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第2章
6:五年前の茶会
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私がアルディを殺す決意を固めたのは、なにもこの世界に来てすぐの事ではない。
さすがの私も、あんな唐突な出来事の直後「よし!じゃあ脚本通り全力でアルディを殺そうじゃないか!」なんて思えるワケがない。
「人でなしの巨匠」なんて呼ばれてはいるが、それは物語の世界だけ。一皮剥けば、その辺に居る一介の善良なイチ市民でしかないのだから。
でも、そんな私の意識が一変する出来事が起こる。
それは、私がこの【令息奇譚】という作品のマルセルに転生してしばらくしてからの事だった。
——あんな思いって、僕が茶会で倒れた時の事を言ってるのか? もう五年も前の事なのに?
そう、今から五年前。
学内で行われた茶会の作法を学ぶ授業の折、白昼堂々アルディの茶器に毒が仕込まれたのだ。
『今日は東邦の国のお茶の作法を学びますよ。さぁ、好きな席についてください。』
『『『はい、サラザン先生』』』
あの頃の私は、アルディとは近しいと言えない間柄だった。むしろ、一度も喋った事などなかった程である。
なにせ、アルディは王太子。それも、この世界で覇権国家として君臨する大国アルベルの王位継承第一位である。
そのせいか、学園内に居る時も寮に居る時も。どこに居ても、彼の周囲には人が居た。
『アルディ、コッチの席に来ないか?』
『アルディ君、こっちに来なよ。花が咲いてて凄く綺麗だよ』
『アルディ、茶ならうちの商会に凄く良いのを取り扱ってるんだけど、今度一緒にお茶会をしようよ』
王太子という立場でありつつ「学生の間は地位を隔てた付き合いはしたくない」という、本人たっての希望もあり、彼に対して「様」などの敬称を用いた呼び方をする者は誰も居なかった。
『ありがとう、みんな。皆でお茶会、ずっと楽しみにしてたんだ!』
フワリと浮かべられる天使のような無垢な笑顔に、教師も生徒たちも皆自然と顔をほころばせる。そんな親しみやすさもあり、アルディは学内外問わずともかく人気者だったのだ。
しかし、そんなアルディに私はどうも素直に「良い子だ」だとは思えなかった。
『……アルディ。大した役者だな』
≪全てを愛し、そして全てに疑いの目を向ける。知略を巡らす孤高の王太子≫
何度も脳裏を過る、企画書に記されていたアルディの基本設定。
それを知っているせいか、私はあの子を「純粋で良い子」だなんて、素直に思えなかった。
『あの可愛らしい顔の裏で一体どんな知略を巡らせているのやら。まったく、末恐ろしい』
そう、何度独り言を漏らしてきたことか。
今思えばまったくもって大人気ない!相手は、まだ十にも満たない幼子だというのに!
しかし、そんな斜に構えた十代のような思考も大目に見て欲しい。
超常的な現象の末、突然それまでと全く異なる非日常の中に放り込まれたのだ。これは、五十四年の人生経験を経ても尚、そうやすやすと受け入れられるモノではない。
それに加え、定期的に送られてくる「父親」からの手紙も、私の心を非常に尖らせていた。
≪マルセル、このギネス家の……一族の未来はお前にかかっているのだからな。しっかりと、役目を果たせ≫
一族の未来だって!?それはさすがに八歳の子供には重すぎるだろう!と、正直思った。むしろ、五十四歳の私だってそんな重責は背負いたくない。御免こうむる。
『おいおい……これが本当に父親からの便りか?』
この場合、差出人は「マルセルの」父親という事になるのだが……その男から頻繁に「王太子に取り入れ」という旨の便りが送られてくるのである。
しかも、それが週に一度のペースでくるのだから堪らない。
『はぁっ、まったく。しつこいな』
帰省の折、一度だけ父親に会った事がある。
もちろん私よりも年下で……むしろ八歳の子供が居るとは思えないくらい年若く見える男だった。
『マルセル。お前も知らないワケでは無いだろう。我がギネス家が他の貴族から落ち目などと吹聴されているのを』
『あ、えっと……はい』
あぁ、確かそのようにマルセルの基本設定には書いてあったような気がする。と、他人事を決め込んだ返事をしていると、男は厳しい表情でこちらを見て言った。
