悪役令息よりも悪いヤツ!

はいじ@書籍発売中

文字の大きさ
上 下
3 / 20
第1章

2:脚本家ヨシカワイチギ、ハジメテの「ボーイズラブ」

しおりを挟む
◇◆◇

 帰宅後、私は早速シナリオに着手し始めた——ワケではなかった。

 最初にするのは「情報収集」だ。
 いくら「ヨシカワ先生はボーイズラブを意識しなくても大丈夫です!」なんて言われたとしても、私だってプロだ。

 自分が書くジャンルの「最低限のルール」くらいはきちんと知っておかなければ。なにせ、知った上でルールを無視するのと、知らずにルールを無視してしまうのは、似たようで全然違うのだから。

『ふむ、ひとまずこの辺りからいってみるか』

 そんなワケで、私はプロデューサーの彼女からお勧めされた話題のボーイズラブの小説に漫画、そしてゲームに出来る限り触れてみた。
 そして……。

『……こ、これは』

 きちんと、しっかりめにカルチャーショックを受けた。いや、ここは日本語で言い換えた方が伝わるだろう。
 私は、ボーイズラブというジャンルによって、五十四年で凝り固まった常識を「破壊された」。

『なる、ほど』

 いや、全然なるほどではない。
 まさか、この年になって、海外旅行をするワケでもなくこうも自分の常識をぶち破られるとは。当たり前だが、この世界には私の知らない世界がまだまだたくさんあるという事を、改めて思い知った。

『やっぱりこの仕事、受けて良かったかもしれないな』

 おかげで、それまで感じていたマンネリ気味だった仕事への感情が大いに奮い立った。
 なんだろう。若かりし頃、寝食を忘れ机に向かい、物語の世界に没入しながら筆を走らせていた頃を思い出すほどに、私はワクワクしていた。

 今、私は久々に「初心者」として、未開の地に乗り込んだわけだ。

『こんな感覚、久々だ』

 そのスマホゲームの基本設定はこうだ。
 舞台は、魔法と剣が存在する中世ヨーロッパ風のファンタジー世界。キャラクター達の年齢感は十代後半。物語の展開する主たる舞台は、優秀な男子を集めた全寮制の学び舎。

 つまり、学園モノだ。

『十代後半、子供ではないが大人にもなりきれていない若人達が自らの立身出世や、ままならない同性への愛を抱え日々を過ごしている……そんなのドラマが生まれないワケがないじゃないかっ!良いな!』

 主人公は「マルセル」という、貴族の青年で、このキャラクターがいわゆる「悪役令息」という役割に当たる。

 キャラクターデザインを見せて貰ったが、悪役というような尖った華やかさはなく、一見すると普通の少年にしか見えなかった。額に軽くかかる柔らかな茶髪と、つねに口元に宿る微笑が、彼を親しみやすい印象に見せている。

『悪は悪の顔をしていない、という事か。ふむ、それはまさにモノの道理だ』

 一度目の人生。彼は、異世界から突然召喚された「癒し手」と呼ばれる少年が学園の要人達から寵愛を受ける姿に嫉妬心し、道を踏み外してしまう。
 そう、癒し手の彼を殺害しようとするのだ。

『まったくマルセル、キミというヤツは。我欲の末に罪もない相手を虐げてしまうなんて、どれだけ素直で直情的なキャラクターなんだ!』

 結果、罪人として処刑されたマルセルは、目覚めると処刑の一年前にタイムリープする。物語は、そこから始まる。
 二度目の人生を歩み始めたマルセルは自分の死の運命を変える為に奮闘していくが、その中で攻略対象者達に予想外の好意を抱かれてしまう、と。

『なるほど、なるほど。今も昔もサクセスストーリーは人気なのだな……いや、この場合はシンデレラストーリーと言った方がいいのか?……いや、そもそも、悪役令息の物語が満たす読者の感情はどの部分だ?』

 ううん。分かるようで、イマイチ分からない。
 でも致し方あるまい。付け焼刃でボーイズラブを数作品読んだ程度で流行や視聴者の求めるモノが理解出来るほど、マーケティングは甘くないのだから。

『うーん、こういう時は客層に近い立ち位置の人間に、少しでも話を聞ければ良いのだが』

 と、思った矢先の事だ。
 あの若い女性のプロデューサーからおあつらえ向きのメールが届いた。

--------
アルディルートのハッピーエンドを担当する先生と、顔合わせも兼ねて会って頂く事は出来ますでしょうか。
--------

『これはこれは。ちょうど良いところに』

 こうして、私は同じく「アルディ」ルートの「ハッピーエンド」を担当するもう一人のシナリオライター(21歳:女性)と顔合わせをする事と相成った。

 そして、顔合わせ当日。

『わーー、ヨシカワせんせ!お会い出来て光栄ですー!』
『あ、はい。こちらこそ』

 わ、若いっ!
 隣に立つプロデューサーの彼女とはまた違った若さだ。なんというか〝女性〟というより〝女の子〟と言った風体である。でも、もちろんそんな事は言わない。何がどう〝セクハラ〟になるか分からないからだ。

 私は今日、何があっても仕事の話しかしない!

『悪役が転身して人生をやり直す、というのが最近の流行りみたいですね』

 社交辞令もそこそこに口を開いた私に、キラキラと輝く長い爪を纏った彼女は、酷くご機嫌な様子で色々と教えてくれた。

『ですです!それに、ザマァ展開もテッパンです!』
『……ざまぁ?』
『ざまぁみろ!の、ざまぁです!』
『あぁ、ざまぁみろ……なるほど。時代劇然り、いつの時代も勧善懲悪は人気という事ですね』
『かんぜんちょうあく……あははっ!ヨシカワせんせって人でなしって言われてるからすっごい怖いせんせだと思ってたのに、面白い人でホッとしましたー!』

 いや、私は面白い事など一つも言ったつもりはないんだが。
 しかし、本気で楽しそうに笑う二十一歳の女の子に野暮な事は言えない。

『ヨシカワせんせ、一緒にハッピーでバッドな物語を作って、女の子達に「ととのった~~!」って言わせてやりましょうねー!』
『とっ、ととのった?』
『はい!私達の物語でみんなをハッピーとバッドの無限サウナに閉じ込めてやるんですっ!』

 あぁ〝整った〟か。まったく面白い語彙力の子だ。なんだろう。ほんの一時間程度だが、一緒に居ただけで若返った気がする。
 ……気がするだけだが。

『ではでは!ヨシカワせんせ。どうぞ、よろしくお願いしまーす!』
『あっ、はい。こちらこそ、よろしくお願いしま……っ!』

 そうして、ギュッと両手で力いっぱい握り締められた手に、心臓が飛び出すかと思った。ついでに『この後、二人でお茶しませんか?』と誘われ泡を吹いた。

『えっと、このあと仕事が入ってて。すみません』

 もちろん嘘だ。仕事なんて入っていない。しかし、私の返答に彼女は気にした風でもなくニコリと笑ってみせた。

『そーなんですか?残念ですー。じゃあ〝また今度〟ですね!』
『あはは、はい。ぜひ』

 どうやら本気で『また今度』と言っているらしい彼女に、私は口上だけの『ぜひ』を述べる。いくら嬉しくて舞い上がりそうだとしても、危険な橋は渡らない主義だ。

 そしてプロデューサーの時同様、私のファンだという彼女の希望でサインを書いた。
 失礼な話だが、まさか「こういう子」まで私の作った脚本の作品を見ていたとは、というのが素直な感想だ。

『ヨシカワせんせが、ピンチヒッターで入った【閃光のスピッツガルド】の十三話、すっごくシビれました!』

 一番好きな作品のタイトルに、初期の頃少しばかり受けていたアニメのシナリオ……しかも『ヨシカワイチギ』の名義ですらない作品を上げてきたので、どうやら嘘ではないようだ。

 というか、その当時。この子はまだ生まれてすらいない筈だが。

『再放送で見ました!十三話だけは、お話がピカって光ってたからなんでだろーって子供ながらに思ってたんですー』
『は、はぁ。そうでしたか』
『はいっ!私、ヨシカワせんせみたいな物語が書きたくてこの業界に入りました!』
『あ、そ、そうですか』
『あと、あの十三話がきっかけで腐堕ちしました!だから、もう今日ほんっとに嬉しくて!』

