【完結】俺の声を聴け!

はいじ@書籍発売中

文字の大きさ
上 下
265 / 284
第4章:俺の声を聴け!

242:イーサの背中

しおりを挟む




 遠くに、サトシの声が聞こえる。



--------そういえば、イーサ。お前、明日の戴冠式のスピーチ、何を話すつもりなんだ?

 戴冠式での新王のスピーチ。
 初勅とも呼ばれるソレは、新しい王が今後この国をどのように導きたいのかを国民に知らせる為の言葉だ。

 偉大な前王を無くした国民は今、新しい王の言葉を求めている。

 でも、そんなの未だに俺も分からない。
 戴冠式で何を言うかなんて、俺はちっとも考えていなかった。

 なぁ、サトシ。イーサは一体何を言えばいい?


        〇

「はぁっ」

 大きな窓から差し込む陽光が、バルコニーへと続く広い部屋を照らし出す。今日は天気が良い。壁や柱は金の飾りで飾られ、それら全てが太陽の光に反射してキラキラと輝いている。その光景に、俺はどこか頭がぼんやりするのを感じた。

「イーサ王、本当に何を言うのか事前に教えてはくださらないんですか」
「マティック、それ以上言ったら俺はここで癇癪を起こすが……いいか?」
「まったく、もう勘弁してくださいよ」

 疲れたように肩を竦めるマティックの姿に、ソレはコッチの台詞だと言いたかった。朝からサトシとの時間を邪魔された挙句、堅苦しい王衣を纏わされ、ひっきりなしに貴族達からの挨拶を受けさせられた。心にもない形式だけの祝辞など、子守歌にもならない。
 まるで、引きこもっていた百年分の仕事を、今日一日に詰め込まれているようだ。

「サトシは?」
「イーサ王。今だけはサトシの事は頭から消してください」

 俺の問いは、にべもなくマティックから一蹴された。何を言ってるんだ。サトシを消せるワケない。サトシはどこだ。あれほど傍に居るように言ったのに。
 そう、俺はチラチラと周囲を見渡した。しかし、サトシは、どこにも見当たらない。一体どこに居るのだろう。

「さぁ、イーサ様。バルコニーへ。民が貴方の事を心待ちにしていますよ」
「でも、サトシが」
「あ、お待ち下さい。襟が……」
「む」

 俺の言葉など一切無視して、カナニが襟元へ手を伸ばす。ちぇっ、どうせならサトシにやってもらいたかったのに。襟を整えながら、カナニは淡々と言った。

「貴方の声は、前を向いて話すだけでクリプラント中の民に届きます。最初の王の言葉です。気を引き締めて。大丈夫。貴方はヴィタリックの子です。自信を持ってください」

 まったく的外れなカナニからの激励に、俺は心底ウンザリした。ヴィタリックの子だからと、何故俺が自信を持てると言うのだろうか。そんな事より、サトシは?サトシはどこに居るんだ?

「お兄様。あまりキョロキョロなさらないで。みっともないわ」
「ソラナ、おい。押すな!」
「お兄様は全てが遅いのです!さぁ、早くしてください!でないと、私が代わりにスピーチを行いますよ!」

 ソラナの声が、バルコニーに向かうよう俺の背中を押してくる。まったく、昔からコイツは俺の扱いが乱暴でならない。兄だから我慢してやっているだけだと言う事を、ちゃんと分かっているのだろうか。

「まったく。皆して俺を何だと思ってるんだ。イーサは王様なのに……それにサトシはどこに居るんだ。傍に居る約束ではなかったのか」

 俺はブツブツと不満を漏らしながら、光の差す方へとゆっくりと歩を進めた。その瞬間、騒がしかった周囲が一気に静寂に包まれる。俺の歩みを追うように、両脇に控える家臣たちの視線を直に感じた。その中に、俺の求める視線は無い。

