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第2章
7:脚本家、この日を以て役者となる
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そんな折に開かれた、茶会の授業。
特に望んだワケではなかったが、私はたまたまアルディと同じ茶会の席に居た。
『マルセル、一人ならこちらで一緒にお茶をしない?』
『え?』
そう、何故かアルディの方から私を誘ってきたのである。
最初は聞き間違いかと思った。なにせ、アルディの周りには、数多の学窓の面々が彼を取り囲んでいるのだから。そんな彼らを無視し、アルディは他でもない私に……「マルセル」に声を掛けてきた。
『ほら、こっちにおいでよ』
『あ、えっと……お、おれ?』
『もちろん!だって、この金階に〝マルセル〟はキミだけだろう?』
私はアルディに手を引かれるがまま、気付けば彼の隣に腰かけていた。
『マルセル。君とは一度ゆっくり話してみたかったんだ』
しかし、アルディの基本設定を思うと、この行動は頷ける誘いと言えた。なにせ、アルディは王太子だ。全てを「疑い」もするが、全てを「愛して」もいる。同じ学窓に居ながら、一度も話した事のない私に対し王太子として「平等に」手を差し伸べたのだろう。
『マルセル、君はハーブティーが好きなのか。じゃあ、今度僕の好きなとっておきを紹介するよ!』
『……あ、ありがとう』
戸惑いを隠せない私に、アルディはそれでも屈託なく笑顔を向け続けてくれた。
『ふふ、マルセル。いつか、きみの淹れてくれたハーブティーも振る舞って欲しいな』
その笑顔に、どういうワケだろうか。
私は最後の最後までパソコンに向かって物語を打ち込んでいた、あの瞬間を思い出していた。
『アルディ。確かに君は……こんな子だったな』
『え?』
マルセルは、アルディを殺す事で「永遠に」アルディを自分のモノにしようとした。その熱い想いの源流を、私はその時初めて垣間見た気がしたのだ。
『キミは、とても良い子だ』
『……ぁ』
こんな笑顔を向けられたら……一族の重責に押しつぶされそうになっていた八歳の男の子はどうなるだろう。何の躊躇いもなく触れてくれた手の温もりに、きっと縋り付きたくなったに違いない。
確かに、アルディの平等公正はマルセルを「絶望」させた。しかし、やはり「救い」もしたのだ。だからこその、マルセルの執着。
あぁ、分かったぞ。私はやっとアルディの気持ちを理解できた。
『アルディ、今日は君と話せて良かった……いや、君と出逢えて本当に良かったよ』
『マ、マルセル?』
アルディ・フランシス。
私の最期の担当キャラクター。よくよく考えてみれば、それはとても作家冥利に尽きる事じゃないか。なぜ、今まで気付かなかったのだろうか。
不貞腐れて過ごすには、この世界はあまりにも勿体ない!
『アルディ、よければ握手をしても?』
『あ、あぁ。えっと、うん』
そう、私がアルディの戸惑った表情に勝手に満たされている時だった。
『っぐ、っぁ……』
天使のように可愛らしい幼子の体からフワリと力が抜け、気が付けば私の腕の中に倒れ込んできた。ヌルリと生暖かい感触を頬に感じる。同時に錆びた鉄のような、しかしどこか生温かい匂いが鼻先をかすめた。
『えっ?……なんだ、コレ』
ふと自ら頬に触れると、掌には真っ赤な血が付いているのが見えた。あまりにも唐突な出来事に何が何だか分からなかった。しかし、それまで穏やかだった周囲が、一気に喧騒へと包まれる。
『サラザン先生、アルディが!』
『これは……!アルディを横にして!響念術ですぐ宮廷医を呼びます』
『なに、なんでっ!何が起こったの!?どうして、アルディが!』
悲鳴、怒号、そして——好奇に満ちた視線の数々。
『アルディ……?』
そんな中、思わず私の口から零れた名は、倒れ込んできた幼子のモノで。その瞬間、ぼやけていた意識がやっと目の前の状況をハッキリと捉えた。
『っは、っぁは……か、っぁけほっ』
周囲の喧騒を他所に、私は一体目の前で何が起きたのか分からなかった。
しかし、これだけはハッキリと理解できた。アルディという私の可愛い我が子(キャラクター)が、今にも息絶えようとしている事が。
『アルディッ!アルディ、しっかりしろ!』
『まる、せる……』
今にも意識を手放しそうなアルディが、朦朧とした様子で私の名を呼ぶ。そんなアルディの手を、私は力いっぱい握り締めた。それが何になるというワケでは無かったが、私も必死だったのだ。この子の命を、この世界に繋ぎ留めるのに。
『まる、せる……ぼくは、しぬ……のかな?』
『そんなワケないだろうっ!』
握りしめた小さな手を額に押し当て、私は腹の底から叫んだ。
『ああ、そうだ!こんなところで、絶対に死なせやしない!だって……アルディ、君はっ君はっ……』
そんな私に、ボウッとした目を向けていたアルディの目が微かに見開かれた気がした。
十年後、この私が殺すのだから。
脳裏に浮かんできた言葉に、私は体中が熱くなるのを感じた。もちろん、口に出しはしない。
『……あぁ、そうだ。殺させやしないさ。私が、絶対に』
しかし、弱っていくアルディの体をきつく抱き締めながら、全身が滾るのを止められなかった。
そう、この瞬間。私の中に使命とも言うべき熱い天啓が下ったのだ!
