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第2章

8:脚本家、毒味役となる

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「まったく、幕が上がる前の役者を殺そうなんて……どうかしてる」

 いや、分かっているさ。
 私の決意も、なかなかに「どうかしてる」事くらい。

 しかし、私は脚本家だ。自分の仕事に信念を持っている。それを、横からつまらない茶々を入れて物語を変えられては、黙って見過ごす事など出来ない。
 だからこそ、勝手にアドリブを加えてくる登場人物に、脚本家としてキッチリ演技指導してやろうと思ったのだが——!

「マルセル、どうかしたか?」

 気が付くと、隣に座るアルディが怪訝そうな顔でこちらを見ていた。
 いけない。どうやら、また私はボーッとしていたらしい。

「いや、なんでもない」
「本当に?」

 そんな私に、アルディはジッとこちらを見つめ小首を傾げてみせる。私の顔を見るとき、アルディはいつも、わずかに下から見上げるような角度でこちらを見てくるのだが、正直言って、とても可愛いらしい。

 あぁ、朝日に照らされるその姿は、まるで——

「迷子になった天使が、人間界に降り立ったかのようじゃないか」
「へ?」
「……いや、待てよ。それはあまりにもこの子を神聖化しすぎか?アルディの将来を思えば、天使というよりも、神話の物語に登場する幼き英雄という方が、表現としては合っているかもしれないな」

 どちらにせよ、さすがは私の担当したキャラクター(子)だ!

「私はキミを誇りに思うよ、アルディ」
「うんうん、どうやら、キミはまだ空想の世界に浸っているようだね」
「え?」
「まぁ、空想の中でも僕の事を考えているようだし……うん。特別に許そう」

 アルディはどこか満足気な様子で肩を竦めてみせると、トンと私の肩に自身の肩をぶつけてきた。

「さて、それはそうと僕はいつになったら朝食を食べれるのかな?マルセル」

 その言葉に、私はやっと自分がどこに居るのかを思い出した。
 フワリと鼻孔を擽るのは、焼き立てのパンとベーコンの香り。歓談する生徒たちの声が、一気に私の意識を現実に引き戻す。

 そう、ここはクドルナ学園の食堂だ。

「そろそろ僕も朝食を食べ始めないと、一刻目の授業に朝食抜きで参加する事になるなぁ」
「っあ、えっと」
「それとも、キミの毒見無しで、この目の前の美味しそうな食事に手を付けても?」

 とんでもない事をサラリと口にするアルディに、彼のテーブルの前に手をかざして静止する。

「ダメに決まってるだろう!そっちのスープも俺が一口食べるから。早くこっちに寄越すんだ」
「はいはい、本当にキミは心配性だなぁ。昨日の今日だし別に大丈夫だと思うけどね」

 なんだかんだ言いつつ、アルディは自らに用意されたスープの皿を、素直に私の方へと寄越した。

「ふむ」

 見た目にも匂いにも問題はない。美味しそうだ。
 私は朝食に添えてあったアルディのスープに口を付ける。しかし次の瞬間、舌に感じた違和感に、私は思わず口元を覆った。

「っ!」

 舌の感覚が急に消えた。いや、違う。どうやら痺れているようだ。
 その直後、赤と金色の鱗で覆われた小さな蛇が、私の腕にスルリと巻き付いているのが見えた。

「マルセル、どうした。大丈夫か?」

 すぐ隣から、アルディの声が聞こえる。

「……っぁ、えと、あの」

 そう、今は朝食の時間で、私とアルディが居るのは学生食堂だ。長い木製のテーブルに精緻な彫刻が刻まれている椅子、そして各席には金の装飾が施されたナプキンが用意されている。
 そんな場所に蛇なんて居るワケがない。

 だとすれば、今私が目にしている光景は、間違いなく「幻覚」だ。

「……あ、あぁ。大丈夫だ」
「まったく。ちっとも大丈夫なようには見えないぞ……もしかして、幻覚?何が見える?」

 トスンとアルディの肩が私の体にピタリと押し当てられるのを感じた。やっぱり、この子は何においても距離が近すぎる。
 腕に巻き付いている蛇から思考を逃がすように意識をアルディへと集中させようとするが、視線が蛇の幻覚から一切離れてくれない。

「……だいじょうぶ。この、毒に致死性は、ない。じき、おさまる」
「マルセル、そうじゃない」
「い、いや。本当に大丈夫な、んだ。気にしないでくれ。これは月影の霧の見せる幻覚で、舌の痺れの感じからしても、臓器不全まで引き起こすような量は摂取していない。だから、大丈夫大丈夫だいじょうぶっ!」

 私は腕に巻き付く蛇の幻覚に釘付けになりながら、必死にアルディに……いや、自分に対して言い聞かせた。

 あぁ、そうさ!私は蛇が大の苦手だ!いくら幻覚と分かっていても、怖いものは怖い!
 そうやって私の恐怖に呼応するかのように、蛇が私の二の腕にシュルリと音も無くよじ登ってきた。

「っひぃぃぃっ!」

 思わず悲鳴を上げた瞬間、私の視界いっぱいにマルセルの整った顔が映り込んできた。その真っ赤な宝石のような瞳がジッとこちらを見つめている。

「こらこら、マルセル?僕がいつ毒の種類と効能を君に尋ねた?違うだろう?」
「ぁ、う……」
「僕はキミにこう尋ねた〝一体何が、見えている?〟ってね」

 マルセルが軽くウインクをしながら尋ねてくる。肩には

「さぁ、マルセル。今、君には何が見えている?」
「あ、えっと」
「ん?」

 そんないつもと変わらぬ彼の姿に、少しずつ呼吸が落ち着いてくるのを感じた。

「……アルディが、見える」

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