『どうしてお前が、アルディ殿下と同じ年にこの世に生を受けたのか。その意味をしっかり考えながらクドルナ学園での日々を過ごしなさい』
まったく、なんて事を子供に言うんだ。この父親は。
それにしても、王女の懐妊を聞いて慌てて一人目の子供を作るなんて。この男、どれだけ命中率が良いんだ。
『……それとも、母親の方のキャッチ力が凄かったのか』
『なんだって?』
『いいえ、何でもありません』
なんて、下世話な思考のせいで男の言葉は右から左へ通り過ぎていく。すると、そんな私に向かって頭上から容赦ない溜息が降り注いだ。
『まったく、いつまで子供でいるつもりだ。もう八歳にもなるというのに……』
いやいや、まだマルセル(この子)は、八歳だ。普通に子供だろうが。
『長い歴史を誇るギネス家の長男としての矜持を忘れぬように』
お前は、親としての矜持を忘れないようにした方がいいのでは。
と、自分より二回り近く年下の男からの一方的で、しかも偉そうな言葉に、私はため息を堪えるだけで精一杯だった。
そういえば、三十代の頃にこういう物言いをする監督に当たった事がある。物語の解釈を巡って、真っ向からやり合ってしまった。あぁ、あの時は私も若かった。
結果はどうだったかって?
もちろん……勝ったさ。私の解釈を全力で通してやった。私は間違ってない!
『聞いてるのか、マルセル。返事は』
『……』
しかし、私だって加齢と共に分別というモノを身に付けてきた。それに、ここで変に逆らっても何かが変わるワケでもない事も理解している。
『分かりました、お父様』
私は、全くといっていいほど納得していない「分かりました」を口にすると、ギネス家を後にした。そして、その後のクドルナ学園での日々も、それまでと変わらず、目的もなく無為に過ごし続けた。
アルディと関わる事なく。ただ、ぼんやりと。
さすがの私も、あんな唐突な出来事の直後「よし!じゃあ脚本通り全力でアルディを殺そうじゃないか!」なんて思えるワケがない。
「人でなしの巨匠」なんて呼ばれてはいるが、それは物語の世界だけ。一皮剥けば、その辺に居る一介の善良なイチ市民でしかないのだから。
でも、そんな私の意識が一変する出来事が起こる。
それは、私がこの【令息奇譚】という作品のマルセルに転生してしばらくしてからの事だった。
——あんな思いって、僕が茶会で倒れた時の事を言ってるのか? もう五年も前の事なのに?
そう、今から五年前。
学内で行われた茶会の作法を学ぶ授業の折、白昼堂々アルディの茶器に毒が仕込まれたのだ。
『今日は東邦の国のお茶の作法を学びますよ。さぁ、好きな席についてください。』
『『『はい、サラザン先生』』』
あの頃の私は、アルディとは近しいと言えない間柄だった。むしろ、一度も喋った事などなかった程である。
なにせ、アルディは王太子。それも、この世界で覇権国家として君臨する大国アルベルの王位継承第一位である。
そのせいか、学園内に居る時も寮に居る時も。どこに居ても、彼の周囲には人が居た。
『アルディ、コッチの席に来ないか?』
『アルディ君、こっちに来なよ。花が咲いてて凄く綺麗だよ』
『アルディ、茶ならうちの商会に凄く良いのを取り扱ってるんだけど、今度一緒にお茶会をしようよ』
王太子という立場でありつつ「学生の間は地位を隔てた付き合いはしたくない」という、本人たっての希望もあり、彼に対して「様」などの敬称を用いた呼び方をする者は誰も居なかった。
『ありがとう、みんな。皆でお茶会、ずっと楽しみにしてたんだ!』
フワリと浮かべられる天使のような無垢な笑顔に、教師も生徒たちも皆自然と顔をほころばせる。そんな親しみやすさもあり、アルディは学内外問わずともかく人気者だったのだ。
しかし、そんなアルディに私はどうも素直に「良い子だ」だとは思えなかった。
『……アルディ。大した役者だな』
≪全てを愛し、そして全てに疑いの目を向ける。知略を巡らす孤高の王太子≫
何度も脳裏を過る、企画書に記されていたアルディの基本設定。
それを知っているせいか、私はあの子を「純粋で良い子」だなんて、素直に思えなかった。
『あの可愛らしい顔の裏で一体どんな知略を巡らせているのやら。まったく、末恐ろしい』
そう、何度独り言を漏らしてきたことか。
今思えばまったくもって大人気ない!相手は、まだ十にも満たない幼子だというのに!