私は十年後、王太子アルディ・フランシスの暗殺を企てる。それが、悪役令息マルセル・ギネスに課せられた役割だ。
そう、この私!人でなしの巨匠、ヨシカワイチギの書いた物語の筋書きなのだから!
『マルセル!殿下から離れなさいっ!早く、聖護の間までお運びします!』
『アルディっ!』
宮廷医に連れて行かれるアルディを見送りながら、私は力いっぱいその小さな拳を握りしめた。最後に見たアルディは完全に意識を失っていた。顔色は真っ青で、掌は微かに痙攣しているように見えた。
あぁ、あれは間違いなく毒の反応だ。
『アルディ……どうして』
アルディが死ぬのはもっと先の話だ。そういうシナリオのはずだろう。
『一体、誰だ』
正式に物語の幕が上がる前に登場人物を殺そうとするのは。これじゃあ、私の書いたシナリオが崩れてしまう。
脚本家として、物語の筋道だけは誰であっても変えさせはしない。いくら、登場人物と言えど物語を変える程の「アドリブ」なんて。
『……絶対に、許さない』
その日、「悪役令息マルセル・ギネス」に転生した「脚本家ヨシカワ イチギ」は決意した。物語の幕が上がるその日まで、この物語の主人公「アルディ」を、ありとあらゆる災難から守り抜く事を。そして——。
『アルディは、必ずこの私が殺す!』
たとえ、それが自らの「死」を選ぶ道だとしても。
私の物語は絶対に誰にも曲げさせやしない!
特に望んだワケではなかったが、私はたまたまアルディと同じ茶会の席に居た。
『マルセル、一人ならこちらで一緒にお茶をしない?』
『え?』
そう、何故かアルディの方から私を誘ってきたのである。
最初は聞き間違いかと思った。なにせ、アルディの周りには、数多の学窓の面々が彼を取り囲んでいるのだから。そんな彼らを無視し、アルディは他でもない私に……「マルセル」に声を掛けてきた。
『ほら、こっちにおいでよ』
『あ、えっと……お、おれ?』
『もちろん!だって、この金階に〝マルセル〟はキミだけだろう?』
私はアルディに手を引かれるがまま、気付けば彼の隣に腰かけていた。
『マルセル。君とは一度ゆっくり話してみたかったんだ』
しかし、アルディの基本設定を思うと、この行動は頷ける誘いと言えた。なにせ、アルディは王太子だ。全てを「疑い」もするが、全てを「愛して」もいる。同じ学窓に居ながら、一度も話した事のない私に対し王太子として「平等に」手を差し伸べたのだろう。
『マルセル、君はハーブティーが好きなのか。じゃあ、今度僕の好きなとっておきを紹介するよ!』
『……あ、ありがとう』
戸惑いを隠せない私に、アルディはそれでも屈託なく笑顔を向け続けてくれた。
『ふふ、マルセル。いつか、きみの淹れてくれたハーブティーも振る舞って欲しいな』
その笑顔に、どういうワケだろうか。
私は最後の最後までパソコンに向かって物語を打ち込んでいた、あの瞬間を思い出していた。
『アルディ。確かに君は……こんな子だったな』
『え?』
マルセルは、アルディを殺す事で「永遠に」アルディを自分のモノにしようとした。その熱い想いの源流を、私はその時初めて垣間見た気がしたのだ。
『キミは、とても良い子だ』
『……ぁ』
こんな笑顔を向けられたら……一族の重責に押しつぶされそうになっていた八歳の男の子はどうなるだろう。何の躊躇いもなく触れてくれた手の温もりに、きっと縋り付きたくなったに違いない。
確かに、アルディの平等公正はマルセルを「絶望」させた。しかし、やはり「救い」もしたのだ。だからこその、マルセルの執着。
あぁ、分かったぞ。私はやっとアルディの気持ちを理解できた。
『アルディ、今日は君と話せて良かった……いや、君と出逢えて本当に良かったよ』
『マ、マルセル?』
アルディ・フランシス。
私の最期の担当キャラクター。よくよく考えてみれば、それはとても作家冥利に尽きる事じゃないか。なぜ、今まで気付かなかったのだろうか。
不貞腐れて過ごすには、この世界はあまりにも勿体ない!
『アルディ、よければ握手をしても?』
『あ、あぁ。えっと、うん』
そう、私がアルディの戸惑った表情に勝手に満たされている時だった。
『っぐ、っぁ……』
天使のように可愛らしい幼子の体からフワリと力が抜け、気が付けば私の腕の中に倒れ込んできた。ヌルリと生暖かい感触を頬に感じる。同時に錆びた鉄のような、しかしどこか生温かい匂いが鼻先をかすめた。
『えっ?……なんだ、コレ』
ふと自ら頬に触れると、掌には真っ赤な血が付いているのが見えた。あまりにも唐突な出来事に何が何だか分からなかった。しかし、それまで穏やかだった周囲が、一気に喧騒へと包まれる。
『サラザン先生、アルディが!』
『これは……!アルディを横にして!響念術ですぐ宮廷医を呼びます』
『なに、なんでっ!何が起こったの!?どうして、アルディが!』
悲鳴、怒号、そして——好奇に満ちた視線の数々。
『アルディ……?』
そんな中、思わず私の口から零れた名は、倒れ込んできた幼子のモノで。その瞬間、ぼやけていた意識がやっと目の前の状況をハッキリと捉えた。
『っは、っぁは……か、っぁけほっ』
周囲の喧騒を他所に、私は一体目の前で何が起きたのか分からなかった。
しかし、これだけはハッキリと理解できた。アルディという私の可愛い我が子(キャラクター)が、今にも息絶えようとしている事が。
『アルディッ!アルディ、しっかりしろ!』
『まる、せる……』
今にも意識を手放しそうなアルディが、朦朧とした様子で私の名を呼ぶ。そんなアルディの手を、私は力いっぱい握り締めた。それが何になるというワケでは無かったが、私も必死だったのだ。この子の命を、この世界に繋ぎ留めるのに。
『まる、せる……ぼくは、しぬ……のかな?』
『そんなワケないだろうっ!』
握りしめた小さな手を額に押し当て、私は腹の底から叫んだ。
『ああ、そうだ!こんなところで、絶対に死なせやしない!だって……アルディ、君はっ君はっ……』
そんな私に、ボウッとした目を向けていたアルディの目が微かに見開かれた気がした。
十年後、この私が殺すのだから。
脳裏に浮かんできた言葉に、私は体中が熱くなるのを感じた。もちろん、口に出しはしない。
『……あぁ、そうだ。殺させやしないさ。私が、絶対に』
しかし、弱っていくアルディの体をきつく抱き締めながら、全身が滾るのを止められなかった。
そう、この瞬間。私の中に使命とも言うべき熱い天啓が下ったのだ!
私は十年後、王太子アルディ・フランシスの暗殺を企てる。それが、悪役令息マルセル・ギネスに課せられた役割だ。
そう、この私!人でなしの巨匠、ヨシカワイチギの書いた物語の筋書きなのだから!
『マルセル!殿下から離れなさいっ!早く、聖護の間までお運びします!』
『アルディっ!』
宮廷医に連れて行かれるアルディを見送りながら、私は力いっぱいその小さな拳を握りしめた。最後に見たアルディは完全に意識を失っていた。顔色は真っ青で、掌は微かに痙攣しているように見えた。
あぁ、あれは間違いなく毒の反応だ。
『アルディ……どうして』
アルディが死ぬのはもっと先の話だ。そういうシナリオのはずだろう。
『一体、誰だ』
正式に物語の幕が上がる前に登場人物を殺そうとするのは。これじゃあ、私の書いたシナリオが崩れてしまう。
脚本家として、物語の筋道だけは誰であっても変えさせはしない。いくら、登場人物と言えど物語を変える程の「アドリブ」なんて。
『……絶対に、許さない』
その日、「悪役令息マルセル・ギネス」に転生した「脚本家ヨシカワ イチギ」は決意した。物語の幕が上がるその日まで、この物語の主人公「アルディ」を、ありとあらゆる災難から守り抜く事を。そして——。
『アルディは、必ずこの私が殺す!』
たとえ、それが自らの「死」を選ぶ道だとしても。
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