11 / 20
第2章
10:脚本家、溢れ出る父性/王太子、漏れ出る子性
しおりを挟む「マルセル、今朝はいつにも増して変だぞ?」
「……いや、早く食べないと朝食の時間が終わるぞ。アルディは育ち盛りなんだから、しっかり食べろよ」
本来ならば、物語の進行に影響しないようアルディとは少し距離を置くべきなのかもしれない。しかし——。
「っふふ、マルセル。おかしいなぁ。君とは同い年なのにね。なぜか、僕はマルセルを父親のように思ってしまう時があるよ」
アルディの無邪気な言葉に、何とも形容しがたい感情がこみ上げてきて、思わず自らの胸を鷲掴みにしそうになった。
あぁっ!まったく、なんて可愛いんだアルディ!
君は僕の担当の子なのだから、私は君の父親でいいんだ!お父さんと呼んでくれて構わない!
「……っぐ」
「どうした、マルセル?まだ何か見える?」
なんて、一方的な本音をアルディにぶつけるワケにもいかず、私は自らの胸元を掌でギュッと握りしめた。落ち着け、私はマルセルだ。五十四歳の脚本家、ヨシカワイチギではない。
父性よ、おさまれ!ほら!こういう時、マルセルならどう言う!?
「ん?俺はパパって呼んでくれても構わないけど」
私がいつもアルディがしてくるように、自らの肩をその肩に軽くぶつけながら答える。よし、今回はなかなか上手い返しが出来たんじゃないだろうか。
すると、そんな私に対しアルディはいたずらっ子のような目でこちらを見て来た。
「じゃあ、本当にパパって呼んじゃおうかなぁ?いい?」
「勘弁してくれよ。ほら、バカな事言ってないで、さっさと食べようぜ」
「ちぇっ、呼んでみたかったのになぁ」
本当は大歓迎なのだが、私自身が台本を違えるワケにはいかない。私は大根役者だが、脚本家の書いた台本を無視したりしない。
と、その間も耳元ではギネス家への罵詈雑言と、私に対する誹謗中傷が音楽のように奏でられるのだが——あいにく、私には全く響かない。
≪この、みすぼらしい落ちぶれ貴族め!≫
≪アルディから離れろ!この不細工!≫
≪……なんで無反応なんだ?マルセルのヤツ、こっちの声が聞こえてないのか?≫
ネットでおびただしい罵詈雑言を受けてきた「ヨシカワイチギ」には、こんなの痛くもかゆくもない。むしろ——。
「ふふ、まったく可愛いものだな」
まるで語彙力のない彼らなりの罵詈雑言に、思わぬ愛しさが込み上げてくる。それに、私の無反応具合に、不安がこみ上げている様子も可愛らしい。
すると、突然カチャンと乱暴に紅茶のカップがソーサーとぶつかる音が隣から響いてきた。
「アルディ?」
「マルセルはさ……」
先程まで機嫌の良さそうだったアルディが、曇った瞳でこちらを盗み見てくる。テーブルをトントンと叩く仕草に苛立ちが滲んでいる。
「……何でも誰にでも可愛いって言うよな」
「いや、そんな事ないと思うけど」
あぁ、そんな女子高生でもあるまいし。さすがに何からなにまで可愛いなんて思うような感性は持ち合わせてはいない。
「……言ってるよ」
「何を怒ってるんだ?」
「怒ってない」
普段の余裕ある表情が消え、眉がわずかに寄り、顎を引いた視線が険しくなる。
すると、まだ一口も食事を口にしていないアルディがそのままガタンと音を立てて椅子から立ち上がった。
「僕、もう行く」
「は?まだ何も食べてないじゃないか」
「マルセルのせいで食欲ないから」
「食欲がない……なんだって?」
頑なに私の方を見ようとしないアルディの、その美しい銀髪の髪の隙間から覗く耳は微かに赤らんでいる。もしかして、体調でも悪いのかもしれない。
「アルディ、ちょっとこっちを見なさい。顔をよく見せるんだ」
そう言ってアルディの手を掴むと、いつもは人懐っこい表情を浮かべているアルディが私の手を払いのけた。
「見なさいって何?僕に命令?……それはさすがに不敬だよ、マルセル」
「あ、アルディ?」
「普段は同級生として振る舞ってはいるけど、僕は王太子だ。そこを履き違えてもらっては困るよ」
どうやら、私は完全にアルディを怒らせてしまったようだ。
そうでなければ、「僕は王太子だ」なんて、ここまで分かりやすく権力を誇示するような事を、普段の彼なら絶対に口に出したりしない。あぁ、するはずがない。
アルディは全てを疑い、全てを愛する公平公正な未来の王なのだから。
「アルディ、俺は何かキミの気に障る事でもしたかな?なぁ、もし良かったら教えてくれないか?」
「……さぁね」
アルディの意外な一面に、私は更に胸の内が滾るのを感じた。
それはまるで物語を紡ぐ際、キャラクターが予想外の一面を見せてきた時と同じような感覚だ。
「なぁ、アルディ。こっちを向いて。少し話さないか?」
しかも、そういう時にこそ物語は魅力的な輝きを放つ。
「教えてくれ。私は、キミの事がもっと知りたい」
「っ」
あぁ、そうだ!私は「アルディ(この子)」の事をもっと知りたい!
