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第2章
17:嘘つきは泥棒の始まりか?
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夕焼けの色は、どの世界でも変わらないらしい。
橙色に染まる空の下、私たちは並んで学内を歩く。言葉を交わす間もなく、足音だけがゆったりと響いていた。
やがて、アルディの方からふっと口を開いた。
「……キミの独り言、相当だったよ。まるで劇場でも始めるのかってくらいにね」
「そんなに酷かったか?」
「酷いなんてもんじゃない。『独り言』って呼ぶのはおかしいレベルだったね。むしろ、ひとり舞台にでも立ってるつもりなのかと思ったよ」
「そうか……コパイ先生が言っていたのは比喩でもなんでもなかったんだな」
——いっそのこと教室外で独り芝居でも披露してみたらどうだ?
どうやら、あの言葉は盛大な嫌味では無く純然たる事実だったらしい。今更ながら申し訳ない気がしてきた。
「いつもはアルディが止めてくれていたもんな。きっと今日は一人だったから、止めてくれる人も居なくて、俺の口も調子に乗ってしまったんだろう」
「ほんと、マルセルは僕が居ないとダメなんだから」
「そうだな、俺はアルディが居ないとてんでダメだ」
そう言って笑う私を、アルディは足早に追い越し、夕日を背にして私の前に立ちはだかった。
「……アルディ?」
思わず足を止めた私をよそに、アルディは深紅の瞳でじっとこちらを見つめてくる。アルディの銀色の髪が夕日に染まり、まるで柔らかな炎のように輝いて見えた。
「ねぇ、マルセル」
「ん?」
いつも通り、わずかに下から見上げるような角度で私と目を合わせつつ、けれど、決していつもの甘い素振りは見せない。
「僕が居ないとダメって、それは本音かな?本当の気持ち?」
これまた直球の質問が飛んできたモノだ。こういう所が、設定上の「アルディ」と目の前の彼でうっすらと異なる点だ。
「ねぇ、教えてくれよ。マルセル」
夕日よりも濃い深紅の瞳が、瞬きもせずこちらを見つめる。
きっとコレは、脚本家である私だけが感じる「アルディ」への違和感。
「本音って。どういう事?」
「……マルセル、僕にはシルヴァノの言っている事が頭では理解出来るんだ。でも、こうしていざ現実を前にしてみると……よく分からなくなる」
アルディは僅かに眉を寄せ、悩ましげな表情を浮かべた。アルディの顔がほんのり赤くなっているように見える。
「……笑わないで聞いてくれる?」
「もちろん」
「僕には……他人の本当の心が、分からないんだ」
そういって、首を傾げていた仕草に加え口元に手を添える。
どうやら、今日のコレは本当に悩んでいる仕草らしい。そして、分からない自分を恥じているようだ。
「僕にはマルセルが本音を話しているかどうか……それこそ、自分自身すら本音を話しているかどうかも分からないんだ」
「……アルディ」
「変だろう?だから、さっきシルヴァノが君と〝本当の友達〟になった時、僕だってそうだと自信を持って言い返せなかった」
まぁ、あれはシルヴァノが言い返す隙を与えなかったという方が正しいワケだが。
アルディはシルヴァノの「兄様には〝本当の友達〟なんて作れっこない」という言葉を忘れられずにいる。
「本音って何だろう。あまり大声では言えないけど、僕は幼い頃から……その、偏った教育を受けているから。だから、普通の人間とは感覚が異なるんだと思う」
ぽつぽつと語られるアルディの言葉を、私は取捨も選択もせず、そのまましっかりと受け止めた。
「でも、それが僕にとっては普通で、それでいいって思ってた」
「……でも、さっきは〝そう〟思えなくなった?」
「うん」
息使いも、声の淀みも、その全てを自分の中に取り込む。
聞く、聴く、訊く。この世に存在する全ての漢字を当てはめた「きく」を全力でアルディに向ける。
物語を作るというのは、キャラクターとの対話に他ならない。
そして「この子」は私の受け持った、私だけの「アルディ」だ。
「それでも……シルヴァノがマルセルと本音を打ち解けあって〝本当の友達〟になったって言った時、なんだか無性に腹が立ったんだよ」
「それは、どうして?」
「……それが分かるなら、僕はこんなに苦労してない」
そんな気持ちが前に出過ぎたせいだろう。
私はまるで、目の前に居るこの子を、思春期を迎えた難しい年頃の「我が子」との対話のような気持ちで相対してしまっていたのだ。自分が「マルセル」である事なんて、すっかり忘れ去っていた。
「やっぱり、僕は王族だから他の人とは少し違うのかもしれない」
「……」
「あぁ、変な事言ってごめん。そろそろ寮に戻……」
もう何も考えたくないとばかりに思考を放棄するアルディに、私はその背中をポンと叩くと、足早に中庭から廊下へと移動した。
中庭は、どうにも人目に付き過ぎる。
「ちょっ、マルセル?一体どこに行くつもりだい?」
「ごめん、アルディ。少しだけ付き合ってくれ」
中庭を抜け、東棟と西棟を繋ぐ誰も通らない連絡通路まで歩く。普段はほとんど人が立ち入らないせいか、窓から差し込む夕日に反射して埃がキラキラと光り輝いていた。
もう、この辺でいいだろう。
「アルディ、君に教えてあげよう」
「マルセル?」
誰も居なくなったその場所で、私はアルディの肩に容赦なく腕を回すと、さきほどシルヴァノが私にしてきたように耳元でソッと呟いた。
「人間というのは本心なんてそうそう他人に晒さない」
「……で、でも。さっきシルヴァノは」
「ああ、そうさ。私も昔は信じていた。本音をぶつけ合えるのが本当の親友で、それが真に正しく美しい人間関係のカタチだとね」
そう、多くの子供向けの書物が幼い私に教えてくれた。
漫画やアニメ、ゲームなどといったコンテンツの多くは、「自己開示」こそ他者との相互理解と強い絆の第一歩だと言い聞かせた。
それこそ、嘘は「悪」で、真実こそが「正義」なのだと。
けれど、それは決して「現実」ではない。その事に、私は脚本家になってからようやく気付いた。
「人間は、毎日嘘を吐きながら生きている」
「……そ、そうなの?」
「ああ、そうさ。だからアルディ、改めて言おう」
私は肩に回していた腕を抜き取り、アルディの正面に立つと、まるで幼い我が子にしっかり言い聞かせるように出来るだけゆっくりと言葉を放った。
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