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第1章

3:脚本家ヨシカワイチギ、ヒサビサの「絶好調」

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 しかし、この衝撃の連続が私を変え、その日を境にこれまでにないほど筆が乗った。
 どうやら、若い女性に「ファンです」と立て続けに言われた事で調子に乗ってしまったらしい。

『……ふふ。私も、まだまだ可愛いところがあるじゃないか』

 ずっと独り身だったせいか、ともかく私は独り言が多い……らしい。たまに友人と食事などに行くとよく指摘される。
 でも、いくら指摘されても止められない。なにせ、無意識だからだ。

『申し訳ないが、私のマルセルには〝改心〟なんてさせられないな。なぁ、マルセル。君は、たった一度の失敗くらいで自分の我欲を捨てたりしないだろ?』

 そして、その独り言は、自宅だけではなく散歩中や喫茶店など様々な場所で発揮される。

『あぁ、そうだ。キミはきっと諦めの悪い子だ。でも、君が欲しかったのは立身出世で得られる権力なんかじゃない。キミが、本当に欲しかったのは——』

 きっと、公園で独り言を呟きながら歩くおじさんなんて、子供を遊ばせに来た親御さんには怖くて堪らなかっただろう。
 しかし、許して欲しい。なにせ、その時の私はここに居て、ここに居ないような感覚なのだから。

『王太子であり親友でもあった、アルディの愛だ!』

 そして、更に性質の悪い事に、筆が乗り独り言が増えると「酒の量」も増える。

『ええっと、こないだ取り寄せたヤツが……』

 私は、ウイスキーが好きだ。特にバーボンには目が無い。

『よしよし、今日は特別にコレを開けるか。とっておきだ!』

 体に悪いと分かっていながら、これもまた止められない。
 幸か不幸か、『その辺にしておきないさいよ』と止めてくれる優しい伴侶も居ないモノだから、酒の量は増える一方だ。

 初めてのボーイズラブゲームの脚本。その物語に手を付けてから、私はずっと物語の中に居た。深く深く、没入の限りを尽くす。

『ずっと自分が、アルディにとっての一番だと……そう、思っていたんだよな?なのに、そうじゃなかった。アルディは王太子だ。彼は、ぜったいに〝特別〟を作らない』

 上手く呂律が回らなくなってきた。でもいいさ。もうすぐ、もうすぐで原稿が完成する。

≪全てを愛し、そして全てに疑いの目を向ける。知略と謀略の中に住まう孤高の王太子≫
 それが、アルディ・フランシスというキャラクターである。

『でも、マルセル。君は、それをちゃんと分かっていたね。……君は、決してバカではない。アルディが誰も愛さないと理解していたからこそ、ずっと耐えてこれた——でも、』

 しかし、そんな日常も〝ある日〟を境に全て壊された。
『癒し手である、あの子が現れて……心の均衡が保てなくなった』

 手元に置いたバーボンをグラスに注ごうとして、『ん?』と手元を見た。どんなに傾けても瓶から酒が出てこない。
 あれ、これは先ほど開けたばかりじゃなかっただろうか。

 視界が揺れる。頭が揺れる。自分の頭なのに上手く支えきれない。
 でも、あと少し。あと少しだ。酒はまた後にしよう。今は原稿に走らせる手を止めたくない。

『アルディの、となりを……だれかに、とられたくなくて……きみは、おもった』

 アルディの隣を永遠に自分のモノにしたい、と。

 そんな純粋で真っすぐな好意を、一度死んだくらいで諦めきれるワケがない。
 だから、今度こそ二度目の人生。悪役令息マルセル・ギネスは決意する。今度は、憎い癒し手の彼ではなく——

 愛するアルディの息の根を止めてやる、と。

『そして、じぶんも……』

 最後の文字をキーボードに打ち込んだ瞬間、視界が揺らいだ。次いで、ガシャンという激しく何かが床に倒れ込む音が聞こえる。

『……あ、れ?』

 どうやら、音の主は私らしい。椅子ごと倒れたようだ。しかし、痛みも何もない。体を起こそうにも力が入らない。目の前には私と一緒に倒れたウイスキーの空瓶が倒れている。

『っは、っぁ』

 視界が四方から薄暗くなっていく。「死」という言葉が脳裏を過る。でも、不思議と焦りや不安はなかった。むしろ、フワフワしてどこか気持ちが良い。酒を飲んでいるから、というだけではない。

『……あぁ、たのしかった』

 私はそれだけ呟くと、意識を手放した。


◇◆◇

 そして、目を覚ますと——。

「マルセル坊ちゃん、朝ですよ。起きてください」

 私は、悪役令息マルセル・ギネス(8)になっていた。

「え?」

 なんでだッ!!!?


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