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6:[好きピ 葵 魅力]【検索】

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 脱毛は、一週間に数回のような、頻繁に通うモノではない。
 「毛周期」とかいうヤツを意識して脱毛しないといけないので、基本、次の予約が一カ月半後だったりする。
 正直、あんなに痛い思いをするのであれば、ひと思いに終わらせてほしかったけれど、それだと意味が無いらしい。

『次は一カ月半後ですね。宮森さん。次は麻酔クリームを使うんですけど、保湿も大事ですからね。そうすると痛みが和らぎますから。あ、来週の“好きピ”も楽しみですね』

 ひとしきり泣いた俺に、そう言って背中を撫でてお店で取り扱ってるクリームまでお勧めしてくれたアオイさんには感謝しかない。優し過ぎる。
 しかも、施術が終わった後、ちょっとだけアオイさんと好きピの話が出来た。アオイさんの話は上手だし、好きピの事良く分かってるし、話してて凄く楽しかった。

『次は五月二十五日かぁ。先だなぁ』

 そんなに先の予約なのか。長いなぁ。出来ればアオイさんの先週の好きピの感想が聞きたいなぁ。
 なんて思っていたのだが。

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「もう、五月二十五日だ」

 気付けば、俺はまたあの脱毛サロンに来ていた。もちろんジャージで。凄く先だと思っていたのに、何て事はない。仕事をしていたらあっという間だった。
 大人の時間の流れとは、尋常ならざるモノがある。早い早い。待って待ってー。いや、別に待たなくていいけどね。

「宮森さーん」
「っ!」

 まだ、二回目だけど、もう知ってる場所だし、知ってる人が居るのでこのサロンも今や俺の庭だ。アオイさんの呼ぶ声に、俺は待合室からパッと立ち上がると、前回同様白いスクラブを着たユルフワなアオイさんの元に向かった。

「今日もよろしくお願いします。宮森さん?」
「あっ、あお……高梨さん。今日もどうぞよろしくお願いします」

 ずっと心の中で「アオイさん」と呼んでいたせいで、思わず名前で呼んでしまいそうになる。危ない危ない。距離感の分からないキモオタだと思われる所だった。
 すると、そんな俺にアオイさんは前回同様、目元にニコッという擬音が聞こえそうな程の笑顔を俺に向けて言った。

「あはは。名前で呼んでくださって大丈夫ですよ」
「い、いいんですか?」
「はい、もちろんです」

 「だって、葵ちゃんと同じ名前ですもんね?」という言葉に、俺は恥ずかしくて思わず俯いた。すると、その瞬間、信じられないモノが目に飛び込んで来た。

「あっ、あっ!ソレ!」
「気付きました?」

 アオイさんの腰のポケットからは、前回俺のあげた葵ちゃんのキーホルダーが見えていた。

「宮森さんに貰ったキーホルダー。あんまり可愛いので、ロッカーのカギに付けちゃいました」
「っあ、あ、あ!」
「さ、今日も頑張りましょう?宮森さん」
「は、はい!」

 正直、あの時は勢いに任せて渡したので、後々、家で悶々としていたのだ。迷惑じゃなかったかな、とか。キモいと思われなかったかな、とか。
 でも、そんな事なかった。

「が、がんばります」

 アオイさんは、ちゃんと喜んでくれていた!
 俺は、目の前を歩くアオイさんのポケットから覗く葵ちゃんのキーホルダーに、表情が緩みそうになった。あぁ、良かった。俺、感情があんまり表に出るタイプじゃなくて。

「先週の好きピも面白かったですねぇ」
「はいっ」
「原作の流れとちょっと演出が違ってて。結末は分かってるのにめちゃくちゃドキドキしましたよねー」
「うんうん!」
「舞台に上がった瞬間、泥水をぶっかけられた時の葵ちゃんの表情、凄かったなぁ。原作のまんまっていうか……それ以上?みたいな」
「分かります!」

 さすが、アオイさん。分かってらっしゃる!
 施術の準備をしながら、先週の好きピの話をしてくれる葵さんに俺は首がもげる程頷いてしまった。嬉しい。俺も全部同じように思ってたから、話しててスッキリする。

 でも、どうしてアオイさんは、こんなにイケメンで若いのにオタクの俺と話が合うのだろうか。不思議だ。

「あ、あの。アオイさん」
「どうしました?宮森さん」

 フワリと揺れる柔らかい髪の毛と、笑顔の絶えない顔。そして腰のポケットで揺れる葵ちゃんのキーホルダーに、俺は勇気を出して尋ねてみた。

「ど、どうして。アオイさんは若くて、そ、んなに格好良いのに……その、好きピが好きなんですか?」
「へ?」

 俺の問いかけにアオイさんは一瞬だけ戸惑ったような目で此方を見つめた。
 あ、コレ完全に困らせてしまってる。どうしよう。そう、俺が思った時だ。アオイさんはその顔に、いつものふんわりとした笑みを浮かべた。

「ははっ、『好きピが好き』ってなんか面白いですね」
「っ!」

 その屈託のない笑顔に、俺は頭の片隅でコツンと何かが落ちた音がした。



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