悪役令息よりも悪いヤツ!

はいじ@書籍発売中

文字の大きさ
上 下
15 / 20
第2章

14:脚本家、チョロい「ツンデレ」に翻弄される

しおりを挟む
「ギネス家は歴史も古い。ただ、最近は色々他家に見せ場を奪われてパッとしないじゃないか。どうだ?俺に付くと約束すれば……将来、お前を国政の場において重用してやるよ」
「っ!」

 おおっと、出たぞ。シルヴァノのおためごかし。
 先ほどまでとは少しばかり柔らかくなった笑みでこちらを見つめるシルヴァノに、私は体の芯から熱さが込み上げてくるのを感じた。

 こういうキャラクター本来の性質を目の当たりにした時にこそ、私は自らの脚本の世界に居るのだと改めて思い知る。

「なぁ、〝マルセル〟どうだ?俺と終生の友にならないか?」
「し、シルヴァノ様」

 この子は、昔から母親にべったりと甘やかされて育てられている。ゆえに、彼のキャラクター設定の最初の一文はこうだ。

 重度のマザコン。
 ボーイズラブのゲームのキャラにしては斬新で面白い設定だ。そのせいか、私はこの子の事を妙に気に入っている。

「マルセル、お前は素晴らしい能力の持ち主だ。お前の持つ毒の知識や、医療術、それに……大胆な行動力は他者では持ち得ないモノだからな」
「あ、ありがとう……ございます」
「それなのに、兄さまに執着するあまり、少しばかり愚かな行動をとってしまっている事がとても残念だ」

 アルディと同じ深紅の瞳が、ジッとこちらを見つめる。

 そもそも、八歳だったゲルマンを最初に毒殺しようとしたのはシルヴァノの実母だ。その後の毒殺にも何度か……いや、ほぼ全てに絡んでいるとみていい。

 可愛い我が子に王位を継がせる為の、それはもはや「愛」と呼ぶには遠すぎる「執念」だ。
 そんな母親の意思を、十三歳にしてしっかりと受け継ぐシルヴァノ。

「なぁ、こちら側に来いよ。俺はお前を買っている。兄さまと違い、心の底から」
「……っはぁ」

 間近に迫る高貴な美少年の、「お前を利用してやるよ」というのが透けて見えるこの態度に、私はとっさに火照った体の熱を冷ますように静かに息を吐いた。

 あぁ、良いじゃないか!
 アルディほど達者に野心を隠しきれていないこの振る舞い。十三歳という未熟さが溢れ出ていてとてもリアルだ。

「シルヴァノ様、お褒め頂きありがとうございます。あなたは……とても素晴らしい」

 私は今、一体どんな顔をしているのだろう。
 ただ、私が言葉を発した瞬間、それまでシニカルな笑みを浮かべていたシルヴァノの表情からポロリと棘が落ちた。

「そうだろう、そうだろう!やはりお前は見込みがあるな!」
「ちょっ、シルヴァノ様。あまり近付き過ぎっ……」
「何を照れる必要がある。内密な話をしているんだ。他の奴に聞かれては困るだろう?」

 うん、顔がデレデレだ。どうやら、これは褒められて喜んでいるらしい。
 グッと肩に回された腕に力が籠り、私達の距離は、下手すると鼻先どころか口と口がくっついてしまいそうなほど近付いていた。
 シルヴァノの金髪効果で、笑顔がキラキラと輝いている気がする。

「……なるほど」

 これは資料集めの際によく目にした。ボーイズラブ特有の男同士の距離感覚だ。アルディですら、この距離感はなかなかない。

「分かってくれると思っていた!マルセル、やはりお前は俺が見込んだ人間。俺と組んでこの国の未来を掴もうじゃないか!」

 しかし、この絡みはいささか早すぎる。伏線を仕込むにしても、もう少し後でいい。なにせ私の担当は——。

「シルヴァノ様、今の話。もし、俺達が聖階に上がった時も同じように思ってくださるのであれば、もう一度お声かけください」
「は?」

 「アルディ」だけだ。

「では、コパイ先生から遺忘の間の掃除を言い使っているので、俺はこれで」
「おっ、おい!」

 これ以上、ここに居るとボロが出そうだ。大根役者に無用な長尺セリフを与えると碌な事にならない。それはコパイ氏で証明されている。

 それに、シルヴァノのムスクの香りに交じり、ずっとブラントンの良い香りが漂ってくるせいで、先ほどから生唾が絶えないのもいけない。
 一刻も早くこの場を離れないと、頭がおかしくなりそうだ。

「ちょっ、お、おい!待て、マルセル!」

 そんな私に、シルヴァノ様は意味が分からないとばかりに目を瞬かせると、同時にグッと腕に力を込めてきた。
 そのせいで、私と彼の距離はいよいよ口づけ間近の二人のようになってしまった。

「待て!まだ話は終わってない!」
「いやいや、あの!シルヴァノ様!?」

 いや、全面的に「待つ」のはシルヴァノの方だ。この子は俺に夢中ですっかり忘れているようだが、ここは夕鈴後の学園内の……中庭前の廊下。

 つまり、学生達が行きかう往来だ。私達の周囲には大勢の生徒達が居る。

「なんだ、アレ」
「あれ、毒盛マルセルじゃない?」
「アルディに見捨てられたからって、今度はシルヴァノ様かよ」
「いやらしい権力の犬だな。どこまで堕ちれば気が済むんだ」