 ふおち?なんだ、それは。
 しかし、パーソナルスペース?何ソレ?と言わんばかりに体を寄せてくる彼女に、私は気付かれない程度に一歩後ろに下がるだけで精一杯だった。

『あの、やっぱり服にもサインしてもらってもいーですか!』

 しかし、それを尋ねる余裕など一切なく、上着を脱いで薄い白のキャミソール姿になった彼女に私は思わず口に出してしまった。

『はは。い、今の若い子は……凄いな』

 家に帰った私の服には、なんだか妙に甘ったるい香水の匂いが染み付いていた。


しおりを挟む
感想 12

あなたにおすすめの小説

悪役令息、皇子殿下(7歳)に転生する

めろ
BL
皇子殿下(7歳)に転生したっぽいけど、何も分からない。 侍従(8歳)と仲良くするように言われたけど、無表情すぎて何を考えてるのか分からない。 分からないことばかりの中、どうにか日々を過ごしていくうちに 主人公・イリヤはとある事件に巻き込まれて……? 思い出せない前世の死と 戸惑いながらも歩み始めた今世の生の狭間で、 ほんのりシリアスな主従ファンタジーBL開幕! .。.:*・゚ ✽.。.:*・゚ ✽.。.:*・゚ ✽.。.:*・゚ ✽.。.:*・゚✽.。.:*・゚ ✽.。.:*・゚ HOTランキング入りしました😭🙌 ♡もエールもありがとうございます…!! ※第1話からプチ改稿中 (内容ほとんど変わりませんが、 サブタイトルがついている話は改稿済みになります) 大変お待たせしました!連載再開いたします…!

悪役令息の伴侶(予定)に転生しました

  *  
BL
攻略対象しか見えてない悪役令息の伴侶(予定)なんか、こっちからお断りだ! って思ったのに……! 前世の記憶がよみがえり、自らを反省しました。BLゲームの世界で推しに逢うために頑張りはじめた、名前も顔も身長もないモブの快進撃が始まる──! といいな!(笑)

【完結】悪役令息の従者に転職しました

  *  
BL
暗殺者なのに無様な失敗で死にそうになった俺をたすけてくれたのは、BLゲームで、どのルートでも殺されて悲惨な最期を迎える悪役令息でした。 依頼人には死んだことにして、悪役令息の従者に転職しました。 皆でしあわせになるために、あるじと一緒にがんばるよ! 本編完結しました! 『もふもふ獣人転生』に遊びにゆく、舞踏会編、はじめましたー! 他のお話を読まなくても大丈夫なようにお書きするので、気軽に楽しんでくださったら、とてもうれしいです。

買われた悪役令息は攻略対象に異常なくらい愛でられてます

瑳来
BL
元は純日本人の俺は不慮な事故にあい死んでしまった。そんな俺の第2の人生は死ぬ前に姉がやっていた乙女ゲームの悪役令息だった。悪役令息の役割を全うしていた俺はついに天罰がくらい捕らえられて人身売買のオークションに出品されていた。 そこで俺を落札したのは俺を破滅へと追い込んだ王家の第1王子でありゲームの攻略対象だった。 そんな落ちぶれた俺と俺を買った何考えてるかわかんない王子との生活がはじまった。

悪役令息に転生しけど楽しまない選択肢はない!

みりん
BL
ユーリは前世の記憶を思い出した! そして自分がBL小説の悪役令息だということに気づく。 こんな美形に生まれたのに楽しまないなんてありえない! 主人公受けです。

巻き戻りした悪役令息は最愛の人から離れて生きていく

藍沢真啓/庚あき
BL
婚約者ユリウスから断罪をされたアリステルは、ボロボロになった状態で廃教会で命を終えた……はずだった。 目覚めた時はユリウスと婚約したばかりの頃で、それならばとアリステルは自らユリウスと距離を置くことに決める。だが、なぜかユリウスはアリステルに構うようになり…… 巻き戻りから人生をやり直す悪役令息の物語。 【感想のお返事について】 感想をくださりありがとうございます。 執筆を最優先させていただきますので、お返事についてはご容赦願います。 大切に読ませていただいてます。執筆の活力になっていますので、今後も感想いただければ幸いです。 他サイトでも公開中

悪役令息に転生したので、断罪後の生活のために研究を頑張ったら、旦那様に溺愛されました

犬派だんぜん
BL
【完結】  私は、7歳の時に前世の理系女子として生きた記憶を取り戻した。その時気付いたのだ。ここが姉が好きだったBLゲーム『きみこい』の舞台で、自分が主人公をいじめたと断罪される悪役令息だということに。  話の内容を知らないので、断罪を回避する方法が分からない。ならば、断罪後に平穏な生活が送れるように、追放された時に誰か領地にこっそり住まわせてくれるように、得意分野で領に貢献しよう。  そしてストーリーの通り、卒業パーティーで王子から「婚約を破棄する!」と宣言された。さあ、ここからが勝負だ。  元理系が理屈っぽく頑張ります。ハッピーエンドです。(※全26話。視点が入れ代わります)  他サイトにも掲載。

【完結】悪役令息の役目は終わりました

谷絵 ちぐり
BL
悪役令息の役目は終わりました。 断罪された令息のその後のお話。 ※全四話+後日談

処理中です...