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「こんばんは、タローさん」
「こっ、こんばんは!」
アオイさんが来た。また、俺の家に来てくれた。
「タローさん、凄く嬉しそう。何か良い事でもあったんですか?」
「はい!」
アオイさんに会えたからです!
いつもの素敵なにこにこ笑顔で現れたアオイさんに、俺は嬉しくて仕方が無かった。良かった。ちゃんと定時に上がれたお陰で、部屋の掃除も出来たし、お洒落なジャージを見繕う時間も取れた。まぁ、結局いつもお店に行く時と同じジャージに落ち着いたけれど。
「じゃあ、おじゃまします」
「はい、どうぞ!」
前回もそうだったが、家に出張で来てくれる時はスクラブを着てないので私服姿だ。もちろん、お洒落。あぁ、推しのプライベートの一端を垣間見る事が出来るなんて、本当に有難い。
「タローさん、今日は急にすみません」
「いえ。こちらこそ、わざわざありがとうございます!」
「何か気になる事とかなかったです?」
「はい、大丈夫です!」
タローさんを部屋に案内しながら、できるだけハキハキ答えた。俺は気を抜くと、すぐにボソボソ喋りになってしまうので、アオイさんと居る時は少し意識するようにしている。
「そういえば、タローさん。せっかく連絡先を交換したのに何の連絡もないので少し心配してました」
「え?」
「もっと気軽に連絡して貰っていいですからね」
「で、でも」
アオイさん、俺の事を心配してくれてたんだ。やっぱり凄く優しい。
本当は俺もアオイさんに連絡したくて、必死に脱毛の質問を考えたけど、丁度良いモノが思い浮かばなかったのだ。そんな俺に、アオイさんはサラリと続ける。
「好きピの感想でも、他の漫画の事でも。何だっていいですから」
「っ!」
アオイさんの言葉に、俺は息を呑んだ。
え、いいの?本当に?
「い、いいんですか?脱毛の、事じゃなくても」
「もちろんです。脱毛の事じゃなくても、何でも好きに送ってください」
いいのかな。本当に、いいのかな。
推しに、そんな。ライブの感想以外を送っても。分からない。ファンは自制しないと、すぐに調子に乗って推しに迷惑をかけてしまうから。アクセルとブレーキを踏み間違ったら大事故に繋がる。
「じゃあ、俺もこれからは、何でもない事もタローさんに連絡しようかな?」
「~~~っ!」
そ、そんな!まさか、アオイさんの方から俺に連絡してくれる事があるなんて!しかも「何でもない事」を。
そんな、そんな!ファンサが凄すぎじゃないか。こんな事をしたら、アオイさんファンの過激派は、絶対に勘違いしてしまうだろう。アオイさんは優し過ぎる。気を付けないと、今は物騒だから――、
「いいですか?タローさん」
「も、モチロンです!」
「タローさんも連絡してくれます?」
「し、します!絶対に!」
どうしよう。理性と本能で、本能が圧勝してしまった。弁える部分だったのかもしれないけど、推しにこんな事を言って貰えて、自制できるファンがどこに居ると言うんだ!
「良かった。じゃあ、タローさん」
「はい!」
「そろそろ、お風呂場に行きましょうか?」
「へ?」
突然、アオイさんは肩にかけていた鞄をゴソゴソ漁り始めると、中から普段俺が見た事のないようなカタチの剃刀を取り出した。なんだか、凄く滑らかなカタチをした、いかにもプロっぽい剃刀だ。
「VIOの脱毛の効果がどこまで進んでいるのか、見せてください」
「あ、あ。そ、そうですよねっ」
そうだった。今日はアオイさんに脱毛の効果がどれだけ出ているか見て貰うんだった。だから、今日も俺はアオイさんの前で下半身を晒さなければならない。すっかり頭から抜け落ちていた事実に、体がジワリと汗ばんできた。
「……っぅ」
でも、何でお風呂なんだ?何で剃刀?
「毛の太さを、剃りながら確認させて貰いますね?」
「あ、あ、はい!」
そんな俺の疑問は、にこにこと優しい笑みを浮かべるアオイさんの前で消え去った。そっか、毛の太さを見ないといけないのか。本当にアオイさんの仕事は丁寧だ。でも、一つだけ気になる事がある。
「あ、あの。アオイさん」
「どうしました?タローさん」
俺はアオイさんの視線に体温が急激に上がっていくのを感じながら、絞り出すように言った。
「お風呂場は、掃除してなくて……だから、汚いので。ごめんなさい」
そう言った俺に、アオイさんは「ぶはっ」と、激しく吹き出したのであった。
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「こんばんは、タローさん」
「こっ、こんばんは!」
アオイさんが来た。また、俺の家に来てくれた。
「タローさん、凄く嬉しそう。何か良い事でもあったんですか?」
「はい!」
アオイさんに会えたからです!
いつもの素敵なにこにこ笑顔で現れたアオイさんに、俺は嬉しくて仕方が無かった。良かった。ちゃんと定時に上がれたお陰で、部屋の掃除も出来たし、お洒落なジャージを見繕う時間も取れた。まぁ、結局いつもお店に行く時と同じジャージに落ち着いたけれど。
「じゃあ、おじゃまします」
「はい、どうぞ!」
前回もそうだったが、家に出張で来てくれる時はスクラブを着てないので私服姿だ。もちろん、お洒落。あぁ、推しのプライベートの一端を垣間見る事が出来るなんて、本当に有難い。
「タローさん、今日は急にすみません」
「いえ。こちらこそ、わざわざありがとうございます!」
「何か気になる事とかなかったです?」
「はい、大丈夫です!」
タローさんを部屋に案内しながら、できるだけハキハキ答えた。俺は気を抜くと、すぐにボソボソ喋りになってしまうので、アオイさんと居る時は少し意識するようにしている。
「そういえば、タローさん。せっかく連絡先を交換したのに何の連絡もないので少し心配してました」
「え?」
「もっと気軽に連絡して貰っていいですからね」
「で、でも」
アオイさん、俺の事を心配してくれてたんだ。やっぱり凄く優しい。
本当は俺もアオイさんに連絡したくて、必死に脱毛の質問を考えたけど、丁度良いモノが思い浮かばなかったのだ。そんな俺に、アオイさんはサラリと続ける。
「好きピの感想でも、他の漫画の事でも。何だっていいですから」
「っ!」
アオイさんの言葉に、俺は息を呑んだ。
え、いいの?本当に?
「い、いいんですか?脱毛の、事じゃなくても」
「もちろんです。脱毛の事じゃなくても、何でも好きに送ってください」
いいのかな。本当に、いいのかな。
推しに、そんな。ライブの感想以外を送っても。分からない。ファンは自制しないと、すぐに調子に乗って推しに迷惑をかけてしまうから。アクセルとブレーキを踏み間違ったら大事故に繋がる。
「じゃあ、俺もこれからは、何でもない事もタローさんに連絡しようかな?」
「~~~っ!」
そ、そんな!まさか、アオイさんの方から俺に連絡してくれる事があるなんて!しかも「何でもない事」を。
そんな、そんな!ファンサが凄すぎじゃないか。こんな事をしたら、アオイさんファンの過激派は、絶対に勘違いしてしまうだろう。アオイさんは優し過ぎる。気を付けないと、今は物騒だから――、
「いいですか?タローさん」
「も、モチロンです!」
「タローさんも連絡してくれます?」
「し、します!絶対に!」
どうしよう。理性と本能で、本能が圧勝してしまった。弁える部分だったのかもしれないけど、推しにこんな事を言って貰えて、自制できるファンがどこに居ると言うんだ!
「良かった。じゃあ、タローさん」
「はい!」
「そろそろ、お風呂場に行きましょうか?」
「へ?」
突然、アオイさんは肩にかけていた鞄をゴソゴソ漁り始めると、中から普段俺が見た事のないようなカタチの剃刀を取り出した。なんだか、凄く滑らかなカタチをした、いかにもプロっぽい剃刀だ。
「VIOの脱毛の効果がどこまで進んでいるのか、見せてください」
「あ、あ。そ、そうですよねっ」
そうだった。今日はアオイさんに脱毛の効果がどれだけ出ているか見て貰うんだった。だから、今日も俺はアオイさんの前で下半身を晒さなければならない。すっかり頭から抜け落ちていた事実に、体がジワリと汗ばんできた。
「……っぅ」
でも、何でお風呂なんだ?何で剃刀?
「毛の太さを、剃りながら確認させて貰いますね?」
「あ、あ、はい!」
そんな俺の疑問は、にこにこと優しい笑みを浮かべるアオイさんの前で消え去った。そっか、毛の太さを見ないといけないのか。本当にアオイさんの仕事は丁寧だ。でも、一つだけ気になる事がある。
「あ、あの。アオイさん」
「どうしました?タローさん」
俺はアオイさんの視線に体温が急激に上がっていくのを感じながら、絞り出すように言った。
「お風呂場は、掃除してなくて……だから、汚いので。ごめんなさい」
そう言った俺に、アオイさんは「ぶはっ」と、激しく吹き出したのであった。
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