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第2章

10:脚本家、溢れ出る父性/王太子、漏れ出る子性

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「マルセル、今朝はいつにも増して変だぞ?」
「……いや、早く食べないと朝食の時間が終わるぞ。アルディは育ち盛りなんだから、しっかり食べろよ」

 本来ならば、物語の進行に影響しないようアルディとは少し距離を置くべきなのかもしれない。しかし——。

「っふふ、マルセル。おかしいなぁ。君とは同い年なのにね。なぜか、僕はマルセルを父親のように思ってしまう時があるよ」

 アルディの無邪気な言葉に、何とも形容しがたい感情がこみ上げてきて、思わず自らの胸を鷲掴みにしそうになった。

 あぁっ!まったく、なんて可愛いんだアルディ!
 君は僕の担当の子なのだから、私は君の父親でいいんだ!お父さんと呼んでくれて構わない!

「……っぐ」
「どうした、マルセル?まだ何か見える?」

 なんて、一方的な本音をアルディにぶつけるワケにもいかず、私は自らの胸元を掌でギュッと握りしめた。落ち着け、私はマルセルだ。五十四歳の脚本家、ヨシカワイチギではない。
 父性よ、おさまれ!ほら!こういう時、マルセルならどう言う!?

「ん?俺はパパって呼んでくれても構わないけど」

 私がいつもアルディがしてくるように、自らの肩をその肩に軽くぶつけながら答える。よし、今回はなかなか上手い返しが出来たんじゃないだろうか。
 すると、そんな私に対しアルディはいたずらっ子のような目でこちらを見て来た。

「じゃあ、本当にパパって呼んじゃおうかなぁ?いい?」
「勘弁してくれよ。ほら、バカな事言ってないで、さっさと食べようぜ」
「ちぇっ、呼んでみたかったのになぁ」

 本当は大歓迎なのだが、私自身が台本を違えるワケにはいかない。私は大根役者だが、脚本家の書いた台本を無視したりしない。
 と、その間も耳元ではギネス家への罵詈雑言と、私に対する誹謗中傷が音楽のように奏でられるのだが——あいにく、私には全く響かない。

≪この、みすぼらしい落ちぶれ貴族め!≫
≪アルディから離れろ!この不細工!≫
≪……なんで無反応なんだ?マルセルのヤツ、こっちの声が聞こえてないのか?≫

 ネットでおびただしい罵詈雑言を受けてきた「ヨシカワイチギ」には、こんなの痛くもかゆくもない。むしろ——。

「ふふ、まったく可愛いものだな」

 まるで語彙力のない彼らなりの罵詈雑言に、思わぬ愛しさが込み上げてくる。それに、私の無反応具合に、不安がこみ上げている様子も可愛らしい。

 すると、突然カチャンと乱暴に紅茶のカップがソーサーとぶつかる音が隣から響いてきた。

「アルディ?」
「マルセルはさ……」

 先程まで機嫌の良さそうだったアルディが、曇った瞳でこちらを盗み見てくる。テーブルをトントンと叩く仕草に苛立ちが滲んでいる。

「……何でも誰にでも可愛いって言うよな」
「いや、そんな事ないと思うけど」

 あぁ、そんな女子高生でもあるまいし。さすがに何からなにまで可愛いなんて思うような感性は持ち合わせてはいない。

「……言ってるよ」
「何を怒ってるんだ?」
「怒ってない」

 普段の余裕ある表情が消え、眉がわずかに寄り、顎を引いた視線が険しくなる。
 すると、まだ一口も食事を口にしていないアルディがそのままガタンと音を立てて椅子から立ち上がった。

「僕、もう行く」
「は?まだ何も食べてないじゃないか」
「マルセルのせいで食欲ないから」
「食欲がない……なんだって?」

 頑なに私の方を見ようとしないアルディの、その美しい銀髪の髪の隙間から覗く耳は微かに赤らんでいる。もしかして、体調でも悪いのかもしれない。

「アルディ、ちょっとこっちを見なさい。顔をよく見せるんだ」

 そう言ってアルディの手を掴むと、いつもは人懐っこい表情を浮かべているアルディが私の手を払いのけた。

「見なさいって何?僕に命令?……それはさすがに不敬だよ、マルセル」
「あ、アルディ?」
「普段は同級生として振る舞ってはいるけど、僕は王太子だ。そこを履き違えてもらっては困るよ」

 どうやら、私は完全にアルディを怒らせてしまったようだ。
 そうでなければ、「僕は王太子だ」なんて、ここまで分かりやすく権力を誇示するような事を、普段の彼なら絶対に口に出したりしない。あぁ、するはずがない。

 アルディは全てを疑い、全てを愛する公平公正な未来の王なのだから。

「アルディ、俺は何かキミの気に障る事でもしたかな?なぁ、もし良かったら教えてくれないか?」
「……さぁね」

 アルディの意外な一面に、私は更に胸の内が滾るのを感じた。
 それはまるで物語を紡ぐ際、キャラクターが予想外の一面を見せてきた時と同じような感覚だ。
「なぁ、アルディ。こっちを向いて。少し話さないか?」

 しかも、そういう時にこそ物語は魅力的な輝きを放つ。

「教えてくれ。私は、キミの事がもっと知りたい」
「っ」

 あぁ、そうだ!私は「アルディ(この子)」の事をもっと知りたい!
 そう、再びアルディの腕に手を伸ばしかけた時だ。

「そんなの」
「ん、なんだって?」
「言わなくても分かってよ——」

 アルディはそれだけ言い残すと、そのまま私に背を向け歩き出した。遠ざかる彼の後ろ姿に次々と学友たちが群がって行くのが見える。隣の席は空っぽで、代わりに冷たい空気だけが残った。

「……アルディ?」

 どうやら私は「アルディ・フランシス」の事を、まだまだ理解しきれていないようだ。

——そんなの、言わなくても分かってよ〝パパ〟

 去り際にフワリと耳に飛び込んで来た彼の言葉に、私はどうして良いのか分からなくなった。あれは、怒っているのか、それとも冗談なのか。

「なんなんだ、あれは」

 首を傾げた直後、私は思わず「あ」と声を上げた。

「……何も聞こえない」

 ずっと耳元でBGMのように鳴り響いていた可愛らしい悪口たちは、いつの間にかぱったりと聞こえなくなっていた。

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