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21:[オタク 落とし方]【検索】
しおりを挟む最初は、キモいオタク野郎が来たと思った。
「えーっと、宮森さんですね。担当させて頂きます、高梨アオイです。よろしくお願いします」
「あっ、ハイ。ど、どうぞよろしくお願いします」
だって全身ジャージのモサ眼鏡男だったし。つーか、ここまで来るのにその格好で来たのか。ソレで電車に乗った?マジであり得ないでしょ。
しかもカルテの年齢を見たら三十五だし。希望部位が髭とVIOだし。マジでキモいと思った。まだ髭なら分かる。あと全身とか。でも、ドンピシャでVIOって書いてくる、明らかにオタクの童貞。しかもコース組まずの都度払い。
でも、逆に納得した。
最近、メンズ脱毛でVIOも大分と認知されてきたけど、まずやろうとすんのは清潔感とか、その辺を気にしてる意識高い系。
あとは「童貞」この二種類だ。
キモ過ぎ。
童貞は経験ない分、もしセックスして他人に見られるような状況に陥った時、自分の下半身がどう見られるのかやたらと気にする。気にし過ぎる。そこ、そんな考えるトコじゃねぇし。
ま、だから童貞なんだろうけど。
「えーっと、まずは髭の脱毛がご希望なんですね」
「あ、はい」
「面倒ですよね。朝のあの時間。あ、ちなみに俺もやってるんですよ」
「そ、そうなんですね」
「うちはレーザー脱毛なので、人によっては凄く痛い方もいらっしゃいます。あんまり痛い時は、麻酔クリームも使えるので今日の様子で次回考えましょうか」
「あっ、はい」
何で毎度毎度、会話の最初にドモるんだよ。なんだよ、その無駄な「あ、」は。なんで、常に左手を右腕で掴んでんだよ。なんでそんなにテンプレオタクルックなんだよ。
あぁ、クソ!マジでキモい!
コイツのVIOやんのかと思ったら、マジで具合が悪くなりそうだ。
しかし、モチロンおくびにも出さない。そりゃあそうだ。コイツはキモオタ童貞だが「客」だ。
この店はオーナーと俺で半分ずつ、共同出資をしてやっと開いた店。新店故に、まだ固有の客も少なく、周囲には競合他社が群雄割拠している。オープン直後のこの時期。
客は一人だって逃がすワケにはいかないのだ。
『アオイ、この客だけは逃すなよ』
『あいあい』
オーナーからも直々に言われてる。そう、コイツ。「宮森タロー」は逃しちゃならないタイプの客だ。
現状、宮森タローは「単発支払いコース」で「部位別」の申し込みになっている。それは、何かあったらすぐに通うのを辞められるという事だ。
脱毛は一回じゃ効果を実感出来ない。
にも関わらず、髭に関しては部位の特性上、人によっては痛みも凄まじい。しかも、次回の予約までに一カ月半以上開くと来たもんだ。それ故に、単発の客は十中八九、途中で通うのを辞める。
そんなの、店としては困るのだ。他の店に客を取られる可能性もある。下手すると「痛いだけで効果が薄い」なんてレビューに書き込まれかねない。
しかし、この単発支払いがあるからこそ、客に対する敷居が下げられるワケで……。
だから、カルテを取った段階で、俺に回された。俺はこういう客を「コース払い」に移行させる事が最優先事項なのである。
俺はこの店の「営業」担当だ。
だから俺は、キモオタ童貞野郎のコイツを本気で落としにかかった。
「あ、ソレ」
「あっ、ああっ!えっと、ソレは、その!ち、ち、ち、違くて!あの、お、おいっこに……貰って!」
鞄に付いていた、人気の萌え系アニメのキーホルダー。恥ずかしがるくらいなら付けて来んなよ。さすが、テンプレオタク。好きになる作品もザ・テンプレ。
ただ、こういうオタクはパターンさえ読めれば落とすのはさほど難しくない。
「俺も好きなんですよ。好きピ。コミックスも全巻持ってるんですよ?」
そう、俺が言った瞬間、ソイツの表情が一変した。
「す、す、好きなんですか!?」
ほら、チョロイ。
先程まで一切目を合わせてこなかった相手が、急に目を合わせてきた。しかも、その目をキラキラさせて。キモ。
「はい。面白いですよね。一見萌え系のアイドルモノかと思ったら、少年漫画みたいな熱いバトルもあるし、たまにミステリー風味な要素もあって、いつも展開にドキドキさせられて。でも、何より……」
俺は特に好きでも何でもない、接客の為の情報の一環として頭に入れているだけの情報を何の感慨もなくぺらぺらと話す。別にアニメじゃなくても、俺は一通りどんな話題にも付いて行けるように様々な情報を頭に叩き込んでいる。
「葵ちゃん、すっごい可愛いですよね?」
「っっっ!」
その会話で、俺は一気にソイツの懐に入った。あ、いや。入ったつーか、ガバガバ過ぎて気付いたら懐の中に入れられてた。いや、チョロ過ぎだろ。
「あ、あの。どうぞ」
お陰で、マジでいらねぇ美少女キーホルダーを貰ってしまった。死ぬ程捨てたい。ただ、本心をひた隠しにしながら、俺は自分の最大の武器である「笑顔」をうかべつつ貰ったキーホルダーをポケットにしまった。
あぁ、いらんゴミを貰った。
店じまいの後、ロッカールームでオタク野郎から貰ったキーホルダーを見て溜息を吐いた。
「マジでいらねぇ。捨ててぇっ……けど」
昨今、機械の発達のお陰で、脱毛の技術は施術者の腕によるものではなくなった。そりゃあ、多少の技術の差はあれど、きちんとした機械さえ導入できれば、誰がやっても、ある程度同じ成果が得られるようになったのだ。
「次は、これ付けてやるしかねぇな」
だから、脱毛サロンのスタッフは「人」で選んで貰うしかない。技術というアドバンテージで他の店と大きな差を付けられない以上。そうするより他ないのだ。
「……でも」
-------っふ、うぇえぇっ。いだい。
「キモいけど……アイツ。なんか、オモロかったなぁ」
あの、年の割にどことなく幼く、そしてコロコロと変わる表情に、俺は貰ったキーホルダーを空中に投げた。
その時の自分の顔が自然と笑っている事に、この時の俺は気付いていなかった。
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