【完結】俺の声を聴け!

はいじ@書籍発売中

文字の大きさ
上 下
235 / 284
第4章:俺の声を聴け!

214:自問自答

しおりを挟む


「は?」


 俺の言葉に、目の前に座るジェロームの目が大きく見開かれた。
 隣に座るエイダなんか、まるで洋画のような「ひゅう」と言う、絵に描いたような口笛を吹いている。まぁ、ほぼ口で言ってる感じだったけど。いや、出来ないならすんな。

「……おい、お前。勝手な事を言わないでもらえるか」

 そんな中、最初に苛立たし気に反応したのは、ジェロームではなくハルヒコだった。どうやら、やっぱり俺の事が気に食わないらしい。まるで親の仇でも見るような目で此方を見ている。

「お前の声が、ジェロームの本心?笑わせるな。いい加減な事ばかり言ってると」
『ハルヒコ』
「っ!」
『少し黙っててくれないか?』

 俺がジェロームの声色で言うと、勢いよく立ち上がって机を叩いたハルヒコが一気に言葉を詰まらせた。不信感を露わにしていた瞳の中に、微かな戸惑いが混じる。卑怯なやり方なのは承知の上だ。
 でも、今の俺はどうしてもジェロームと話す必要があるのだ。

「ぁ。お、お前」
『ハルヒコ。さぁ、座るんだ』

 俺の言葉に「ジェローム」と、ハルヒコの掠れた声が友の名を呼んだ。しかも、俺の顔を見ながら。
 どうやら、上手く“ジェローム”を演じきれているようだ。確かに実感もある。俺はオーディションの時よりも、どんどんジェロームになれている、と。興奮で、少しだけ体が熱い。ただ、その体の熱さが、俺には何にも代えがたく嬉しかった。

『じきにコーヒーのおかわりも来る』
「……」

 カランと、再び店の扉の開く音がした。今度は明るい女性の声が店内に混じる。どうやら、店は盛況らしい。

『俺は、今から自問自答する。是非ハルヒコも聞いていてくれ。出来れば――』

目を、瞑って。

 俺の言葉と共に、カタンと机に何かが置かれる音がした。すぐ脇を見てみれば、愛想のない店主が、俺達の机に二つのカップを置いた所だった。

「あんがと、マスター」
「……お前らのせいで、店がうるさくてかなわん」

 軽く礼を口にするエイダを無視し、店主は不機嫌そうに言う。その視線は立ち上がったハルヒコへと向けられていた。そんなにうるさかっただろうか。

「……すみません」

 ハルヒコは気まずそうに店主の言葉に軽く一礼すると、そのままストンと椅子に腰かけた。まるで親に叱られた子供のようだ。ただ、店主はハルヒコの謝罪を最後まで聞く事なく、その白髪を靡かせ俺達に背を向けた。

 どうやら、他の客からの注文が入ったらしい。

「まぁ、丁度コーヒーも来た所だしさ。エイダと、そのハルヒコさん?は、俺達の話をつまみに、お茶でもしててくださいよ」

 ジェロームの声色から“俺”の声に戻しながら言う。“俺”に戻った場合、ハルヒコをどう呼べば良いのか分からない。なので、ひとまず「さん」付けにしておくことにした。

「……」

 そんな俺を、ハルヒコは何も言わずに見ていた。ただ、眉間の皺は無くならない。湯気の立ち上る熱々のコーヒーが、ジェロームによってテーブルに置かれた。
 そろそろ、俺のコーヒーも冷めてきた頃だろうか。一口、コーヒーに口を付ける。思ったよりまだ熱かった。もう少し待つ事にしよう。

「ん?」

 ふと、ずっと声を上げていないジェロームが気になって彼の方を見てみた。すると、そこには何故か静かに目を瞑るジェロームの姿がある。

「……ふふ。目を瞑って聞いていると、本当に俺が喋っているようで面白いな」

 まさか、ハルヒコに対して口にした「目を瞑って聞いてくれ」を、ジェローム自身が実践してくるとは思いも寄らなかった。隣では、呆れた顔で肩をすくめるハルヒコの姿がある。

「あぁ、面白い。俺の意思をお前が喋ってくれるのなら聞いてみたい。さぁ、聞こうか。ジェローム・ボルカー」

 口元に笑みを浮かべながら、声にそれまでにはなかった“不敵”さが滲んだ。この声色、どうやらジェロームの国家元帥としての顔が、ようやく顔を覗かせてきたらしい。
 そうか、ソッチがその気なら。

『そりゃあいい、余計なモノを見ずにとことん語り合おうじゃないか。なぁ、俺?』

 俺も、目を瞑った。その瞬間、余計な情報が一切遮断される。
 俺は想像した。ジェロームとは一体どんな人物なのか。台本の中の最高司令官としての顔と、友と柔和に話している時の顔。そのどちらも“ジェローム”であり、きっとそのどちらも彼の全てではない。

 それを、俺はこの自問自答という会話の中で探し出さなければならない。

『なぁ、ジェローム。お前の事をもっと教えてくれないか?俺は知りたいんだよ、お前の事が』
「……ふふ。いいぞ。楽しいな、これは」
『楽しいか。だったら良かった。じゃあ、一つ聞きたいんだが』
「なんだ?」

 ジェロームは本当に俺との会話を楽しんでいるようだ。ただ、喜色の他に興奮も見え隠れしている。同じ声の良く知らない人間を前に、心の底から楽しめるなんて、意外と線の太いヤツだ。

 あぁっ、お前の声が出来て俺は嬉しいよ!
 ジェローム、ジェローム、ジェローム。

 なぁ、お前さ?

『クリプラントに兵を進軍させた時、ジェローム。お前は今みたいに楽しかったか?』
「……」

 俺の問いかけに、それまで口元に笑みを浮かべていたジェロームの表情が固くなった。いや、目を瞑っているから実際のところは分からない。ただ、固くなった“気がした”のだ。

 そう、俺達声優は声を出している瞬間だけが“演技”なのではない。
 声を出していない“間”も、また声の一部なのだ。


「楽しいわけ、ないだろう」


 そうして、やっと吐き出された言葉には。
 ジェロームの声に苦しみと、そして“怒り”が満ちていた気がした。


しおりを挟む
感想 14

あなたにおすすめの小説

関係転換学各論A

はいじ@書籍発売中
BL
スゲェイケメンが来てから、それまで学校1のイケメンポジションに居た普通のイケメンは女子から睨まれ、男子から憐れまれる。

異世界へ誤召喚されちゃいました~女神の加護でほのぼのスローライフ送ります~

モーリー
ファンタジー
⭐︎第4回次世代ファンタジーカップ16位⭐︎ 飛行機事故で両親が他界してしまい、社会人の長男、高校生の長女、幼稚園児の次女で生きることになった御剣家。 保険金目当てで寄ってくる奴らに嫌気がさしながらも、3人で支え合いながら生活を送る日々。 そんな矢先に、3人揃って異世界に召喚されてしまった。 召喚特典として女神たちが加護やチート能力を与え、異世界でも生き抜けるようにしてくれた。 強制的に放り込まれた異世界。 知らない土地、知らない人、知らない世界。 不安をはねのけながら、時に怖い目に遭いながら、3人で異世界を生き抜き、平穏なスローライフを送る。 そんなほのぼのとした物語。

神は眷属からの溺愛に気付かない

グランラババー
BL
【ラントの眷属たち×神となる主人公ラント】 「聖女様が降臨されたぞ!!」  から始まる異世界生活。  夢にまでみたファンタジー生活を送れると思いきや、一緒に召喚された母であり聖女である母から不要な存在として捨てられる。  ラントは、せめて聖女の思い通りになることを妨ぐため、必死に生きることに。  彼はもう人と交流するのはこりごりだと思い、聖女に捨てられた山の中で生き残ることにする。    そして、必死に生き残って3年。  人に合わないと生活を送れているものの、流石に度が過ぎる生活は寂しい。  今更ながら、人肌が恋しくなってきた。  よし!眷属を作ろう!!    この物語は、のちに神になるラントが偶然森で出会った青年やラントが助けた子たちも共に世界を巻き込んで、なんやかんやあってラントが愛される物語である。    神になったラントがラントの仲間たちに愛され生活を送ります。ラントの立ち位置は、作者がこの小説を書いている時にハマっている漫画や小説に左右されます。  ファンタジー要素にBLを織り込んでいきます。    のんびりとした物語です。    現在二章更新中。 現在三章作成中。(登場人物も増えて、やっとファンタジー小説感がでてきます。)

