9 / 20
第2章
8:脚本家、毒味役となる
しおりを挟む「まったく、幕が上がる前の役者を殺そうなんて……どうかしてる」
いや、分かっているさ。
私の決意も、なかなかに「どうかしてる」事くらい。
しかし、私は脚本家だ。自分の仕事に信念を持っている。それを、横からつまらない茶々を入れて物語を変えられては、黙って見過ごす事など出来ない。
だからこそ、勝手にアドリブを加えてくる登場人物に、脚本家としてキッチリ演技指導してやろうと思ったのだが——!
「マルセル、どうかしたか?」
気が付くと、隣に座るアルディが怪訝そうな顔でこちらを見ていた。
いけない。どうやら、また私はボーッとしていたらしい。
「いや、なんでもない」
「本当に?」
そんな私に、アルディはジッとこちらを見つめ小首を傾げてみせる。私の顔を見るとき、アルディはいつも、わずかに下から見上げるような角度でこちらを見てくるのだが、正直言って、とても可愛いらしい。
あぁ、朝日に照らされるその姿は、まるで——
「迷子になった天使が、人間界に降り立ったかのようじゃないか」
「へ?」
「……いや、待てよ。それはあまりにもこの子を神聖化しすぎか?アルディの将来を思えば、天使というよりも、神話の物語に登場する幼き英雄という方が、表現としては合っているかもしれないな」
どちらにせよ、さすがは私の担当したキャラクター(子)だ!
「私はキミを誇りに思うよ、アルディ」
「うんうん、どうやら、キミはまだ空想の世界に浸っているようだね」
「え?」
「まぁ、空想の中でも僕の事を考えているようだし……うん。特別に許そう」
アルディはどこか満足気な様子で肩を竦めてみせると、トンと私の肩に自身の肩をぶつけてきた。
「さて、それはそうと僕はいつになったら朝食を食べれるのかな?マルセル」
その言葉に、私はやっと自分がどこに居るのかを思い出した。
フワリと鼻孔を擽るのは、焼き立てのパンとベーコンの香り。歓談する生徒たちの声が、一気に私の意識を現実に引き戻す。
そう、ここはクドルナ学園の食堂だ。
「そろそろ僕も朝食を食べ始めないと、一刻目の授業に朝食抜きで参加する事になるなぁ」
「っあ、えっと」
「それとも、キミの毒見無しで、この目の前の美味しそうな食事に手を付けても?」
とんでもない事をサラリと口にするアルディに、彼のテーブルの前に手をかざして静止する。
「ダメに決まってるだろう!そっちのスープも俺が一口食べるから。早くこっちに寄越すんだ」
「はいはい、本当にキミは心配性だなぁ。昨日の今日だし別に大丈夫だと思うけどね」
なんだかんだ言いつつ、アルディは自らに用意されたスープの皿を、素直に私の方へと寄越した。
「ふむ」
見た目にも匂いにも問題はない。美味しそうだ。
私は朝食に添えてあったアルディのスープに口を付ける。しかし次の瞬間、舌に感じた違和感に、私は思わず口元を覆った。
「っ!」
舌の感覚が急に消えた。いや、違う。どうやら痺れているようだ。
その直後、赤と金色の鱗で覆われた小さな蛇が、私の腕にスルリと巻き付いているのが見えた。
「マルセル、どうした。大丈夫か?」
すぐ隣から、アルディの声が聞こえる。
「……っぁ、えと、あの」
そう、今は朝食の時間で、私とアルディが居るのは学生食堂だ。長い木製のテーブルに精緻な彫刻が刻まれている椅子、そして各席には金の装飾が施されたナプキンが用意されている。
そんな場所に蛇なんて居るワケがない。
だとすれば、今私が目にしている光景は、間違いなく「幻覚」だ。
「……あ、あぁ。大丈夫だ」
「まったく。ちっとも大丈夫なようには見えないぞ……もしかして、幻覚?何が見える?」
トスンとアルディの肩が私の体にピタリと押し当てられるのを感じた。やっぱり、この子は何においても距離が近すぎる。
腕に巻き付いている蛇から思考を逃がすように意識をアルディへと集中させようとするが、視線が蛇の幻覚から一切離れてくれない。
「……だいじょうぶ。この、毒に致死性は、ない。じき、おさまる」
「マルセル、そうじゃない」
「い、いや。本当に大丈夫な、んだ。気にしないでくれ。これは月影の霧の見せる幻覚で、舌の痺れの感じからしても、臓器不全まで引き起こすような量は摂取していない。だから、大丈夫大丈夫だいじょうぶっ!」
私は腕に巻き付く蛇の幻覚に釘付けになりながら、必死にアルディに……いや、自分に対して言い聞かせた。
あぁ、そうさ!私は蛇が大の苦手だ!いくら幻覚と分かっていても、怖いものは怖い!
そうやって私の恐怖に呼応するかのように、蛇が私の二の腕にシュルリと音も無くよじ登ってきた。
「っひぃぃぃっ!」
思わず悲鳴を上げた瞬間、私の視界いっぱいにマルセルの整った顔が映り込んできた。その真っ赤な宝石のような瞳がジッとこちらを見つめている。
「こらこら、マルセル?僕がいつ毒の種類と効能を君に尋ねた?違うだろう?」
「ぁ、う……」
「僕はキミにこう尋ねた〝一体何が、見えている?〟ってね」
マルセルが軽くウインクをしながら尋ねてくる。肩には
「さぁ、マルセル。今、君には何が見えている?」
「あ、えっと」
「ん?」
そんないつもと変わらぬ彼の姿に、少しずつ呼吸が落ち着いてくるのを感じた。
「……アルディが、見える」
220
お気に入りに追加
204
あなたにおすすめの小説

