悪役令息よりも悪いヤツ!

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第2章

15:大根のセリフなど舞台は待たない

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「……アルディ」

 先ほどまで楽しげだったシルヴァノの声が、不機嫌さを隠そうともしない刺々しいトーンに変わった。おまけに、「兄さま」という敬称までもが消え去っている。

 それは、あまりにも露骨すぎないか? そう思いつつも、その変化に気づいているのは、おそらく肩に腕を回されている私くらいだろう。ひょっとすると、口にした本人ですら、その変化に気付いていないのかもしれない。

「もう、ずっと探してたんだよ。マルセル?」

 アルディに「マルセル」と名前を呼ばれるのは、朝食の時以来だった。

 そうだ、アルディと言葉を交わさなくなって、まだ一日も経っていない。
 それなのに、まるで数年ぶりに名前を呼ばれたかのような気がして、その響きに不思議なほどの懐かしさを覚えた。

 どうやら、アルディは機嫌を直してくれたらし——。

「まったく。僕にずっと探させるなんて、そんな事をして許されると思ってるの?ねぇ、なんでシルヴァノなんかと一緒にいるの?」
「あ、いや……えっと」

 どうやら、機嫌が直ったとは言い難いらしい。
 そもそも、私がどんなに話しかけようとしても、それをずっと避わしてきたのはアルディの方じゃなかっただろうか。

「なんかって……酷い言われようだな。アルディ兄さま」

 シルヴァノの皮肉めいた声が、その場の空気をわずかに変えた。
 同時に、それまでジッと私を捉えていたアルディの視線が、不意に私の隣へと動く。まるで、その存在に〝たった今〟気付いたと言わんばかりに。

「やぁ、シルヴァノ。こんなところで奇遇だね。マルセルとは一体何を話していたの?」
「別に、ただの雑談だ。それとも、マルセルと話すのに兄さまの許可が必要かな?」
「もちろん、許可なんていらないよ。マルセルが君と話したいと思っているならソレでいいんだ」

——本当に、マルセルが君と話したいと思っているならね。

 アルディの、そんな声が聞こえた気がした。

 しかも、たった数秒の会話だけで、この兄弟の間に流れるヒリ付いた関係性が手に取るように分かる。

 今は亡き正妻の忘れ形見として産み落とされたアルディ。
 そして、同じ年に生まれたにも関わらず側室の子というだけで周囲から雲泥の差を持って扱われてきたシルヴァノ。

 ——と、互いの設定にははっきりと記されていた。
 創作物(フィクション)であれば、さほど珍しい設定とは思わないが、それを実際に目の前にすると、なるほど、フィクションとはいえ、その重さを実感せずにはいられない。

 その生い立ちもあってか、普段の彼らは決して学園内では関わり合おうとはしない。この二人がこうして同じ空間に居る事自体、なかなかに珍しい事なのだ。

 そのせいだろう。

「……見ろよ、アルディとシルヴァノ様だ」
「本当だ、あの二人が一緒に居るなんて珍しい」
「一体何を話してるんだろう」

 気がつけば、周囲から向けられていた視線が変わっていた。

「毒盛りマルセル」への軽蔑を宿していた眼差しは、いつしか「歪な関係にある二人の王子」に向けられる好奇の色に塗り替えられていた。どの時代も、どの異世界も。大衆が好むのは、少し毒の効いた華やかなゴシップというわけだ。

「……まったく、本当にみんな毒が好きだな」

 ただ、さすがと言うべきか、何と言うべきか。

「でもね、シルヴァノ。マルセルは僕の側が一番安全だろうから、そろそろ返してくれる?」
「……返して、だと?」

 アルディもシルヴァノも、声の音量は互いにしか聞こえないほど絶妙に抑えられ、表情も「いつもの」を一切崩さない。
 そのため、周囲から見れば二人はただの他愛ない雑談を交わしているようにしか見えないだろう。

「それはまるで、マルセルが兄さまの所有物か何かみたいに言うんだな」

 アルディの言葉に、シルヴァノは肩を揺らしながらクツクツと笑った。
 その笑みは、いつもアルディが浮かべている無邪気な微笑みとはまるで違うようで——その実、とても似通っている気がした。

「所有物?そんなつもりないよ。ただ、マルセルは僕のだから……」
「僕のって。おい、聞いたか。マルセル」
「っへ?」

 予想外に名前を呼ばれ、思わず素っ頓狂な声が上がる。

「兄さまはお前を人間として見てない。まるで、ペットか何かだとでも思ってるんだろうよ。清廉潔白ぶってるけど、これが真の王族の本性ってやつだ。そろそろ目を覚ました方がいい」
「あ、えっと……」

 シルヴァノが私にだけ聞こえるよう、耳元で低く囁いた。
 その声に、私ときたら完全に傍観を決め込んでいたせいで、突然スポットライトを浴びた舞台役者のように、反応が一歩遅れてしまった。

 おい、ここでこんな間抜けな反応をしたのは誰だ!?……そうだ、私だ!

 しかし、大根役者の戸惑いなど無視して舞台はどんどん先へと進んでいく。
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