 急ぐことなく、ゆっくりと歩を進める。別に、威厳を示す為に敢えてゆっくりと歩いているワケではない。一目で良い。サトシを視界の中に留めておきたかったのだ。

「あ」

 すると、控える者達の中に唯一家臣ではない人物が目に入った。

「……ジェローム?」

 昨日、クリプラントに到着したリーガラント国の最高指導者だ。この男だけは唯一、俺と対等の立場を持つ。

「おや」

 昨日まではボサボサだった髪の毛が、今日はきちんと整っている。さすがに誰かに整えてもらったのだろう。アレは身なりに頓着のない俺ですら、あんまりだと思った。

「っふう」

 気を取り直して一歩一歩、ゆっくりと歩を進める。しかし、目につくのは家臣と無駄に荘厳な王宮を飾る装飾品ばかり。バルコニーへと続く道には、俺の歩むべき道を指し示すが如く、真っ赤な絨毯が敷かれている。
 バルコニーから漏れる光が、目前に迫る。一陣の風が、俺の髪と肌に触れた。少し肌寒い。

「……サトシ。イーサは、サトシに話すんだぞ」

 だから、サトシ。お前が聞いていないと、中身のない空虚な言葉を口にする事になってしまう。
 気付けば、既にバルコニーに出ていた。太陽の光が眩しく俺を照らす。あぁ、マナが光によって体中に満たされる感覚だ。けれど、結局目当ての人物を映す事は出来なかった。体は満たされているのに、反対に心は空虚だった。

 サトシの嘘吐き。
 サトシのバカ。

 サトシ、サトシ、サトシ、サトシ!
 そう、心の中でその名を呼んだ瞬間、眼下に広がる群衆が沸いた。彼らの興奮の声が風に乗って押し寄せてくる。

「……ぁ」

 壮絶だ。
 これが、王の見る景色か。想像よりずっと“重い”。これが、国。これから、俺はこの者達の全ての先頭を歩くのだ。俺の前には誰もおらず、手を引いてくれる者など皆無。

「……はぁっ」

 重い。苦しい。
 何を、言ったらいい?声が、出ない。怖い。

 バルコニーに立って、数泊の無言。皆、王の言葉が始まるのだと、沸き立っていた歓声がピタリと止んだ。
 まだ国民も臣下も、俺の異常に気付いていない。そういう“間”だと思われているだろう。しかし、あと数拍したら“異常”が知れる。この国のトップが、民に伝えるべき言葉を持たぬ“声無き王”だとバレてしまう。

「はぁ、っはぁ」

 サトシ、サトシ、サトシ、さとし。
 どこに居る。俺は、サトシが居ないと……お喋りもまともに出来ないんだ。だって、そうだっただろう。サトシがノックして、根気強く話しかけて、お話をしてくれたから……イーサはお喋りできたんだ。

 サトシが自己紹介をしてくれたから、よろしくって言ってくれたから。

『俺の名前は、仲本 聡志。イーサ。これからよろしくな』

 サトシが居たから喋れた。声を出そうと思った。

『やっと、返事した。無視すんなよ。寂しいだろ』

 本当は黙っていたかったけど、サトシと喋りたくて声を出した。頑張ったんだ。イーサは。だから、声を出した。サトシに伝えた。

(ずっと、かんがえていた。さとしが、とおくに、行かなくても、すむ、方法)

 ずっと、ずっと考えていた。
 それは今もそう。サトシが不思議な存在なのは、出会った時から分かっていた。キンって言う名前を聞く度に不安になったのも、それが原因で。
 イーサは、ずっとずっと分かってた。

(サトシが、いつかとおくに行ってしまう事を)

「はぁっ、はぁっ、っく」

 これは、本当に危ない。喋るどころか、呼吸すらままならなくなってきた。もうスピーチなんか出来ない。サトシに格好良い所なんて見せられない。だって、サトシはどこにも居ないじゃないか。

 サトシが居なきゃ、イーサは何も喋れない。

「っ!」

 その瞬間、宮殿内が急に騒がしくなった。一向に喋り出さない俺に、皆が異常を感じ始めたのだろう。もう、ダメだ。誤魔化せない。そう、思った時だ。

(……イーサ)

 声が、聞こえた気がした。

「さとし?」

 次いで、俺の背中に“何か”が触れた感触がする。温かい。カタチからして、どうやらソレはサトシの掌のようだった。再び、フワリと風が俺の頬を撫でた。バルコニーを出た時に感じた肌寒さを、何故だか今は欠片も感じない。

(此処に居るよ。大丈夫だ。お前がスピーチを終えるまで此処に居てやる)
「サトシ、さとし……」
(ほら、前を向け。フラフラすんな)

 どうやら、背後で騒がしかったのは俺が喋らないからではなく、サトシのせいだったようだ。そりゃあそうだろう。戴冠の儀、就任のスピーチを前にした王の傍に人間が寄りそうなど前代未聞だ。
 ちょうど俺の影に隠れ、サトシの姿は国民からは見えないだろう。ただ、ギリギリだ。俺が少しでも揺らごうものなら、サトシの姿が衆目に晒される。

(イーサ、なぁ。イーサ。俺に格好良い所を見せてくれよ)

 そんな事は、絶対にさせられない。俺は、サトシに格好良い所を見せるんだ。

(全部忘れて、俺に話せ)
「……」
(お前に、最高の声をくれてやるから)

 背中をポンと叩かれる感触に、俺は弾かれるように前を見た。眼前に広がる大観衆。皆、王の言葉を待っている。ヴィタリックではない、新しい王の……俺の言葉を。

 背中に感じる温かさに、俺は深く、息を吸い込んだ。




 この瞬間、俺の声はほどけた。


しおりを挟む
感想 14

あなたにおすすめの小説

関係転換学各論A

はいじ@書籍発売中
BL
スゲェイケメンが来てから、それまで学校1のイケメンポジションに居た普通のイケメンは女子から睨まれ、男子から憐れまれる。

異世界へ誤召喚されちゃいました~女神の加護でほのぼのスローライフ送ります~

モーリー
ファンタジー
⭐︎第4回次世代ファンタジーカップ16位⭐︎ 飛行機事故で両親が他界してしまい、社会人の長男、高校生の長女、幼稚園児の次女で生きることになった御剣家。 保険金目当てで寄ってくる奴らに嫌気がさしながらも、3人で支え合いながら生活を送る日々。 そんな矢先に、3人揃って異世界に召喚されてしまった。 召喚特典として女神たちが加護やチート能力を与え、異世界でも生き抜けるようにしてくれた。 強制的に放り込まれた異世界。 知らない土地、知らない人、知らない世界。 不安をはねのけながら、時に怖い目に遭いながら、3人で異世界を生き抜き、平穏なスローライフを送る。 そんなほのぼのとした物語。

神は眷属からの溺愛に気付かない

グランラババー
BL
【ラントの眷属たち×神となる主人公ラント】 「聖女様が降臨されたぞ!!」  から始まる異世界生活。  夢にまでみたファンタジー生活を送れると思いきや、一緒に召喚された母であり聖女である母から不要な存在として捨てられる。  ラントは、せめて聖女の思い通りになることを妨ぐため、必死に生きることに。  彼はもう人と交流するのはこりごりだと思い、聖女に捨てられた山の中で生き残ることにする。    そして、必死に生き残って3年。  人に合わないと生活を送れているものの、流石に度が過ぎる生活は寂しい。  今更ながら、人肌が恋しくなってきた。  よし!眷属を作ろう!!    この物語は、のちに神になるラントが偶然森で出会った青年やラントが助けた子たちも共に世界を巻き込んで、なんやかんやあってラントが愛される物語である。    神になったラントがラントの仲間たちに愛され生活を送ります。ラントの立ち位置は、作者がこの小説を書いている時にハマっている漫画や小説に左右されます。  ファンタジー要素にBLを織り込んでいきます。    のんびりとした物語です。    現在二章更新中。 現在三章作成中。(登場人物も増えて、やっとファンタジー小説感がでてきます。)

真面目系委員長の同室は王道転校生⁉~王道受けの横で適度に巻き込まれて行きます~

シキ
BL
全寮制学園モノBL。 倉科誠は真面目で平凡な目立たない学級委員長だった。そう、だった。季節外れの王道転入生が来るまでは……。 倉科の通う私立藤咲学園は山奥に位置する全寮制男子高校だ。外界と隔絶されたそこでは美形生徒が信奉され、親衛隊が作られ、生徒会には俺様会長やクール系副会長が在籍する王道学園と呼ぶに相応しいであろう場所。そんな学園に一人の転入生がやってくる。破天荒な美少年の彼を中心に巻き起こる騒動に同室・同クラスな委員長も巻き込まれていき……? 真面目で平凡()な学級委員長が王道転入生くんに巻き込まれ何だかんだ総受けする青春系ラブストーリー。 一部固定CP(副会長×王道転入生)もいつつ、基本は主人公総受けです。 こちらは個人サイトで数年前に連載していて、途中だったお話です。 今度こそ完走させてあげたいと思いたってこちらで加筆修正して再連載させていただいています。 当時の企画で書いた番外編なども掲載させていただきますが、生暖かく見守ってください。

烏木の使いと守護騎士の誓いを破るなんてとんでもない

時雨
BL
いつもの通勤中に猫を助ける為に車道に飛び出し車に轢かれて死んでしまったオレは、気が付けば見知らぬ異世界の道の真ん中に大の字で寝ていた。 通りがかりの騎士風のコスプレをしたお兄さんに偶然助けてもらうが、言葉は全く通じない様子。 黒い髪も瞳もこの世界では珍しいらしいが、なんとか目立たず安心して暮らせる場所を探しつつ、助けてくれた騎士へ恩返しもしたい。 騎士が失踪した大切な女性を捜している道中と知り、手伝いたい……けど、この”恩返し”という名の”人捜し”結構ハードモードじゃない? ◇ブロマンス寄りのふんわりBLです。メインCPは騎士×転移主人公です。 ◇異世界転移・騎士・西洋風ファンタジーと好きな物を詰め込んでいます。

俺以外美形なバンドメンバー、なぜか全員俺のことが好き

toki
BL
美形揃いのバンドメンバーの中で唯一平凡な主人公・神崎。しかし突然メンバー全員から告白されてしまった! ※美形×平凡、総受けものです。激重美形バンドマン3人に平凡くんが愛されまくるお話。 pixiv/ムーンライトノベルズでも同タイトルで投稿しています。 もしよろしければ感想などいただけましたら大変励みになります✿ 感想(匿名)➡ https://odaibako.net/u/toki_doki_ Twitter➡ https://twitter.com/toki_doki109 素敵な表紙お借りしました! https://www.pixiv.net/artworks/100148872

【完結】気が付いたらマッチョなblゲーの主人公になっていた件

白井のわ
BL
雄っぱいが大好きな俺は、気が付いたら大好きなblゲーの主人公になっていた。 最初から好感度MAXのマッチョな攻略対象達に迫られて正直心臓がもちそうもない。 いつも俺を第一に考えてくれる幼なじみ、優しいイケオジの先生、憧れの先輩、皆とのイチャイチャハーレムエンドを目指す俺の学園生活が今始まる。

日給10万の結婚〜性悪男の嫁になりました〜

橘しづき
恋愛
 服部舞香は弟と二人で暮らす二十五歳の看護師だ。両親は共に蒸発している。弟の進学費用のために働き、貧乏生活をしながら貯蓄を頑張っていた。  そんなある日、付き合っていた彼氏には二股掛けられていたことが判明し振られる。意気消沈しながら帰宅すれば、身に覚えのない借金を回収しにガラの悪い男たちが居座っていた。どうやら、蒸発した父親が借金を作ったらしかった。     その額、三千万。    到底払えそうにない額に、身を売ることを決意した途端、見知らぬ男が現れ借金の肩代わりを申し出る。    だがその男は、とんでもない仕事を舞香に提案してきて……  

処理中です...