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第2章
14:脚本家、チョロい「ツンデレ」に翻弄される
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「ギネス家は歴史も古い。ただ、最近は色々他家に見せ場を奪われてパッとしないじゃないか。どうだ?俺に付くと約束すれば……将来、お前を国政の場において重用してやるよ」
「っ!」
おおっと、出たぞ。シルヴァノのおためごかし。
先ほどまでとは少しばかり柔らかくなった笑みでこちらを見つめるシルヴァノに、私は体の芯から熱さが込み上げてくるのを感じた。
こういうキャラクター本来の性質を目の当たりにした時にこそ、私は自らの脚本の世界に居るのだと改めて思い知る。
「なぁ、〝マルセル〟どうだ?俺と終生の友にならないか?」
「し、シルヴァノ様」
この子は、昔から母親にべったりと甘やかされて育てられている。ゆえに、彼のキャラクター設定の最初の一文はこうだ。
重度のマザコン。
ボーイズラブのゲームのキャラにしては斬新で面白い設定だ。そのせいか、私はこの子の事を妙に気に入っている。
「マルセル、お前は素晴らしい能力の持ち主だ。お前の持つ毒の知識や、医療術、それに……大胆な行動力は他者では持ち得ないモノだからな」
「あ、ありがとう……ございます」
「それなのに、兄さまに執着するあまり、少しばかり愚かな行動をとってしまっている事がとても残念だ」
アルディと同じ深紅の瞳が、ジッとこちらを見つめる。
そもそも、八歳だったゲルマンを最初に毒殺しようとしたのはシルヴァノの実母だ。その後の毒殺にも何度か……いや、ほぼ全てに絡んでいるとみていい。
可愛い我が子に王位を継がせる為の、それはもはや「愛」と呼ぶには遠すぎる「執念」だ。
そんな母親の意思を、十三歳にしてしっかりと受け継ぐシルヴァノ。
「なぁ、こちら側に来いよ。俺はお前を買っている。兄さまと違い、心の底から」
「……っはぁ」
間近に迫る高貴な美少年の、「お前を利用してやるよ」というのが透けて見えるこの態度に、私はとっさに火照った体の熱を冷ますように静かに息を吐いた。
あぁ、良いじゃないか!
アルディほど達者に野心を隠しきれていないこの振る舞い。十三歳という未熟さが溢れ出ていてとてもリアルだ。
「シルヴァノ様、お褒め頂きありがとうございます。あなたは……とても素晴らしい」
私は今、一体どんな顔をしているのだろう。
ただ、私が言葉を発した瞬間、それまでシニカルな笑みを浮かべていたシルヴァノの表情からポロリと棘が落ちた。
「そうだろう、そうだろう!やはりお前は見込みがあるな!」
「ちょっ、シルヴァノ様。あまり近付き過ぎっ……」
「何を照れる必要がある。内密な話をしているんだ。他の奴に聞かれては困るだろう?」
うん、顔がデレデレだ。どうやら、これは褒められて喜んでいるらしい。
グッと肩に回された腕に力が籠り、私達の距離は、下手すると鼻先どころか口と口がくっついてしまいそうなほど近付いていた。
シルヴァノの金髪効果で、笑顔がキラキラと輝いている気がする。
「……なるほど」
これは資料集めの際によく目にした。ボーイズラブ特有の男同士の距離感覚だ。アルディですら、この距離感はなかなかない。
「分かってくれると思っていた!マルセル、やはりお前は俺が見込んだ人間。俺と組んでこの国の未来を掴もうじゃないか!」
しかし、この絡みはいささか早すぎる。伏線を仕込むにしても、もう少し後でいい。なにせ私の担当は——。
「シルヴァノ様、今の話。もし、俺達が聖階に上がった時も同じように思ってくださるのであれば、もう一度お声かけください」
「は?」
「アルディ」だけだ。
「では、コパイ先生から遺忘の間の掃除を言い使っているので、俺はこれで」