悪役令息、皇子殿下(7歳)に転生する
めろ
BL
皇子殿下(7歳)に転生したっぽいけど、何も分からない。
侍従(8歳)と仲良くするように言われたけど、無表情すぎて何を考えてるのか分からない。
分からないことばかりの中、どうにか日々を過ごしていくうちに
主人公・イリヤはとある事件に巻き込まれて……?
思い出せない前世の死と
戸惑いながらも歩み始めた今世の生の狭間で、
ほんのりシリアスな主従ファンタジーBL開幕!
.。.:*・゚ ✽.。.:*・゚ ✽.。.:*・゚ ✽.。.:*・゚ ✽.。.:*・゚✽.。.:*・゚ ✽.。.:*・゚
HOTランキング入りしました😭🙌
♡もエールもありがとうございます…!!
※第1話からプチ改稿中
(内容ほとんど変わりませんが、
サブタイトルがついている話は改稿済みになります)
大変お待たせしました!連載再開いたします…!
悪役令息の伴侶(予定)に転生しました
*
BL
攻略対象しか見えてない悪役令息の伴侶(予定)なんか、こっちからお断りだ! って思ったのに……! 前世の記憶がよみがえり、自らを反省しました。BLゲームの世界で推しに逢うために頑張りはじめた、名前も顔も身長もないモブの快進撃が始まる──! といいな!(笑)
【完結】悪役令息の従者に転職しました
*
BL
暗殺者なのに無様な失敗で死にそうになった俺をたすけてくれたのは、BLゲームで、どのルートでも殺されて悲惨な最期を迎える悪役令息でした。
依頼人には死んだことにして、悪役令息の従者に転職しました。
皆でしあわせになるために、あるじと一緒にがんばるよ!
本編完結しました!
『もふもふ獣人転生』に遊びにゆく、舞踏会編、はじめましたー!
他のお話を読まなくても大丈夫なようにお書きするので、気軽に楽しんでくださったら、とてもうれしいです。

買われた悪役令息は攻略対象に異常なくらい愛でられてます
瑳来
BL
元は純日本人の俺は不慮な事故にあい死んでしまった。そんな俺の第2の人生は死ぬ前に姉がやっていた乙女ゲームの悪役令息だった。悪役令息の役割を全うしていた俺はついに天罰がくらい捕らえられて人身売買のオークションに出品されていた。
そこで俺を落札したのは俺を破滅へと追い込んだ王家の第1王子でありゲームの攻略対象だった。
そんな落ちぶれた俺と俺を買った何考えてるかわかんない王子との生活がはじまった。

悪役令息に転生しけど楽しまない選択肢はない!
みりん
BL
ユーリは前世の記憶を思い出した!
そして自分がBL小説の悪役令息だということに気づく。
こんな美形に生まれたのに楽しまないなんてありえない!
主人公受けです。

巻き戻りした悪役令息は最愛の人から離れて生きていく
藍沢真啓/庚あき
BL
婚約者ユリウスから断罪をされたアリステルは、ボロボロになった状態で廃教会で命を終えた……はずだった。
目覚めた時はユリウスと婚約したばかりの頃で、それならばとアリステルは自らユリウスと距離を置くことに決める。だが、なぜかユリウスはアリステルに構うようになり……
巻き戻りから人生をやり直す悪役令息の物語。
【感想のお返事について】
感想をくださりありがとうございます。
執筆を最優先させていただきますので、お返事についてはご容赦願います。
大切に読ませていただいてます。執筆の活力になっていますので、今後も感想いただければ幸いです。
他サイトでも公開中

悪役令息に転生したので、断罪後の生活のために研究を頑張ったら、旦那様に溺愛されました
犬派だんぜん
BL
【完結】
私は、7歳の時に前世の理系女子として生きた記憶を取り戻した。その時気付いたのだ。ここが姉が好きだったBLゲーム『きみこい』の舞台で、自分が主人公をいじめたと断罪される悪役令息だということに。
話の内容を知らないので、断罪を回避する方法が分からない。ならば、断罪後に平穏な生活が送れるように、追放された時に誰か領地にこっそり住まわせてくれるように、得意分野で領に貢献しよう。
そしてストーリーの通り、卒業パーティーで王子から「婚約を破棄する!」と宣言された。さあ、ここからが勝負だ。
元理系が理屈っぽく頑張ります。ハッピーエンドです。(※全26話。視点が入れ代わります)
他サイトにも掲載。

ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる