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15:[推し 終わらせ方]【検索】
しおりを挟む何でもない平日の木曜日。
俺は事前に申請していた有給を、そりゃあもう無為に過ごしていた。
一人暮らしの部屋の中。暖房をガンガンに付けて、更には布団の中で丸まっている。時計を見てみれば、既に脱毛の予約を入れていた時刻を回っている。
最もサロンの空く時間帯。毎週木曜日の午後二時。
「すみません、すみません……本当に、ごめんなさい。アオイさん」
俺は、直前になって、ウェブから予約をキャンセルしていた。本当はこんな事はしてはいけない。だって、店にも、もちろんアオイさんにも迷惑をかける。でも、やっぱり無理なモノは無理だった。
「だって、絶対にまた勃起する」
あの日、初めてのVIOの脱毛をした日。
俺は見事にアオイさんの手でイかされてしまった。イかされて、アオイさんの手を汚し、子供のように泣いて。そして、逃げるように帰って来た。
「でも、アオイさんも、もう俺が来なくてホッとしてるかも」
言ってて自分で悲しくなってきた。その気持ちを慰める為に、俺はベッドの脇にずっと置いてある一枚の紙を手に取った。
「……アオイさん」
俺の手にしたモノ。それはサロンから来た年賀状だった。年始の挨拶が印刷された年賀状にクーポンが付いている。そして、その右下に一言だけ手書きの文字が書いてあった。
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待ってます。
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特に名前は書いてない。でも、分かる。この字は、アオイさんの字だ。いつもサラサラとカルテに書いている文字を横から見ていたから知ってる。これは、絶対にアオイさんの字だ。
「アオイさん、本当に待っててくれてるのかな」
俺が来なくて、きっとアオイさんもホッとしてるだろう。そうやって、自分で付けた傷を、アオイさんからの年賀状で癒す。こんな無意味な事を、今まで何度繰り返して来たことだろう。
「でも、もう行けない」
こんなドタキャンみたいな事をしてしまったのだ。どの面下げて次回の予約など取れようか。しかも、肝心の勃起の問題は一切解決していない。
「……俺、絶対にまた勃つし」
きっと、俺は前日にどれだけヌいても、また勃起してしまう。それは、なんとなく俺の中で確信があった。
だって、あの日アオイさんに触って貰った感触がずっと消えないのだ。しかも自分でヌいている時も、自然とあの日のアオイさんの手の感触を思い出しながらシてしまっているのだから。
「最低だ……俺は、気持ち悪いヤツだ。変態野郎だ。犯罪者だ」
特に最後に勃起したちんこの裏筋を下から上に指でなぞられた感覚が、ずっと残っている。同時に耳の奥から『だいじょうぶ、だいじょうぶ』という、アオイさんの声が聞こえてきた。その瞬間、背中にゾクリとした感覚が走る。
ヤバイ。ヌきたい。
「だ、ダメ。ダメダメ」
言ってる傍から何を考えてるんだ。俺は年賀状をベッドの上に置くと、そのままガバリと毛布を被った。アオイさんの事を思い出しながらヌく位なら、いっその事、夢精した方がまだマシだ。
「もう、いいや」
俺は無理やり目を閉じると、もう脱毛サロンには行かない事を決意した。推しは推せるうちに推せ。まさか、こんな自分の都合で推せなくなる事があるなんて思いもしなかった。
これまでの「推し」は、いつも作品が終わったり、グループが解散したり。ともかく、相手の都合だった。
なのに、アオイさんは違う。
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待ってます。
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その言葉が、浮かんでは消えていく。そうやって必死に目を瞑り、性欲と寂しさを腹の底に押し込めながら、俺はいつの間にか深い眠りに落ちていた。俺は、アオイさんを推せる分だけ推した筈だ。
もう、それでいいじゃないか。
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