「おっ、おい!」
これ以上、ここに居るとボロが出そうだ。大根役者に無用な長尺セリフを与えると碌な事にならない。それはコパイ氏で証明されている。
それに、シルヴァノのムスクの香りに交じり、ずっとブラントンの良い香りが漂ってくるせいで、先ほどから生唾が絶えないのもいけない。
一刻も早くこの場を離れないと、頭がおかしくなりそうだ。
「ちょっ、お、おい!待て、マルセル!」
そんな私に、シルヴァノ様は意味が分からないとばかりに目を瞬かせると、同時にグッと腕に力を込めてきた。
そのせいで、私と彼の距離はいよいよ口づけ間近の二人のようになってしまった。
「待て!まだ話は終わってない!」
「いやいや、あの!シルヴァノ様!?」
いや、全面的に「待つ」のはシルヴァノの方だ。この子は俺に夢中ですっかり忘れているようだが、ここは夕鈴後の学園内の……中庭前の廊下。
つまり、学生達が行きかう往来だ。私達の周囲には大勢の生徒達が居る。
「なんだ、アレ」
「あれ、毒盛マルセルじゃない?」
「アルディに見捨てられたからって、今度はシルヴァノ様かよ」
「いやらしい権力の犬だな。どこまで堕ちれば気が済むんだ」
ほらな!やっぱりこうなった!
実は途中からずっと周囲の視線は気になっていたのだ。しかし、シルヴァノの言葉を下手に遮るワケにもいかず機を見計らっていたのだが……それがいけなかった。
「シルヴァノ様!あの、俺、ほんとにこの後やる事があって!」
「だから、兄さまの食事への毒盛りは一旦止めておけ!今後は二人で策を練って慎重に動くぞ!」
あーーー!もう!
だから大声で「食事への毒盛り」はやめなさい!なんだかてんこ盛りに食事をよそっているようで滑稽だろうが!!!私のシリアスな作風を壊すな!
そう、私がシルヴァノの腕を振り切り逃げ出そうとした時だ。
「あぁ、マルセル。こんなところに居た!」
「っ!」
可愛らしいボーイソプラノ――嫌味など欠片も感じさせないその声が響く。にもかかわらず、不思議なほどの威圧感が場の全てを支配していた。
「っ!」
おおっと、出たぞ。シルヴァノのおためごかし。
先ほどまでとは少しばかり柔らかくなった笑みでこちらを見つめるシルヴァノに、私は体の芯から熱さが込み上げてくるのを感じた。
こういうキャラクター本来の性質を目の当たりにした時にこそ、私は自らの脚本の世界に居るのだと改めて思い知る。
「なぁ、〝マルセル〟どうだ?俺と終生の友にならないか?」
「し、シルヴァノ様」
この子は、昔から母親にべったりと甘やかされて育てられている。ゆえに、彼のキャラクター設定の最初の一文はこうだ。
重度のマザコン。
ボーイズラブのゲームのキャラにしては斬新で面白い設定だ。そのせいか、私はこの子の事を妙に気に入っている。
「マルセル、お前は素晴らしい能力の持ち主だ。お前の持つ毒の知識や、医療術、それに……大胆な行動力は他者では持ち得ないモノだからな」
「あ、ありがとう……ございます」
「それなのに、兄さまに執着するあまり、少しばかり愚かな行動をとってしまっている事がとても残念だ」
アルディと同じ深紅の瞳が、ジッとこちらを見つめる。
そもそも、八歳だったゲルマンを最初に毒殺しようとしたのはシルヴァノの実母だ。その後の毒殺にも何度か……いや、ほぼ全てに絡んでいるとみていい。
可愛い我が子に王位を継がせる為の、それはもはや「愛」と呼ぶには遠すぎる「執念」だ。
そんな母親の意思を、十三歳にしてしっかりと受け継ぐシルヴァノ。
「なぁ、こちら側に来いよ。俺はお前を買っている。兄さまと違い、心の底から」
「……っはぁ」
間近に迫る高貴な美少年の、「お前を利用してやるよ」というのが透けて見えるこの態度に、私はとっさに火照った体の熱を冷ますように静かに息を吐いた。
あぁ、良いじゃないか!