そう、再びアルディの腕に手を伸ばしかけた時だ。
「そんなの」
「ん、なんだって?」
「言わなくても分かってよ——」
アルディはそれだけ言い残すと、そのまま私に背を向け歩き出した。遠ざかる彼の後ろ姿に次々と学友たちが群がって行くのが見える。隣の席は空っぽで、代わりに冷たい空気だけが残った。
「……アルディ?」
どうやら私は「アルディ・フランシス」の事を、まだまだ理解しきれていないようだ。
——そんなの、言わなくても分かってよ〝パパ〟
去り際にフワリと耳に飛び込んで来た彼の言葉に、私はどうして良いのか分からなくなった。あれは、怒っているのか、それとも冗談なのか。
「なんなんだ、あれは」
首を傾げた直後、私は思わず「あ」と声を上げた。
「……何も聞こえない」
ずっと耳元でBGMのように鳴り響いていた可愛らしい悪口たちは、いつの間にかぱったりと聞こえなくなっていた。
173
お気に入りに追加
205
あなたにおすすめの小説
総受けルート確定のBLゲーの主人公に転生してしまったんだけど、ここからソロエンドを迎えるにはどうすればいい?
寺一(テライチ)
BL
──妹よ。にいちゃんは、これから五人の男に抱かれるかもしれません。
ユズイはシスコン気味なことを除けばごくふつうの男子高校生。
ある日、熱をだした妹にかわって彼女が予約したゲームを店まで取りにいくことに。
その帰り道、ユズイは階段から足を踏みはずして命を落としてしまう。
そこに現れた女神さまは「あなたはこんなにはやく死ぬはずではなかった、お詫びに好きな条件で転生させてあげます」と言う。
それに「チート転生がしてみたい」と答えるユズイ。
女神さまは喜んで願いを叶えてくれた……ただしBLゲーの世界で。
BLゲーでのチート。それはとにかく攻略対象の好感度がバグレベルで上がっていくということ。
このままではなにもしなくても総受けルートが確定してしまう!
男にモテても仕方ないとユズイはソロエンドを目指すが、チートを望んだ代償は大きくて……!?
溺愛&執着されまくりの学園ラブコメです。
目覚めたそこはBLゲームの中だった。
慎
BL
ーーパッパー!!
キキーッ! …ドンッ!!
鳴り響くトラックのクラクションと闇夜を一点だけ照らすヘッドライト‥
身体が曲線を描いて宙に浮く…
全ての景色がスローモーションで… 全身を襲う痛みと共に訪れた闇は変に心地よくて、目を開けたらそこは――‥
『ぇ゙ッ・・・ ここ、どこ!?』
異世界だった。
否、
腐女子だった姉ちゃんが愛用していた『ファンタジア王国と精霊の愛し子』とかいう… なんとも最悪なことに乙女ゲームは乙女ゲームでも… BLゲームの世界だった。
王道学園のモブ
四季織
BL
王道学園に転生した俺が出会ったのは、寡黙書記の先輩だった。
私立白鳳学園。山の上のこの学園は、政財界、文化界を担う子息達が通う超名門校で、特に、有名なのは生徒会だった。
そう、俺、小坂威(おさかたける)は王道学園BLゲームの世界に転生してしまったんだ。もちろんゲームに登場しない、名前も見た目も平凡なモブとして。
バッドエンドの異世界に悪役転生した僕は、全力でハッピーエンドを目指します!
あ
BL
16才の初川終(はつかわ しゅう)は先天性の心臓の病気だった。一縷の望みで、成功率が低い手術に挑む終だったが……。
僕は気付くと両親の泣いている風景を空から眺めていた。それから、遠くで光り輝くなにかにすごい力で引き寄せられて。
目覚めれば、そこは子どもの頃に毎日読んでいた大好きなファンタジー小説の世界だったんだ。でも、僕は呪いの悪役の10才の公爵三男エディに転生しちゃったみたい!
しかも、この世界ってバッドエンドじゃなかったっけ?
バッドエンドをハッピーエンドにする為に、僕は頑張る!
でも、本の世界と少しずつ変わってきた異世界は……ひみつが多くて?
嫌われ悪役の子どもが、愛されに変わる物語。ほのぼの日常が多いです。
◎体格差、年の差カップル
※てんぱる様の表紙をお借りしました。
パーティー全員転生者!? 元オタクは黒い剣士の薬草になる
むらくも
BL
楽しみにしてたゲームを入手した!
のに、事故に遭った俺はそのゲームの世界へ転生したみたいだった。
仕方がないから異世界でサバイバル……って職業僧侶!? 攻撃手段は杖で殴るだけ!?
職業ガチャ大外れの俺が出会ったのは、無茶苦茶な戦い方の剣士だった。
回復してやったら「私の薬草になれ」って……人をアイテム扱いしてんじゃねぇーーッッ!
元オタクの組んだパーティは元悪役令息、元悪役令嬢、元腐女子……おい待て変なの入ってない!?
何故か転生者が集まった、奇妙なパーティの珍道中ファンタジーBL。
※戦闘描写に少々流血表現が入ります。
※BL要素はほんのりです。
例え何度戻ろうとも僕は悪役だ…
東間
BL
ゲームの世界に転生した留木原 夜は悪役の役目を全うした…愛した者の手によって殺害される事で……
だが、次目が覚めて鏡を見るとそこには悪役の幼い姿が…?!
ゲームの世界で再び悪役を演じる夜は最後に何を手に?
攻略者したいNO1の悪魔系王子と無自覚天使系悪役公爵のすれ違い小説!
【完結】僕の異世界転生先は卵で生まれて捨てられた竜でした
エウラ
BL
どうしてこうなったのか。
僕は今、卵の中。ここに生まれる前の記憶がある。
なんとなく異世界転生したんだと思うけど、捨てられたっぽい?
孵る前に死んじゃうよ!と思ったら誰かに助けられたみたい。
僕、頑張って大きくなって恩返しするからね!
天然記念物的な竜に転生した僕が、助けて育ててくれたエルフなお兄さんと旅をしながらのんびり過ごす話になる予定。
突発的に書き出したので先は分かりませんが短い予定です。
不定期投稿です。
本編完結で、番外編を更新予定です。不定期です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる