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第2章
9: 脚本家、言葉へのこだわり
しおりを挟む「そう、マルセル。今、キミの目の前に居るのはアルディ・フランシス。この大国アルベルの王位継承第一位の王太子だ。分かるかい?」
「あ、あぁ」
一言一言。周知の事実を、まるで子供に言い聞かせるように口にするアルディは、どうやら私の意識を幻覚から逸らそうとしてくれているらしい。
深紅の瞳は、燃え盛る炎のように揺らめき、吸い込まれそうなほど鮮烈だ。
「……きれいな瞳だ」
「っ」
思わず漏れた言葉に、アルディの目が大きく見開かれた。
なんて美しい瞳だ。もっとアルディの瞳にフォーカスしたイベントを加えるべきだったと悔しさが込み上げてくる。今から追加シナリオを書き加えたいくらいだ。
「もう、マルセル。キミときたら……」
「なんだ、どうした?」
「いいや、その様子だともう大丈夫みたいだね」
「ん、あぁ……ほんとだ」
摂取した毒が微量だった事もあり、気が付くと舌の上に感じていた痺れも無くなっていた。予想通り、解毒薬を使うまでもなかったらしい。
そもそも「月影の霧」に致死性はない。
「念の為に聞くけど。目の前に居る〝アルディ〟は悲鳴をあげさせるような酷い見た目をしてはいない?」
「もちろん、目の中に入れても痛くないくらい可愛い顔をしている」
蛇の幻覚が消えた事で、私が少しばかり調子に乗って答えると、アルディはクスクスと肩を揺らして笑った。
「マルセルって、時々変な言葉を使うよなぁ」
「変?なにが?」
「さっきの。『目の中に入れても痛くない』ってヤツ。少なくとも、僕は初めて聞いたな」
「そ、それは……その、アルディが知らないだけだろ」
「へぇ?」
とっさにアルディから視線を逸らしながら答える。
これまでも、こんな風に現代の慣用句が通じない事は何度かあった。その度に私は適当に誤魔化しつつも、意外と作り込まれた世界に舌を巻くのであった。
「そうか、コレは言わないのか……」
だとすれば、代替する言葉は一体どんなモノだろうか。
月明かりの繭に包み込んでおきたい、とか?……いや、あまりしっくりこない。星の灯火に閉じ込めたい、なんてのはどうだろう。
「ねぇねぇ、マルセル?」
「ん?」
私が自作の代替案を脳内で繰り広げていると、アルディが何か悪戯でも思いついたような表情でこちらを見つめてきた。
「試しに、今からキミの目の中に入ってみて本当に痛くないかどうか試してみていい!?」
「いや、何言ってんだよ!これはモノの例えで、実際に入れるわけじゃ……」
目を輝かせながら容赦なく迫ってくるアルディに、慌てて言葉の意味を説明しようとした時だった。
≪アルディのご機嫌取りに朝から余念のない事だな≫
≪ああ、ギネス家のプライドは、財産と一緒にどこかへ消えたらしい≫
≪ほんとになぁ?落ちぶれ貴族の媚売りも、ここまでくると哀れを通り越して滑稽なもんだ≫
「っ!」
突然耳元に、響いてきたいやにハッキリとした囁き声に、口にしかけた言葉が喉の奥に引っ込んだ。
「マルセル?どうしたの、まだ何か見える?」
どうやら、その声はすぐ隣に座るアルディには聞こえていないようだ。だとすると、これは——。
「……いいや、別に何も」
【秘声】を使われている。
【秘声】とは、その名の通り特定の人間にだけ声を届ける伝声術だ。これを使うには相手の体の一部を媒体に使う必要があるのだが……まぁ、定番は「髪」だ。私は「いつの間に」と、自身の栗色の髪に触れつつ溜息を吐いた。
「そんな事よりアルディ、冷める前に俺のスープを飲むんだ。コッチは大丈夫だったから」
「あ、うん」
わざわざ、ここまでして本人に聞こえるように影口を叩きたいとは。まるで匿名性の高い現代のネットの世界を思い出し辟易としてしまう。
私も、過去何度「胸糞脚本家」と誹謗中傷を受けた事か。
「でも、僕がマルセルのスープを取ったら、キミはどうするの?」
「気にするなよ。スープくらい無くても別に問題ない」
「ねぇ、まだ時間はあるんだし、代わりのを持って来させたら?」
「……あー、いや」
持って来させる。
そんな言葉がアルディの口から自然と出た事に、私は少し驚いた。
普段の無邪気ながらも控えめな振る舞いのせいで忘れかけてしまうが、アルディは根っからの「王族」だ。
「どうした、マルセル?」
「……いや、わざわざ持って来てもらうまでもない。そこまでお腹空いてないし」
「ふぅん、ならいいけど」
私とした事が、幻覚のせいでもあって周囲の状況を鑑みるのを失念していた。
ここは、アルディと私の二人だけの早朝の談話室ではない。大勢の生徒の集まる食堂だ。
≪そもそも、アルディに毒を仕込んでるのもマルセルだろ?≫
≪ああ、五年前の茶会の時だってそうだった。なのに、なんでアルディはあんな奴と……≫
≪アルディだって本当は気付いてるはずだ。アイツが「毒盛りマルセル」だって。きっと今は泳がせてるんだろ≫
アルディと仲の良い私は、生徒たちからあまり良く思われていない。言葉を選ばずに表現するなら、私は周囲から盛大にやっかまれている。
おかげで、今では「毒盛りマルセル」なんていう、まるでセンスの無い二つ名がまかり通っているほどだ。
「どくもり……」
あぁ、ダサ過ぎる。出来ればもっとマシな通り名にして欲しかった。……いや、本当にな!?
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