超絶美麗な美丈夫のグリンプス ─見るだけで推定一億円の男娼でしたが、五倍の金を払ったら溺愛されて逃げられません─

藜-LAI-
BL
ヤスナの国に住む造り酒屋の三男坊で放蕩者のシグレは、友人からある日、なんでもその姿を見るだけで一億円に相当する『一千万ゼラ』が必要だという、昔話に準えて『一目千両』と呼ばれる高級娼婦の噂を聞く。 そんな中、シグレの元に想定外の莫大な遺産が入り込んだことで、『一目千両』を拝んでやろうと高級娼館〈マグノリア〉に乗り込んだシグレだったが、一瞬だけ相見えた『一目千両』ことビャクは、いけ好かない高慢ちきな美貌のオトコだった!? あまりの態度の悪さに、なんとかして見る以外のことをさせようと、シグレは破格の『五千万ゼラ』を用意して再び〈マグノリア〉に乗り込んだのだが… 〜・Å・∀・Д・ω・〜・Å・∀・Д・ω・〜 シグレ(26) 造り酒屋〈龍海酒造〉の三男坊 喧嘩と玄人遊びが大好きな放蕩者 ビャク(30〜32?) 高級娼館〈マグノリア〉の『一目千両』 ヤスナでは見かけない金髪と翠眼を持つ美丈夫 〜・Å・∀・Д・ω・〜・Å・∀・Д・ω・〜 Rシーンは※をつけときます。

真面目系委員長の同室は王道転校生⁉~王道受けの横で適度に巻き込まれて行きます~

シキ
BL
全寮制学園モノBL。 倉科誠は真面目で平凡な目立たない学級委員長だった。そう、だった。季節外れの王道転入生が来るまでは……。 倉科の通う私立藤咲学園は山奥に位置する全寮制男子高校だ。外界と隔絶されたそこでは美形生徒が信奉され、親衛隊が作られ、生徒会には俺様会長やクール系副会長が在籍する王道学園と呼ぶに相応しいであろう場所。そんな学園に一人の転入生がやってくる。破天荒な美少年の彼を中心に巻き起こる騒動に同室・同クラスな委員長も巻き込まれていき……? 真面目で平凡()な学級委員長が王道転入生くんに巻き込まれ何だかんだ総受けする青春系ラブストーリー。 一部固定CP(副会長×王道転入生)もいつつ、基本は主人公総受けです。 こちらは個人サイトで数年前に連載していて、途中だったお話です。 今度こそ完走させてあげたいと思いたってこちらで加筆修正して再連載させていただいています。 当時の企画で書いた番外編なども掲載させていただきますが、生暖かく見守ってください。

俺以外美形なバンドメンバー、なぜか全員俺のことが好き

toki
BL
美形揃いのバンドメンバーの中で唯一平凡な主人公・神崎。しかし突然メンバー全員から告白されてしまった! ※美形×平凡、総受けものです。激重美形バンドマン3人に平凡くんが愛されまくるお話。 pixiv/ムーンライトノベルズでも同タイトルで投稿しています。 もしよろしければ感想などいただけましたら大変励みになります✿ 感想(匿名)➡ https://odaibako.net/u/toki_doki_ Twitter➡ https://twitter.com/toki_doki109 素敵な表紙お借りしました! https://www.pixiv.net/artworks/100148872

烏木の使いと守護騎士の誓いを破るなんてとんでもない

時雨
BL
いつもの通勤中に猫を助ける為に車道に飛び出し車に轢かれて死んでしまったオレは、気が付けば見知らぬ異世界の道の真ん中に大の字で寝ていた。 通りがかりの騎士風のコスプレをしたお兄さんに偶然助けてもらうが、言葉は全く通じない様子。 黒い髪も瞳もこの世界では珍しいらしいが、なんとか目立たず安心して暮らせる場所を探しつつ、助けてくれた騎士へ恩返しもしたい。 騎士が失踪した大切な女性を捜している道中と知り、手伝いたい……けど、この”恩返し”という名の”人捜し”結構ハードモードじゃない? ◇ブロマンス寄りのふんわりBLです。メインCPは騎士×転移主人公です。 ◇異世界転移・騎士・西洋風ファンタジーと好きな物を詰め込んでいます。

【完結】気が付いたらマッチョなblゲーの主人公になっていた件

白井のわ
BL
雄っぱいが大好きな俺は、気が付いたら大好きなblゲーの主人公になっていた。 最初から好感度MAXのマッチョな攻略対象達に迫られて正直心臓がもちそうもない。 いつも俺を第一に考えてくれる幼なじみ、優しいイケオジの先生、憧れの先輩、皆とのイチャイチャハーレムエンドを目指す俺の学園生活が今始まる。

処理中です...