9 / 75
9:[オタク 有休 使い方]【検索】
しおりを挟む「あ、タローさん。すみません」
アオイさんが片付けをしていた手を止め、そそくさと扉の外へと出ていった。すると、微かながら声が聞こえた。
「高梨さんの指名の方が……その、急遽いらっしゃってて」
「あぁ、あの人かぁ」
「どうしましょう」
「……予約の時間を考えないとですね」
その瞬間、俺は天啓が下った。
これだ!
「すみません、タローさん。バタバタしてしまって。あ、日焼け止め。俺が使っているのをお伝えしますね。後でロッカーから持って……」
「あ、あの。大丈夫です!」
「え?でも」
俺は弁えたファンを目指しているのに、どうしてこんな簡単な事に、今まで気付かなかったんだろう。
「今日もありがとうございました。また、よろしくお願いします」
「あっ、タローさん!」
俺はアオイさんに頭を下げると、速足で個室から飛び出した。周囲を見渡すと、個室は全部埋まっているようだった。
最初に俺がこの脱毛サロンに来た時は、出来たばかりだった事もあり、休みの日も予約はガラガラだった。しかし、今や待合室も予約客でいっぱいだ。
「さすが、アオイさんの居るお店だなぁ」
こうなる事は、分かり切っていた事だ。だって、“あの”アオイさんがスタッフとして働いているんだぞ。遅かれ早かれこうなる運命だったんだ。
俺は同担拒否な過激オタクではないので、むしろ嬉しくて仕方がない。推しは皆で推した方が楽しいじゃないか。
「宮森様、次回のご予約はどうされますか?」
受付のイケメンスタッフさんが、次の予約の日程を尋ねてくる。この人は、最初に俺のジャージ姿にビックリしていた人だ。もちろん、今日も俺はジャージだ。だって、アオイさんがジャージが良いっていったから、コレでいいのだ。
「次の予約可能な土日は……あー、埋まってますね」
「あ、あの……ちょっといいですか?」
「なんでしょう?」
「何曜日が、一番お客さんが少ないですか?」
「へ?」
「推し活」は推してる側が最高に楽しませて貰っている分、出来るだけ「推し」には迷惑をかけたくない。むしろ、健やかにあってほしい。
「土日じゃなくても良いので。一番お客さんが少なくてご迷惑にならない曜日を」
「……だとすると、平日の木曜日の昼過ぎあたりが」
「じゃあそこで」
「いいんですか?一度ズレると、休みの日は取り辛くなりますよ」
「大丈夫です」
だって俺には、余りにあまった有給がある。今まで、わざわざ休みにしてもする事が無かったので殆ど使った事が無かったが、推しの為に使うのが有給じゃないか。
そう、俺が受付で次回の予約を取り終えた時だ。
「タローさん」
忙しいだろうに、アオイさんが受付までやって来てくれた。しかも、他のお客さんを呼ぶ為じゃない。だって、アオイさんは今、俺の名前を呼んでくれたんだから!
「っあ、アオイさん!」
待合室には他のアオイさんのファンも居る。良いのだろうか。そんな風に施術の終わった客の名前なんか呼んでしまったら、過激派のファンが怒ったりしないのだろうか。
「これ、さっき俺が使ってる日焼け止めです。こういうちょっと変わったパッケージなので、一回実物を見た方が分かりやすいかと思って」
「あ、あ。わざわざ、ありがとうございます」
どうやら、アオイさんは忙しい中、俺にお勧めの日焼け止めを教えに来てくれたらしい。お店の商品でもないのに。アオイさんに紹介料が発生するワケでもないのに。
俺みたいな、もうあまり売り上げに貢献出来なくなったヤツの所に、わざわざアオイさんは来てくれたのだ。ファンサが凄い。ありがたくて泣きそうだ。
62
お気に入りに追加
270
あなたにおすすめの小説

転生したら魔王の息子だった。しかも出来損ないの方の…
月乃
BL
あぁ、やっとあの地獄から抜け出せた…
転生したと気づいてそう思った。
今世は周りの人も優しく友達もできた。
それもこれも弟があの日動いてくれたからだ。
前世と違ってとても優しく、俺のことを大切にしてくれる弟。
前世と違って…?いいや、前世はひとりぼっちだった。仲良くなれたと思ったらいつの間にかいなくなってしまった。俺に近づいたら消える、そんな噂がたって近づいてくる人は誰もいなかった。
しかも、両親は高校生の頃に亡くなっていた。
俺はこの幸せをなくならせたくない。
そう思っていた…

