「もう、マルセルを一人で放っておくんじゃなかった。まさかこんな事になってるなんて」
「それは……うん。俺も思うよ、アルディ」
がっくりと肩を落とすアルディに、私が一番うんざりとした調子で声をかけると、そのままアルディの手を引き、遺忘の間の扉に立った。
申し訳ないが、手を離してくれない以上、中を確認するくらいまでは付き合ってもらうしかないだろう。
「マルセル。掃除、出来るだけ手伝うよ」
「え、いいのか?」
「僕以外に誰がキミの手伝いをするっていうの?大丈夫、これまでだって僕がなんとかしてきただろう?」
隣から聞こえる得意げなモノ言いに、私は思わず「これまで」の出来事を思い出した。
つい先日、コパイ氏に秘匿の森の掃除を命じられたときのことだ。いくらやっても終わらない作業に痺れを切らしたアルディは……
——はい、これで掃除する必要がなくなったね。
そう言って、森の木々から一気に葉を消し去ってしまったのだ。秘匿の森は今や、葉を全て失い、年中真冬の枯れ木状態である。
あの時のコパイ氏の表情は、一生忘れられそうにない。
「……」
王族特有の、無尽蔵に体内に沸いてくるマナは、どんな不都合も力でねじ伏せていく。やんごとなき血筋のくせに、彼は「物理で殴る」というのを、躊躇いなくやってのける。
もしかすると、今度は部屋ごと異空間に飛ばされ、私は永久に卒業出来なくなるかもしれない。
まぁ、それはソレで構わないが。
「さぁ、入ってみようじゃないか。マルセル」
「あ、あぁ」
どこかワクワクした様子のアルディを横目に、私は物語の行く末を案じながら、溜息を飲み込んだ。
「……まったく、キャラクターはどうしてこうも思ったように動いてくれないのか」
「ん?どうしたの?」
「いや、なんでもない」
一体、私の脚本はどこへ向かおうとしているのだろう。
扉の取っ手は冷たく、握るたびに金属の重みが指先に伝わってくる。それをしっかりと掴み、深く息を吸い込む。押し出すように力を込めると、錆びついた蝶番が不満げに軋み、扉はゆっくりと、しかし確実に開き始めた。
そして——。
「「あれ??」」
目の前に広がった予想外の光景に、私とアルディは互いに顔を見合わせ、ただただ言葉を失ったのだった。
190
お気に入りに追加
204
この作品の感想を投稿する
みんなの感想(12件)
あなたにおすすめの小説

悪役令息、皇子殿下(7歳)に転生する
めろ
BL
皇子殿下(7歳)に転生したっぽいけど、何も分からない。
侍従(8歳)と仲良くするように言われたけど、無表情すぎて何を考えてるのか分からない。
分からないことばかりの中、どうにか日々を過ごしていくうちに
主人公・イリヤはとある事件に巻き込まれて……?
思い出せない前世の死と
戸惑いながらも歩み始めた今世の生の狭間で、
ほんのりシリアスな主従ファンタジーBL開幕!
.。.:*・゚ ✽.。.:*・゚ ✽.。.:*・゚ ✽.。.:*・゚ ✽.。.:*・゚✽.。.:*・゚ ✽.。.:*・゚
HOTランキング入りしました😭🙌
♡もエールもありがとうございます…!!
※第1話からプチ改稿中
(内容ほとんど変わりませんが、
サブタイトルがついている話は改稿済みになります)
大変お待たせしました!連載再開いたします…!

青少年病棟
暖
BL
性に関する診察・治療を行う病院。
小学生から高校生まで、性に関する悩みを抱えた様々な青少年に対して、外来での診察・治療及び、入院での治療を行なっています。
※性的描写あり。
※患者・医師ともに全員男性です。
※主人公の患者は中学一年生設定。
※結末未定。できるだけリクエスト等には対応してい期待と考えているため、ぜひコメントお願いします。
悪役令息の伴侶(予定)に転生しました
*
BL
攻略対象しか見えてない悪役令息の伴侶(予定)なんか、こっちからお断りだ! って思ったのに……! 前世の記憶がよみがえり、自らを反省しました。BLゲームの世界で推しに逢うために頑張りはじめた、名前も顔も身長もないモブの快進撃が始まる──! といいな!(笑)
【完結】悪役令息の従者に転職しました
*
BL
暗殺者なのに無様な失敗で死にそうになった俺をたすけてくれたのは、BLゲームで、どのルートでも殺されて悲惨な最期を迎える悪役令息でした。
依頼人には死んだことにして、悪役令息の従者に転職しました。
皆でしあわせになるために、あるじと一緒にがんばるよ!
本編完結しました!
『もふもふ獣人転生』に遊びにゆく、舞踏会編、はじめましたー!
他のお話を読まなくても大丈夫なようにお書きするので、気軽に楽しんでくださったら、とてもうれしいです。