しかし、そんな斜に構えた十代のような思考も大目に見て欲しい。
超常的な現象の末、突然それまでと全く異なる非日常の中に放り込まれたのだ。これは、五十四年の人生経験を経ても尚、そうやすやすと受け入れられるモノではない。
それに加え、定期的に送られてくる「父親」からの手紙も、私の心を非常に尖らせていた。
≪マルセル、このギネス家の……一族の未来はお前にかかっているのだからな。しっかりと、役目を果たせ≫
一族の未来だって!?それはさすがに八歳の子供には重すぎるだろう!と、正直思った。むしろ、五十四歳の私だってそんな重責は背負いたくない。御免こうむる。
『おいおい……これが本当に父親からの便りか?』
この場合、差出人は「マルセルの」父親という事になるのだが……その男から頻繁に「王太子に取り入れ」という旨の便りが送られてくるのである。
しかも、それが週に一度のペースでくるのだから堪らない。
『はぁっ、まったく。しつこいな』
帰省の折、一度だけ父親に会った事がある。
もちろん私よりも年下で……むしろ八歳の子供が居るとは思えないくらい年若く見える男だった。
『マルセル。お前も知らないワケでは無いだろう。我がギネス家が他の貴族から落ち目などと吹聴されているのを』
『あ、えっと……はい』
あぁ、確かそのようにマルセルの基本設定には書いてあったような気がする。と、他人事を決め込んだ返事をしていると、男は厳しい表情でこちらを見て言った。
『どうしてお前が、アルディ殿下と同じ年にこの世に生を受けたのか。その意味をしっかり考えながらクドルナ学園での日々を過ごしなさい』
まったく、なんて事を子供に言うんだ。この父親は。
それにしても、王女の懐妊を聞いて慌てて一人目の子供を作るなんて。この男、どれだけ命中率が良いんだ。
『……それとも、母親の方のキャッチ力が凄かったのか』
『なんだって?』
『いいえ、何でもありません』
なんて、下世話な思考のせいで男の言葉は右から左へ通り過ぎていく。すると、そんな私に向かって頭上から容赦ない溜息が降り注いだ。
『まったく、いつまで子供でいるつもりだ。もう八歳にもなるというのに……』
いやいや、まだマルセル(この子)は、八歳だ。普通に子供だろうが。
『長い歴史を誇るギネス家の長男としての矜持を忘れぬように』
お前は、親としての矜持を忘れないようにした方がいいのでは。
と、自分より二回り近く年下の男からの一方的で、しかも偉そうな言葉に、私はため息を堪えるだけで精一杯だった。
そういえば、三十代の頃にこういう物言いをする監督に当たった事がある。物語の解釈を巡って、真っ向からやり合ってしまった。あぁ、あの時は私も若かった。
結果はどうだったかって?
もちろん……勝ったさ。私の解釈を全力で通してやった。私は間違ってない!
『聞いてるのか、マルセル。返事は』
『……』
しかし、私だって加齢と共に分別というモノを身に付けてきた。それに、ここで変に逆らっても何かが変わるワケでもない事も理解している。
『分かりました、お父様』
私は、全くといっていいほど納得していない「分かりました」を口にすると、ギネス家を後にした。そして、その後のクドルナ学園での日々も、それまでと変わらず、目的もなく無為に過ごし続けた。
アルディと関わる事なく。ただ、ぼんやりと。
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