 ほらな!やっぱりこうなった!
 実は途中からずっと周囲の視線は気になっていたのだ。しかし、シルヴァノの言葉を下手に遮るワケにもいかず機を見計らっていたのだが……それがいけなかった。

「シルヴァノ様!あの、俺、ほんとにこの後やる事があって!」
「だから、兄さまの食事への毒盛りは一旦止めておけ!今後は二人で策を練って慎重に動くぞ!」

 あーーー!もう!
 だから大声で「食事への毒盛り」はやめなさい!なんだかてんこ盛りに食事をよそっているようで滑稽だろうが!!!私のシリアスな作風を壊すな!
 そう、私がシルヴァノの腕を振り切り逃げ出そうとした時だ。

「あぁ、マルセル。こんなところに居た!」
「っ!」

 可愛らしいボーイソプラノ――嫌味など欠片も感じさせないその声が響く。にもかかわらず、不思議なほどの威圧感が場の全てを支配していた。



しおりを挟む
感想 12

あなたにおすすめの小説

悪役令息、皇子殿下(7歳)に転生する

めろ
BL
皇子殿下(7歳)に転生したっぽいけど、何も分からない。 侍従(8歳)と仲良くするように言われたけど、無表情すぎて何を考えてるのか分からない。 分からないことばかりの中、どうにか日々を過ごしていくうちに 主人公・イリヤはとある事件に巻き込まれて……? 思い出せない前世の死と 戸惑いながらも歩み始めた今世の生の狭間で、 ほんのりシリアスな主従ファンタジーBL開幕! .。.:*・゚ ✽.。.:*・゚ ✽.。.:*・゚ ✽.。.:*・゚ ✽.。.:*・゚✽.。.:*・゚ ✽.。.:*・゚ HOTランキング入りしました😭🙌 ♡もエールもありがとうございます…!! ※第1話からプチ改稿中 (内容ほとんど変わりませんが、 サブタイトルがついている話は改稿済みになります) 大変お待たせしました!連載再開いたします…!

悪役令息の伴侶(予定)に転生しました

  *  
BL
攻略対象しか見えてない悪役令息の伴侶(予定)なんか、こっちからお断りだ! って思ったのに……! 前世の記憶がよみがえり、自らを反省しました。BLゲームの世界で推しに逢うために頑張りはじめた、名前も顔も身長もないモブの快進撃が始まる──! といいな!(笑)

【完結】悪役令息の従者に転職しました

  *  
BL
暗殺者なのに無様な失敗で死にそうになった俺をたすけてくれたのは、BLゲームで、どのルートでも殺されて悲惨な最期を迎える悪役令息でした。 依頼人には死んだことにして、悪役令息の従者に転職しました。 皆でしあわせになるために、あるじと一緒にがんばるよ! 本編完結しました! 『もふもふ獣人転生』に遊びにゆく、舞踏会編、はじめましたー! 他のお話を読まなくても大丈夫なようにお書きするので、気軽に楽しんでくださったら、とてもうれしいです。

買われた悪役令息は攻略対象に異常なくらい愛でられてます

瑳来
BL
元は純日本人の俺は不慮な事故にあい死んでしまった。そんな俺の第2の人生は死ぬ前に姉がやっていた乙女ゲームの悪役令息だった。悪役令息の役割を全うしていた俺はついに天罰がくらい捕らえられて人身売買のオークションに出品されていた。 そこで俺を落札したのは俺を破滅へと追い込んだ王家の第1王子でありゲームの攻略対象だった。 そんな落ちぶれた俺と俺を買った何考えてるかわかんない王子との生活がはじまった。

悪役令息に転生しけど楽しまない選択肢はない!

みりん
BL
ユーリは前世の記憶を思い出した! そして自分がBL小説の悪役令息だということに気づく。 こんな美形に生まれたのに楽しまないなんてありえない! 主人公受けです。

巻き戻りした悪役令息は最愛の人から離れて生きていく

藍沢真啓/庚あき
BL
婚約者ユリウスから断罪をされたアリステルは、ボロボロになった状態で廃教会で命を終えた……はずだった。 目覚めた時はユリウスと婚約したばかりの頃で、それならばとアリステルは自らユリウスと距離を置くことに決める。だが、なぜかユリウスはアリステルに構うようになり…… 巻き戻りから人生をやり直す悪役令息の物語。 【感想のお返事について】 感想をくださりありがとうございます。 執筆を最優先させていただきますので、お返事についてはご容赦願います。 大切に読ませていただいてます。執筆の活力になっていますので、今後も感想いただければ幸いです。 他サイトでも公開中

悪役令息に転生したので、断罪後の生活のために研究を頑張ったら、旦那様に溺愛されました

犬派だんぜん
BL
【完結】  私は、7歳の時に前世の理系女子として生きた記憶を取り戻した。その時気付いたのだ。ここが姉が好きだったBLゲーム『きみこい』の舞台で、自分が主人公をいじめたと断罪される悪役令息だということに。  話の内容を知らないので、断罪を回避する方法が分からない。ならば、断罪後に平穏な生活が送れるように、追放された時に誰か領地にこっそり住まわせてくれるように、得意分野で領に貢献しよう。  そしてストーリーの通り、卒業パーティーで王子から「婚約を破棄する!」と宣言された。さあ、ここからが勝負だ。  元理系が理屈っぽく頑張ります。ハッピーエンドです。(※全26話。視点が入れ代わります)  他サイトにも掲載。

【完結】悪役令息の役目は終わりました

谷絵 ちぐり
BL
悪役令息の役目は終わりました。 断罪された令息のその後のお話。 ※全四話+後日談

処理中です...