アルディほど達者に野心を隠しきれていないこの振る舞い。十三歳という未熟さが溢れ出ていてとてもリアルだ。
「シルヴァノ様、お褒め頂きありがとうございます。あなたは……とても素晴らしい」
私は今、一体どんな顔をしているのだろう。
ただ、私が言葉を発した瞬間、それまでシニカルな笑みを浮かべていたシルヴァノの表情からポロリと棘が落ちた。
「そうだろう、そうだろう!やはりお前は見込みがあるな!」
「ちょっ、シルヴァノ様。あまり近付き過ぎっ……」
「何を照れる必要がある。内密な話をしているんだ。他の奴に聞かれては困るだろう?」
うん、顔がデレデレだ。どうやら、これは褒められて喜んでいるらしい。
グッと肩に回された腕に力が籠り、私達の距離は、下手すると鼻先どころか口と口がくっついてしまいそうなほど近付いていた。
シルヴァノの金髪効果で、笑顔がキラキラと輝いている気がする。
「……なるほど」
これは資料集めの際によく目にした。ボーイズラブ特有の男同士の距離感覚だ。アルディですら、この距離感はなかなかない。
「分かってくれると思っていた!マルセル、やはりお前は俺が見込んだ人間。俺と組んでこの国の未来を掴もうじゃないか!」
しかし、この絡みはいささか早すぎる。伏線を仕込むにしても、もう少し後でいい。なにせ私の担当は——。
「シルヴァノ様、今の話。もし、俺達が聖階に上がった時も同じように思ってくださるのであれば、もう一度お声かけください」
「は?」
「アルディ」だけだ。
「では、コパイ先生から遺忘の間の掃除を言い使っているので、俺はこれで」
「おっ、おい!」
これ以上、ここに居るとボロが出そうだ。大根役者に無用な長尺セリフを与えると碌な事にならない。それはコパイ氏で証明されている。
それに、シルヴァノのムスクの香りに交じり、ずっとブラントンの良い香りが漂ってくるせいで、先ほどから生唾が絶えないのもいけない。
一刻も早くこの場を離れないと、頭がおかしくなりそうだ。
「ちょっ、お、おい!待て、マルセル!」
そんな私に、シルヴァノ様は意味が分からないとばかりに目を瞬かせると、同時にグッと腕に力を込めてきた。
そのせいで、私と彼の距離はいよいよ口づけ間近の二人のようになってしまった。
「待て!まだ話は終わってない!」
「いやいや、あの!シルヴァノ様!?」
いや、全面的に「待つ」のはシルヴァノの方だ。この子は俺に夢中ですっかり忘れているようだが、ここは夕鈴後の学園内の……中庭前の廊下。
つまり、学生達が行きかう往来だ。私達の周囲には大勢の生徒達が居る。
「なんだ、アレ」
「あれ、毒盛マルセルじゃない?」
「アルディに見捨てられたからって、今度はシルヴァノ様かよ」
「いやらしい権力の犬だな。どこまで堕ちれば気が済むんだ」
ほらな!やっぱりこうなった!
実は途中からずっと周囲の視線は気になっていたのだ。しかし、シルヴァノの言葉を下手に遮るワケにもいかず機を見計らっていたのだが……それがいけなかった。
「シルヴァノ様!あの、俺、ほんとにこの後やる事があって!」
「だから、兄さまの食事への毒盛りは一旦止めておけ!今後は二人で策を練って慎重に動くぞ!」
あーーー!もう!
だから大声で「食事への毒盛り」はやめなさい!なんだかてんこ盛りに食事をよそっているようで滑稽だろうが!!!私のシリアスな作風を壊すな!
そう、私がシルヴァノの腕を振り切り逃げ出そうとした時だ。
「あぁ、マルセル。こんなところに居た!」
「っ!」
可愛らしいボーイソプラノ――嫌味など欠片も感じさせないその声が響く。にもかかわらず、不思議なほどの威圧感が場の全てを支配していた。
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