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第2章
18:脚本家、無自覚に腹の底を覗く
しおりを挟む「アルディ、君の生き方は間違っていない」
「っ!」
息を呑んだアルディは、深紅の瞳を見開いて私をじっと見つめていた。わずかに首を傾けたその姿は、あたかも自分の耳を疑っているかのようだった。
「キミも私も、毎日嘘を吐きながら生きている〝普通の人間〟さ」
「僕が、マルセルと同じ……?」
「不敬かな?」
アルディは私の問いかけには答えず、ただ言葉をそのまま咀嚼するように呟いた。
「それは……初めて聞く、考えだ」
確かに幼い子供の世界には「嘘」なんて存在しなかったかもしれない。いや、あったとしても、それは「悪い事」だと教え込まれる。
「そりゃあそうだよ。嘘を吐いた事を、わざわざ報告してくる人間なんて居ないのだから」
「……それも、そうか」
しかし、〝第一王子〟として、権力者たちの思惑がひしめき合う王宮で生きてきたアルディは〝そう〟ではない。彼にとっては、些細な発言一つが命取りになる。
——義母様はいつだって僕を狙ってる。他にも僕を邪魔に思ってる人間なんて山ほどいるんだ。
そうでなくても、彼は立場上、その命を何度も狙われてきた。
味方を作るより、敵を作らない事こそが重要で、生まれた瞬間から周囲には腹の底を隠し、笑顔を浮かべ「遠回しでどちらとも取れる言葉を扱う」日常だったはずだ。
≪全てを愛し、そして全てに疑いの目を向ける。知略と謀略の中に住まう孤高の王太子≫
だからこそ、こんな設定の子供(キャラクター)が出来上がった。
嘘を自在に操り、他者の嘘を冷静に見極める。それもこれも彼自身が「身を立てて生き延びるため」の処世術に他ならない。
それが、このアルディ・フランシスという男の子だ。
「じゃあ、僕は……普通……いや、変ではないのか?」
「ああ。そもそも皆が本音ばかり話していたら、この世界は凄まじく混沌としていただろうね。嘘が世界を保つ手綱だと言っても過言じゃない」
「でも、それなら……」
「ん?」
アルディが真剣な目でジッとこちらを見つめた。銀色の髪がキラキラと光る埃と調和して、なんだか酷く幻想的に見える。
「……それなら、どうやって知りたい相手の本音を聞き出せばいいんだ?」
「あぁ、そんな事か」
潤んだ瞳が期待に満ちてこちらをじっと見据える。
「本音を本人の口から聞き出そうなんて、横柄すぎる。それに、そんな簡単に本音なんて他人に話さない」
私が言うと、アルディの目が驚きに見開かれる。
「じゃ、じゃあ……どうするの?」
「こちらから探しに行くんだ」
「探しに行く?どうやって?」
矢継ぎ早の質問に、すがるような視線が向けられる。肩に触れていた私の手が、彼の動きに押し返された。どうやら、珍しく前のめりになっているらしい。
「相手をよく見て観察するんだ。あとは日頃の言動から整合性を取ったり……」
「よく観察……よく見るって事?」
「まぁ、そういう事になるな。でもそれは、アルディの得意技だろ?」
何気なく口にした言葉に、アルディが動きを止める。
「と、得意っていうか……」
「得意だろ。いつも相手を観察して、望む言葉を見つけて口にしているじゃないか」
「っぁ、え?」
アルディの深紅の瞳がわずかに見開かれ、かと思えば、すぐにそらされた。口元がかすかに引き締まり、耳のあたりがわずかに赤く染まっている。
「……え、えっと、何のことかな」
あからさまな動揺を隠すように、アルディはわざとらしく目線を逸らしながら首を傾げる。アルディの肌は白い。おかげで、その肌がほんのり染まっていく様子が、夕日の光よりも鮮やかに見えた。
「どうした、アルディ?」
「~~~っで、でも!」
アルディの視線が再び私の方をちらりと見て、すぐに落ちる。
「そ、そんな腹の中を探り合うような……いやらしい事をしている二人をっ、本当の友達だと言える!?」
「ふむ。いやらしい、か」
腹の中の探り合いを、まさか「いやらしい」と称されるとは。
全てを疑い、全てを愛する"知略の王子"も、まだ十三歳。なんとも思考がしおらかだ。
「さぁね。でも、本当の友達かどうかなんて、さほど重要なこととは思えないが」
「そ、そんな……」
アルディの揺れる瞳を見た瞬間、私はふと、かつて書いた脚本の一節を思い出した。
——なんで俺達、星ばっかり見てんのかな。
——星を見るのは、答えがないからだ。
——答えがない?
——うん、お前と話してる時と似てる。でも……それが、俺は嫌じゃないんだ。
とある二人の少年の会話。
あのとき、互いに様々な思いを抱える二人の少年たちに、あえて本音を語らせず、ただ何気ない会話を交わさせた。
その結果、どうだ。
彼らの言葉は、真実よりも深く、物語をより味わい深いモノにしてくれた。
——ヨシカワせんせが、ピンチヒッターで入った【閃光のスピッツガルド】の十三話、すっごくシビれました!
キラキラと光る瞳でこちらを見つめる彼女の声が、ふっと耳の奥で蘇った気がした。
「じゃあ、マルセルにとっては友達なんて、どうでもいい存在ってこと?」
「さぁ、どうだろう。私には〝友達〟ってモノがよく分からないからなぁ」
「……分からない?」
なにせ、私は幼い頃から「友達」と呼べるような相手は居なかった。
大人になってからそれなりに人付き合いは増えたが、それはあくまで「仕事」での付き合いに過ぎない。
「ただ……」
嘘は決して「悪」ではなく、心の内を秘する事もまた「恥」ではない。だとするならば、「本当の友達」なんていう言葉に、どれほどの意味があるだろう。
そんな言葉より、もっと、こう——。
「ただ、相手の本音を知りたいと願い、互いを深く観察し合っている二人というのは……結果として、誰よりも近い場所に立っている気がするけれどな」
「っ!」
その言葉を聞いたアルディの目が一瞬、瞬きを忘れるほど大きく見開かれた。
少しだけ口元を引き締めると、アルディはわずかに息を飲み込み、まるで自分に言われた言葉の意味を噛み締めるように、ゆっくりと頷いた。
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