【完結】兄の事を皆が期待していたので僕は離れます
まりぃべる
ファンタジー
一つ年上の兄は、国の為にと言われて意気揚々と村を離れた。お伽話にある、奇跡の聖人だと幼き頃より誰からも言われていた為、それは必然だと。
貧しい村で育った弟は、小さな頃より家の事を兄の分までせねばならず、兄は素晴らしい人物で対して自分は凡人であると思い込まされ、自分は必要ないのだからと弟は村を離れる事にした。
そんな弟が、自分を必要としてくれる人に会い、幸せを掴むお話。
☆まりぃべるの世界観です。緩い設定で、現実世界とは違う部分も多々ありますがそこをあえて楽しんでいただけると幸いです。
☆現実世界にも同じような名前、地名、言葉などがありますが、関係ありません。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
【完結】相談する相手を、間違えました
ryon*
BL
長い間片想いしていた幼なじみの結婚を知らされ、30歳の誕生日前日に失恋した大晴。
自棄になり訪れた結婚相談所で、高校時代の同級生にして学内のカースト最上位に君臨していた男、早乙女 遼河と再会して・・・
***
執着系美形攻めに、あっさりカラダから堕とされる自称平凡地味陰キャ受けを書きたかった。
ただ、それだけです。
***
他サイトにも、掲載しています。
てんぱる1様の、フリー素材を表紙にお借りしています。
***
エブリスタで2022/5/6~5/11、BLトレンドランキング1位を獲得しました。
ありがとうございました。
***
閲覧への感謝の気持ちをこめて、5/8 遼河視点のSSを追加しました。
ちょっと闇深い感じですが、楽しんで頂けたら幸いです(*´ω`*)
***
2022/5/14 エブリスタで保存したデータが飛ぶという不具合が出ているみたいで、ちょっとこわいのであちらに置いていたSSを念のためこちらにも転載しておきます。

何も知らない人間兄は、竜弟の執愛に気付かない
てんつぶ
BL
連峰の最も高い山の上、竜人ばかりの住む村。
その村の長である家で長男として育てられたノアだったが、肌の色や顔立ちも、体つきまで周囲とはまるで違い、華奢で儚げだ。自分はひょっとして拾われた子なのではないかと悩んでいたが、それを口に出すことすら躊躇っていた。
弟のコネハはノアを村の長にするべく奮闘しているが、ノアは竜体にもなれないし、人を癒す力しかもっていない。ひ弱な自分はその器ではないというのに、日々プレッシャーだけが重くのしかかる。
むしろ身体も大きく力も強く、雄々しく美しい弟ならば何の問題もなく長になれる。長男である自分さえいなければ……そんな感情が膨らみながらも、村から出たことのないノアは今日も一人山の麓を眺めていた。
だがある日、両親の会話を聞き、ノアは竜人ですらなく人間だった事を知ってしまう。人間の自分が長になれる訳もなく、またなって良いはずもない。周囲の竜人に人間だとバレてしまっては、家族の立場が悪くなる――そう自分に言い訳をして、ノアは村をこっそり飛び出して、人間の国へと旅立った。探さないでください、そう書置きをした、はずなのに。
人間嫌いの弟が、まさか自分を追って人間の国へ来てしまい――

獣のような男が入浴しているところに落っこちた結果
ひづき
BL
異界に落ちたら、獣のような男が入浴しているところだった。
そのまま美味しく頂かれて、流されるまま愛でられる。
2023/04/06 後日談追加
聖女召喚されて『お前なんか聖女じゃない』って断罪されているけど、そんなことよりこの国が私を召喚したせいで滅びそうなのがこわい
金田のん
恋愛
自室で普通にお茶をしていたら、聖女召喚されました。
私と一緒に聖女召喚されたのは、若くてかわいい女の子。
勝手に召喚しといて「平凡顔の年増」とかいう王族の暴言はこの際、置いておこう。
なぜなら、この国・・・・私を召喚したせいで・・・・いまにも滅びそうだから・・・・・。
※小説家になろうさんにも投稿しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる