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第4章:俺の声を聴け!
234:シバのお嫁さんと、ドージの新人研修マニュアル
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〇
「こんにちはー」
「お、サトシじゃねぇか」
「あぁ、来たのか」
俺はシフトの入っていないバイト先を尋ねるようなノリで、シバとドージさんの店の戸を叩いた。ここで働いたのは一度きりだったのに、なんだか通い慣れたバイト先の酒場のような気持ちになっている。まったくコレも物凄く不思議な感覚だ。
「んあ?まだ店は開かねーぞ」
「おう、サトシ。何か用か?」
「あ、えっと。二人にちょっと渡したいモノがあって……」
そこまで言いかけて、すかさずドージさんが店の奥からすっ飛んで来た。
「あ、もしかして今日は店の手伝いの方か?サトシ、お前なら大歓迎だぜ!」
「あはは、違います」
「なんだ、ヴィタリックの喪が明けてから忙しかったし、お前が店に入ってくれるとスゲェ助かるんだがな!」
そう言ってドージさんがガタイの良い腕で、俺の肩を抱いてくる。一度だけ働いただけの俺を、未だにこんな風に言ってくれるなんて嬉しい限りだ。だからだろう、この店に向かう時の俺の足は妙に浮足立っていた。
ここは、“イーサ”以外で、初めて俺の価値を認めてくれた大切な場所だ。
「おい、親父。無茶言うなよ。サトシはクリプラントの兵士だぞ」
「そんなモン辞めちまえ!」
「おいおい、サトシはイーサ王子のお気に入りだろうが」
「俺もサトシを気に入ってる!」
「ったく、頼むから王様と同レベルに自分を扱わないでくれ……。つーか、店が忙しいのは、親父が従業員をクビにしまくるからだろうが。自業自得だ」
二人のやり取りを見ながら、俺は変わらない二人に酷くホッとした。この二人は、本当に何も変わらない。
「だって、棒立ちしてクソの役にも立たねぇヤツなんか腹立つだろうが!」
「確かにそうだけどよ。おい、俺もこれから軍に戻るんだ。文句ばっか言ってねぇで、従業員を育成しろよ。店畳む気か?」
「俺に育成は無理だ!」
ドージさんの勢いに、シバはガクリと肩を落とすと「どうすんだよ、これから」と疲れたように呟いた。いや、分かる。新人教育は本当に大変だよな。
俺は内心頷きながら、持っていた袋から一冊の手帳を取り出した。そして、そのままその項垂れるシバへと差し出した。
「シバ、これ。役に立つかは分かんないけど」
「……これは?」
「マニュアル……えっと、指導書?だよ」
「指導書?」
必殺、接客マニュアルだ。
伊達に俺も、ずっと飲食店でバイトしてきたワケではない。何人新人に同じような事を教えてきたと思ってる。もう慣れっこなんだよ、棒立ちの新人なんて。
「新人の頃って、悪気が合って棒立ちになるワケじゃないんで。何をどうしたら良いかわかんないし、自信が無いから動けない事が多いので、出来れば最初にこれを見せてやると少しはマシかも」
「……すげ」
「なんだ、なんだ?」
俺の手渡したノートをシバがパラパラと捲る。防水用のしっかりしたノートに書いたので、ちょっとやそっとでダメにはならない筈だ。驚いた声を上げるシバに、ドージさんも俺の渡したノートを覗き込んだ。そんなに見られると、ちょっと恥ずかしい。
「あ、俺……字あんま上手くないと思うんで、参考程度に……」
そう、元々字が綺麗とは言えない俺が、分からないクリプラントの文字で必死に書いたのだ。文字はエーイチに習っていたので、どうにか書けるようにはなっていたが、それでも多分、文法やら文字やらが間違っているだろう。
「サトシ。お前、コレ自分で書いたのか?」
「あ、うん。ちょっと、クリプラントの文字あんま分かってなくて、読める?」
「……はぁっ」
俺が手帳を覗き込むシバを、更に下から覗き込んで問うてみる。シバもドージさんもデカイから結構ガッツリ覗き込まないと、相手の顔が見えないのだ。ただ、覗き込んだシバの顔は、イマイチ感情の読み取れない表情を浮かべていた。
「……サトシ」
「ん?」
シバが少しだけ上擦った声で俺を呼ぶ。その声に、俺は首を傾げた。珍しい声だ。シバはこんな声も出せたのか。少し声高で、テンションの上がったその声は、普段の硬派なシバの印象とは全く違うモノを与えてくる。
「うちで一生働いてくれ……!」
「は?」
「もう、親父一人で心配だったんだ!何だよ、コレ!お前、こんな……コッチの字書けねぇのに。ほんと……お前、なんだよ!健気かよ!なんだよ、クソ!一生うちに居ろよ!」
顔を真っ赤にして俺の両手を掴むシバは、これまでの少しぶっきらぼうな声質ではなく、思った以上に高い少年のような声をしていた。凄い、まさかシバも、こんな少年主人公声が出せたなんて。とんだダークホースだ。良い声じゃないか。
「そうだそうだ!その通りだ!」
「あ、いや……その通りって言われても」
戸惑う俺に、加勢に入ったドージさんが更に凄まじい事を叫んだ。
「シバ、お前がサトシを娶れ!そしたら、もうサトシも兵として働かずに済むだろ!代わりにお前が軍に入りゃ何も問題なんかねぇんだからよ!」
「はぁっ!?ちょっ、ドージさん。何を……」
「そうする!」
「はぁ!?」
何だ、この親子!
俺はデカイ筋肉親子に迫られながらぎゅうぎゅうに潰されかけていた。いや、マニュアル作っただけでこれだけ評価して貰えるなんて嬉しいけども!でもだからって嫁に来いはあんまりだろ!過剰評価にも程がある!
「そうしろ!お前、昔から女は苦手だったもんな!丁度良かったじゃねぇか!俺もサトシなら申し分ねぇし。よく見てみると、どことなく死んだ母ちゃんに似てる気がする」
「思った!」
「いやいやいやいや!」
思った!じゃねぇわ。
いや、俺に似てる母ちゃんってどんなだよ。完全に勘違い過ぎる。
「サトシ!お前に苦労はかけねぇよ、だからウチに来い!」
「いや、ムリだし!」
「バカが!テメェ、そこは苦労かけるけどよろしく頼む、だろうが!夫婦はそういうモンだ!」
「そうか、じゃあ苦労かけるけどよろしく頼むぜ!サトシ」
言い方の問題じゃねぇわ!と、突っ込みたいのは山々なのだがそのまま俺は二人の男……いや、漢に強く抱きしめられて何も言えなかった。
「良い嫁が来た!」
「そうだな、親父!」
そう言って笑う二人の親子は、まさしく“親子”だった。それまで、シバってドージさんと性格は似てないよな、なんて思っていた過去の俺に教えてやりたい。
この二人は、まごうことなき『親子だぞ』と。
やっぱり、血は水よりも濃かった。
〇
そうして結局、俺が二人から解放されたのは夕刻になってからだった。
「あぁ、もう……体育会系のノリってスゲー」
俺は辞めた職場に、世話になった挨拶として菓子折りとマニュアルを置いていくだけのつもりだったのに。体中が軋む。筋肉の鎧とはまさにあの事だ。
「俺も……筋トレしねーとなぁ」
良い声出す為にも。
俺は妙に満たされた自己肯定感を感じながら、日の落ちかけた賑わう通りを歩き、城へと歩いたのであった。
「こんにちはー」
「お、サトシじゃねぇか」
「あぁ、来たのか」
俺はシフトの入っていないバイト先を尋ねるようなノリで、シバとドージさんの店の戸を叩いた。ここで働いたのは一度きりだったのに、なんだか通い慣れたバイト先の酒場のような気持ちになっている。まったくコレも物凄く不思議な感覚だ。
「んあ?まだ店は開かねーぞ」
「おう、サトシ。何か用か?」
「あ、えっと。二人にちょっと渡したいモノがあって……」
そこまで言いかけて、すかさずドージさんが店の奥からすっ飛んで来た。
「あ、もしかして今日は店の手伝いの方か?サトシ、お前なら大歓迎だぜ!」
「あはは、違います」
「なんだ、ヴィタリックの喪が明けてから忙しかったし、お前が店に入ってくれるとスゲェ助かるんだがな!」
そう言ってドージさんがガタイの良い腕で、俺の肩を抱いてくる。一度だけ働いただけの俺を、未だにこんな風に言ってくれるなんて嬉しい限りだ。だからだろう、この店に向かう時の俺の足は妙に浮足立っていた。
ここは、“イーサ”以外で、初めて俺の価値を認めてくれた大切な場所だ。
「おい、親父。無茶言うなよ。サトシはクリプラントの兵士だぞ」
「そんなモン辞めちまえ!」
「おいおい、サトシはイーサ王子のお気に入りだろうが」
「俺もサトシを気に入ってる!」
「ったく、頼むから王様と同レベルに自分を扱わないでくれ……。つーか、店が忙しいのは、親父が従業員をクビにしまくるからだろうが。自業自得だ」
二人のやり取りを見ながら、俺は変わらない二人に酷くホッとした。この二人は、本当に何も変わらない。
「だって、棒立ちしてクソの役にも立たねぇヤツなんか腹立つだろうが!」
「確かにそうだけどよ。おい、俺もこれから軍に戻るんだ。文句ばっか言ってねぇで、従業員を育成しろよ。店畳む気か?」
「俺に育成は無理だ!」
ドージさんの勢いに、シバはガクリと肩を落とすと「どうすんだよ、これから」と疲れたように呟いた。いや、分かる。新人教育は本当に大変だよな。
俺は内心頷きながら、持っていた袋から一冊の手帳を取り出した。そして、そのままその項垂れるシバへと差し出した。
「シバ、これ。役に立つかは分かんないけど」
「……これは?」
「マニュアル……えっと、指導書?だよ」
「指導書?」
必殺、接客マニュアルだ。
伊達に俺も、ずっと飲食店でバイトしてきたワケではない。何人新人に同じような事を教えてきたと思ってる。もう慣れっこなんだよ、棒立ちの新人なんて。
「新人の頃って、悪気が合って棒立ちになるワケじゃないんで。何をどうしたら良いかわかんないし、自信が無いから動けない事が多いので、出来れば最初にこれを見せてやると少しはマシかも」
「……すげ」
「なんだ、なんだ?」
俺の手渡したノートをシバがパラパラと捲る。防水用のしっかりしたノートに書いたので、ちょっとやそっとでダメにはならない筈だ。驚いた声を上げるシバに、ドージさんも俺の渡したノートを覗き込んだ。そんなに見られると、ちょっと恥ずかしい。
「あ、俺……字あんま上手くないと思うんで、参考程度に……」
そう、元々字が綺麗とは言えない俺が、分からないクリプラントの文字で必死に書いたのだ。文字はエーイチに習っていたので、どうにか書けるようにはなっていたが、それでも多分、文法やら文字やらが間違っているだろう。
「サトシ。お前、コレ自分で書いたのか?」
「あ、うん。ちょっと、クリプラントの文字あんま分かってなくて、読める?」
「……はぁっ」
俺が手帳を覗き込むシバを、更に下から覗き込んで問うてみる。シバもドージさんもデカイから結構ガッツリ覗き込まないと、相手の顔が見えないのだ。ただ、覗き込んだシバの顔は、イマイチ感情の読み取れない表情を浮かべていた。
「……サトシ」
「ん?」
シバが少しだけ上擦った声で俺を呼ぶ。その声に、俺は首を傾げた。珍しい声だ。シバはこんな声も出せたのか。少し声高で、テンションの上がったその声は、普段の硬派なシバの印象とは全く違うモノを与えてくる。
「うちで一生働いてくれ……!」
「は?」
「もう、親父一人で心配だったんだ!何だよ、コレ!お前、こんな……コッチの字書けねぇのに。ほんと……お前、なんだよ!健気かよ!なんだよ、クソ!一生うちに居ろよ!」
顔を真っ赤にして俺の両手を掴むシバは、これまでの少しぶっきらぼうな声質ではなく、思った以上に高い少年のような声をしていた。凄い、まさかシバも、こんな少年主人公声が出せたなんて。とんだダークホースだ。良い声じゃないか。
「そうだそうだ!その通りだ!」
「あ、いや……その通りって言われても」
戸惑う俺に、加勢に入ったドージさんが更に凄まじい事を叫んだ。
「シバ、お前がサトシを娶れ!そしたら、もうサトシも兵として働かずに済むだろ!代わりにお前が軍に入りゃ何も問題なんかねぇんだからよ!」
「はぁっ!?ちょっ、ドージさん。何を……」
「そうする!」
「はぁ!?」
何だ、この親子!
俺はデカイ筋肉親子に迫られながらぎゅうぎゅうに潰されかけていた。いや、マニュアル作っただけでこれだけ評価して貰えるなんて嬉しいけども!でもだからって嫁に来いはあんまりだろ!過剰評価にも程がある!
「そうしろ!お前、昔から女は苦手だったもんな!丁度良かったじゃねぇか!俺もサトシなら申し分ねぇし。よく見てみると、どことなく死んだ母ちゃんに似てる気がする」
「思った!」
「いやいやいやいや!」
思った!じゃねぇわ。
いや、俺に似てる母ちゃんってどんなだよ。完全に勘違い過ぎる。
「サトシ!お前に苦労はかけねぇよ、だからウチに来い!」
「いや、ムリだし!」
「バカが!テメェ、そこは苦労かけるけどよろしく頼む、だろうが!夫婦はそういうモンだ!」
「そうか、じゃあ苦労かけるけどよろしく頼むぜ!サトシ」
言い方の問題じゃねぇわ!と、突っ込みたいのは山々なのだがそのまま俺は二人の男……いや、漢に強く抱きしめられて何も言えなかった。
「良い嫁が来た!」
「そうだな、親父!」
そう言って笑う二人の親子は、まさしく“親子”だった。それまで、シバってドージさんと性格は似てないよな、なんて思っていた過去の俺に教えてやりたい。
この二人は、まごうことなき『親子だぞ』と。
やっぱり、血は水よりも濃かった。
〇
そうして結局、俺が二人から解放されたのは夕刻になってからだった。
「あぁ、もう……体育会系のノリってスゲー」
俺は辞めた職場に、世話になった挨拶として菓子折りとマニュアルを置いていくだけのつもりだったのに。体中が軋む。筋肉の鎧とはまさにあの事だ。
「俺も……筋トレしねーとなぁ」
良い声出す為にも。
俺は妙に満たされた自己肯定感を感じながら、日の落ちかけた賑わう通りを歩き、城へと歩いたのであった。
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