買われた悪役令息は攻略対象に異常なくらい愛でられてます
瑳来
BL
元は純日本人の俺は不慮な事故にあい死んでしまった。そんな俺の第2の人生は死ぬ前に姉がやっていた乙女ゲームの悪役令息だった。悪役令息の役割を全うしていた俺はついに天罰がくらい捕らえられて人身売買のオークションに出品されていた。
そこで俺を落札したのは俺を破滅へと追い込んだ王家の第1王子でありゲームの攻略対象だった。
そんな落ちぶれた俺と俺を買った何考えてるかわかんない王子との生活がはじまった。

悪役令息に転生しけど楽しまない選択肢はない!
みりん
BL
ユーリは前世の記憶を思い出した!
そして自分がBL小説の悪役令息だということに気づく。
こんな美形に生まれたのに楽しまないなんてありえない!
主人公受けです。

巻き戻りした悪役令息は最愛の人から離れて生きていく
藍沢真啓/庚あき
BL
婚約者ユリウスから断罪をされたアリステルは、ボロボロになった状態で廃教会で命を終えた……はずだった。
目覚めた時はユリウスと婚約したばかりの頃で、それならばとアリステルは自らユリウスと距離を置くことに決める。だが、なぜかユリウスはアリステルに構うようになり……
巻き戻りから人生をやり直す悪役令息の物語。
【感想のお返事について】
感想をくださりありがとうございます。
執筆を最優先させていただきますので、お返事についてはご容赦願います。
大切に読ませていただいてます。執筆の活力になっていますので、今後も感想いただければ幸いです。
他サイトでも公開中

悪役令息に転生したので、断罪後の生活のために研究を頑張ったら、旦那様に溺愛されました
犬派だんぜん
BL
【完結】
私は、7歳の時に前世の理系女子として生きた記憶を取り戻した。その時気付いたのだ。ここが姉が好きだったBLゲーム『きみこい』の舞台で、自分が主人公をいじめたと断罪される悪役令息だということに。
話の内容を知らないので、断罪を回避する方法が分からない。ならば、断罪後に平穏な生活が送れるように、追放された時に誰か領地にこっそり住まわせてくれるように、得意分野で領に貢献しよう。
そしてストーリーの通り、卒業パーティーで王子から「婚約を破棄する!」と宣言された。さあ、ここからが勝負だ。
元理系が理屈っぽく頑張ります。ハッピーエンドです。(※全26話。視点が入れ代わります)
他サイトにも掲載。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
このユーザをミュートしますか?
※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。
はいじさん!!
今回の作品もとても素敵です!!
中身が老人…最高ですね!
更新楽しみに待ってます!
マルルさん!!
ありがとうございますーー(´;ω;`)!
中身と外見のちぐはぐさってなんでこんなに美味しいんでしょうね???にこりにこり。
絶対に更新するので、少しだけ待っててください✌️✨
ヨシカワ先生の回想:2人少年が星を見上げるシーンとその後殺し合う末路(そんな末路でありながら、その時、同じ星空を見上げた2人)が重なることで、アルディとマルセルの『今』が3Dになってゆき、何かが伝わったアルディの心身共の急接近が腹から大納得できてしまう〜〜!!!くぅ〜〜
おてて繋いで扉を開く少年アルディ&マルセルの図、超エモいよ〜〜!!!!!!
ブブーさん^^
その辺の描写、読み直し過ぎて自分の中で「これは……伝わるだろうか???っていうか、これは……なんだ??」と、不安過ぎて読み直し過ぎた部分だったので、この感想には救われました(´;ω;`)うっ。
ありがとうございます。
第1回目の思春期を迎えるアルディと、第2回目の思春期を迎えるヨシカワイチギはこれから一体どうなるのでしょうか(本当にどうなるの????)
17まで読みました。
やっぱり短編の時とキャラ見比べちゃいますね~。
イチギおじさん、親バカ度が増しつつ、子供と真摯に向き合う気持ちも増し増し。
短編の「とにかくシナリオに沿った行動を!」という必死さが、「アルディを最高のキャラクターにしようじゃないか!」的な雰囲気に変わったというか。自分が断罪されるならば最高の舞台で!という気持ちは相変わらずそうですが。
王族の歪な教育に、偏屈脚本家の穿った人生観と、我が子への真っ直ぐな愛情をミックスされたアルディ、今後が楽しみです。
ひじりなちさん◎
読んで頂きありがとうございます~◎
読み比べてくださってる……!
ちなみに、私はあのお話の根幹を基本ベースに書いているので、これから「ここぞ」というところがリンクしていくかもしれません。
あっちのお話は短くまとめなきゃだったので(私が!!)作家の悲哀を終盤全面に押し出してギュンと一気に幕引きさせてもらったんですが、今回は……まぁ、のんびり書いていこうと思うので出来るだけ最後は明るくなれるようにゆったり成長してもらおうと思います^^